終章「変化する想い」 |
繰り返し続くまぐあいの果てで、汐崎未央は懐妊した。
大きくなるお腹を抱えた未央の隣には秋人が居る。 もはや、未央が目隠しをすることもない。
秋人は、未央に姿を見られることを許したのだろうか。 それは、そうではなかったのだ。 ある朝起きると、秋人は透視能力とテレポート能力を失っていた。 そうして、その代わりにその身体を透明にする能力が付加されていた。 だから、秋人は未央の隣に居続けることができる。 失った力と、得た力。失ったものと、新しく得たもの。 秋人は、変化した自分の能力に満足した。
――――
そうして私は「根源からの能力は想いによって変化する」という一つの実証を得られて満足する。
こんな昔話を、私は知っている。 盲目の少女と、彼女に付き従う化け物のように醜い少年の物語。 少年は、不思議の力を手に入れ、少女の目を癒すと同時に姿を消そうとした。 自らの醜い姿を見られるのが忍びなかったのだ。たとえ優しい少女といえど、いやだからこそ少年は自らの姿を少女に見られたくなかった。 少女はそれを悟り、消えないでくれと少年に懇願した。
少年は去る代わりに、不思議の力で自らの身を透明人間にした。 こうして、しばらく少女と少年は幸せに暮らした。
ある日少女は、少年の姿を見たいと願った。 それがどれほど醜く、おぞましい姿であったとしても、大丈夫だと思った。 だからそっと少年に気づかれぬように、少女は覗き見た。 化け物のように醜い少年の姿を。不思議の力を使って。
そのあとで何が起こったのかは誰にも分からない。 ただ、そこには二人の死体が転がっていて、手紙が一枚落ちていた。 少女の字で「全てを焼いてください」と。
二人の死体は、彼らがつかの間の幸せを暮らした家と共に焼かれ。 あとには、何も残らなかった。
バッドエンドか、ハッピーエンドか、それは聞く人が勝手に決めればいい。 私はこの話を知っても、なんとも思わなかった。 こんなありふれた昔話を、悲しいと思う情緒など、私には元から存在しない。
人にあらざる力を行使したものの末路は、たいていが悲惨な結果に終わる。 御影秋人の物語は、どういう結末に終わるのだろうか。 データを取り終えた今になっては、もはや彼は用済み。 彼の結末が、悲劇か、喜劇か、そんなことに、私は興味もないのだが――ただ。 ありふれた悲劇を繰り返すだけが人の生涯なら、それは興ざめもいいところだ。
ふうむ――
川原にたった一人で座っているころの秋人に比べれば、未央と一緒に寄り添っている秋人のほうが幸せそうに見える。たとえ、彼の姿が彼女に映らないとしても――。 だから、私は一つだけ祝福の言葉をかけてやろう。 秋人『抗え』 受けるべき報いが目の前にあるとしても、それでも共に生きることを望むならば、大事なものを失いたくないと願うならば、足掻け、足掻け、足掻け。 それが敬虔な信者の祈りに似た、ただの徒労に終わるかもしれない愚かな努力であると知ってなお。 それでも『運命に抗い続けるのだ』 その先にしか、お前の望むものは手に入らないのだから。
――――
「どうしたんですか……」 そんな未央の言葉に、秋人は我にかえったようにハッとした。 握っている手の様子で判断するのだろうか。透明人間になった秋人の様子の変化を未央はまるで目に見えるように敏感に察知する。 「いや……そこで、誰か私を見ていたような気がしたんだが」 金色の髪をした女の子が、淡い碧眼で秋人を見つめているような気がした。 「見ていたって、貴方の姿が見えるわけがないじゃないですか」 そのとおりだ。秋人の身体は透明なのだから。 「そうなんだけど……あと声が聞こえたな」 「なんていってたんですか」 未央は面白い冗談に返すように、戯れに聞き返す。 「えっと、運命に抗えって、言っていたよ」 「抗え……不思議な話ですね」 やはり冗談と受け止めたのか、未央は軽く笑った。
身重の未央の身体を気遣うように支えて、川原の土手を登っていきながら、秋人は振り返って少女が見えた虚空に一言、声を返す。 「わかっているよ」 そこには誰も居ないはずなのに、秋人の耳にはちゃんと返答が帰ってきた。
「わかっているならば――善い」
「視姦者の穴」完結 著作ヤラナイカー
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第十二章「肉の誘い」 |
「ちゃんと、飲んでくださいね」 「んっ……くっ……」 喉を鳴らす未央。 また、今日も秋人は未央の口の中に射精したのだ。 未央の始めてを奪ったあの日から、一週間。手で触れて馴染ませることはしても、未央の股を秋人の精液が汚すことはない。 初めてを終えて、気持ち的に満足してしまったということはある。 だが、それ以上に滾るものを感じるのだが、その滾りは未央の口に放つ。
処女膜を破ったあとは、無理はしないほうがいい。 別に秋人が、そう気遣ったわけでもないのだ。仮にやりすぎて未央の股が擦り切れて、痛みに泣いてもそれを強行するだけの力をいまの秋人は持っていた。 だがしない。
