第九章「久しぶりの登校」 |
ツバメを犯してからというもの、マサキの頭にある心配が去来する。
「ツバメが妊娠したらどうしたらいいのか」ということだ。
いや、むしろ妊娠させてしまいたいぐらいなのだが、鶴奈と違ってツバメは学校に行っている。大きなお腹をして、ツバメが学校に行ったらどうなるだろう。町中の噂になるに違いない。 そうなれば、いまのおいしい生活も最悪終わりになってしまう。 それはまずい、なんとかしなければ。 普通なら、学校をその間は休ませるとかそういう現実的な対案が浮かぶはずだが、マサキが考えたのは違った。
「学校全部を自分の支配下におけばいい」ということだ。
まあ、さすが中学生。世界制覇の次ぐらいに大きな野望である。そうしようという計画を相談されたマサキの唯一の理解者であり援助者であるネット探偵は、頭をかかえてしまった。
「おまえ、それがどんなに大変なことか分かってないだろ」
たしかに、DLOでは学校法人や病院や会社などの組織単位で、催眠の支配下に置くことはある。それどころか、町一つ。自治体一つを支配下に収めた例だってある。 ただし、それは組織的な催眠術師団による計画的な催眠でだ。二重三重の安全装置を張った上での用意周到な作戦なのだ。 催眠術師といっても、一個人が学校法人という構成員千名は超えるであろう組織を支配下に収めるなど、無理とまでは言わないが、まず途方もない手間と労力がかかる。 そして、その後の維持にはさらに激しい危険を伴う。漫画じゃないのだから、主人公の都合がいいようにことが運ぶとは限らない。催眠は、一度ボロが出てしまったらこれほど脆い力もない。 しかも、ターゲットが中学生というのはさらにやっかいだ。独立した大人ならともかく、子供には孤児でもない限りは保護者がいる。子供に手を出せば、結果として家族も支配下に収めなければならないから、リスクとコストはそこで二倍三倍にもはねあがる。
「せめて、クラス一つぐらいにしておかないか?」
言い出したら聞かないだろうとは思ったから。ネット探偵は、そうやって譲歩を引き出した。これは善意で言っているのだ。「とりあえず、そこらで我慢します」という言質を取ったから、スカイプの回線を切った。
ネット探偵は、暗い部屋でモニターを見つめてため息をつく。 安西マサキは……きっと止まらない。 新型の催眠マシンの実践テストのテスターとしては、失敗を恐れずにギリギリの危険を冒しまくってるマサキは優秀だとも言える。もうすでに(見習い)の名称を取っ払って催眠術師と呼んでいいぐらい、いい点数をあげている。 上層部からは、もっと安西マサキに勝手にやらせて良いというOKが出てるのだ。 しかし、それはもしマサキがなにかヘマをやらかしたら、すぐさま原状回復のための催眠部隊が出動し、マサキを含めて全てを元の状態に戻すという条件付でのことだ。もちろん、そのことをマサキに伝えることはできない。 「殺されることはないだろうが……」 そうなればマサキは、また元の駄目オタ中学生として暗い人生を送ることになる。DLOとしては、マサキは用済みだから、もう二度と浮上することはないだろう。 「オレも、甘いな」 自分が見出した若者がせっかく才能を示したんだ。できれば順調に戦士として育ってほしいと願うのは、やはり甘さか……だとしても、マサキは昔のオレに似ているから、救ってやりたいのだ、マサキを、あのときのオレを――だから。 ネット探偵は、ため息一つ吐き出すと、気を取り直して直属の上司に定期連絡のメールを打ち始めたのだった。そして、それとは別にもう一通だけメールを打つ。本当に久しぶりに、古い知り合いに向けて――彼女がもし、興味を持ってくれたなら。 無力でも、いま自分ができることをやる。それがネット探偵の過去への贖罪。
―――――
