第十一章「まんしょんぷれい」 |
さて、ついこの間あやうく芽衣子に殺されそうになった我らが幸助くんはというと、やっぱり時間停止を使って女を犯すしかやりようがなかった。 とりあえず、芽衣子のほうの問題が片付いたので彼の時間的制約はなくなったともいえるのだが、これで本当にこんなことをやっていて成長できるのだろうか。 まあルシフィアと対峙しようにも、外堀を埋めたままでチェックメイトする決め手がないのが今の幸助の現状だからしょうがないともいえるのだが……成長への糸口を探すような気持ちで、彼は今日も陵辱にまい進する。
クラスメイトをあらかた犯しつくした幸助は、今度は担任教師の如月弥生を狙うことにした。学校ではなく、わざわざ深夜に時間を止めて自宅に出向いたのはちょっと酷いことをするつもりだからである。 弥生の自宅は学校の職員室で調べることができた。いまどき紙ベースで職員情報を綴ってるって、情報管理が遅れている。学校法人なんて、こんなものなのかもしれないが、紙媒体だとパスもかけられないので、職員室に入られたら経歴から住所年齢まで丸分かりになる寸法である。ちなみに、如月先生は二十四歳だった。 独身教師の如月弥生はマンションで一人暮らし、意外にも幸助の自宅にわりと近い位置にあったので、深夜に自転車で向かう。月夜と街頭が照らす深夜を、自転車で移動するのも中々珍しい経験だった。 「時間停止させてないと、補導とか不良とかが怖くてこんな時間に出歩けないからね」 ちょうど午前零時も過ぎたあたり、幸助の家は駅近くの住宅街のほうで、如月先生のマンションは国道寄りにあった。 「あの部屋かな」 如月先生の部屋は501号室。右から順番だとすると、たぶんあの部屋だろうと目算はついた。カーテンからベランダに差し込む明かりは、在宅でまだ起きてることを示す。 「まだ起きてるのか、明日も学校なのに……寝てくれてたほうが都合がよかったんだが」 起きてるものは仕方がない。 自転車のかごから、荷物を担いで入り口へ。 「入り口、住人じゃないと開かないのか……」 がっちりと頑丈そうな二重のガラス戸で仕切られている。他の住人や宅急便でも着たときに一緒に通ってしまえばいいのかもしれないが、深夜なのでそんなものを待っていても埒が明かない。 「これは困ったな……」 ぴっちりと閉じている自動扉を見て途方にくれる。時間が止まっていても、こじ開けるのは無理だろう。割れば時間が動くと同時に非常ベルがなって厄介なことになるだろうし……これじゃ入り口からは無理だな。 「ああ……そうか、災害用の非常階段があるはずだな」 裏の非常階段から回れば、こっちは入り口に施錠もなく普通に侵入できた。これじゃあ、認証の意味がないような気がするのだが。もしかすると、管理人室からカメラで監視されてたりするのかもしれない。時間が止まっているので問題はないが。結局は地方都市の普通のマンション、形だけのセキュリティーで、結構ルーズな警備なのだろう。 壁に張り付くように作られている無機質な鉄骨の非常階段を登っていく幸助は、なぜか妙にわくわくするのを感じた。 この部屋かな……。ちゃんと表札がかかっているので間違えようがない。 喜び勇んで、ドアノブをまわすと…… 「……鍵がかかってる」 どこまで、幸助はアホなのだろう。それはマンションの部屋の扉に鍵ぐらいかかっていてあたりまえだろう。 「そうだ……」 時間を動かして、イヤホンを鳴らして隠れる。 しばらくして、「こんな時間にだれよ!」とか弥生は悪態つきながら、ガチャリと扉があけた。 また、すかさず時を止める。 「如月先生が起きてて……結果的によかったわけだ」 もし、早めに弥生が寝ていたら扉を破壊して入らなければなかったわけだ。 チェーンをはずしてマンションの扉を開けるほど、弥生も馬鹿ではないようで。幸助は、かかっていた扉のチェーンを隙間から手を伸ばしてそっとはずし、不機嫌そうな弥生と扉の間を抜けて、入っていく。そして、また内側からチェーンを止める。 「さてと……」 なんというか、本当にただの1LDKの狭い一室である。ベットが一つあって、テレビがあって板張りの床には女性誌が乱雑に散らばっていて、安物そうな化粧台が一つおいてあって、その前にまた乱雑に化粧品が並んでいる。台所には、酒の空き瓶や弥生が飲んだらしい缶ビールの空き缶が山のようにビニール袋に包まれて置かれている。なんか雑然とした部屋だなあという感想。 そのカオスには女性らしさの欠片も感じられずにがっかりした面もたしかにある。 だが、逆に考えてみれば独身女性の一人ぐらしなんてこんなものなのかもしれない。 幸助は、山本姉妹の綺麗な住まいしか知らないので、その独身女性の一人暮らし生活のリアリティーに衝撃にも似た奇妙な色気を感じた。 安物の香水が仄かに匂い立ち、また安物そうな少しくたびれた下着がカーテンの内側に干されているのがまたエロスを感じさせる。 「隠れられそうな場所は……ベランダ以外ないか」 ベランダの鍵が開いている、まあ五階だから無用心にもなるか。 とりあえず、幸助はベランダの外のカーテンから室内の様子を伺うことにした。そのようにして、時間をまた再起動させる。 「まったく……なによ、こんな時間に悪戯? 馬鹿にしてっ!」 悪態つきながら、疲れた眉をひそめるようにして、機嫌が悪そうに荒々しく鍵を閉めて、室内に戻る。学校では声を荒げる姿も見たことがないというクールビューティーの如月先生が、自分の部屋に一人だとこんな顔を見せるということに幸助は驚く。 これが、仕事の顔とプライベートの表情の違いというやつか。 テレビをBGM代わりに足投げ出すように座り、鏡に向かって眉を整えながら、たまにマナーモードの携帯がブーンブーンと鳴っているのは友達とメールでもしているのだろうか。風呂上りなのだろう、寝巻き代わりのシャツにジャージの下という百年の恋も冷めそうな色気のない格好だが、ブラもつけてないで透ける乳頭はそれはそれで高校生の幸助には強い刺激で、別方面の淫靡を感じさせる。 弥生が教師という職業のためか、おとなしめの自然派メイクでよかっただろう。マニュキュアもつけてないのだから。風呂上りで化粧すらしていない弥生が、眉でもなかった日には変に繊細な部分がある幸助は犯す気もなくなってしまうかもしれない。 元々がわりと端正だし、まだ若いからノーメイクでも可愛いものである。まだ乾ききっていない風呂上りの艶やかな髪は、これはこれで大人っぽい魅力を感じさせる。弥生は、まさに女の盛りを迎えつつある年齢なのだ。 「なかなか寝ないな……」 最初は弥生の素の生活を覗くだけで興奮していた幸助も、全然眠らないので、ベランダで部屋を覗きながらジリジリとする。寝不足は美容に悪いんじゃないだろうか。午前は一時を過ぎようとしたころ、ようやく電気を消してベットにもぐりこんだ。 ただ、幸助の計画ではここからが長いのである。弥生の寝息が聞こえるようになってからも、しばらく待たなければならない。完全に熟睡して、夢でも見るには三十分は待たないといけないだろう。
「も、もういいだろうか……」 静かに時間を止めて室内に入る。大きなボストンバックの荷物を片手にしている幸助は、電気をつけてからおもむろに荷物を取り出す。全身拘束具に、目隠しに猿轡、ローションに、大きさの違う各種バイブ。ベットを汚さないように専用のマットまであるのだ。SMプレイグッツ……というより、これは完全レイプグッツか。こんな道具を「試して見ないか?」というマサキから借り受けてきたのだ。 すぐにシャツと、ジャージとピンクのパンツを剥ぎ取って真っ裸にすると、その身体にゴム製の黒い全身拘束具を貼り付けていく。まるで、大きな輪ゴムが無数に身体に巻きつくような構成で、身体を傷つけずに胸や股など大事な部分はさらけ出して、大また開きになるというのがこの拘束具の売りである。 手先が器用なマサキならあっという間なのだろうが、拘束初心者の幸助にとっては、まるで慣れていないプラモデルを造るようなもので、説明書を何度も確認しながらかなり苦労して拘束した。まあ、時間はいくらでもあるから、それなりにちゃんとした拘束をすることはできた。そして、黒い目隠しに猿轡もちゃんと弥生に取り付ける。 「なかなか淫靡な姿だな……」 あのお堅い数学教師が、手足を縛られて大また開き。まるでM女の変態女のようで興奮する。本当なら念入りな前戯をするのだが、あえてここは、股をローションでベットベトにしてやる。 「いや焦るな、ここは先に肛門からだ」 アナルビーズにローションをなじませ、一個一個数珠つなぎのそれを肛門へと嵌めていく。 「う……うっ……」 穴に一個一個ビーズば入るたびに、うなってはいるようだが、まだ時間を止めているのでアナルをえぐられる強烈な感覚でも、目を覚ますことはない。ぼこっ、ぼこっと中指ほどの大きさのビーズを肛門に埋めていく。 散々ローションで慣れさせてはいたものの、経験がなかったらしく居れるのには苦労した。まったくしてなくても、うんこが出る器官だから指程度の大きさのビーズが入らないわけもない。 それでも直腸の中をうねって、お腹の中にビーズが溜まっていく感覚が酷い圧迫感をあたえるのか、弥生は苦しみに息を荒くした。 「うっ……」 十個のビーズが全て弥生のお腹の中に埋め込まれる。 「これでよしっと」 そして幸助は残酷なことに、こうやって完全に弥生の身体の自由を奪ってから時間を動かせ始めた。
|
第十章「はかい」 |
山本姉妹の家に行かないとき幸助は、たいてい円藤希の家に向かう。もちろん、希の家にいるはずのマサキと話すためである。学校でのルシフィアの様子、催眠道具の微調整、そして幸助の今後について、相談したいことは山ほどあった。希とはいまだに打ち解けていないが、妹の望とは気軽に話しもできるのでそれが楽しみでもあった。 望のいうとおりなのだ。一度秘密を共有できる相手ができると、それを黙っていて過ごすのにはストレスが溜まるのである。 もう少しで、希の家につくというところで小学生の女の子に話しかけられた。 そう思ったのもつかの間、巫女服だったのでもう反射的に分かってしまう。 平賀神社の一人娘、平賀芽衣子。おん歳十八歳であった。 緋袴という目立つ服装は、芽衣子だと見分けるのには最適であり、これも彼女にとっては利便性があるのだと幸助は気がついた。これで、子供っぽい服でも着ていようものなら顔を知っている相手にすら、近所の子供だと勘違いされてしまいかねないだろうから。 「富坂さん……すこし話をしませんか?」 「いま、円藤さんの家に向かってるところなんだよ。よかったらそこで一緒に話さないか」 「いえいえ、神社のほうが安全ですから。それと二人でちょっとゆっくりと話したいこともあるので」 そうやって人懐っこい笑みを浮かべている。上目遣いに見上げられると、性的な意味でなく可愛らしいので学校で人気があるのも頷ける。円藤家が危険だとは思わないが、断る理由もないのでついていくことにした。 山を回りこむように歩いて、すぐ向かい側までいけば平賀神社なのだ。去年の受験前いらい参拝していないし、たまには行くのもいいかとも思ったのだ。 平日の神社というのは人気がないものだ、ここは日持ちしそうにない饅頭なども販売しているのに、経営は大丈夫なのかと心配になってしまう。神社を回りこんで、奥の家のほうに通された。貧乏神社と思いきや、意外にも円藤家よりもでかいのでびっくりしてしまう。 「でかい家だな……」 「いえいえ、古いだけですから、申し訳ないですけど家のほうではなくてもっと奥までついてきていただけませんか、二人で話すのに最適な場所があるので」 「そうか……って、森に入るの?」 断る理由も思いつかないのでついていく。注連縄で厳重にくくってある場所を何度も乗り越えて、山の中に分け入っていく。怪しいと気がつきそうなものなのだが、何度もいうように幸助は素直な性格なのだ。ただの馬鹿ともいう。 「ここらへんですね、あっもうちょっと右に……そうそうあと半歩右です」 「えっと、なんでこんなただの空き地みたいなところに」 古井戸と苔むした社がある以外は、何の変哲もない森がちょっと開けた空き地である。さすがに、ちょっとこれはおかしいぞと幸助が考え出した矢先。ドン! と平賀芽衣子が足を打ち鳴らした。 その衝撃で、幸助の地面がパカッと割れて。 「うああぁぁぁ」 あとは、落下するのみであった。