「今日は、ここまでにしましょうか」 「あの……」 「どうしました」 未央は起き上がってきて、秋人の腕を躊躇なく掴むようにする。身体を重ねたあの日から、遠慮というものが少なくなってきた。そう秋人が未央の行動に急なものを感じても、それは不快な感覚ではない。 馴染むということだと思っている。 「今日も……その下のほうにはないんですか」 「ああ、えっと……とりあえず一回入れておけばその必要はないので」 なぜ未央はそんなことを言うのだろう。秋人は、未央の意図が計りかねて、ブツブツとそんなことを小声で呟く。 「それでもその……不安なので、もう自分で慰めるのはいいのですよね」 「それはもちろんです。天使の種が既に入っているのだから、いまのところ……異変もないでしょう。心配はいりませんから、とにかく今日はここまでです」 秋人は、未央の手を腕からはずすようにして慌てて立ち上がる。終了の合図だ。 「はい……あのお礼を」 「お礼は、しばらく必要ありません」 秋人はなにかに急かれるようにして、服を着て外へと飛び出した。
(未央のほうから、誘っているのか……) いまの未央の行動はそう思えた。行為自体は、嫌がっていると思ったのに。 未央の中に、これまで感じたことのない生き物の熱を感じて、それにビックリして秋人は飛び出してきてしまったのだ。
***
未央は、ベットの上でしばらく目隠しをしたままで寝そべっていた。 口の中に、聖水の粘つきが残っていたが、それすらいまの未央には不快なものではなくて、口の中でいつまでもそれを舌で遊ばせるようにしていた。 やがて、手が自然に股間へと伸びて、未央を振るわせる。 一定のリズムが徐々に早まっていて、未央の中で破裂する。 股間の奥がキュッとすぼまるような感覚。 あっという間に、未央は満足して目をつぶる。 こうやって眠れば未央は、きっとまた、天使の夢を見るに違いない。その光に包まれた天使の姿は、どこかで見たことのあるような男の姿をしていた。
***
「奇遇ですね」 秋人がまた、川原のいつもの場所に座っていると、上から聞き覚えのある声がした。 未央だ。別に驚きはしない。 わざわざ未央に会うために来たわけではなかったが、ここは彼女が外出する際の通り道。ここに居ればもしかしたらとは、思っていたのだ。 「ええ……」 そういいながら、秋人の視線は振り向かずに川を見ている。緩やかに孤を描いて流れていく水面に、未央の影を映して見つめていた。 「なにか、見えるんですか」 声が近くなった、たぶん未央は後ろに居る。振り向かずに、秋人が川を見ているからそう聞いたのだろう。 「そうですね……何が見えるんだろうな」 秋人は、本当に大事なものは目には見えないという話をしたかったのだが、言葉にならなかった。 川辺に未央の姿を見たとしても、どれほど鮮明に鏡のように姿を映し見たところで、その心までは映らないのだから。 「川が好きなんですね」 「そうですね、嫌いなら来ないだろうな」 秋人は、声のトーンを祓魔師の時とは変えている。ここまできて、ばれたくない自分の往生際の悪さに苦笑する。本当に、安全を期すならこんな場所にこなければいいのに。 結局、秋人の心は罪悪感とのハザマで揺れているのだ。 川に写る大きな未央の影をゆっくりと、小さい水草が流れていった。 秋人の、すぐ後ろに未央は居る。 「あの……おにぎり食べますか」 そういいながら、水面に移る未央は、秋人にコンビニの袋から差し出す。 「いいんですか……遠慮なくもらいますよ」 さすがに、秋人は振り返って手を伸ばして受け取る。一瞬受け渡しに、手と手が触れ合う。それが、秋人には重い。 「いっつもね、少ないとお店に悪いと思っておにぎり二つ買うんですけど、残しちゃうんですよ。だから一つ食べてもらうとちょうどいいんです」 相変わらず変わった娘だなと、秋人は思う。 なんで買うのが少ないと悪いのだ。よく分からない感覚だが、未央らしくはある。 普通の人には分からないこだわりを抱いて、人を避けるようにして生きているのが未央という女性なのだ。 それが、秋人が好きな未央なのだから。
秋人は手で弄ぶようにおにぎりを解体、作り上げながら聞く。 「いまは、川を見ても死にたいとは思わないですか」 別に聞くともなく聞いただけなのだが、未央が好きそうな話題だから。 「あはっ……前にそんなこと言ってましたね」 そういって、楽しそうに笑う。あいかわらず化粧けのない白い頬に、ぱっと頬に紅がさしたように、表情が明るくなった。 「いい顔ですね……」 「いまは生きることしか、考えていませんから」 そういう未央の磨いたガラスのような瞳に、瞬間赤い光のきらめきが見えた。 「それは、いいことだ。ごちそうさまでした」 おにぎりを一口に飲み込んで、ごみを手の中に握り締める。 立ち上がっていってしまいそうな秋人に声をかけた。 「あなたも、がんばってくださいね」 やはり、未央が秋人に声をかけるのは同情なのだろうか。 「ええ、がんばりますとも」 励まされるとはな、未央を騙している秋人が。なんとも複雑な気持ちのまま、それでも未央と話すたびに、秋人の心の迷いは消えていくのだ。
***
目隠しの下の未央は笑顔であった。 おや、今日は少し雰囲気が違うなと秋人は感じた。 それは、秋人もまたそろそろ未央を本当に抱こうかという気持ちで来ているから、ただその変化を重ねて見ているだけかもしれないが。 いつにも増して未央の物腰はゆったりとしていて、柔和に見えた。 あまりものを食べない未央の腰はほっそりと痩せている。 それでも、今日裸に剥いた未央の腰つきに、いつもの青白さはなくて、指で梳くように触れると血が通った滑りのようなものが感じられた。 「今日は赤ちゃんができやすい日なんですよ」 そうかと、秋人は納得できた。 別に秋人は、未央の生理周期を知っているわけではない。調べる気もなかった。そういうのは自然に、できるならできるに任せるべきだと漠然と考えていた。 それでも未央は、この成人しても少女らしい形を残したような女は、ちゃんと自分の日を調べていて覚悟を決めていたのだ。 臆病な秋人などよりも、それは強い覚悟。 「それじゃあ、天使の種を入れましょう……でもいいのですか」 「おそかれはやかれですから」 未央はそういうだけで、俯いて多くは言わなかった。 少し常識からずれている女ではあっても、恥ずかしいという思いはあるのだろう。