それは、久しぶりの登校だった。このクラス最大の問題児であるところのドキュンA、Bが早速ニヤニヤと笑いながら安西マサキの席にやってきた。 久しぶりの登校だが、マサキの席がこなかったうちに彫刻刀のようなもので目も覆うような低俗な言葉と、女性器とプレイ中の男女を模った卑猥な装飾が掘られている。 お前ら、どうせ童貞だろうとドキュンどもに言ってやりたいマサキである。彫刻刀で机掘るとか、小学生レベルかよと。自分の机がギザギザになろうと、どうせ学校の授業など、まともに受けるつもりがないマサキにはどうでもいいことだ。
「おいおい、ゲロマサー、よく学校にこれたな」 「へへ、ほんとお前マゾか、なにかなのかよ」
うんこ顔が、死ねと思うが、まだクラス全員がそろってないので後回しだ。 このドキュン二人組は一応、田村、三沢って名前だがどうでもいいのでドキュンと呼ぶ。顔もマサキとそう変わらないデブデブ不細工で、それを徹底的に日焼けして髪を茶髪や金髪にそめて、ゴテゴテにピアスなどの装飾類で形をつけて、不良とギャル汚が混じったようなファッションでごまかしているだけだ。 不良がもてる時代でもない、こいつらも腕力の差があるだけで、同じうんこだとマサキは思った。いまでは、催眠を持っているマサキのほうが格段に上。こんなやつらに、自殺寸前まで追い込まれていたと思うと、反吐がでる。 ドキュンAがマサキの机の脚を蹴り飛ばして、ドキュンBが唾を吐きかけてきた。あんまり酷いことをしてきたら、その場で催眠で抑えてやろうかとおもったが、この程度なので許容して顔を伏せる。あとで百倍にして返してやればいい。思えばこいつらの罵倒のなんとワンパターンなことか。冷静になって聞けば、たいした連中ではない。 マサキの反応がつまらなかったのか、ドキュンどもは「あとで楽しみにしとけよ!」と捨て台詞を吐きつつ去っていった。マサキも心の中で叫び返す。 (あとで、楽しみにしとくよ。お前らへの百倍返しをな!!)
全員が、そろった。欠席者が何名か居るようだが、保健室にいたらあとで対処しておくし、本当に欠席でも次の日に催眠をかけたらいい。 担任の中年教師が朝のホームルームを始めたので、手をあげて颯爽と教卓の前まで歩いていった。 「あれ安西……おまえひさしぶりに……なんだ!?」
突然登校拒否児童が、やってきて自分の前まで来たので警戒しているらしい。昔は名門校の誉れ高かったこの私立吾妻坂中学も、いまでは見る影もなく荒れている。この中学最大のガンであるドキュンA、Bをほったらかしにしてるところを見ても、この教師はろくな教師ではない。わが身可愛さだけのサラリーマン教師だ。 こんなくずを相手にしていてもしかたがない、ふっと力を抜いてリラックスするとポケットの中の催眠タイムウオッチを作動させた。 脳から視神経に電流が流れるような充実感。そう、もう苦痛ではなく充実感。一ヶ月近くの試験運用を続けたマサキはもはや、この感覚を自分のものとして受け入れ出してきた。装置によって、催眠術師として覚醒しているときが、どっちかというと本来の自分であるかと思うぐらいに。 教師も三十人弱のクラスの生徒も、全員が催眠状態に入ったようだ。これだけ多数の人間を同時に催眠下においたのは初めてだったので、うまくいくか心配だったのだが、これならいけそうだ。 教師を蹴倒して教卓に陣取る、目を見る必要があるのでみんなの注目を集める行動を取ったのは正解だった。 「さて……どういう暗示をかけてやろうかな」 右へ左へと、睥睨する。みんなぽかんと口をあけてこっちを見ている馬鹿顔どもだ。あーツバメちゃんは別だよ、可愛いよツバメちゃん。そんなことを考えている場合ではない。 「よし……みんなよくきけ、今日からこの安西マサキ様は。学級王だ!」 催眠が浸透しているか、周りをみるとうなづいている人が多数。よし。 「学級長?」 目の前に座っているヘヤピン少女が、こっちを見てそういった。佐藤理沙か。