幸助が激しい落下の衝撃から暗んだ目を覚ますと、そこは薄暗く岩に囲まれた四角い部屋であった。前面が岩張り、というか岩をくり貫いて造られたのではないかと思う空間。天井の幸助が落ちた穴から、芽衣子が覗いている。 「すいませんね……私が力不足なんでこんなジワジワとした殺し方しかできなくて」 「殺し!? いったいなんのつもりだ」 「うちの神社は、いまでこそ平賀源内神社ですけど……大昔は鬼を封じる陰陽師を代々輩出した霊山なんですよ。鬼がいなくなって、失業しちゃったんでいまは営業してないんですけど、こういうあなたのような能力者を殺すための仕掛けが、神社には残ってるわけです」 「だったら殺さないでくれよ……なんだよ俺が鬼だから殺すのか?」 「そうですね、ただの鬼だったらよかったんですけど……自覚はないんでしょうけど、あなたの存在は危険すぎます」 「そんな理由で殺されてたまるか! ……わる」 幸助は時間停止をしかけた。だが止まらない。 「無理ですよ、あなたの力はこの神社の中では使えません」 「そんな……ゲホッ、ゲホッ、なんだ息苦し……」 「そろそろ効いてきましたか、この落とし穴に天然の有毒ガスを流し込んでいるんです。そんなに苦しまずに死ねると思いますよ」 「ばかなことを、これは殺人だぞ……」 「私はあなたと学校で接点ないですし、今日も誰にも目撃されてないと思います。万が一ばれても天然ガスの中毒による事故死だと説明します」 「くそぉ!」 何度も時間を止めようとしたが、止まらなかった。よく床を見渡せば、朽ちかけた人骨らしいものがたくさん床に落ちている。壁をつたって登ろうにも、表面は磨かれて手をつく隙間もない。鉄のように堅い岩で、どれだけ叩いても傷一つつけられそうにない。絶対絶命であった。 「最後の食事とかは無理ですし、タバコも生憎切らしてましてご要望にはお答えできませんが、何か遺言があれば聞かせていただきます」 「……助けてくれ」 本格的に息苦しくなってきた、ガスが充満しはじめてきたのだ。たぶん幸助はもう長くない。もし、ここで幸助に一点の脱出口があったとすれば、それは平賀芽衣子そのものであった。彼女は、穴に落としたら無駄話をせずに、さっさと逃げてしまえばよかったのだ。そのほうが、犯行現場に留まるよりもより安全である。 この、犯人がペラペラと自供したり、長口上を話したりする現象は、心理学的には良心の呵責の表れであると言われている。彼女は、人を殺すこと……鬼と称していても現代人の倫理観のある彼女にとって、人を殺すことは初めての経験だった。 幸助が口先三寸で彼女の呵責の急所をついて、説得できれば脱出は可能かもしれない。だがそれをチャンスだと捉える余裕も、その話術もいまの幸助にはなかった。 あと数分で、幸助は死ぬ。だから、必死で叫んでいたのに、もう平賀芽衣子の声は聞こえなかった。きっと自分を置いてどこかに逃げて、今頃アリバイ作りでも始めているのだろう。そう絶望した幸助の耳に、希望の声が聞こえてきた。
「おい、希……芽衣子を気絶させたらガスの止め方がわからないだろう。やばい、気がつかないぞ。女の子の腹を、どんだけ強く殴ったんだよ」 「すいません、私が何とかしますから」 そう希の声が聞こえた瞬間に、「ドカン!」と馬鹿でかい音がして、天井に大きな穴が開いた。ぱらぱらと岩の破片が落ちてきたので慌てて逃げる幸助。その幸助の腰を、ザクッと掴んで希はまた飛び上がって、新しい穴を天井にぶちあけて着地した。 岩の破片が頭に当たる痛みがなければ、現実だと信じられないぐらいだ。 「あ……ありがとう」 「……どういたしまして」 地上では、気絶した平賀芽衣子を抱き上げているマサキが、こっちを呆れたように見て声をかけた。 「もともと、落とし穴が開いてるんだから、新しい穴を開ける必要ないだろ……しかも二つも」 どうやって堅い岩盤を拳で割るのかも聞きたいところだが「岩の柔らかそうな部分を殴る」とか、平気な顔で言ってきそうなのでやっぱり聞きたくない。円藤希は、あいかわらず笑えない冗談みたいな怪力ぶりだった。 「こんな危ない施設……いっそのこと、破壊したほうがいいかと思いまして」 一応、希にも考えがあるようであった。でも、拳で叩き割ったときの密やかな笑顔を見ていると、やはりストレス解消としか思えない。 あまり希を危ない目に合わせたくなくて、強いと分かっていても切り札にしか使わないマサキだったが、もしかすると適度に活躍の場所を作ってやったほうがいいのかもしれない。
もう幸助は結構ガスを吸ってしまったのでぐったりとしている。ただ呼吸困難に陥れて殺すだけの、毒性の薄いガスであるので解毒は特に必要ないだろうが、しばらくは安静にしていなければならない。 「希は、幸助くんを家まで送ってやってくれ。ぼくは、平賀芽衣子を連れて行って、話をつけてくるから」 マサキを一人にするのを心配する希だったが、マサキに命令と言われると幸助を抱きかかえて去っていった。さてと、マサキは平賀芽衣子を抱いて神社のほうまで戻る。マサキは昔に比べれば身体を鍛えてもいるし、小学生の身体つきなので、これぐらいは軽いものだった。 裏口から勝手に座敷に入り、布団を敷いて芽衣子を寝かせてやる。だだっ広いわりに、普段は親と芽衣子しかいないから、親は夜までは社務所に詰めているし、この家にはマサキと芽衣子の二人っきりのはずだ。もし、誰かいて不法侵入をとがめられたとしても催眠でなんとかできるということもあるが、このマサキの前で寝ている娘はいま殺人をやらかそうとしたのだ。それに比べたら、たいした罪でもあるまいとマサキは思う。
「んっ……」 「目が覚めたか」 「はっ……マサキ様!」 そういって、正座する芽衣子。希の強烈な一撃を受けての起きたてにしては、見事なものだ。ダメージが残っている様子もない。小さな身体なりに芽衣子も、精進しているということなのだろう。 「失敗したな芽衣子」 「……言い訳のしようもございません。監視されていたのですね」 幸助を監視していたのが、忍者ばりに気配が消せる佐藤理沙だったので、気がつかなくても当然だろう。芽衣子と合流した時点で、すぐ希とマサキに連絡が行って事なきを得たというわけだ。 「ぼくは、幸助くんに手を出すなといったはずだ」 そう、マサキは言う。芽衣子には、催眠をかけてはいない。巫女の力を持って生まれてきた芽衣子には、催眠がかかりにくいのだ。だから、マサキの家族ではない。あくまでも協力を依頼しただけで、命令ではないのだが、それでもだった。 「マサキ様も、富坂さんの危険性は理解しておいでなのでしょう……あれは鬼なんてものではありません」 「それはそうだが……友達なんだ」 「佐上ルシフィアがそうなら、まだ許せました。でも、富坂幸助だけは駄目です。あれは時間を止める能力ですね、あんな力はこの世にあっていいものではない!」 「だから、人を殺していいという理由になるのか」 感情的になる芽衣子に、冷静に諭す。 「……なります。富坂幸助がもし邪悪なものとなったら、この世の全ての人間を殺し尽くすことだってできる。彼が地獄に落ちたら、その瞬間に世界全てが地獄に落ちるんです。そんな力は鬼ですらない、忌み神ですよ。世を滅ぼすものです」 「それをさせないのが人の知恵だろう……人類を七度死滅させるだけの大量破壊兵器を持ちながら、平然と日常を生きているのが今の人間というものだ」 「私は、陰陽の巫女です。現代にあんな化け物が蘇って、消えていたうちの神社の封鬼の力も戻りました。これは、私に鬼を滅ぼせという神意だと……」 「だったら、ぼくは神に逆らってやる……お前を巫女でなくさせる」 そうやって、マサキは布団の上に座る芽衣子を押し倒して抱きしめた。抵抗しようとした芽衣子を、組み伏せて押さえつけてしまう。技としては、お互いにそこそこできたが、何分にも体格差がありすぎる。小学生サイズの芽衣子が身体の大きなマサキに押さえつけられて、身動きできるはずもなかった。 「巫女でなくさせるって……意味がわかっていってるんですか」 「ああ、本気だよ」 そういって、スルスルと帯を解いてしまう。袴を剥ぎ取るのもあっという間だった。こういう服を脱がすのはコツがあるのだ。脱がし難い服を脱がすのにかけて、マサキはすでにプロフェッショナルの域に達している。 色は白色だったが、芽衣子は大人らしい黒いレースの入った下着を着けていた。ああ、せめてこういうところだけでも歳相応にというか、芽衣子のいじらしい気持ちを感じて、少しだけマサキは脱がす手を止めた。 「前に頼んだとき、抱いてくれなかったのに」 「可愛い下着だな……」 「話を誤魔化さないでください!」 「誤魔化してはいないさ、お前を抱くという話をしている」 ブラも剥ぎ取ってしまう、可愛すぎる胸に可愛い乳首。さっと顔を赤らめて、胸を手で隠した。もう、拘束する必要もないだろうとマサキは手を離してしまったのだ。
実は一度、芽衣子はマサキに告白していた。最初、怪しげな催眠の力を使うマサキを鬼だと怪しんで近づいた芽衣子であったが、彼女は力があるからこそすぐにマサキがただの人間だと分かった。だらしない服装や、だらしない生活をしているように見えるから、マサキは皆に嫌われているけれど、本当は誰よりも優れていて努力をしているのだと芽衣子はすぐに気がついた。 マサキの精神は高校一年生という若さで、すでに禅の高僧のような境地に達している。吐く息は千に一つの乱れもなく、歩く姿はまるで蓮の上に舞うようで。芽衣子には自分があと千日の修養をしても、マサキの足元にも届かないだろうと思われた。コツを聞くと、自分に催眠をかけ続けたのだという、芽衣子の世界では、それは自分に呪いをかけるということであり、狂気と尋常のハザマを軽く飛び越えていくということだ。 自分と同じ人間、しかも天賦の才を持たぬただの人が、こんなにも高みに存在する。芽衣子は密やかに自分は特別だと思っていた驕りを打ち砕かれて、自分の目標よりも彼方に至っているマサキを羨んだ。そして羨望と尊敬が愛情に摩り替わるのに、そんなに時間は要らなかった。だから勇気を振り絞って、愛の告白もした。 断られるのは覚悟していた、自分は小学生の身体のまま成長が止まっているうえに、中身はマサキより二歳も年上だから、そんなチグハグな女を好きになってくれる男がいるわけもない。マサキには、たくさん魅力的な女性が取り巻いているようだから、ただほんの少しだけ自分にも向いてくれたらと優しさにすがってみただけだった。 断られた理由が、芽衣子には催眠が通じないということと、いずれ封鬼の力が役に立つから巫女としての資格を失って欲しくないということだったのが納得いかなかったが。それすらも、佐上ルシフィアの登場で「やはりマサキ様の読みは自分の想像を超えている」と更なる信望にもなった。自分はこのためにここにあったのだと改めて自信を持つことも出来た。 それなのに、それだというのに。ついに時間を止めるという人類の敵とも言える異能を持った鬼が現れて、自分が退治しようとしたところを「友人だから止めろ」と。あまりにも「それはないじゃないか!」というのが、芽衣子の気持ちだった。こんな気持ちのままで、マサキに抱かれて、ただの人間になってしまうなんて余りにも酷いじゃないかと芽衣子は悲しくて泣く。