秋人から押し倒したという形ではあっても、官能的な未央の手つきに誘われるようだった。 触れれば、吸い寄せられるような肌。強い引力を持って、秋人の身体が引き寄せられていく。 気がつけば、秋人はなにかに急きたてられたように荒い息を吐いて、未央の首筋にむしゃぶりついていた。 乱暴な手つきで、未央の身体を蹂躙していく。 臆病で、引っ込み思案な秋人らしくない、猛りのようなもの。 それはたぶん、未央の身体から出て、秋人を介して、未央にまた戻っていくのだ。 興奮して、未央の全身を舐るように味わいながら、どこか冷静な部分で秋人はそう感じていた。 それにしても、味わっても味わっても、味わいつくせぬ未央の味はどうだろう。 痩せた肩、ほっそりとした未央の腰、ぺっこりとした未央のお腹に触れていて、どうしてこんなにも暖かいのだろうと秋人は感じる。 身長と体重を考えれば、巨漢の秋人の半分にも満たない身体でどうやって秋人を包み込めるというのだろう。 不思議だった、未央の胸の中で秋人がこんなにも憩えるということが。 未央が腕を開いて、秋人を抱こうとして抱けてしまえるのだ。どうして秋人は、こんなにも安らげるのだろうか。
股を押し上げて未央に挿入しようというとき、いつも秋人には躊躇があった。 犯してはならないものを犯しているという気持ちが。 それを今日は感じない、気がついたときには既に未央を蹂躙していた。 滾る力は未央を通してまた、秋人に戻っていくようだった。 未央のほっそりとした腰は、生き生きとした温かさを感じさせて。 その豊かな胸を、手で弄ぶこともできる。 外側から力を加えるたびに、未央の身体はまるで楽器のように鳴った。 そういう旋律とリズムが、しっかりと呼応している。 言葉はもう必要なく、一切の疲れを感じることなく。 未央の体内に、一番奥に秋人は精を放った。
ドクッドクッドクッ。
その繰り返し。一度放っても、秋人の逸物は萎えることもなく未央を攻め立てる。 さらに奥へ、さらに奥へと。 また滾るままに、精をほとばしらせる。
ドクッドクッドクッ。
逸物が、精を未央に放つ様は、心臓が脈打つのに似ていた。 身体中がドクドクと鼓動して、それが生殖器を通してつながっているのだ。 秋人は、未央と命がつながっていると分かった。 そうして初めて、生きていることを、本当に自分が生きていることを秋人は知る。
何度か精を放出してしまって、組み敷いている未央が自分の下で、熱い息を吐き出しながら何事かを呟いている。 「これで……」 辛うじて聞き取れた声。 「ああ、そうだね」 秋人は、そう返すしかなかった。
未央を綺麗にしてやり、居住まいを正して出て行こうとする中で、なんだろうなと秋人は自分の行為を振り返って不思議に思っていた。 まるで、ただセックスをしただけではないかと。 騙しているとか、儀式めいたこととか、そういうものではなくて、ただ身体を触れ合わせただけではないか。 恋人同士のように。 まさかと思うのだが、しこりのように胸を痛めつけていた不安感の一切が消えていることに、秋人は気がつかざるを得なかった。
「これで、何がどうなるというのだろうか」 そう呟いた秋人の声は、不安ではなくて期待を滲ませていた。
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第十一章「破瓜の味」 |
あれほど未央の身体を蝕んでいた自慰への欲求が、股の間に疼いた肉の火照りが。 嘘のようになくなっていた。 汐崎未央は、安らかに眠りについて目を覚ます。 彼女は、身を清めて静かに今日にも訪れるかもしれない。 『そのとき』を待っていた。
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御影秋人は、内心の熱を押し殺しつつ、静かに歩いていた。 いつも歩いている、未央のマンションへの見慣れた道程が、まるで別物に見える。 気は急いているくせに、それでもまだもったいぶりたいような、このワクワクする気持ちはなんだろう。身体の奥底から浮き上がるようなこの気持ちは。 秋人が決めるのだ、決めていいのだ。 今日、秋人は本当の意味で童貞を捨てると。