佐藤理沙、容姿は目立たない風だが決して悪くはなくこのクラスでは上の中といったところ。地味目が好みなら、美少女といっても言い過ぎにはならないだろう。 小柄で細身の身体に、肩にかかるぐらいの長い髪をヘヤピンでさっとまとめている、やさしい笑顔が特徴的で怒ったところはあまり見たことがない。委員長タイプのメガネをつけていて、ほんとに級長だ。大人しい割に芯が強い、普段から率先して級長の務めをタンタンとこなしており、教師からも生徒からも愛されてて受けが良い。 本当は別に悪質というわけではないのだが、状況に流されやすいところがあり、安西マサキがイジメさられるのを放置していた。他の困った子の世話はせっせと焼く癖に、デブオタのマサキだけ放置。とんだ偽善者女だとマサキは思った。 だからこそ悪態つきながらも、マサキに普通に接してくれた鳥取ツバメの正義感の強さが際立つのだが、普通の女子なんてこんなもんだろう。マサキに逆恨みされる要素としては十分にあり、復讐してやろうと思ってた一人だ。
「学級長はお前だろ理沙、オレは学級王。このクラスの支配者になった男だ。よく覚えておけ」 コクンと、理沙はうなずく。 「みんなぼくの命令には絶対に従うこと。ぼくのことは、学級王かマサキ様と呼べ。ただし、ぼくが学級王であることはクラスの外には秘密だ」 みんなに浸透したようだ。とりあえずはこれでよしだが、用心して同じ暗示を時間の許す限り何度でも繰り返しておく。正直のところ三十人という人数全員にちゃんとできるかどうか自信がなかったので、とりあえずこういう曖昧な暗示になってしまった。
「さてと……」 催眠後、何事もなかったかのように授業が続く。 本当にタンタンと、催眠がほんとにかかっているのか疑わしくなるようだ。 だから、マサキは教師にこういってみた。 「先生、この授業は自習にします」 「学級王が、そういうんなら仕方がないな、この授業は自習にする」 すんなりと自習になってしまった。わーと歓声があがるかとおもったら、そうでもない。ただ、本当に自習になっただけで、みんな大人しく自習している。ドキュンどもまで、なんだこの平穏さは。こういう暗示のかかり方なのか。 マサキが自習しろといったから、そうしてるわけか。 ここら辺の細かいかかり方は、慣れていくしかないな。 暗示は、かけた本人にもどう転ぶか分からない部分もあるのだ。 「おい、ちょっと来い。田村、三沢」
「な、なんすかー学級王」 「ようですか」
急に敬語になっているのがうける。ちょっとビビってるな。ドキュンでも復讐されるんじゃないかという頭は働くらしい。さて、何をやってやるか。まず肉体的打撃だな。
「お前ら、ちょっとここで本気の殴り合いをやれ」
いろいろ渋ったが、学級王の命令には逆らえない。 お互いに顔がパンパンにはれあがるまで、殴り合いをする。 田村がいつもリードしてる感じだったが、殴り合わせると三沢のほうが微妙に強いみたいで、いつもでかいこと言ってた田村が、ボコボコに殴られて床に沈むのを見るのは本当に気分がスカッとした。これ毎日やろうかな。
「よし、ここぐらいで今日はいいや」
「三沢ひでえよ……オレ、歯がかけちゃったよ」 「お前だってボコボコになぐりやがって……」 なんか揉めている、ドキュンの友情なんてこんなもんだろ。コブシの交換で友情が深まるなんて、やはり漫画の中の世界か。中学生の癖にシンナーなんてやってるから、歯が脆くなるんだと思うぞ田村。ブツブツいいながら、席に戻ろうとするドキュン二人。
「あ、お前らまだ帰っていいとはいってないぞ」
ビクッと肩が跳ね上がる。はは、なんか立場逆転って面白いなあ。安っぽいカタルシスだが、この絶対的力は中学生のマサキにはたまらない果実だ。ドキュンをビビらせてたら、忌まわしい思い出と共に、いいことを思いついた。
「佐藤理沙!」
一番前の席で、名前を呼ばれて「ひゃい!」って感じで声を上げる理沙。やっぱビビってるみたいだ。いいなあ、学級王はとマサキは思う。
「お前もちょっとこっちこい」