|
第九章「これから」 |
マサキに「これからどうするのか」と聞かれて、幸助がクラスの女子を全員犯すというアイディアを話したときに、マサキは噴出すように笑いだした。あまりにも幼稚な考えだから、笑われたのかと思ったら、マサキもむかし似たようなことをしたらしい。学生の考えることなど、そんなに変わらないのだ。高校一年生のマサキがむかしというのだから中学生のころということになる。それと同じ……ということはやっぱり幼稚ということなのだろうが、それでも幸助は少し嬉しかった。同じ道を歩むなら、それはやはり同じように成長できるかもと思えるからだ。 能力を自覚的に育てていこうという幸助にとって、マサキは強い目標となっていた。 でも、斎藤美世だけは除外すると付け加える幸助に。 「やはり君と僕は違う」とマサキはまた楽しげに笑って見せる。 マサキは好きな娘はまず最初に狙ったそうだ。それはただ、美味しいものを先に食べるか後に食べるかということではなくて、根本的な資質の違いが現れているのだろうというのがマサキのいいようである。 違うということに若干の躊躇を見せた幸助にマサキは、それは、それでいい。むしろそのほうがいいのだと語った。 マサキの催眠術と、幸助の時間停止。能力が違えば、その資質も活かす環境も違って当然。だからこそ、結局はマサキのアドバイスは参考程度にして、幸助は自分の道を切り開くのが課題ではないかということをマサキは考えたのだ。
幸助は今日も、見た目は普通の高校生のように、特進科二年二組の教室で授業を受けていた。その頭の中は、今日は誰をどのように犯そうかということに集中している。時間停止能力というのは、通常の生活では応用力の幅が広い。 分からない問題を当てられたとしても、おもむろに時間停止して他の人の答えを見ればいいのだから。すでにそのような便利な使い方を幸助は身に付けている。だから授業ではとりあえず、軽く概要だけ理解しておけばあとは違うことを考えていてもいいというものだった。 ルシフィアの読心術も、テストで使えば完璧なんだろう。成績がいいのも頷ける。マサキの催眠術は、そういう場面では使えないから、鬼の能力のほうが応用という面では幅広いのかもしれない。 「じゃ、今日はここまで」 四限目の世界史の野崎先生の授業が終わる。残念ながら男の教師だが授業をテキパキと進めて、チャイムが鳴る少し前に終わらせてくれるから、幸助は結構好きな先生だ。この先生が四限目に当たると、昼休みが長くなるのでありがたい。 ただ、今日の授業は早く終わりすぎて少し困った。午前の授業が全部終わってしまったというのに、まだ一人も犯していないのだ。別にノルマがあるわけではないけど、幸助はゲーム感覚で日に三人ずつぐらいこなしていって、一週間でクラスの攻略を終了させようと思っているので、何もアイディアが浮かばないまま四限目が終わってしまったのは困った。 「少し疲れてるのかな……俺」 休みなしで毎日三発、調子に乗ると山本佐知の家にも通うという頑張りっぷりを見せる。精液を出せば出すだけ、精力が鍛えられていくのが高校生といっても、ちょっと休みもとったほうが射精しすぎて軽く痛む睾丸のためにはいいのかもしれない。 「どうするかな、とりあえず先に飯を……」 昼食に行こうと立ち上がった幸助のまえに、松井菜摘が立っていた。どうしたと聞くまでもなく、独特なおっとりとした調子で話し始めた。 「五限目の化学の準備……富坂くん、忘れてるでしょ?」 「化学、なんのこと?」 とっさに何を言っているのか理解できなかったが、「ああっ」と思い出した。先週の化学の授業中にやっぱり授業をぼけっと聞いていた幸助は、当てられて答えられなくて注意されたあげくに次の授業の実験の準備を半ば強制的に押し付けられたのだった。 文系で化学なんて、受験に使わない、そんな教師に絡まれるのは馬鹿らしいことだと思っていたし、時間停止能力の騒動が持ち上がってそんな些事はすっかり忘れていた。別に放置したって、授業が少し遅れるぐらいだろうが、また注意されるのも癪だ。どうせ道具を準備室から出しておくだけだし、先に済ませて置いたほうがいいだろう。とりあえず、礼を言って立ち上がると、菜摘もついてきた。 「どうした松井」 「……私も手伝ってあげるよ」 手伝うほどのこともないと思ったが、次が何の実験だったのか思い出せないのに気がつく。教科書をチェックして思い出すのも、面倒だ。教えてくれるのなら助かる。 「なんで、手伝ってくれるの」 なんとなく、聞いてみると少し考えてから。 「……私、級長だからね」 そう、答えた。なるほど。そういえば、そういう役職もあったなあと思い出す程度。特進科は、受験重視だから委員会活動とか、クラブ活動とかは全然活発でない。みんな自分の勉強だけが大事なのだ。なんだかんだ委員を安請け合いして、走り回ってるのは生来の世話焼きの美世ぐらいのものだ。 菜摘と肩を並べて、三階の化学室に向かう。特に会話もないけど、気まずいとも思わなかった。なんとはなしに、彼女を観察してみる。幸助と比べると、菜摘は少し背が低い程度、容姿は地味だけど髪が猫っ毛で柔らかそうなのがいいし、いつも恥ずかしがっているみたいに頬が少し赤くてふっくらとして優しげなのは幸助の好みだ。 垂れ下がったようにかけているメガネをコンタクトに変えて、もうちょっと化粧するようにしたら、凄い美人になるかもしれない。そう想像できるのは、幸助も女性を見る目が出来てきたといえるだろう。 (そういえば、時間停止できるようになった日にトイレで菜摘を襲ったなあ) 菜摘が凄いのは、その肉付きだ、ぽちゃまで行かないけど全体的にふっくらとした身体つき。縮こまるようにしているゆったりとした制服のなかに、とんでもない爆乳とでっかい尻が隠れていることを幸助は知っている。菜摘の長いスカートに隠されている太ももは、すごく触り心地が良くてエロいのだ。
そんな不躾な視線を送っていることに気がついたのか、菜摘のほうから話しかけてきた。 「富坂くんと、私って少し似てるかもね」 「いや……そうかなあ」 唐突に思っても見ないことも言われたので、そんな返ししかできない。 「厄介ごととか、押し付けられやすいみたい。目に付けられやすいのかな、要領が悪いっていうか」 「優等生の松井と、俺は違うと思うけどな」 そういう間に、化学室についてしまった。隣の準備室の扉を開けると、やっぱり施錠されていない。危険な薬品とかもあるのに、無用心なことだ。 「危険な薬品は、専用の棚に鍵がかかって入ってるから大丈夫なんだよ」 そう、菜摘が教えてくれた。幸助が、どの用具を運んだらいいのか聞くと「やっぱり授業を聞いてなかったんだね」と呆れられた。まあ、どうせ落ち零れですよといじけることもないぐらい自分のだめっぷりを達観している幸助なので、菜摘の言いなりに実験用具を運び始める。 体力がないらしい、菜摘が重そうにふらふらと尻を揺らせながら用具を運んでるのを見て、ふと「これチャンスなんじゃね」と幸助は足を止めた。 昼休憩はまだ始まったばかりだ、そうしてほとんどの生徒は食堂のほうに行ってしまうので三階の化学室の近くなんかに人気はまったくない。菜摘は時間停止の初めての日に悪戯したけど、まだ性交していない。 そして、なにより大事なのは「このシチュエーションってけっこういいんじゃないか」と股間の息子がムクムクと元気を取り戻してきたことである。やる気が出てきた。菜摘が用具を落としても可哀想なので、よっこいしょと置いた瞬間を狙って時間停止をしかける。 「……わる」 うーん、見事に菜摘が用具を置いた瞬間に止まった。時間停止のタイミングを計るのはどんどんうまくなっているようだ。菜摘は手を前に出して、腰を突き出したような体勢で止まっている。さて、これをどうするべきか。 「とりあえず、パンツは下ろしてしまおうね」 子供っぽい、ゴワゴワで厚いシマパンだった。身体に反して、つけている下着は色気のかけらもない。 「うわ、やっぱ尻から太ももにかけてのラインが、ムチムチだよな」 パンツが尻に張り付いて、脱がせにくいぐらいだ……エロい尻だな。もっとちゃんとすれば男を悩殺できるのにな。 上着も前だけ、ボタンをはずしてこれもまた飾り気のないクリーム色のブラをはずす。はずした瞬間に、柔らかい胸がブルンブルンと飛び出してくる。 「こういうの、軟乳っていうんだっけ」 指で押すと、少し冷たくて、どこまでも吸い込まれていくような感触。 他の同級生の乳みたいに堅い張りがなくて、ただ柔らかさだけがある。押さえつけてあるブラをはずすと、蕩けるゼリーのようにプルプルと溶けて落ちていかないか心配になるほどだ。不思議と、これでおわん型の乳の形成は保てているのだから、人体の不思議というしかない。 これだけ大きい乳になると種類がないのだろうから、上下で揃いのものもないだろうし、身体に合う下着を選ぶのも大変なんだろう。 「これだけのエロい身体を使わないというのも、もったいないよな」 胸を後ろから揉みあげるようにしてみる。掴んでも、指の先から落ちて生きそうな柔軟。五本の指が、どこまでも軟乳の中にめり込んでいく。蕩けるような手ごたえ、生き物の肉であると感じさせるのは、その指が包み込まれるような体温の暖かさだ。 「こんなんで、おっぱいを刺激しても感じるのかな」 やや厚めの乳輪が、薄くピンクに色づいているが乳頭も色が薄くてほとんど同じ感触で蕩けるように柔らかい。やはり、強く刺激するとしたら先端部分だろうと、周辺部から先端をこすりあげるように刺激してく。 そうやって、揉みあげていくと先端の乳輪の色が桃の花のように仄かに色づき、乳頭にすこししこりのような感覚を指先に感じてきた。先っぽが、形づいて堅くなってきたのだ。 「おお……」 指の中で、徐々にムクムクと湧き上がってくる。それをこすりあげるように刺激すると、硬く硬く乳頭が盛り上がってきた。思わず前に回って覗き込むと、幸助の指の中で色濃く大きな乳頭が盛り上がってきたのが見えた。 「陥没乳頭ってわけじゃないんだな」 前に回って抱きかかえるようにして、乳頭を吸う。少し菜摘は体温が低いのだろう。さっきまで、すこしヒヤリとした菜摘の胸は幸助の手の中で暖められるようにして、暖かくなってきた。 「ふうっ……」 少し、菜摘の息が荒くなってきたように思える。それは、これだけこねくりまわされて、不感症でもないかぎりは、感じないわけもない。胸だけでなく。お腹や肩も撫で回してみる、少し冷たくて気持ちがいい。全体的に柔らかいというか、フニフニしている。引き締まった身体もいいが、これぐらい肉付きがあるほうが幸助は好きだ。 たっぷりとした太ももから、ゆっくりと股に手を伸ばす。しゃがんで覗き込むように股を確認したが、まだ濡れるほどではないみたいだ。
|
第二章「拒否拒絶」 |
「いい加減、起きてくれますか」 裸の一則に抱きつかれたまま、朝から身動きがとれずにサオリは困っていた。体格差がかなりあるせいか、抱きすくめられるとサオリの力ではなかなかはずしようがない。 「あ……ううん、ごめん」 ようやく起きてくれたようだった。あのレコーダーの暗示のおかげでサオリは最近特に寝起きがいい。なんだか、腰の辺りに少し重い違和感があるが、一則に強く抱かれていたせいだろうと思った。それを除けばまったくに爽やかな目覚めだといえる。 それに比べて一則は、なぜか寝不足気味のようだった。 「なんで抱きついてくるんですか……」 「寝ると抱き癖があるんだよ」 「なるほど、それならしょうがないですね」 相手に悪気がないなら、しかたがないと簡単にサオリは納得してしまう。