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未央は服を脱いで、一糸まとわぬ姿で、大きめのベットの上に正座していた。 ちゃんと目隠しをしている。わかっていても、秋人はそのことを確かめるようにした。ちゃんとした皮製の高級品だから、激しく身体が動いても外れることはない。 そうして次に、まぐわいを映すカメラの様子を調べた。 この日のために秋人が買った高性能カメラだ。なるべくのベストポジションに設置できるようにしておく。 誰にも見せるつもりはないが、秋人と未央の運命のときを、永久に残すためだ。 「それでは……」 「はい」 「それでは……いまから天使の種を降ろす儀式を始めます」 未央は、固くした身を緩めるように力を抜いて、仰向けに寝そべって手足を広げるようにした。 儀式ついては、事前に詳しい説明を受けている。 未央は、心配することは一つもない。 腰を浮かせるようにして、自分の股を手で開く。まるで見えない何かを誘うように。 外陰唇に手をつくようにして、中を指し開いて見せた。 そこは、意外に乾いたピンク色の肉が覗いている。 この前は、濡れ濡れだったのになと思いながら、秋人は高性能カメラを手にとって、その一部始終を撮影している。 「汐崎未央です。二十年間男の人との付き合いもなく、寂しい思いをしている男日照りの未央のオマンコに聖杭を差し込んで、未央の子宮に天使様のおなさけをください」 これらのセリフも動作も、あらかじめ秋人に言い含められた儀式の一部である。
セリフには露骨で卑猥な言葉の羅列が並び。 未央自身を貶めるような言葉まで含まれている。 そうやって天使を誘わないといけないといわれて、未央の抵抗がなかったわけがないのだが。 「天使も男ですから、そっちのほうが効果があります」 そう信頼する祓魔師さんに言い含められては逆らうことはできない。 未央の知らない隠語もあったのだが、必死に覚えたようだ。
(天使の聖杭か……) それが降りてきて、未央を刺し貫くことをどうイメージしているだろう。 それが、単なるセックスだと知ったらどう思うだろう。 秋人の罪悪感は針のようにチクリと痛み、嗜虐の心は獲物を食いちぎり血を啜る喜びに震える。 人は心の中に、天使と悪魔を飼っている。
もういいだろうと、秋人は震える股を撮影していたカメラから手を離し、脚立に据え置いて、未央のへこんだお腹を、そっと押さえる。 卑猥なセリフを連呼しながら、何もない空に向かっておねだりして震わせていた腰の動きを止める。 事前の打ち合わせどおりに。
秋人は、もう一度未央の身体の曲線美を堪能する。 こうやって強いて貶めてもなお、未央の青白い肌には犯しがたい清楚が宿る。 薄毛の生えた自分の股を無防備に晒して、お尻をふってビッチの真似をさせても、未央の少女のような無垢な姿が秋人の目の前には横たわっている。 ベットの上に広がった艶やかな黒髪は、亜麻布を撒き散らしたようにどこまでも美しい。髪も、肌と一緒で日焼けするらしく、未央の髪が特別な手入れもしてないのに美しいのは引きこもり生活のせいなのかもしれない。 (不摂生な生活をしている女なのになあ……) ほのかな芳しい未央の甘い体臭。そして、肌は不思議と血管が透き通るほどに白く肌理細やかなのだった。 その美しさに飲まれては、小心な秋人には手が出なくなる。だから秋人は、そんな躊躇を、生唾と一緒にごくりと飲み込んだ。 そうして、その肌に無造作に触れる。細い腕をなぞるように、太ももから腰に手を這わすように。 未央の曲線を、手で味わうように触れていく。そのくすぐったい感触に、未央が身体をぞわぞわさせても、かまわずに。未央の身体中を、確かめるに秋人は触って回った。 未央を感じさせようとした行為、だがむしろそれが秋人をゾクッとさせた。 未央の青白い肌が、そっと触れた部分から桜色に染まっていく。未央の周りの空気が、明らかに変質して、それが秋人を戦慄させる。 「これでは……」 感じさせているのか、感じさせられているのかわからない。 ゆっくりと、深紅の唇を吸う。許可を得ることなく、いまの秋人は未央の身体のどこにだって自由にキスできる。 舌を唇に這わせると、ゆっくりと誘うように未央が唇を開いていく。 舌を絡める、そのやり方も全て秋人が教えたのだ。 その征服感が力となって、ムクムクと秋人の股間が硬くなっていく。
だが、まだ早い。
今度は未央の豊かな胸を、外側から押し上げるように揉みあげる。やはりだ、未央の血管が透き通るような青白い肌は、秋人が触れるたびに優しい桃色に染まっていく。なんて優しい色なのだろう。 「おっ……おっぱいを吸ってください」 そう口走った未央が、自ら望んだわけではない。声は強張り、未央は震えてなんとか言えたと息を継ぐ。 これも儀式の一部だ。秋人が胸に手を伸ばしたと同時に、未央は自らそう誘うように教え込まれている。 おっぱいという言葉が、何故か未央にはどんな隠語より抵抗があった。そう母性を感じさせる言葉は、両親を――とりわけ母親を憎んでいる未央には言いにくい言葉だった。 それでも、未央も母親になるなら、そこは乗り越えなければならない部分で、秋人がそれを強いるのはもしかすると正しいのかもしれない。 吸い上げるようにしてちゅぱちゅぱ乳首に口をつける秋人。 口の中で硬くなった乳頭を転がしてやると、未央はたまらず身体を竦ませて「きゅう……」と可愛らしく鳴いた。
どうだろうか。