おびえた小動物のようにドキュンの隣に立つ理沙。三人で整列している。なんかピクピクと恐怖に引きつっていて、理沙の可愛い顔が台無しだ。いいねー、ドキュン兵二人を引き連れて、理沙は小柄ながらどこか凛としてるから少佐かなにかで。なんか漫画の軍隊みたいだとマサキは思う。
「おい、お前らチンコ出せチンコ! なにをきょろきょろ後ろ向いてるんだよ。田村、三沢! お前らのことにきまってんだろ」
殴り合いさせたときよりも、深刻に嫌がるドキュン二人。二人して、ズボンとパンツを無理やり下して羞恥刑を執行された恨みを当然、このマサキ様は忘れてないわけで、抗えるわけがなかった。 しぶしぶと、ちろっとしょんべんするみたいにチンコを出す。ドキュン二人、顔が赤くなってる。日ごろ威勢のいいこといってても、やはり童貞の中坊だ。
「ぼくがお前らにやられたときに、そんな半端なやり方してたかよ。もっとちゃんとズボンをさげろ……それにしても包茎チンコが、さがりっぱなしでつまらんな」
みんな自習をしている振りをしながら横目で見ているのは、マサキにもいまチンコを露出しているドキュン二人にもよく分かっていた。教師はぼけっと無視してつったっている。そして、その二人の横に立っている佐藤理沙は顔を真っ赤にして目をそむけている。案外、まじまじと見るんじゃないかとおもったら結構真面目だったな。
「そうだ、理沙。お前二人におっぱいみせてやれよ」 「え……そんな」 「そんなもヘチマもねー、さっさとやれ」
マサキの声にせきたてられるように、そっと前だけ開いて白いゴワゴワしたブラジャーをとって、理沙はオッパイをむき出しにした。理沙の控えめな性格といっしょぐらいの、もりあがってるだけの乳房。Aカップだろうな、これはブラジャー要らないんじゃないかとマサキは思う。 それでも、ちゃんとオッパイであることを主張しているような、色素の薄い肌色が仄かにピンクがかかったような乳輪は、少女らしいおっぱいで好感が持てる。
現金なもので、ドキュン二人組みは同級生のオッパイを見て急にビンビンに勃起させている。はは、こいつらも勃起しても皮被ってるよ、ざまあ見ろとマサキは思う。中二でおとなチンコのやつは、そんなに多くないのかもしれない。
「よし、ちょっとおまえらそこでオナニーしろ」
調子にのって、マサキが命令する。
「ちょ!」 「おれら、そこまでやってねーよ」
さすがに反抗的な態度を取るドキュン二人。
「そんなこといって、お前らビンビンになってるじゃねーか。さっさとやってしまえよ、命令だよ、命令!」
チンコ出すだけで、死ぬような心地がしたものだが、やっぱりマサキよりドキュンのほうが精神的に打たれ強いのだろう。周りが、確実に見ているものの、見て見ない振りをしてくれてるというのもある。暴力でクラスの男子に睨みを聞かせていた馬鹿二人組みだが、もうこれで偉そうな顔は一生できなくなるだろうな。
「ちゅくしょうぅぅ……」 「したくてやってるんじゃないからなー!」
二度の命令には逆らえなかったようで、やり始める二人。しっかり理沙のおっぱい見てやってるのが現金なもんだよ。理沙はもう、真っ赤になって俯いてしまって反応がない。 田村のほうがヘタレらしく、一分もしないうちにドピュドピュとだらしなく、射精してしまう。
「はは、こいつ出しやがったよ」 「きゃーーー!」 「あー、もっとスペースあけてやればよかったな、伊藤ごめん」
マサキもついうっかりしていた。思いのほか田村の射精の勢いが強かったので、隣の伊藤真奈美の席まで飛んでしまった。真奈美も、さっきまで自習の振りしながらひそかに笑って見てたのに、汚いものが自分の方向に飛んでくるとは思わなかったのだろう、机と椅子ごと叫び声をあげて、飛び跳ねるように転げ落ちた。見事なこけっぷりだ。 真奈美は別に標的にするほど美人でもないし、まあちょっとおっぱいが大きめなのがいいぐらいかなあ。とにかく、マサキイジメに関係してなかったから災難なものだ。 「ううっ……オレも、もう駄目だ」 そんなことをいってるうちに、ドキュンB、三沢のほうも限界らしく射精をする。それが、まあ狙ってるんじゃないかとおもうほど伊藤真奈美の方角を向いてるわけで、三沢のほうが多少田村よりも砲の長さがあって、勢いもついてたわけで、コケ倒れてボロボロの真奈美が息つくまもなく、第二派が真奈美の顔面や身体に向ってドピュドピュと飛んでいった。絶対、三沢わざとやってるだろ。