そういえば、桑林課長、「通りすがり」「通りすがり」と、結局家に帰らなかったみたいだけど、朝食とか着替えとかどうするつもりなんだろう。そう考えて、まあ他人ごとなので「どうでもいいや」とすぐに思い直した。 サオリは、最近すっかりさっぱりと細かいことは気にしないことにしている。そうしていれば、日々悩みもないから、健やかに余裕をもって生きていくことができる。ストーカー対策のおかげで、自分の神経質なところも治せて不幸中の幸いとはこのことだと、朝から楽しい気分で軽い朝食を作って食べる。 サオリがトイレに行くと、下腹部の調子がやはりおかしかったうえに、陰毛が全部なくなっていたのだが、それも「まあいいや」で終わり。気にしなければたいしたことではない。おしっこしたら、不調はほとんど消えた。毛だってまたすぐ生えてくるだろう。見られて困るような彼氏も、いまはいないのだから。
またいつものように始まって、いつものように終わり、家に帰って一人でご飯を食べてお風呂に入る。最近の違いは、一則が一緒に入るようになったということだけ。 「桑林課長……もうちょっとそっちにいってくれませんか」 「狭いからなあ……」 浴槽のなかで、一則はもう調子に乗って身体を弄るようになっていた。浴槽は狭い、そして私たちは二人。それは、まったくもって満員電車で偶然身体が触れてしまうような、そんなどうしようもないことだとサオリは理解していたのだけど。 一則に悪気はなくても、それに嫌悪する感情と感覚はきちんと持ってしまっているのだった。隣の人の匂いが気になるように、顔を近づけられると一則の肥え太った身体からは、中年特有の鼻を突く加齢臭がする。さらに、なんのつもりか舌を伸ばしてきて、嫌がるサオリの顔を口を嘗め回してくるのだ。 本当に歯を磨いているのかと疑いたくなるほどの匂い、そして舌が自分の口の中を蹂躙するように、入り込んでくる。歯を食いしばってなんとか押さえるのが、サオリの唯一できる抵抗だった。 古く慣れ親しんだ自宅の湯船というのは、命の洗濯、サオリにとって一日で一番リラックスできる空間であったはずなのに、ここで身体が綺麗になるどころか、汚されてしまうような気がして、早々に湯船からあがるのだった。
念入りに身体を洗っているときも、一則の悪乗りは続く。シャンプーを終えてほっと一息ついたサオリの目の前に、一則の巨大なチンコがあって、叫び声をあげる暇もなく顔に思いっきり射精されたこともあった。眼も鼻も口も、ドロドロの黄色が混じる精液に汚されて「これは何かの病気になるんじゃないか」と不安に思うこともしばしばだった。 身体を洗っていると、たまに前から抱きついてくることもある。どうもいつも身体を洗うのに使っているタオルとサオリが似ているらしく、間違えて身体をこすりつけてしまうそうなのだった。 そうなると、そのたびに「私はタオルじゃありませんよ」と注意するしかない。押しのけたら素直にどいてくれるのだが、その数秒後また間違えて私の身体にすりついてくる。悪気はないと思っても、いい気はしないものだ。 そうこうしているうちに、その行為はどんどん激しくなってくるし、なぜか一則の息もハァハァと激しくなってくる。もう、その勢いは一則の全身でもってして、サオリの全身にぶち当たってくるというもので、押しのける行動を取るどころか、なんとか自分が身体を洗っているという状態を保つので精一杯だった。 「ちょっと、桑林か……ぎゃあああ! だめぇ! 入ってます! 入ってますから! 早くどいて」 そこで、初めて気がついたのだ。一則の巨大なものが、亀頭が隠れるぐらい、すでに半分も自分の大きく開かれた股の間にめり込んでいることに。 最近、サオリは危機感が鈍っている。いくら一則の出っ張った腹や自分の出っ張った胸で見えないからといって、挿入されていて気がつかなかったなんて。 「もうすこし、もうすこしだから!」 押しかえすのを諦めて逃げようとするサオリを、逃がさないように腰を掴まれてぐぐっと一則のほうにおしこまれた。すでに、一則のものはサオリの一番奥に当たっている。さすがにこうなると、サオリも挿入された感覚を味あわないわけにはいかない。 「あっ……あっ! だめぇ」 逃がそうとおもって腰を引くと、そのたびに一則のエラの張った張りが、いつのまにかなじんでいた自分の膣壁にこすり付けられて、ググッと自分の中が裏返されるような快楽に打ち震える。 そういえば、最近ごぶさただったからな、もう一年以上などと冷静に思考する余裕があるからこそ、このままだとやばいということが男の生理を知るサオリには分かっていた。一則は「もうすこし」といったのだ。もう少しで、破局が訪れる。 ドンと手をついて、一則を前に押し返すように、自分を後ろの床に倒れこませるようにして、その一度食いついたら離さないという勢いの一則の凶悪な一物を、なんとかニュルンと抜くことができた。 その瞬間に、目の前でプクッっと膨れ上がったかと思うと、盛大に一則は射精した。ドピュドピュドピュ! ビチビチビチッ! まるで顔に叩きつけられたような、熱を皮膚に感じる激しい勢いで、サオリの顔に胸に身体にと精液が振りかけられていく。ただ、しばらくサオリはどこまで射精するのかと。 壊れてしまったように一則の亀頭の先から、粘液が止めなく飛び出す光景を、呆然と見つめていた。 「ああっ……もう少しだったのに」 「なっ……なにがもう少しなんですか、もう少しでたいへんなことになってたんですよ。女の子の中で出したらどうなるかわかってるんですか、桑林課長は! レイプするつもりだったんですか!!」 これは、さすがに怒ってもいいだろうとサオリは思った。 「うーんタオルと間違えて」 「タオルに射精するんですか!」 「そうなんだよ……ぼくはいつも身体を洗ったあとにタオルで自分の股間を巻きつけるようにしてタオルの中で射精するんだよ」 「えっ……そうなんですか」 そういわれたら、しかたがないような気がしてくるサオリである。なんだか怒る気も失せてしまった。それでも、それでも、間違いが起こらないように釘を刺しておかなければならない。 「だとしても、気をつけてくださいね……取り返しがつかないんですから」 「そのときは、男としてぼくも責任を」 「気をつけてくださいね」 「はい」 その約束は当然のように、守られることはなかった。
もうレコーダーを聞き始めてから半月以上になる、事前に貰ったお茶を飲むのだが、それも半分以上も残っている。すでに、入眠の儀式となっているこの行為は、するたびに気持ちが良くて次も絶対やらなくちゃと感じる。まあ、あたりまえだろう。それは、いつもサオリに最良の安眠をもたらしてくれているのだから。 だが、そんな安眠も、隣に眠っている醜い男の行動によって妨げられることになる。
「うっ……うっ……」 下腹部に強烈な、これはなんだろう痛み……違う。のしかかるような強烈な圧迫感、それは身体全体に感じる。股間には、熱に冒されたような……を感じてサオリは眼を覚ました。まだ夜だ。場所は自宅の自分のベットのなか、それは消したはずの煌々とついた明かりで分かる。 「なに……これ」 予想外だったのは、自分が真っ裸であるということ。しかも、強烈にひどい格好をさせられている。足を大また開きにして両手両足が引きつったように上に吊り上げられている。手足がまったく動かない。頭を、ぐっと後ろにもたげて見てわかったのは、自分が黒い革で完全に縛られているということ。まるでSMプレイのような拘束具だった。 「桑林課長……やめ、て」 思考が、事態に追いつくまえに本能的に拒絶の声が出た。のしかかっている圧迫感は、一則が自分に覆いかぶさっているからだ。巨漢デブの一則がのしかかっているのだから、いくら相手が手で自分の体重を逃がしているといっても、強烈な圧迫感があって当然だ。そうして、まるでセックスしているようなこの体勢は。 予想通りセックスしていた。いや、相手の意志に反してする性行為は強姦と呼ぶはずだ。サオリは、レイプされていた。 「ハァハァ……いや、違うんだよ」 「なにが、違うんですか! 私を縛って裸にしておいてっ!!」 息を荒げていて、そんなに腰を振っていて彼は何をしているのだろう。ここからは、自分の胸と、憎らしい一則のでっぱった腹に隠れて見えないが、確実にこの男のあの凶悪なあの蛇みたいな肉棒が、自分の大事なところに突き刺さっているのは、明らかだった。誤解も減ったくれもないはずだ。だんだん頭がはっきりしてきた。 拘束されて、無理やりセックスされているのを、レイプ以外のなんというのだ。暴行? 陵辱? 強姦? 相手の意識がないときにするのは準強姦罪だったか。とにも、かくにも、サオリは一則を男としては最大限に嫌悪しているのだから、これが合意の上の行為というのは自分が薬物で理性を奪われたと仮定してもありえないことだった。 「ぼくは、夜たまに自分を拘束して遊ぶことがあるんだけど、暗かったから自分と間違って早崎さんを裸にして、拘束しちゃったんだよ」 そういわれると、そういうこともあるかもしれないと納得した。でも、汗をかきながらハァハァしながら、私に全力で圧し掛かっている理由にはならないと気を取り直す。 「そっ……そうなんですか、でも明らかにいま、あなたは私にのしかかってますよね。ちょっとっ……あっ……話してるのに、腰を動かさないで! あのつまり、そのこんな体勢では見えないんですけど、あなたは私に……挿入してますよね」 言葉がでてこなくて、挿入なんていってしまった、サオリも焦り混乱している。 「それが、何とかしようと思ってこうなっちゃったの」 「どうして、こうなるんですか!」 本当は理由なんて聞いている場合ではないのに、話かけられると逆らえない。 「間違って縛ってることに気がついて、電気をつけて拘束を外そうとしたんだよ。そうしたら、蹴躓いて、たまたま、偶然、ニュルッとぼくのチンコが早崎さんのオマンコに入っちゃったんだよ」 「あっ……だから、腰を押し付けないで、どいて!」 「だから、退こうとして手をついたんだけど、運動不足で手に力が入らなくて」 そういって、一則は顔の横に手をついて起き上がろうとして、プルプルと手を震わせてまたサオリに、圧し掛かる。重たいし、それ以上に股間にやばい感覚がせりあがってくる。引かれるときすら、カリが膣の肉を削りだすようにやばい感覚なのだ。こんなことを、寝ている間になんどもされていたなら、いまの自分の身体の熱さも理解できる。 「わかった、わかりましたから、もう腰を動かさないでください!」 快楽と苦痛に、ガンガンする頭で考える。これをどうすべきか。一則は体力がないからどけないという、だったら自分がどくべきだ。 「ううっ……私がどきますから、この拘束を解いてくださいよ」 ガチャガチャと、力を込めて動かしても手首と足首がキュッと締まるだけでまったく身動きができない。あがけばあがくほど、きつく締まるみたい。 少なくとも、引っ張ってなんとかなるような、ちゃちな拘束じゃないみたいだった。 「ううっ……気持ちいい」 サオリが動くたびに、手と連動している足が動いて、腰までもが動いてしまうようで、それがサオリの中に深々と突き刺さっている一則の大きなペニスに快楽を与えているようだった。 ムクムクと、まるで自分の中で芋虫がうごめいてるみたいに、大きなカリ首をもった肉棒がうごめいているのが分かる。それを自分の膣は、単純に肉体的に反応してキュンキュン吸っているのだ。 男のモノを息子といったりするが、それは自分の意志に関係なく動くからだ。そういう言い方をしたら、サオリの膣も娘みたいなもので、快楽を刺激されると自分の意志とは関係ないところで、蠢いてしまうのはしかたがないことだった。 「はっ……だめっ……出したら駄目ですからね!」 