手を滑らせるようにして、胸からお腹を通って未央の股に、薄毛の生える丘へと手を伸ばす。薄い外陰唇を開くようにして、中を調べると、薄っすらと濡れていた。 逆に、もう秋人の逸物は滾りすぎて鈴口からカウパーを垂れ流している。 指をゆっくりと差し入れると、中ほどにするりと入っていく。柔らかく包み込むようにしながらも、指を進ませない抵抗が、未央の処女膜だ。 初めてはやはり痛いものなのだろうな。まだ、濡れが足りないかもしれない。なぜこの前みたいに、もっと濡れてくれないのかと秋人は内心で呻く。 「うううっ……」 そう声をあげる未央を見ても、それが辛さなのか痛みなのか、それとも快楽であるのかは秋人には分からない。知識はあると思っていても、実地を踏むというのは勇気がいるものだ。 その秋人の臆病さが、秋人にひどいことをさせるのを防いでいたのだが、秋人の奥底から滾るように湧いてくる性欲。 根源的な欲望を前にして、秋人の慎重さすら打ち勝つことはできない。 頭がぽわっと熱くなって、気がつくと未央の股を力いっぱい開いていた。 目の前には、秋人のための穴がある。花弁を開けば、そこにはちゃんと膜の張った膣口があって、その奥には誰も足を踏み入れたことのないピンク色に肉襞があるのだ。 「オマンコに聖杭を差し込んでください、未央の中にに天使様のモノをください」 未央はそういうと、そのときを覚悟して全身から力を抜いた。 未央のへこんだお腹が、薄っすらと汗をかいてテラテラと光っていた。それが呼吸で上下して、秋人を誘う。 それが未央の本心ではないということは、事前に打ち合わせをした秋人が一番よく知っている。 よく知っていて、そのうえでもう耐えられないと秋人の股間の獣が叫んでいる。 「入れますよ、少し痛いでしょうけど……」 秋人は、自分の欲望を解き放った。 秋人なりに極限まで膨れ上がった亀頭を押し上げて、未央の中にゆっくりと歩を進めていく。亀頭は処女膜を裂いて、未央の谷間へと分け入っていく。 「ああっ……」 痛みと甘さが伴った感覚の渦が未央を襲ってきた。やはり痛い、そうして熱い自分の奥底へと秋人が欲望を叩き込んでくる。 「受け入れてください……受け入れるんです」 呻くように、秋人は未央の耳元で呟いた。未央の身体を抱き締めて、ただ強く抱き締めて腰を押し入れていく。 「いいっ……」 その甘いリズム。身体にずしりとくる重み。体温。 それは単純な辛さや痛みではなかった、地の底から吹き上がるような感覚に未央は身を捩じらせるしかない。未央が思っていたのは、受け入れなければということだけ。 時間にしては数分、未央の中であっけなく秋人が限界を迎えた。 「中に精水が出ますから……出ます……」 「はい……ください」 未央は、初めて受け入れた肉棒から、自らの中に熱い熱い塊が吐き出されていくのを感じる。 あまりにも重く、短く、それでいて長い時間。 ビュルビュルビュルと音を立てるようにして、放出されていく天使の種。 「出ました……」 未央の中にたっぷりと中出しした。秋人は、これまでにない腰にたゆたう充実感に、身を振るわせるだけだった。 「ありがとうございます……天使様の種をいただきました」 未央は荒い息のなかで、それでも教えられたように、お礼を言った。その声には、明らかにこれで終わりかという安堵のため息が含まれていた。 それでも秋人はその息を吸って、これまでにない甘さが含まれることに気がついて。 未央を無事に女にすることで、秋人も男になることができたと感じる。
「とりあえず、腰を浮かせてください」 「いただいた種を……出さないようにですね」 「そうです、ちゃんと覚えていてくださいね」 そういいながら、緊張と破瓜で疲れているらしい未央を気遣って、秋人は自らの手で枕を腰においてやり、楽な姿勢にさせた。 手にカメラを引き寄せて、未央の股を記録する。 射精した精液は、女性器にこびり付いているのを除いてはほとんど垂れてきていない。処女膜は、破れたとはいっても一度ぐらいの性交では擦り切れてしまわない。 秋人が想像したよりも、未央は痛がらなかった。破瓜の血も、それほどではないと秋人は安心して、その周りを濡れタオルで拭いてやる。 身体も拭いてやろう、そうやってしている間はまるで赤子のように素直に秋人に身を任せてくれて、それが何よりも嬉しかったりするのだ。 それは、信頼させてその信頼を裏切っているということも含んだ、苦い喜びではあるのだが、濡れタオルで拭いて輝きを増す未央の身体を見ていると、やはりしてよかったと思うのだ。 未央の言葉を信じるならば、未央は男を知ることはなかっただろうと。 それならば、秋人が十分に男として成熟することができたなら、未央を喜ばせることもできるのではないか。 その想像だけが、秋人の罪悪感を超えさせて、未央を愛しぬこうという思いを強めさせる。だからあとはただ、その従順な女を、秋人は必死に愛でるように綺麗にしてやるのだった。
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第十章「アカウント・ブルー」 |
プルルルルル……プルルルルル…… (電話……?) 気だるい、未央の頭はまだボケッとしている。 そうかあのまま眠ってしまったのかと思って、未央の目は覚める。
プルルルルル……プルルルルル…… 私は昨晩、ついに自分の快楽に、自分の中の悪魔に負けてしまったんだと思い出して。 未央はベットからがばっと起き上がって、つんのめりながらも電話にとりつく。 「はっ、はい……汐崎です」 もう、誰から電話か分かっているのに。 「未央さん……あれほどいけないといったのに、やってしまいましたね」 どうしてわかったんですかと聞く必要もない。 祓魔師さんは、未央のことを何でも知っているのだ。 そして祓魔師さんのその静かな口調が、責めるように聞こえるのも、きっと未央の気のせいではなかった。
