今日も性懲りもなく、スポーツクラブの女湯の所定の位置に陣取っている引田。 裸の女性たちが、恥かしげもなく胸をゆらしながら歩いていくのを眺めているのは、絶景としかいいようがない。 しかし…… 「いささか、飽きたな」 常連の客でめぼしいのは大体犯しつくした。 突然目の前で顔射とかも考えてみたが、あまり無理すると警察沙汰になってもな。 欲望が達してしまうと、研究意欲も湧かなくなって最近はマンネリ気味だ。 そんなことを考えていると、目の前を男が通った。 いかにも冴えない小太りの男だ。 浴場に、服を着て入ってくるなよって――違う!。 ここ、女湯なのに! つか、なに!? そんなことを考える間に、通り過ぎるおっぱいを揉んだりして遊んでいる。 しかし、客は男が見えないようかのように騒がない。 どうなってるんだ。 「引田将人博士、ここらへんにいるんでしょう?」 男は、大きな声で叫んだ。 ちょっとまて、何で私の名前を! 「いる、いるからこんな場所で騒ぐな」 男はニヤッと笑って、大丈夫ですよといった。ここらへんはすでに、この男の精神支配下にあるということだ。こんな広範囲に作用する精神感応電波など初めて見た。歪曲スプレーに、広域の電磁防御効果を付加してなければ、自分も危なかったところだ。 「申し遅れました、ぼくは古森正夫。催眠術師であり、現在はDLO……デブオタ解放機構という組織の統括者です」 そう、紹介される。古森という男の名前は聞いたことがない。 「DLOなら、聞いたことはある」 裏ネット社会では、有名な存在だ。デブオタといわれる社会の底辺――残念ながら、容姿としては私も目の前の男も当てはまるだろう――から適格者を探し、いろんな方法で救済をするという。くだらない噂に過ぎないと思っていたのだが、目の前でこのようなものを見せられては信じるしかない。 「単刀直入に言います、博士の力をお借りしたい」 古森と名乗る男は、共にデブオタの解放のために戦いましょうと言う。 「くだらないな、わたしは利用されるつもりはないよ」 自分の才能は自分のために使えばいい。たしかに、わたしも彼らと同じ人種かもしれないが、才能が違う。 弱いものは群れればいいが、わたしは一人でやれるのだ。それがいけないというのなら戦うまでだ。事実、彼がどれだけ催眠に長けていても、私の姿すら見えないようではないか。 「ならば……我々の力を博士の研究にお役立てください。我々は、財力も研究施設も所有しています。我々の活動も、博士の被験者としてお役立ていただければいいのです。どうですか」 「面白いことを言うね……なるほど、むしろ利用しろというのか」 たしかに、正直なところ博士と言ってくれるのは嬉しい。私は社会的には、やはりただのニートにしか過ぎない。力を認められる場所がないのは事実なのだ……。 「はい、組織の力はお役に立つと思いますよ」 そうやってへりくだってみせる古森の言葉をわたしは信じてなかった。 なりこそ弱々しいデブオタだったが、その眼は悪意に満ちていたからだ。 目の前の獣が弱れば、すぐにでも食らい突かんとする猛禽の眼。 「実は……いささか退屈してきたところだ」 弱者の集まりなら興味はない、だがこういう男なら。 「だと思いました、ぼくも経験がありますから」 そういって、笑う古森。 こういう男なら、面白いことをするかもしれない。 「いいだろう、協力してやろう……ただし、飽きるまでだ」 「はは、きっと退屈している暇はないですよ」 二人は女湯から連れ立って出て行く。 異種の力の結合は、新しい飛躍を意味していた。 この出会いが、大きな事件を起こすことになるのだがそれは別の話である。
三丁目のデブレデター 完結 (著作 ヤラナイカー)
|