サオリは賢い女性だった。自分の吐息すら、一則を射精に導いてしまうとわかっているので、なるべく息を潜めて刺激しないようにしながら、懇願する。 「わかりました……でも」 「動かないでください、なんとか拘束を開ける鍵みたいなのはないんですか」 「ああ、そうだ。緊急時のために、早崎さんの声の音声認識で、鍵が開くようになってますよ」 「音声認識?」 「ほら、顔の右のところに紙が書いてあるでしょう。そのセリフを、マイクに向かって叫べば開錠する仕掛けになってます」 気がつかなかった、サオリの右側に確かにでっかく紙で文字が書いてある。マイクもちゃんと出ていて……あっちにあるのはカメラ。 「ちょっと、あのカメラ」 「あれは機能してません、マイクだけです」 「なら……いいんですけど、このセリフなんですかっ! まるで官能小説みたいな」 「ぼくの趣味だったんです、まさかこうなるとは思っても見なかったので」 緊急時に使うシステムだという、たしかにこうなるとは思ってなかったのだろう。それにしたって、よりにもよってこんなセリフにしなくていいのに、サオリは少し一則を恨むがしかたがない。 「ううっ……こんなセリフ」 「やっぱり、ぼくが」 そうやって、一則はまた腰をゴソゴソと動き出そうとする。その微細な動きも、ぴっちりと挟まっている堅く張った一則の亀頭のエラが、サオリの股をえぐられるような、ゾワゾワとした感覚をもたらす。きゅっとあげて、ドンと腰を下ろすだけで、サオリの奥まったところがジュリ!っと巻き取られて、たまらない。 「あっ……だめ! まって! いいから桑林課長は落ち着いて、出さないようにとにかくこらえてください、動かないでください」 「はい、ぼくは早崎さんの指示にしたがいます!」 「これ結構ながい……ほんとにこれ全部読まないと外れないんですか?」 「そのうちのどこかが、キーワードになってるはずなんですよ」 「うう、それじゃ……どっちにしても全部読まないとわからない」 「そうだね、お願いします」 「うっ……うっ……一則さん……私のおっぱ……吸っ……ください」 サオリは真っ赤になりながら、ほとんど聞えるか聞えないかの音量で、まるでエッチな詩のようなセリフを読み上げる。 「ああぅぅ、愛してる、愛してる、もっと私の……ぉ……ん、ごりごりして、ああ……きもち……お……い……一則さん、一緒に……私の中で……ぉ……ん……たくさん……て。私を…………させて」 頭の中でセリフを知覚するだけで辛いというのに、とぎれとぎれで極力意味をもたさないようにサオリは読んでみた。ニマニマと、いやらしい笑いをしながら、サオリに圧し掛かりながら目の前のデブ男は、その様子を舐め取るように観察している。 小さく、あまり大きく動いてしまうと、また刺激になってしまうから、本当に小さく動かしてみたけど、ガチャリと音がして拘束は全然解かれていない。 「解けてないぃーー」 「声が小さすぎたんですよ、早崎さんがなにいってるか聞えなかったもん」 サオリは目の前でニマついている一則をキッと睨みつけた。サオリのなかで、何かがブチ切れた。サオリは頭で、ここは田舎の一軒家だから声が響いても誰にも聞えないという計算をして。そうして顔から上半身にかけて、りんごみたいに真っ赤に高揚させて、踏ん切りをつけた大声で言い放った。 「うぁぁぁあ! 一則さん! 私のおっぱい吸って! 愛してる! 愛してる! もっと私のオマンコごりごりして! ああオマンコ気持ちいい! オマンコいっちゃう! 一則さん一緒にいって! 私の中でオチンポミルクたくさん出して! 私を妊娠させて!」 「うっぉぉお!」 ものすごい大声と早口。一則は驚いて肛門をすぼめて、中で一物を少し小さくさせた。普段大人しい、サオリがこう出たのはびっくりしたらしい。 サオリは、ガチャガギャガチャといらだたしげに鎖を鳴らす、引っ張るたびにビチィと革はまとわりついて、締りが強くなるようだった。 「なんで! なんで外れないの!」 「早口すぎたんでは……」 「なんで、私のおっぱい吸ってるんですかぁ!」 いつのまにか、覆いかぶさっている一則がおっぱいに吸い付いている。 「だって、吸ってっていったじゃないですか」 「それは解除のためのセリフでしょ!」 「ああ、すいません頼まれたんだと思って勘違いを」 そういって、ニヤつく。勘違いならしかたがない。すでに挿入されているのに、いまはそんなことを気にしている場合ではなかった。とにかく、解除を。大丈夫近所には聞えない、もう恥ずかしがっている場合でもない。早すぎたんなら、かつぜつよくはっきりと叫べば。 「一則さん!」 キーワードはどれかが反応するはずだ、一言喋るたびにサオリはガチャリと鍵のついた鎖を引っ張る。そのたびに、手足が繋がっているのでサオリの身体全体が揺れて、サオリのでかいおっぱいもプルンと揺れる。 その揺れを心地よさそうに感じる、というか圧し掛かっている一則。 「私のおっぱい吸って! 違うだから違うから!」 一則は、右のおっぱいを持ち上げるようにして、殴りながら左のおっぱいに口をつける。二十三歳のまだぴちぴちのおっぱいであるので、自慢の張りのある胸はこんなときでも重力に逆らって上に向いている。だから、一則も吸いやすいし弄りやすい。なにが災いするか分かったものではない。 「愛してる! 愛してる!」 「ぼくも愛してますよ」 「違う、セリフだっていってるでしょう、雰囲気つくらないでぇ!」 また、鍵をガチャリと動かす。これも違う。 「もっと私のオマンコごりごりして! 違う……あぁぁあぁああ違うから!」 「気持ちいいですよ」 「なんで起き上がれないのに、腰は動かせるのぉ!」 「ああっ……出ちゃいそうだ」 「やぁは! ストップ! ストップとまって!」 手足は縛られているので、サオリは口で止めるしかない。 「ああオマンコ気持ちいい! いやゃああ、もうやだ!」 「気持ちいいんだね」 「だから、違うっ! オマンコいっちゃう! 手足を振り回すようにして、ベットの柱に繋がっている鎖を鳴らす。その力は、もうなりふり構わない勢いで、ベットがぎしぎしとゆれた。当然手足だけではなくて、太ももも腰も足も身体中が全てゆれて、当然のように腰が繋がっている一則の快楽へと還元される。なかで一則の男根がはじけるように、ニュプニュプとゆさぶられて、ピクピクと生物的に震えながら、その強度を増していく。 その数瞬、射精にもう一刻の猶予すらないことをサオリは悟る。危機感は極限に達していた。それが皮肉な結果として、一則とサオリの気持ちを高めてしまう。 「一則さん一緒にいって!」 もう腰を振っているに等しい勢いで、手足を動かす。これも違う。 「ああっ……一緒にいこう!」 「だからぁああ、私の中でオチンポォォミルクたくさん出してぇぇ!」 「だすよぉ! サオリのなかで射精するよぉ!!」 サオリは、もう自分が手足を振っているのか、腰を振っているのかすら分からない。子宮からせりあがってくる感覚に、サオリの頭がぽぉっとしてきた、わかる知覚するまえに、わかる、からだでかんじる。ガンガンと勢いを込めて、一則が腰を振っているのを感じる。ドンドンという、自分の一番奥を叩かれるような痛いような悦楽――迫り来る限界――。 「私を妊娠させて!」 「ああっ、サオリ! 出すよぉぉ!!」 最後のセリフ、サオリは気が狂いそうな気持ちで、それでも最後までいいきった。やりきった。ガクンと身体を振るわせるように、鎖を引っ張る。外れない。 目の前では、豚みたいな醜悪な顔を気持ちよさに歪ませて涎と鼻水をたらしている。びちょと、一則の半開きの口から垂れた涎がサオリの顔を汚した。笑ってしまうような、醜さ。びとんと、腰を振るうたびに一則の垂れ下がった腹の脂肪の塊が、サオリのほっそりとした腹に叩きつけられる。 その勢いで、いまサオリの中に――この豚の不釣合いなほどでかいチンポも、深々と突き刺さっている。 なぜ外れない、なぜ外れない。マイクの集音のせいだろうか、こんなに大きな声で叫んだのに、まだ音量が足りなかったのか。 「私を妊娠させて!! 私を妊娠させて!!! いやぁー外れて、外れてぇぇええ!」 「うん、サオリちゃんいま妊娠させてあげる!!」 もう限界、サオリは限界。でも、案外一則は持った。まだ出されてない。一則はぐっとおっぱいを持ってもちあげて、腰をグンッ!、グンッ! 突いてくる。もう、精嚢から精液が流れ出してきているのかもしれない。 余りにも叫ばされたのでサオリの口も、泡と涎で汚れてひどい顔だった。それはサオリの自覚していない、自覚したくない、密やかなアクメの影響もある。このひどい状況でひどい状況だからこそ、サオリの女は感じてしまっていたのだ。 いま鍵が開けば、いまの瞬間に、ちょっと腰をはずせば、外にぃ! 外にぃ! 手足と腰を震わせながら、闇夜に響き渡るほどのサオリの絶叫! 「いやぁぁあああ、やめてぇえええ!! 私を妊娠させてぇぇえ!!!」 「出す! 出す! 出す! サオリちゃん孕んで!!」 サオリは力尽きて、最後に体重をかけて落とした手足も、強い力で引っかかってる鎖によってガチャリと音を立てただけだった。
ドクンッ! ドピュ! ドピュ!
熱い飛まつを中に感じた。第一射!
あっ、出されたと思ってサオリは頭が可笑しく成りそうだった。いやらしい笑いの醜い豚の顔が近づいてくる、叫び追った力尽きたサオリの無抵抗な口の中に唾液をタップリと絡ませて長い舌を差し込んでくる。 臭い――臭い臭い、頭が真っ白。認識したくない。分かりたくない。
ドピュ! ドピュ! ドジュルドジュルドピュウ!
腰を浮き気味にして、腰と唇を密着させて、流し込んでくる。汚い唾液と精液を、孕めと、サオリの中に。サオリの奥に。
ドピュドプドプドプピュピュ……
マヨネーズの中のチューブを全部押し出してしまったように、巨大な亀頭がその鉄のような圧力を失ってしぼんでいくのが分かった。サオリのお腹の中に、その代わりにタップリと精液が放出させている。 キスされた――この獣みたいな吸いつきをキスと呼べばだが――キスされた口はべろんべろん、サオリが力尽きているのをいいことに、舌の奥底まで、嘗め回されて味あわれている。一則が上なので、吸っても吸っても落ちてくる、一則のばい菌交じりの臭い唾液が、ドロドロと絡み合っている舌を伝って、サオリの中に落ちてくる。 上から下から、汚されている。
しばらくそうやって、動かなかった。サオリは動く気力すらなかったから、一則は人生で最高の射精の余韻に浸っていたから。
ここらへんで、サオリの記憶はあいまいになる。あいまいになることが許された。
気がついたときには、部屋の中に醜悪な、セックスが終わったあとのすえた匂いが漂っていた。好きな男に抱かれた後なら、甘美なものにも感じるそれは、いまのサオリにとって地獄の匂いだった。自分は、落ちた。そして汚れた。 鍵は取り外されて拘束もはずされた。 マイクがなんで音声を拾わなかったかと聞いたら、マイクの調子が悪かったといわれた。サオリは、ボロボロで文句をいう気力すらない。役立たずのマイクをサオリが睨むと、カメラのレンズがキラリと光った。
とりあえず、二人は身体中をティッシュで拭いた。サオリもようやく、頭がはっきりして理性を取り戻してきた。とりあえず、何はともあれ身体を綺麗にしないといけない。勘違い、間違いならサオリに、一則を非難するつもりはない。 あれは、事故だ。しかたがない状況だったのだから。
「ぼくも男だから、責任取ります!」 その瞬間サオリに怖気が走った。この男は何をいいだしたのだ! ぞっとした。サオリはぞっとしたのだ!! 責任ってなに、付き合おうとか、婚約しようとか、結婚しようとか。人間同士の男女の間ではそのような話だ。それをこの豚が言ったのか!?