禁じられた快楽に身を任せてしまえば、あとに残るのは快楽の残滓と、後悔だけだ。 「とにかく行きますけど、何時ごろ行きましょうか」 そういう祓魔師さんに、未央はすぐ来てくださいと答えた。 電話の近くに置いてある目隠しを手にとって、インターフォンの前にたったものの寝巻きのままの自分に気がついてなさけなくなる。 着換えるほどの気力も時間もない。 未央は途方にくれていた。 悪魔に負けた未央は、これからどうなってしまうのだろう。
***
「未央さん……あれほどいけないといったのに、やってしまいましたね」 冷静な口調を装って、祓魔師こと御影秋人は内心、笑いを堪えるのに必死だった。焦らし作戦が、これほどうまくいくとは。 秋人のシミュレーションも、なかなか馬鹿にしたものではない。 秋人は自信を深めたが、マンションに向かいながら、いよいよこれからだと気を引き締める。 マンションの前に立ち、未央の様子を観察する。落胆しているようだな。目隠しは……よしよし、している。 いまなら、きっと秋人の言いなりになるはずだ。 ここまでは順調。長い時間をかけた、作戦の成否がもうすぐ決まろうしている。
いつもの、汐崎未央の部屋。まだ朝といってもいい時刻で、外は空は雲ひとつない青天だというのに、ここには重い沈黙が支配している。 ああそうかと、秋人は思う。未央は、目隠しをしているから晴天は見えまい。秋人と会っているときだけは、彼女は目隠しによって闇に落とされている。 きっと、彼女のやってしまった感と、その闇はフィットしているに違いない。 「あのう……」 ようやく、重い沈黙のカーテンを押し上げるように未央が声をかける。 黙っていたら、秋人がそこにいることすら未央には感じられないのだろう。 声と共に、不安げに手を指し伸ばしてくる。掴んでやりたい気持ちを抑えて、秋人は宣告してやることにした。 「これで、未央さんの子宮の中に、バアル・ゼブルが入ってしまいました。このままいくと、貴女は悪魔の子供を身に宿すことになりますね」 「そんな……そのなんとかなりませんか」 差し出した未央の手が震える。 「未央さんは自分から、悪魔を受け入れてしまったんですよ。まずそのことを深く反省してくださいね」 「ごめんなさっ……わたし……がまんできなくて」 秋人に冷たく突き放すように宣告されて、ようやく実感が湧いてきたのか未央はしゃくり上げて泣き始めていた。 目隠しをつけているから、見えないけれど、そのうち涙が垂れてくるに違いない。 いいぞ、いい感じに追い詰められているなと未央の様子を見て、秋人は喜ぶ。もちろん、それを表面上に出したりは絶対にしないが。 「ふうっ……どうにかできないというわけじゃないんですが……あの方法は解決にならないような……しかしなあ」 秋人はわざと小声で、躊躇するように言いよどむ。いささかわざとらしい。 「何か方法が! わだじ、わたし悪魔のごどもなんてうみだぐないでず……」 グズグズと泣きながら、未央の身体にすがり付いてきた。鼻水まで垂れているのもかまわずに、秋人に向かって飛び込んできて顔をすりつけてくる。 目隠ししていてよく秋人のいる場所が分かるものだ。苦笑していても、抱きついてきた未央の身体を払いのけるようなことは、秋人にはできなかった。 未央を限界まで追い詰めてから、救いの手を差し伸べてやる予定だったのだけどな。 なかなか現実は、思ったとおりには動かないものだ。
「解決策というわけではないんですよ。一度入った悪魔はどうしようもないんですが……逆に子宮の中に天使の種を入れることで、悪魔の種を死滅させるという手があります」 「それ……それ、お願いします」 がしっと、秋人の身体にすがり付いてくる。抱かんばかりだ。 抱き返してやりたい気持ちを抑えて、秋人はため息を入れて、ゆっくりと言葉をつむぐ。 「意味がわかっていってるんですか、それは悪魔の代わりに天使の子供を妊娠するってことなんですよ」 「それで、それ……ええっ……えええっ!」 ひっくり返りそうな叫びをあげた。そりゃそうだろうと思いながらも、秋人はその激しい勢いにビクッとする。 ここで毅然としないと駄目なんだろうなと秋人は気合を入れなおす。 「よく考えて決めて下さい。もうここまできたら、悪魔の子供を妊娠するか、天使の子供を身に宿すか……二つに一つです」 「そんなあ……ううっ……」 未央は、抱きついたままで顔を伏せて秋人のお腹に埋めた。 秋人がどんなに酷い男だといっても、こうやって胸の中で泣かれては可哀想だと思わないわけがない。 それでも、こういう説得の仕方をしなければならない。 秋人の精液を股になすくってるんだから、確率はそう高くないだろうが、既に未央は秋人の子供を妊娠する可能性がある。 それが『悪魔の子供』だとして、これからセックスして孕ませる予定の子供が秋人のいう『天使の子供』というわけである。そうやって嘘に嘘を重ねたうえで、秋人の子供を孕むかどうかは、未央に選ばせようというのだ。 それしか、選びようのない選択肢を使って。 それは、卑劣の上に卑劣を重ねるような酷い行いだといえる。 まさに俺は悪魔だと秋人は自分でも思う。