「ぎゃあああああ!」
もはや絶叫である。中学生の溜まってる二発っていうのは結構な量で、机や真奈美の身体が白い液で濡れて、ちょっとした学園モノAVみたいになってしまった。あーあ、長い髪にべっとりと精液がついてる。髪につくと取れにくいんだよね。 ここではじめて、他のクラスから先生きたらヤバイと思ったが、幸いにしてそんなことはなかった。催眠は半日に一回だから無駄撃ちは出来ない。 これからは気をつけようとマサキは思った。 あとちょっと可哀想だったが、伊藤真奈美だってマサキイジメを放置してみてた傍観者なわけで、復讐されても不思議はないわけだ。ちょっと罪悪感があったが、それを振り払ってどこに向ってかわからないが、これもまた良しと前向きに考えるマサキであった。
「ちょっとあんた、いくらなんでも酷いじゃない!」
いい加減に我慢の限界だったのだろう、さっきから端っこでプルプルと一人震えていた鳥取ツバメがマサキのところに飛び込んできた。あー、そんなことする必要ないのに自分の綺麗なハンカチで、涙と精液でグズグズの伊藤真奈美の身体と机を拭いてやってる。 酷いかもしれないが、これにはマサキも反論があった。
「ぼくが虐められてたときに、誰か止めてくれたかよ!」 「それは……」
そういわれると、ツバメも黙り込んでしまう。真奈美の机を拭く手はやめないみたいだが。 真奈美も理沙もドキュンも黙り込む。クラスの空気も沈む。復讐ってもっと気持ちいいものだと思っていたのに、なんかこれって嫌な空気だなとマサキは思った。 ツバメだって、マサキが虐められているとき止めてくれたわけではない。ツバメは、佐藤理沙みたいな偽善者じゃないから。ただ、空気に流されてイジメに加担することはなかった。そこがツバメが本当にマトモな人間だということだ。マサキがイジメと立ち向かっている限りは、教師すらマサキを省けにしても、クラスの連絡事項をいちいち教えて普通のクラスメイトとして対応していたのがツバメなのだ。そこだけは、マサキは感謝してもしきれない。
「まあツバメちゃんに免じて、今日のところはこれでいいわ。後片付けは、ツバメちゃんじゃなくて理沙が綺麗にやっとけ。伊藤さんをばれないように、適当に理由つけて保健室につれて着替えをさせてやれ」
ツバメがなんか不服そうだったが言われたとおり下がって、理沙が代わりに真奈美の世話を始めた。ドキュン二人は、ズボンとパンツを下したまま立ち尽くしてる。 「お前らもいつまで、チンコだしてるんだよ今日は終わりだ。さっさと自分の席にもどれよ。お前らは保健室にいくなよ、顔の傷は唾でもつけとけ」 さすがに、ボッコボコに殴り合っているドキュン二人を保健室につれていくのは不味い。不良だから、なんとでも理屈はつくのかもしれないが。クラスの外にばれないようにするには、ドキュンの傷の手当てまで考えなければならない。催眠で復讐する空しさと、集団催眠の面倒なリスクの高さを、やって初めて思い知るマサキであった。
――――
時刻は午後というか、もう夕方だな。 催眠が安全に使える時間までぐっと待ってから保健室に向うマサキ。 「伊藤さんは無事普通に帰ってきたけど、保健婦がなにか感づく可能性もある」 保健室登校しているクラスの生徒がいる可能性も考えてのことだが、怪我させたりした場合のことも考えると、保健室はまず押さえておいたほうがいい。 いまの、安西マサキに怖がるものはなにもない。ノックもせずに、ガラリと保健室の扉を開けた、目の前の机に座っていたのは白衣を着けた……外人?