一則の青白くデブデブと太った、悪臭のする顔を冷たく見つめる。その透けそうな薄い髪を眺める、不健康な肌を否応なく自覚する。サオリは容姿で人を差別するつもりはない。そんな差別主義者じゃないと、自分は優しい人間だと、善人だと、無邪気に信じていたから、これまで会社でも意味嫌われている一則に普通に接していた。 しかし、こうして裸で向かい合っていると、眼を合わせて直視するだけで、心理的な抵抗を感じないわけにはいかない。自分にも明確に醜い男性に対する差別心があることを知った。いくら容姿にこだわらないといっても、ここまでなら大丈夫。ちょっとここからはいくらなんでも、私にも無理という限度があることを知った。そして、一則はその限度を遥か彼方に越えている。いまのサオリには、一則が豚に見えた。豚を愛することは出来ない。豚と人間は交配できない。 その嫌悪感は、レッドラインを遥かに超えて、デットラインに到達していた。この男の精液が自分の中に入っている。その現実の醜悪さに吐き気がした、その嫌悪は悪意を孕むに十分だ。そうして自分の良心が、首を絞められて窒息死したのを知る。
「…………それは無理です」
一則への拒絶を断定。完全な断定、完璧な断定、終わり。
一則がこれからどんなに頑張ろうと、出世しようと、お金持ちになろうと、立派な業績をあげようと。命を懸けて車に轢かれようとする子犬を助けようと、線路に落ちた老婆を身を挺して上に担ぎ上げようと、医師として戦地に赴き、硝煙に塗れながら傷ついた多くの命を救わんとしても。死して英雄として讃えられても。
それは形容上の問題ではなく物理上の問題として一則を男性として見るのは『死んでも無理』だった。
人間としての尊厳とか、名誉の回復とか、汚名の挽回とか、そういうものの意味が壊れるデットラインを超えている。だって桑林一則は、サオリには人間に見えないもの。下等生物の虫けらだもの。
たぶん、危険日じゃないはずだ。まったく安全というわけでもないけど、出来たら降ろそう。できてしまったら、何の罪もない赤ん坊の命を殺そう。誰にも愛されない命なら、それは地に這う虫けらと変わらない。自分は何の感情もなく、ただ虫けらをひねり潰すように、私は殺人者になろう。そう一瞬で決意できてしまった。
「それは無理です」
それが、サオリの絶対的な拒絶だった。取り付く島もない、地獄のような空気。 「でも……中でだしちゃったから妊娠するかも」 「黙れ……一回ぐらいなら、大丈夫。すぐ身体洗ってきます」 本来なら中で出しても大丈夫なんて、男が言うセリフなのだろうが。サオリの心は、もう冷え切って死んでいた。年長者への配慮も、会社の一応上役に対する配慮もない。嫌いな男が目の前にいる、いまはそれだけ。 「いま、黙れって……」 「忘れろ…………忘れてください」 「ううっ……サオリさんっ」 「なれなれしい! 名前で私を呼ぶな!」 「早崎……さんっ……」 「何の因果か、男女が同じベットに寝てるんだから天文学的確率で間違いがあることは、もうしょうがないです。諦めました。でも忘れてください、二度とないようにしてください、そして死ね!」 「そんなっ」 「わかりましたね!!!」 そういって、早々にサオリは風呂に入りなおして身体と中を全力で綺麗に洗浄した。ドロドロと自分の中から流れ出てくる精液が止まらなくて。気がつくと、シャワーを浴びながらワンワンと泣いていた。自分が哀れで可哀想だった。サオリがもどってくると、疲れたのかいびきをかいて大の字になって一則が寝ていた。湧き上がってくる殺意を非合理的なものとして無視した。 サオリは、何も考えない。 サオリは、何も考えないで、ベットの下の端のほうに眠った。眠れるものなら、永遠に眠り続けていたかった。それでも、残酷なあのレコーダーの催眠効果ですっきりと朝早くに目が覚めてしまうのだ。 それは、肉体的にはすっきりと最高の目覚め。精神的には最悪の目覚めだ。
|
第八章「きぼう」 |
もう、学校でどんなエロいことをしてもルシフィアに感知されることはない。結局のところ、幸助の箍をはずさせたのはそれぐらいのことなのだろう。真面目に授業を受けている振りをしながら、幸助は消費しきった自分の精子タンクを回復させるように努めるのだった。 出席番号一番の服部奈香から、順番どおりに何も知らない少女たちは次々と犯されていく。そうして、終わった少女の身体には、赤いアクセサリーが輝くのだった。
昼休みに、ルシフィアに誘われたので屋上で一緒に食事をする。特進科の屋上はあまり使われないといってもお昼休みだ、誰かはいるだろうと思ったのに彼女意外は誰も居なかった。たぶんルシフィアが何かしたのだ。 幸助が、購買で飲み物とパンを買ってきて食べていたら、サンドイッチを少し分けてくれた。うまくもなく、まずくもなくといったら彼女が可哀想だが、なんでも完璧にこなす彼女のわりに、料理が得意というわけではないらしい。ハムにレタスを挟んだり、卵を挟んだりしただけの簡単なものは、誰が作っても似たような味になる。 料理上手の彼女を抱えているマサキに昼食を分けてもらうことが多かったから、舌が肥えてしまったのかもしれない。幸助に料理を作ってくれるような彼女ができたら、苦労するかもしれない。 「なにか嬉しそうですね」 そう幸助に声をかける。 「そうか」 そう答える声にも余裕がある幸助。ああ……心を読み取られないというのは、なんと素晴らしいことなのだろう。そう、ほくそ笑む。 「特に何もないというのは、思考を読み取ればわかるのですが……それでも何か嬉しそうですよ。私と一緒にいるのが嬉しいというわけではないのが残念ですけど」 そういって、少し寂しそうに笑うルシフィア。今日の控えめで大人しい彼女が、幸助の癇に障ることはない。普段、相手の理想を思考で読み取って演技するらしい彼女のしぐさというのは、どこまでが本当でどこまでが演技なのか幸助にはまったく分からない。 ただ、話しているとすでに封鬼の守りとやらで、幸助の意図が読み取れなくなっているのが分かる。それに逆にルシフィアに感づかれないように注意をしつつ、彼女が本当は何を考えているのか読み取ろうと幸助なりに努力して会話している。 「なあ、心が読み取れるのは鬼の力なのか?」 「鬼ですか」 意外な話を聞いたという風に、ちょっと驚くルシフィア。平賀芽衣子がいっていたことを鵜呑みにしていたので、幸助のほうがむしろ慌ててしまう。 「いや……違うのか」 「違わないかもしれませんですね、時代錯誤な蔑称だとは思いますが、人を超える力を持った人間がそう呼ばれて忌み嫌われた歴史というのは、どこの国にでもありますです。吸血鬼とか、ヨーロッパの話だけどやっぱり鬼扱いですから」 西洋の血が混じっているらしいルシフィアは、やはりそっちのほうが気になるみたいだった。 「俺も鬼なのかな……」 「だから……うーん、私なりに調べてみましたけど古代に滅んだ血筋の一つなんですよ。人間には、特異体質というものがあるですよ。お酒がまったく飲めないとか、肌の色素が極端に薄いとか、子供のままで成長が止まっているとかです」 「いいたいことは分かるが、ただの体質と、この異常な能力は違うだろう」 幸助は平賀芽衣子のことを思い出していた。その理屈だと、小学生のまま成長が止まっている芽衣子も、鬼ということになってしまうからな。 「潜在的に人間の遺伝子の中に隠れていて、時々何かのきっかけで発現した人が生まれてくるという意味では何も変わらないです。昔の記録を調べると、けっこうあちらこちらでそういう人が出てたみたいなんですけど、近代に入ってからはまったくといっていいほど出てきてませんです」 「俺たちが居るけどな」 「だから……こんなところで、仲間に会えるなんてありえない偶然なんですよ。もしかしたら、発現率が急に上がっているのかも。遺伝子の解明の研究は現在も進行中ですから、たぶん機能していない部分と呼ばれているところに、私たちの血筋は隠れていて、見つかりそうなので慌てて顔を出してきたのかもなんて推測しているんですけど」 「たぶんとか、かもとか……確かなことはわからないんだな」 「ええ、でも鬼っていうのは止めてくださいね。なんか嫌です。ほら、私もあなたも角なんか生えてないですよ」 「わかった、わかった……」 断ったのに、頭を幸助のほうに髪を掻き分けて見せつけてくる。笑えない冗談だったが、どこまでも綺麗な地肌だった。たぶん彼女のどこを掻き分けてみても、汚い場所など見つからないのだろう。そんなに息を呑むほど美しくても、美世と一緒で女性を感じなくて幸助には逆に付き合いやすい。たぶん最初の出会いが最悪だったからだな。 「私たちは、特別な人間なんです。あなたと私の二人だけは……」 そうやって、熱を帯びた視線で見つめられると幸助も背筋がゾクりと来る感覚を抑えることはできない。もしかしたら、演技かもしれないと思っていても、磨き上げられた宝石のような瞳には引き寄せる魔力があって。その澄んだ響きに、心が震えてしまうこともある。 「ああ……」 「魔王もいなくなって、邪魔もなくなりましたですから」 そう付け加えてくるルシフィアの言葉で、頭が冷めた。たぶん、マサキという友達がいなければ、経験の少ない幸助はいとも簡単に彼女に心を揺さぶられて、蕩けさせられて、落とされて、あとはいいように操られて、どうなっていたかはわからない。それは感謝であり、友達のために抗うという決意を新たにさせる。 ルシフィアは、自分たち二人だけだという。でも、幸助はマサキという大事な友達がいて、そしてそれでも、人間は本当のところ孤独な一匹の獣だ。もう、心は読まれていない。だから無理やり、一方的な心の接続がされてはいない今は……。 きっと今度は、幸助がルシフィアの心を読み取る番なのだろう。マサキは、支配といったが幸助は違うように感じていた。 ルシフィアは、気位の高い佐上のお嬢様で、文句がつけようのない金髪美少女で、人の心を読む能力も利用して周りから圧倒的に慕われて羨望されてはいるが、この少女にもどこか影のようなものがある。 幸助の立ち位置だからこそ、見えるのだ。親しく付き合ってみると、どこかみんなこの娘を誤解している。いや、誤解させられているといったほうがいい。 だから、支配ではなくて理解したらいい。これはそういう戦いなのだと、幸助は密やかに肝に銘じた。引きずられそうな思いを、軽く断ち切って、昼食を分けてもらった礼だけをいって、足早に教室にもどっていった。
そんな幸助を呼び止める言葉を、ルシフィアは飲み込む。無駄なことはしなくていいし、焦らなくてもいいと思っているからでもあった。期待を裏切られること、諦めることに彼女は慣れきっている。そうして、ひどく乾いた心になっても、ルシフィアはまた何度でも期待する。いつかは満たされることを。 彼女は強いのだ。そして強く求めている。