ずっと秋人の胸の中で、未央は身体を震わせて泣いていた。すでに、目隠しは内側から涙でベトベトになって、頬に涙が伝って秋人の胸を濡らした。 それ以前に、未央の鼻水でベトベトになっているんだが、それぐらいは我慢すべきなのだろうなと秋人は自嘲する。 「大丈夫ですか……」 未央の艶やかな髪を優しくなでてやる。 「うぐ……ずびません」 それぐらいしか、加害者の秋人にしてやれることはない。欺瞞と罪悪感。それがない交ぜになったような痛い気持ちで、泣き伏せている未央の姿にそれ以上の快楽を感じても居る。 「選べって言って、すぐ選べるような選択肢ではありませんよね。だから言いたくなかったのですが……あなたのお腹にはもう既に悪魔の種が潜伏しています」 「ずいません、私が悪いんですから。気を使わせて」 ようやく落ち着いたらしい。たぶん泣き止んでいる。それでも、未央は顔をあげない。 「天使の種を入れ始めれば、悪魔の種は押さえ込めるから心配ありませんが、そうなるといずれは天使の子供を身に宿すことになります」 「天使の……天使の種を選んだら、お母さんになるんですか、私は」 「人間の子供と何も変わらないですよ……少なくとも外見上は普通の赤ん坊です」 そういいながら、秋人の子供ならもしかしたら、似たような能力を持つ人間に成長する可能性もあると考える。秋人の両親も、ごく普通の人間のはずだったのだが。 こんな力が、秋人一人で終わるのだろうか。遺伝する可能性もあるかも。 そうすると、秋人は本当は人間ではないのか、もしかすると悪魔か天使の血族だったりすれば、不思議な能力の説明がつくのではないか。 いつしか、そんなことを考えている自分に気がついて、秋人はおかしくなってしまう。 自分でついた嘘に、飲み込まれてたら世話はない。 「分かりました……もう、しょうがないです」 未央の諦めがあまりにも早くついてしまったので、拍子抜けしてしまう。 「いいんですか、考える時間ならまだありますが」 「いいんです。悪魔か天使なら……天使の種にします」 「……そうですか」 もっともっと、迷って悩むのだと思っていたのに、意外とあっさりと決めてしまえるものなのだなと、秋人は未央に感心する。こんなに小さい女の子なのにと、尊敬に近い気持ちを覚える。 そうして、秋人はこんな女の子を騙して犯しているのだ。 何が悪魔、何が天使だろう。あまりにも俗物過ぎる自分ではないかと、自嘲の笑いが浮かぶ。 そんな秋人の口元に浮かぶ声のない笑いを、目隠しされている未央は見ることがない。しばらく、二人は物言わずに、寄り添っていた。 都会の喧騒が届かない未央の家は、時が止まったようだった。
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天使を降ろす準備をするために時間が必要だと、未央の家を飛び出た秋人。 秋人の手には札束が握られている、気がついたように慌ててそれをバックにしまう。 強い罪悪感からお礼をこれ以上受け取るのは遠慮しようとしたのだが、今日の未央は強引で縋るように、お金を握らされたのだ。 そうなってしいて、断る秋人ではない。 「俺も、意気地がないな……」 秋人は近くの小さな川の土手を歩いている。明るい外の空気、静かに流れるせせらぎは、秋人の心を落ち着かせた。 その場でやってしまえばいいものを、覚悟を決める準備が必要なのは秋人のほうだ。 予想よりも、早く未央が覚悟を決めてしまったので。 「言い訳だな」 土手を下に降りていき、護岸ブロックの縁に座り込んで、せせらぎに顔を映す。 川の流れは、ここ最近ぐっと綺麗になった。都会では死滅したと思われていた、メダカもトンボも、水質が綺麗になれば戻ってくるという。 せせらぎに写った、秋人の歪んだ顔は相変わらず太く醜い。 その自分の顔を見て、秋人は諦めにも似た、ため息をつく。これが現実だ、汐崎未央とはつりあう男ではない。 ふっと、秋人の後ろに人影が写る。 (未央……) 声は出さなくても、そういう形に秋人の唇が動く。 驚きはすぐに理解に変わる。 ふっとため息をつくと、秋人は諦めたような、どこかほっとしたような気持ちで振り返った。
漆黒のゴスロリ服。オカルト一色の未央の家だとあまり気にならないんだが、外でみるとそれは装飾過多な真っ黒いドレスのようで、異様の一言に尽きる。 家の近くとはいえ、よくこんな格好をして街を歩けるものだ。これから社交界にでも行こうっていうのか。 そして服と同じぐらい黒々とした硬質の長い髪。久しぶりに日に当たったであろう青白い肌は、まるで陶器のような光沢をしている。 それなのに、唇だけは紅も塗っていないのに鮮やかな赤だった。 そうして、磨いたガラスのような澄んだ瞳が秋人を不思議そうに見つめている。 秋人をその視線から守っていた目隠しは、ここにはない。
「よく……」 形のよい未央の唇が小さく開いて言葉をつむぎだした。 秋人は、すでに諦めていて、むしろ楽になったような気持ちだった。 どうしてかは分からないが、未央にばれたと秋人は思ったのだ。 だから、次の未央の言葉が自分を断罪するのを、少し微笑みを浮かべて待つ。それは心地よい痛みだ。自分の中の悪魔のような心から、解放される至福。 秋人の罪と、未央の悪夢は、終わったのだ。
「よく……あの……よく、来るんですか」 「……はい?」 秋人はその未央の意外な言葉に、呆けたように聞き返した。 「あの……すいません……前にもここに来てましたよね」 「ああ……はい」 なんなのだと秋人は思った。たしかに前一度ここで未央と顔をあわせたことがある。どうしても目隠しをしていない普段の未央が見たかったから、未央の外出に合わせてそっと見かけたのだ。 他人だから通り過ぎる未央を見送るだけで満足した。
秋人が祓魔師だと気がつかれていない?