金髪で淡い碧眼、年齢はマサキと一緒ぐらいだろうか。いかにも保健婦という、金髪少女が着るとコスプレみたいな白衣をつけていなければ、年齢的には転校生だと思ったところだが、とにかく美少女すぎる。 マサキの愛しの鳥取ツバメでも、この少女にはワンゲーム差で負けるだろう。まとっている空気が違うのだ。日陰の湿っぽい保健室が、この少女から発生する美少女フィールドで女神の宮殿のように見える。電子の妖精というか、もう同じ人間とは思えない完璧な美のイデア、パソコンのモニターから飛び出てきたとしか思えない現実感を喪失させるほどの美少女がそこには居た。一言でいえば、これなんてエロゲである。
「ようこそ、私の保健室へ。安西マサキくん」 「あの……あなたは」 「新しい保健婦だよ。そうはいっても、今日からしばらくの間だけになるだろうが」
そういって、琥珀のような瞳をなげかけて微笑する。オカシイ、何かがオカシイ。存在自体が馬鹿げているほどの妖しさもさることながら、さっきまでの青い瞳がなぜ黄色に変化した。光の角度の違いか、それにしては変化する瞬間に気がつかなかったぞ。ちゃんと注意を払っていたのに。 なぜか今の少女の目は、孤独に彷徨する狼を思わせた。美しい金の鬣に魅せられているうちに、牙が剥かれるような鋭さを帯びてきている。 本能がとてつもない危険を伝えてきている。マサキは、半ば無自覚に、ポケットに右手を突っ込み催眠タイムウオッチを作動させる。我ながら自然な動作だった。 新しい保健婦とやらの金髪美少女は、こっちの変化に気がつかずにのんきに言葉をつむいでいるように見えた。これはチャンスだ。 「まあ、最初に保健室に来た判断は及第点だな。来ると思って、こっちは待っていたわけだが――」
脳から視神経へ走り抜ける電撃、これがマサキを無敵の催眠術師に変える稲妻。 マサキの稲妻を浴びて、目の前の危険な少女はマサキの奴隷に変貌するはずであった。食ってやる、食ってやるぞ金髪少女!! だが、勝利の雄たけびをあげたのはマサキではなく少女のほうだった。
「ハハハハッ、早速見せてくれるとは、これは嬉しい!」 「なに……がぁぁ!?」
オカシイ、オカシイ、オカシイ。マサキの催眠の目が、目の前の少女の目を見据えたというのに、むしろその光の焦点はぶつかってマサキのほうに押し返された。少女の目からも、光が出るなんて、しかもこれは……向こうのほうが圧倒的に強い!
こんなことは、ありえないはずなのに!!
痛いほどに催眠装置のボタンを握り締めるが、目の前の現実は変わらない。催眠の稲妻は、金髪少女の目から押し返されてマサキの目に戻り、視神経を通ってマサキの脳に逆流する、限界を超えて機械を作動させたときの痛みすら、生ぬるいと思える電撃の逆流が脳を暴れまわった。
「はぎゃあああああ!!」
頭を両手で押さえるようにしてのたうちまわるマサキ。脳が煮えたぎって沸騰しそうだ。もしかすると、こんなところでしぬのかと、死の想念がマサキの燃え上がった脳に襲い掛かる。マサキが死ぬような苦しみにもだえているのに、目の前の少女はペラペラとしゃべりやがる。
「いいねえ、実にいい。この国の故事にも、兵は拙速を尊ぶともいうからな。手が早いのはいいことだよ、意識的にか無意識かは知らないが、私が自然に行う催眠の前段階にも気がついたのだろう。久しぶりに活きのいい獣を相手にして、私はとても嬉しい」
少女はマサキを見据えたままで、話し続ける。
「ドクター引田ご自慢の催眠タイムウオッチか。十分の制限時間付きとはいえ、素人の子供に一ヶ月でここまでの力を与えるとは、魅せてくれるよ。催眠具を作らせたら、やはり奴は天才の域だな――いや、もちろん私には遠く及ばないよ!」 少女のわけのわからない独白は、マサキはほとんど聞こえてなかった。とにかく砂漠の真ん中で三日間飲まず食わずで放置された挙句にサウナに十時間放り込まれたような、この無間地獄の苦しみに耐えるのにマサキは必死だ。 「おっと、すまない。いきなり攻撃してくるから、つい本気を出してしまった――催眠というのはこういう使い方もできるのだよ、覚えておくといい」
少女の目が金色から深い群青に変化する。その途端に苦しみはすっと抜けて楽になったが以前として視線に掴まれるように離すことができない。 目の前で少女の青い瞳が笑った。子供が悪戯を思いついたような微笑。そして、これはまるで、地獄から一気に天国に引き上げられたような快楽。きもちいい……あぁ、でもこれはちょっと気持ちが……キモチ、が、ヨスギル!