高校生の想像力と性欲は無限大、といってもさすがに幸助も午後の授業が終了するころには疲れきっていた。ただでさえ時間停止に体力がいるうえに、今日は同級生を三人犯したのだ。さすがに真面目な特進科のクラスだけあって、三人とも始めてであった。処女をうまく犯すというのにも、また楽しくはあるが体力を使う行為である。 催眠アクセサリーだけつければ、後始末は本当はしなくてもいいのだが、精液と愛液が入り混じったところはいいにしても、処女膜を破った血を流している太ももをみているとなぜだか、胸が締め付けられるような罪悪感を覚えて、きちんと拭いてやって後始末もしてやっているのが幸助なのだ。 しょうがない、もともとそういう神経質な性分なのだから。どれほど犯すのに慣れてもつけ焼刃、鬼畜に成りきることなどできそうにない。帰りに山本姉妹のマンションにでも寄ろうか、そう考えて佐知を見ていると、向こうもいつしか振り返ってこっちを見ていた。ふっと笑ってくれる。ちょっとだけ鼓動は早くなるけど、いまの幸助は逃げ出したりはしない。強くなっている、心が。でも「今日は体力的に無理だよ」と佐知に心の中で言い訳して、カバンを持って帰宅することにした。 そうだ、マサキがしばらく円藤希の家にいるっていっていたから、訪ねることにしようか。催眠アクセサリーの機能がとても上手く働いてることも報告したほうがいいだろう。そうしよう。 そうして、足早に希の家に向かった。街の外れにあたるけど、学校からなら結構近いのだ。希の家の横には、まだ切り開かれていない山があって、小規模ながらも鬱蒼とした森になっている。たしか、この向こう側に平賀神社もあったのだった。 また、道場のほうで激しい稽古を繰り広げているあの武道集団も、山篭りとかするのかもしれない。若い男が道場から、庭に吹き飛ばされて転がり落ちてきた。 「絶対……あいつら山篭りとかやってるな」 なぜか、そういう確信があった、巻き込まれたら怖いので早く呼び鈴を鳴らして入ってしまおうと思ったら、入り口に中学校の体操服姿の女の子が立っていた。 「ああ、えっと望ちゃんだよね」 姉と同じ、「のぞみ」なので呼びにくい。円藤家の両親も、妙な名前をつけたものである。体操服なので、望ちゃんも学校から帰ってきたばかりなのだろうか。 「あっ……えっと、富坂さんだったよね」 「おー、なんで名前知ってんの」 たしか、こっちから自己紹介した覚えはなかったような気がしたが。 「マサキお兄ちゃんが、来るかもしれないって言ってたからなんとなく気にはしていたんだよ。マサキお兄ちゃんに用事なんでしょ」 「うん、とりついでくれるかな」 「ちょっとまって……うーん、私についてきてくれるかな」 そういうと、望は道場とは別の側の庭に歩いていく、ついてこいといわれたので素直な性格の幸助はしかたなくついていく。中学生の女の子に誘われて、勝手に人の庭に……なんか妙な感じだ。さっきの道場の人たちに発見されると、曲者! とか言われて退治されそうで怖いんだが。 「ちょ……望ちゃん?」 「しー、静かにしてね」 そういって、窓のカーテンの隙間から何かを覗いている望。なぜか「あちゃー」とか小さく呟く。「見てみる?」といわれて、少し躊躇した幸助も好奇心がムクムクと沸きあがって覗いてしまった。 マサキと希が、絶賛セックス中であった。望が近くにいるというのが分かっているのに、もう目が離せない幸助である。人のプレイを見るのは、自分がやっているのとは、また違った興奮と面白さがある……希は着やせするタイプだったようだ。結構出るとこ出ているんだな。うあー、あんな体位があるのか。すげえ……。 「お姉ちゃん、あれでやり始めると周りが見えなくなるからね……やっぱり、私がついてないとだめだね、うんうん」 そんなことをいって、一人でうなずいている望である。姉が、まぐ合っているのを見ても動じないのは、マサキのファミリーだからなのだろう。動揺してしまった幸助は、まだまだということだ。 「とにかく、しばらくはお姉ちゃんもお兄ちゃんも無理みたいだから、客間で待ってることにしようか」 そういって、客間に通してもらった。この前の奥座敷とは違って、洋風の客間である。結構、部屋数多いんだな。それにしても、窓から覗く意味ってなにかあったのかと考え込んでしまう幸助であった。いいもの見せてもらったからよかったけど。
お盆に紅茶を載せて持ってくる望、この家は抹茶しかでないのかと思ったらそうでもないらしい。抹茶はマサキの趣味なのかもしれない。 「えっと、お紅茶になにかいれる?」 「ミルクティーだとうれしいかな」 コーヒーにも紅茶にも、とりあえずミルクを入れておくというのが胃が少し弱めの幸助のいつもの飲み方である。 「砂糖はあるけど、ミルクはなかったかな」 「じゃあ、なくても大丈夫だよ」 紅茶の一杯ぐらいなら、胃が荒れるということもあるまい。飲もうとする幸助を望が押しとどめる。 「いいこと考えたから、ちょっとまってね」 そういって、ごそごそと何をやっているのかとおもったら、いきなり服をめくりあげてブラを下げて、片乳を出してきた。 「うぁっ、いきなりなにを!」 そういいながらも、しっかり観察している幸助。姉ほどではないが、この年齢ならけっこう大きいほうではないだろうか。乳頭が仄かに黒ずんでいるのは、たぶん。そう思考した直後、幸助の頭脳は機能を停止する。 幸助の紅茶めがけて、乳を搾りだしたからだ。ブシューという感じで、綺麗に一筋のおっぱいが紅茶に噴出されていく。 「これでいいよね」 幸助は停止している。 「えっと……マサキお兄ちゃんが、富坂さんなら大丈夫だっていってたんだけど?」 幸助は停止している。 「えっと、大丈夫……?」 幸助は、動き出した。思考は停止したままであったが。 目の前に差し出された、ミルクティーを静かにすする。仄かに甘い味がした。 「……って、俺はなんで飲んでいるのだ!」 そう自分で自分につっこむ。もう、マサキのファミリーに常識をいってもしょうがないし、何をつっこんでも無駄だと思ったからだ。 「そうか……望ちゃんも妊娠してたんだよね」 だから、幸助はもうしみじみとそう言うしかない。 催眠アクセサリーの効果は、それを知っていても作動しているので外見上そのようには見えない。というか、そのように知覚できないのだろう。 「そうだよ、マサキお兄ちゃんの子供です。私は始めての子供なんだよね」 そういうとえっへんという感じでお腹を突き出している。ふと、興味を覚えて幸助は聞いてみた。 「お腹触ってみてもいいかな」 「いいよ、どうぞ」 そういって、お腹を出してくれたので触るとちゃんと大きい。中に赤ん坊が入っているとちゃんと分かるような熱さだ。すでに胎動も少しある。本当に不思議な感じがした、幸助の知覚にはぺったんこのお腹なのに、触るとちゃんと大きい。騙し絵を見せられたように、矛盾している感覚を自然なものとして感じているのだ。こうして考えると、催眠ってすごい。 ただのエロ目的なら、催眠のほうが使いやすいだろうと少し羨ましい。ただ、幸助の力だって何か意味があるから存在しているわけで、いい使い方を思いつけばいいのかもしれない。 そんなことを考えつつ、なんて言っていいかも分からずに母乳入りの紅茶を飲み干した。正直、母乳入りというのは抵抗がないわけではないのだが、望は好感の持てる女の子だし、その娘が出したものだから別に汚いとは思えないのだ。 「あっ、お茶が切れましたね。もう一杯いれますから」 そうやって湯煎を通して、ポットからもう一杯紅茶を注いでくれる。 そこに、当然のようにプシューと乳を注いでくれる。もう何のプレイか分からない、さっきとは違う側の乳というのは、やっぱり中学生だからたくさんは出ないのだろうか。そんな下らないことを考えながらも、止めることも出来ずに、なんて声をかけていいか分からない。 (だって中学生ぐらいの子がピューピュー目の前でおっぱい出してるんだぞ、しかも自分の紅茶のカップに) 普通の女の子に話しかけるのも、躊躇する幸助なのに。これはもう、幸助がどうしていいか分からないのもしょうがない気がする。女の子が目の前で母乳を出してるときに、どう話しかけたらいいかなんて、冷静に考えれば考えるほど対処法なんて浮かばない。 「えっと量ってこのぐらいでいいのかな……多すぎたかなあ」 急に口数が少なくなったので、気を利かせて話しかけてくれているのだろう。 「いや、ぜんぜん。うん……そのぐらいで」 「そう……」 こっちからも、何か話さないといけないと思って聞いてみる。 「あのさ……もしかすると、マサキくんもこうやって飲んでるのかな」 「お兄ちゃんは、紅茶あんまり飲まないから」 「そ、そうなんだ……」 マサキがやってるから、同じようにしてくれてるんだと思ったんだが。なに自主的? 望ちゃんが、自主的に考えたの? だいたいマニアックなプレイだとしても、これ上級者プレイ過ぎるだろ。もしかしたら、突っ込みぐらいは入れていいのかもしれないぞ幸助。 「お兄ちゃんも、直接は飲みますから、吸いますっていったほうがいいのかな……いつも濃厚で甘いって褒められるんで、紅茶に入れてもいいかと思ったんだけど……まずかったかなあ?」 そうきかれて、まずいっていえるわけがないだろう。 「美味しいよ、たしかに甘い」 一口啜ると、濃厚に甘い味がする。ほんとに甘いな……クリームを舐めているような舌に残る甘さだ。表面にたっぷりと母乳が浮いて、ほとんど分離してる。これじゃあ、ほとんど母乳を飲んでいるのと変わらない。 母乳って、紅茶に混ぜるのには向いてないのじゃないだろうか。表面に浮かんだ白い乳を飲みきってしまうと、あとは紅茶の渋みが口に広がった。 「もう一杯飲む……?」 「いやもういいから、ありがとう、ごちそうさま。だからその……」 「その?」 不思議そうに聞き返してくる。 「いい加減、胸をしまったほうがいいんじゃないかな……」 「紅茶に飽きたなら、直接飲んでも美味しいですよ」 そういって幸助に悪戯っぽくニマーと笑いかけてにじり寄ってくる、目の前に望の大きめの乳が……乳が……ちょっと母乳が垂れてたりして。 故意犯だ……絶対に、わざとやってる。
|
第七章「けもののこころ」 |
「かける……」 ルシフィアの目の前で、マサキが倒れていた。そこには寄り添うように円藤希の姿が見える。殺気ルシフィアに負けたときでさえ、冷静な表情だけは崩さなかったのに、ぐったりとしたマサキにすがりつくようにしている希はどうだろう、彼女のあんなに蒼白な顔は始めてみた。 「幸助さん……誤解しないで、私は何もしてないですよ! 話しかけたら、彼が勝手に倒れたんです」 ルシフィアが、駆けつけてきた幸助に気がついて声をかける。それには答えずに、幸助もマサキに駆け寄る。息はあるが、完全に意識を失っている……外傷はない。 「あの……」 なおもルシフィアはなにか、言ってこようとするのを幸助は手で制する。 「ああ分かってる、言っていることは信じる。だがここは下がってくれ」 「私、まだ何もしてないのにすごく悪者っぽいですね……」 ぶつくさいいながらも、ルシフィアは自分の分が悪いと悟って大人しく去る。 もちろん、それがこっちの思考をさぐりつつの行動であることは幸助にも見えている。学校内で彼女に隠し立てできることなどはない。 希が何も言わずにマサキの巨体を軽々と抱きかかえた。 うわ、相変わらず、すごい力だな。 「富坂先輩、とりあえず保健室まで運びます」 「いや、このままマサキを病院か自宅まで運ぼう。保健室じゃだめだ」 「でも……」 「いいから! 俺も付き添うから早く外へ連れ出すんだ」 「わかりました」 普段の希なら、自分の意志を曲げなかっただろうが、本当に動揺していたらしい。幸助が強く押し切るとしぶしぶマサキを抱えてついてきてくれた。代わりに背負うと申し出た幸助の言葉は拒絶されてしまったが。
案の定、学校を少し出たところで、マサキは目を醒ました。 「んんっ……忍法死んだふりの術、とりあえず成功のようだ」 「マサキ……大丈夫なの?」 マサキは、心配そうに覗き込む希に笑顔で無事だと答える。 「やっぱり、気絶したふりだったか」 幸助だって馬鹿ではないので、それには気がついていた。そのマサキの意図を察して、幸助は連れ出したのだ。ルシフィアの読心が届かない距離へと。 「……読心術が効いてないことを察知されないためには、それしか方法がなかったからなあ」 マサキが口惜しげに答える。ルシフィアは、すでにマサキに読心術が効いているかに、不信感を持っていた。質問を投げかけられたときに、それに気がついたマサキはすぐに自己暗示をかけて、意識を失ったそうだ。ふりではなくて本当に気絶していたということ。 そのあたりは、やはりマサキらしい徹底した処断だ。 マサキは顔をしかめながら、ポツリポツリと二人に話す。円藤希の暴走も半ば計算のうちだったこと、本当はそこで勝負がつくかもという算段もあった。 「ほら伝説の生き物『サトリ』が、燃える薪から散った火花でびっくりして逃げ出したって昔話もあっただろ、だが偶然に期待するなんて、甘すぎたな……」 少なくともルシフィアは、伝説の妖怪『サトリ』よりよっぽど厄介だなと、マサキは悔しげに呟いた。だが、マサキもさらに奥の手は打っておいたのだ。希と一緒に、鬼の力に対抗する術を持つ平賀芽衣子を潜ませておいたこと。ルシフィアがマサキに疑惑を持ったなら、それはそれでいい。 そちらへとルシフィアの注意を集中した瞬間を利用して、幸助に封鬼の守りを与える。たしかに一番怪しまれないタイミングとはいえたが。 「まあ、これでぼくはゲームセットだな」 そういって、自嘲するように笑って、マサキは話を終えた。 「これからどうするんだ……」 そう尋ねる幸助にマサキは答える。 「ぼくはこう見えても、昔はいじめられっ子で引きこもりだったんだ。まあ、しばらく学校に行かず引きこもりに戻るだけだな」 「いつまでだ」 そういって、幸助はマサキを見る。 「幸助くん、君がルシフィアを支配するまで……かな」 そう静かにマサキは幸助の心を見通すように言った。 「支配って……」 「希の家についたね、ついでだから、今日はここで休むことにしよう」 希が、ゆっくりとマサキを抱き下ろして家の鍵をあける。円藤希の家は、結構学校に近く街の郊外にあった。ごく一般的な平屋の日本家屋だった……隣に大きな道場がくっついている以外は。 野外でも、胴着を着て訓練をしている男たちがいて、防具もなしで木刀で思いっきり打ち合っていた。大人でもヘタすると骨が折れる危険な訓練だ。庭に入ってきたマサキたちを見ると、みんな手を止めて深々と礼をする。 「いったい……これはなんの道場なんだ」 殺気だった雰囲気と、空気を切り裂くような剣戟の音に幸助は思わず総毛立つ。掛け声をあげないで打ち込みなんて、剣道の技ではない。 これはもっと実戦的な……。 「ただの護身術です」 希がそっけなく答える。 「いや、だって木刀で訓練って尋常じゃないだろ!」 「護身術です」 希は、それ以上なにも話してくれそうになかったので、諦める。 「あっ……マサキお兄ちゃんいらっしゃい」 中学生ぐらいの、可愛らしい娘が出迎えてくれた。希とよく似ているので姉妹なのだろうかと思ったらやっぱりそうだ。 「妹の望です」 同じ「のぞみ」だけど、字が違うらしい。なるほど、円藤家の姉妹は、二人あわせて『希望』ということらしい。 「希、すまないが一番奥の客間を借りるぞ。幸助くんと話がある」 「ここはあなたの家ですから、お好きに」 そういって、希は別の部屋に行ってしまった。平屋だけど結構広いみたいだ、それと赤ん坊の声が聞こえる。にぎやかでいいことだ。
一番奥まった畳敷きの部屋に入る。外側からみるとそう新しい建物とも思えなかったのだが、奥座敷は、老舗旅館の一室のような新しい畳の香りがする、落ち着いた雰囲気の和室だった。マサキは幸助に深々と頭を下げた。 「まず……謝らせてくれ、幸助くんは大丈夫だと言ったのに。ぼくにはルシフィアに君が取り込まれて支配されていくようにしか見えなかったんだ。それを放って置けなくて手を出してしまった。いやこれも、ぼくのただの嫉妬かもしれない」 「マサキくんは友達として心配してやってくれたことなんだろう。だったらぼくは逆にお礼をいう立場だよ」 「そういってくれると、気が楽になる……あいにく菓子は切らしてるんだが、せめて友達に一杯、茶を献じよう」 そういって、マサキは奥から茶器を取り出し、慣れた手つきで抹茶を点てる。さすがに瀟洒な日本家屋、本格的な茶器までも揃っているようだ。幸助は、抹茶は苦いモノという印象しかなかったのだが、マサキが点てたものを飲んでみると意外と爽やかな口当たりに驚く。苦いどころか、渋みの中に仄かに甘みが広がる。 淹れ方がうまいのか、使っている茶葉が良いのかは幸助にはわからないが。初めて飲んだ抹茶というものは、思ったより後味のよい飲み物であった。香りもとても爽やかで心が落ち着く。これなら昔の人が好んで飲んだというのも、分からなくもない。 幸助は勧められるままに何杯か所望して、しばし安らぐ。今日は疲れることばかりだったから、静かな座敷にシャカシャカと響くマサキの茶を点てる音は、弛緩した空気を作り出し、幸助の気持ちを軽くさせた。 「それで、俺はこれから何をしたらいいのかな」 そういって、空気を変えるように幸助は切り出してみる。 「その前に、これは前にも言ったがいいたくなければ……」 マサキが何を言いたいのか、幸助には分かる。もう秘密にする必要はない。 「いや、言うよ。俺は時間停止の能力を持っているんだ。だからルシフィアが俺を取り込もうとしているならそれが理由だ」 「そうか……驚いたな」 そういいながらも、マサキはそう驚いた様子ではない。 「信じられないか?」 「フフッ……ハハハハッ、この期に及んで信じないことはない。だが、時間停止能力はさすがにお目にかかるとは思わなかった。もう知っているのかもしれないが、ぼくは催眠術の類をいくつか操ることができる」 「うん、ルシフィアから聞いたよ、便利な能力だね」 「時間停止能力者が何をいうかだな……その力は王を通り越して神にも迫る力だぞ。どんな強者でも、君を怒らせたら次の瞬間になす術もなく寝首をかかれる」 「俺自身は、もてあましてるんだけどな」 そういって、幸助は困った顔をする。 「そうだろうな……能力を得た当初はそんなものだ。力が大きければ大きいほど、その力は人の手に余るものだ。しかし、ぼくがたまたま選んだ友人がこれとは……運命というものを信じたくなる」 「運命としても、皮肉なものだと俺は思う」 「違いない……それでどうする。ルシフィアを殺すか?」 そういって笑いかけるマサキの目は鈍く光を放っていた。この男なら、相手が異能力者であろうとも、一人や二人すぐ殺せるという迫力。魔王と忌み嫌われ、人々に蔑まれる男。 だが、そのような力を持ちながら、自制できるのがマサキだと幸助はすでに知っているので恐ろしくはない。 「まさか……それはないな」 面白い冗談を聞いたと、そういう風に返してやる。マサキが鋭い極論を投げかけたとき、彼は半ば本気で検討している。ただこちらに会話を投げかけたというのは、幸助の意志を聞いているのだ。幸助にはそれが分かるから、それを冗談にすることで拒否の意志を示したのだ。 「フッ……もちろん、いってみただけだ、最初からこれはそういう勝負ではない。ただ始末するなら、犠牲を厭わずに、ここの道場の人間で囲んで切り刻むことも可能ではあるとは思うが……」 「それは、考えたくない話だな」 「この街では佐上家の力も馬鹿にはできないうえに、あの化け物が相手だ。犠牲がたくさん出そうな最悪の手段だが、やむを得ぬときもあるだろう」 犠牲を覚悟していると言外に含めて、マサキは話を打ち切る。 「そうならないように、俺がなんとかするさ」 その友人の答えに満足げに頷いて、立ち上がったマサキは襖を開けて望を呼ぶ。 「なにー、マサキ兄ちゃん」 バタバタと、可愛らしく音をさせながら望がやってくる。姉とは対照的に、そこまで四肢が引き締まっておらず、代わりにとても女性らしいフォルムを描いている。身体全体が丸みを帯びているようで、中学生の女の子にしては、ちょっとぽっちゃり目かもしれない。 「いいから、ちょっとここに座ってイヤリングをはずしてくれるか」 「はーい」 そういって、イヤリングをはずした途端に幸助は絶句した。 「なっ……えっ」 目の前に突然現れた……否。たしかにそれはそこにはあったのだが。 今まで『見えなかった光景』を知覚して驚きのあまり、二の句が次げない。 「もういいよ、イヤリングはちゃんと付け直しておいてな」 「うん、誠ちゃんたちの世話があるからいくねー」 また、バタバタと走っていった。イヤリングをつけた途端に、でっぱったお腹が普通の状態に戻ったように見えた。つまり、望の女性らしすぎる身体はこの結果であって。 「妊娠させてたのか……マサキ」 「そうだ、見せたほうが早いと思ったからな。ちなみにここにいる赤ん坊はみんなぼくが産ませた子供だぞ。希が言っていただろう。ここも、ぼくの家だからな」 「そうか……」 「ぼくを非難したくなったか」 「いや……俺もすでに近いことをやってしまっている」 山本姉妹に、すでに中だししてしまっている。妊娠しているかもしれない、結果を考えたこともなかったが、やりきるということはこういうことなのだ。 「力を得た男がやることは、変わらないからな」 「そうだな、否定できない」 マサキは、現実を見せ付けられて困惑しながらも、決意を決めたらしい幸助を見て嬉しそうだった。 「これで、ぼくは幸助くんと本当の意味で友達になることができたな、この催眠アクセサリーはたくさん作ったからいくらでも提供できる」 「……共犯者ということか」 幸助はきっといま、喉が渇いているだろう。マサキはそう思ったから、もう一杯の茶を煎じてやるとやはり砂漠を行く乾いた旅人のように、無心でゴクリと飲み干した。 マサキも、たどってきた道だ……分かりすぎるほどに分かる。 幸助はいま、大きな壁にぶち当たってそれを乗り越える決意はした。 だがそれを身体に刻んで成長するには、その垂直の壁を登っていくだけの力を得るには、まだ時間と経験が圧倒的に足りないのだ。 マサキだって、それを分かるためだけに人を一人壊しかけてようやく理解したこと。幸助が『共犯』という言葉を選んだのは、すでに大きな力そのものが凶器であり、使うことは罪悪であることをすでに自覚しているに違いない。 (ぼくの友人は、ぼくよりも賢い) だから、マサキにはそれが愉快だった。自分よりも大きな異能を持ち、同じように臆病で、それでいて違う賢さを持つ友と歩んでいくことが出来る。それがたとえ地獄へと至る道であったとしても、道行きはやはり、にぎやかなほうがいい。 「ああ……ぼくたちは共犯だ、そして助け合える」 マサキは、手ぬぐいで手を拭いてから、幸助に向かって差し出した。拭いたところで、拭えぬ罪がすでにこびりついている手を。 幸助は、息を吐き出してしまうと、意を決したように手を力強く握り返す。 「あらためてよろしく、安西マサキ」 「富坂幸助、ぼくは君を歓迎する。ようこそ、獣の世界へ」 マサキは、かつて誰かに手を引いてもらったように、幸助の手を握り締めて引っ張りあげてやるつもりだった。そうして、飛び上がった幸助が、思いのほかマサキよりも高く飛んで、また自分を引っ張り返してくれる日もくるかもしれない。 目の前の友達の見果てぬ可能性、それを伸ばしてやれる喜び。初めて人を導く立場でマサキが笑ったのは、ああこれは始めて父親になったときと、よく似ているなと思ってしまったからだった。
催眠アクセサリー。安西マサキが、師匠から与えられたものを長い期間をかけて改良したものだった。催眠術を長期に使用したときに発生する「回りの人間に怪しまれる」という問題を解決するもの。 このアクセサリー自体が、装備者を微量の催眠電波で包み込み、性的なものに限り本人と周囲の認知を誤認させる効果がある。これさえつけていれば、股から精液を垂れ流していようが、生理が止まっていようが、妊娠の兆候が現れていようが、本人も周囲もそれをおかしいものとして認識することはない。 機能を性的なものに限定しているのは、安全管理上の問題でその微調整には苦労があったからなのだが、それはここでは語るまい。催眠電波の大本にはマサキ宅に巨大な増幅装置があって、その催眠領域の関係上、効果は吾妻坂市の周辺に限られているというのがこのアクセサリーの限界である。 製作者がアクセサリータイプにしたのは、単純に携帯に便利というだけではなく、複数の術者が近くいた場合に「これは自分のもの」という縄張りを明確にするためという意図もある。催眠術師は群れない獣のようなものという製作者の設計思想、いまのマサキと幸助の関係がまさにそうであるが、共存するにはお互いの縄張りをしっかりさせておくことが、未然に争いを防ぐ上で重要なのだ。
|
|
|
|