「うぁああああ」
頭を叩き割られて、脳の奥の快楽神経を、素手で直接掴まれたような気分だった。痛いぐらいの快楽が無限に続く。もう立っていられない、その場に倒れこむとマサキは腰をカクカクと動かして射精し続ける。
「あっ!! あっ!!! ああっ!! あぁああああああああああああ!!!」
ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!! ドピュドピュドピュドピュドピュ!!!
今度は快楽に身体をのたうち回らせながら、腰を痛いぐらいに振り続けて射精し続けるマサキ。止まらない、止まらない、止まらない! 限界だった、限界まで射精した。血が出た、実が出た、涙が出た、体中の穴という穴から液という液がすべて放出されてしまった。
「あっ……あっ……」
電池切れの機械のように、動きを止めるマサキ。空っぽになったマサキは、自分が出した白と透明と赤が混じる液体の海に沈む。死ななかったのが不思議なぐらいの激痛とそれをはるかに上回る極上の快楽。 カツカツと、地面に響くようないい足音をさせてマサキの横にかがみこむ少女。マサキが目の前で艶やかな金髪をたらしている美しい女の目を捉えた。マサキは、生きているのか死んでいるのか自分でもはっきりとしない。体中の感覚が全て抜き取られてしまったような空虚のなかで、見上げる少女の顔はさらに美しいものにマサキには見えた。全てを任せてもいいような、そんな心地よい気分だった。少女は、そんなマサキの様子を満足げに見ると、静かに口を開いた。
「耳は生きているな、安西マサキくん? まったくとんだ歓迎になってしまったが、私はアルジェ・ハイゼンベルク。職業は、この学校の保健婦と兼任で、天才催眠術師だ。フフッ、私が自分で天才というだけの力があることは、今ので分かっただろう。相手の実力や周りの状況を調べずに、飛び込んだり、襲いかかったりする癖はやめたほうがいいな。私はそういう無謀な男は嫌いではないが、確実に寿命を縮めるぞ」 「天才催眠術師……ああDLOの?」 「そうだ、理解が早いな。私は正確にはDLOの、さらにさらに上部組織の人間なのだがね。休暇で日本に来て少し暇を持て余していたら、古い知り合いに頼まれてね。面白そうなので、しばらく君の監視者をやることになった」 「監視者?」 「そうだ、君はこれまでも監視されていたのだよ。君は新装置の実験テストをやっているからな、失敗したら組織まで迷惑が及ぶのでそれは避ける必要がある。そのための監視者だ。テストとしては最終的に失敗したほうが色々と実験データが取れる。むしろ君は失敗して使い潰される予定だったのだよ」 「そんな……ネット探偵がぼくを裏切ったのか」 「そうじゃない、ネット探偵は私に君のことを頼んだのだよ。本来、監視者は君に気がつかれないように監視するのだ。そして、君が失敗するのを見ているだけだ。ところが、私はこうして君に直接コンタクトした。意味が分かるかね。君は幸運な男だ。この天才たる私が、一人前の催眠術師になるように導いてやろうというのだよ」 「そうですか……あの、お願いします」 「うむ、素直なのはいいことだな。しかと任された。私に師事するからには君も天才の一歩手前――はちょっと無理か、まあ二歩手前ぐらいの催眠術師にしてやろう。それと、あとで本当の保健婦の奴に掃除させないといけない――着替えはジャージも下着もあるから心配するな」 そういって、アルジェはマサキのドロドロになった顔の汗を拭いてやった。ありがたいんだけど、それ雑巾じゃないのか……薄れ行く意識の中でマサキはそんなことを思って、目が覚めたら保健室のベットで十二時間以上も寝ていたらしく、夕方かと思ったら朝日が差し込んでいた。夢も見る暇もないほどの酷く深い眠りだった。 服は着替えさせられていて、学校の予備用に使われる安物の真っ赤なジャージだった。パンツも履きかえられてる、ちゃんと昨日の服が洗濯して畳んでおいてあった。学校に元からいた岩崎とかいう妙齢の保健婦に身体を拭いて着替えさせてもらって、片付けてもらったんだとすると、少し恥ずかしい。
カーテンを開けると、朝の日差しが飛び込んできた。カタカタとキーボードが鳴る音だけが響いている。 アルジェが机の前に座ってコーヒーを飲んでいた。同じ白衣姿だが、アルジェは中に真っ赤なジャージを着ている。昨日の私服から着替えたみたいだ。今日も金髪美少女はとても綺麗だったが、その分学校の真っ赤なジャージが死ぬほど似合わなかった。ジャージに着替えたのは、アルジェもここに泊まったのかな。 器用なもので、コーヒーを飲みながらも、一心不乱にパソコンのキーボードを片手で打ち続けている。 「おはよう、マサキくん。よく眠れたかね」 「はあ……」 まだ、身体の節々が痛い気がするが。特に目立った外傷はない、内臓が痛い感じだ。夕食も朝飯も食べていないから、お腹が空いているはずだが、食欲はなかった。
「日本のインスタントコーヒーは、すごくすごくおいしいな、君も飲むかね」 「いただきます」 アルジェが、子供みたいに目を輝かせておいしいおいしいと、とてもおいしそうにガブガブと飲んでいたので、なにか特殊なおいしいコーヒーなのかと思ったのだが。 アルジェが淹れてくれたが、ごく普通のインスタントコーヒーだった。 「今後のやり方なんだが、とりあえず好きなようにやりたまえ」 アルジェはすごく投げやりだった。 「あの……好きなようにといわれましても」 集団催眠の難しさは、たしかに昨日初めてやってマサキの気がつくところでもあったのだ。考えていたよりも実際はとても難しい。アドバイスしてくれるなら助かる、だからこそ昨日も素直に師事したのに。 「私も色々と忙しいんだ。細かいところを最初からいってもしょうがない。問題が発生しだい添削してやる、相談があったらここに来ればいいから」 そういいながらも、アルジェは右手でコーヒー飲みながら左手でモニターも見ずにパソコンのキーボードをものすごいスピードで打ち続けている。その姿を見て、マサキはピアニストみたいだと思った。片手に湯気の立ったマグカップを持たずに、白衣の中に来ているのが真っ赤なジャージでなければ、きっと美しい絵になったはずだ。 「あの昨日、休暇っていってましたよね、何が忙しいんですか」 「いやあ、デートの誘いやラブレターが殺到しててね。断る文面を考えるのも一苦労なんだよ。モテる女は辛いね!」
そういって楽しそうに鼻で笑って、またコーヒーをむやみに作って、がぶ飲みしている。絶対嘘だ。たしかに、右手だけでポットを操作して、インスタントコーヒーを延々と淹れて、がぶ飲みする辺りは器用だが……こういうのが天才なのか。 アルジェは隠そうともしないので見ていいのかと、興味を持ってパソコンのモニターを覗きこむと、なにか真っ黒い画面に白い数式と英文が踊りまわってる。ものすごい速度だ。 (これウインドウズじゃないよな……) マサキだってオタクの端くれ、パソコンのプログラムは、見るだけなら少しは分かるが、こんな奇怪な言語は見たことがない。これが万が一、本当にラブレターだったら、多分あて先は太陽系外からだろう。 「あ、そうそうこの消費ペースでいくとインスタントコーヒーが切れそうだから、お昼までに買ってきておいてくれ。飲み比べしたいから、各種メーカーの粉を全部な。あとコーヒーがこれだけおいしいんだから、ココアもうまいかもしれん。買っておいてくれ」 「そんなにコーヒー飲むと、胃が荒れますよ」 「私は天才だから大丈夫なのだ。私の偉大なる脳細胞と美容細胞はカフェインの過剰摂取によりまかなわれている。コーヒーの確保は、弟子の一番大事な仕事だからくれぐれも忘れないように!」 その言葉に、逆らうのは無駄と判断して、ハイと答えて保健室を出て行くことにした。ここにこれ以上いても、アルジェは壊れたレコードみたいに「コーヒーがおいしい」しか言わないし、時間の無駄なような気がしたからだ。 「変な人の弟子になっちゃったなあ」 それでも、一人より味方がいたほうがなんとなく心強い。マサキは朝の学校の廊下を足早に駆けていくのだった。
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