だったら偶然、秋人に未央が声をかけたというのか。それはありえない。醜い秋人が通るだけで、みんな嫌なものを見たという表情で目をそらすというのに。未央が、何の用事があって秋人みたいな醜い男に声をかけるというのだ。
だから秋人は、未央が分かっていてわざと自分を弄っているのだと考えた。あるいは、そこの草むらにでも警察を潜ませているのか。そんな邪推すら浮かべながらも、秋人の心は落ち着いていた。 無言、せめて最後まで笑っていようと秋人は思った。こうなってみてから気がついたのだが、秋人はもう逮捕されるとか、裁かれるとかは不思議と恐くなかったのだ。 それはいざと覚悟を決めれば秋人は能力者だからということもあるのだが、その何倍もぎこちない笑みを浮かべて立っている未央に、どう思われているかだけが恐ろしかったから。そのほかのことは、秋人にはもうどうでもよくなっていた。
「……私ね。死のうと思ってたんですよ」 無言で、秋人の後ろに座り込んだらしい未央は、唐突にそんなことを呟いた。 「はい」 いきなりこのセリフは、超危ない電波女だと誤解されても仕方がない。 普通の人ならビビって、早々に逃げ出すかもしれない。秋人は未央のことをよく知っているから、それほど驚きもしないが。 「すいません、急に、こんな、変な話を、知らない人に……おかしいですよね」 「いいですよ、聞きますから。全部話してください」 声がいつも話している祓魔師と同じだから、未央が気がつかないはずがないと秋人は思っている。それでもばれてない可能性を考えて、声のトーンを微妙に変えたりして、どこまでも往生際が悪いのが、この秋人という男なのだが。 「……ずっと、この川を見るたびに死のうと思ってたんです」 「ふっ……ふむふむ」 やっぱり、自殺願望の話からやり直すのかと苦笑する。未央にとってはそれが大事な話なのだろう。電波かどうかは別にして、やっぱり変な女の子だ。 普通の会話はぎこちないくせに、こういう危ない話になると妙にハキハキと澄んだ声で楽しそうに話すのが、秋人の知る汐崎未央という女だった。 「でも、家に帰るとやっぱり生きていたくて。ずっと、その繰り返しで」 「……ありますね、そういうこと」 若い頃は、そういう虚無感に襲われることもある。特に未央のような境遇ならそう思ってしまっても仕方がないではないか、そう分かったように考える秋人も、本当はそれほど老成しているわけでもない。 浅い部分を掬い取っただけで相手を分かったと、安易に考えてしまうことが、秋人の若さだった。 「ありますか……そんなの私だけかと思ってたんですけど」 「そうでもないですよ」 そういって秋人は力なく笑う。秋人なんて、自分の顔を見るたびに死にたくなっているのだ。自殺願望ぐらい大したことではない。 「だからなのかな……すいませんっ。知ってる人かと思ったんです。私は、知ってる人なんてほどんといないから、そんなことあるわけないんですけど」 未央の口調がまた少し早口に、たどたどしくなる。言いたいことが分かるような、分からないような。相変わらず、未央は未央だった。 いつまでもそんなことを言っている未央を遮るように秋人は聞く。 「いまは貴女は……生きようと思っていますか」 秋人は未央の目を見るのが恥ずかしい、醜い自分があのガラス玉のように透明な目にどう映っているのか知るのが恐い。だけれど、目をそらさずに聞いた。 「はい、それはもう」 そうか、その言葉を聴いて秋人は立ち上がっていた。
「あっ……あの」 「ありがとうございます、おかげで踏ん切りがつきました」 「えっ……よくわかんないですけど、よかったですね」 ぎこちなく笑顔を見せる未央を食い入るように一瞬だけ見て、秋人はじゃあとその場を立ち去る。 もちろん草むらには警官が潜んでいたわけでもないし、未央は自分を祓魔師だと気がついていたわけでもなかったのだ。 それではなぜ、未央は秋人に声をかけたのか。いろいろと想像をたくましくすることはできる、たとえば川を見て死を考えていた未央は、同じように川べりで落ち込んでいる秋人を見て、似たような同情を感じたのではないかとか。 そこらへんの事情はどうでもいい。そして勘違いしてはいけないことがある。これは必然でも、奇跡でもない。 これはただの偶然――それを、誰よりも秋人自身が強く理解している。
もしも、神や悪魔といったしっかりしたものがあるのなら、秋人の能力はもっとちゃんとした人間に渡っていたはずだ。強い思いを持った無私の善人、鋭い野心を持った強固な悪人、誰かもっと相応しい人の手に渡れば、秋人の力でどれほど大きなことを為しただろう。 この力が秋人のようなどうしようもない小悪党に与えられたのは、ただの偶然。 未央とであったのも、秋人が未央を選んだのも、ただの偶然。 ただの偶然の重なりだけが、秋人を生かしてくれる。他は、みんな敵だ。 そして、偶然のサイコロが、秋人の唯一の味方が。 躊躇わず進めと道を指し示してくれたなら。
進んでやろうじゃないか。それはしっかりしたものでも、確信がもてるものでもなくて、ひどく曖昧模糊とした霧の中を手探りで進むようにしか掴めないものだけど。 秋人はそれでも未央を掴んで、引き摺って連れて行こう。 そして地獄でも天国でもない、そんな先も見えないもどかしい日々を。 いけるところまで一緒に生き続けるのだ。たとえそれが、罪悪であったとしても。
不純な愛情と、純粋な欲望と、あと何があれば秋人は満たされるだろうか。
それはきっと、悪魔に誘われるままに、実際に手の取って齧ってしまわないと、味わえない……舌が蕩けるほどに甘くて、ほろ苦い『禁断の果実』なのだろう。
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第九章「自慰の代償」 |
「未央さん……オナニーしてるでしょ」 「へっ……」 祓魔師さんが、冷えた口調でそう言った。こういう口調のときは特に、未央のことをズバリズバリと言い当てるのだ。 家の事情から、未央の経歴、気持ちまでもズバリと言い当てられてしまう。 どうして分かるのか聞いたこともあるけれど、なんとなく分かるんですと言われた。やっぱり凄いんだなと感心するしかない。 普通なら不安なのだろうけど、祓魔師さんが自分を分かってくれているというのは、未央にとって、とてもいい気持ちだった。
この日は特に異変はなかったのだが、なんだか凄く未央が不安になって電話して来てもらったのだ。未央の不安すら見抜いているのか、祓魔師が来るのはまるで事前に準備していたようにあっという間だった。 「これから、自慰は絶対してはいけませんよ。バアル・ゼブルは、貴女の子宮に入り込むのが最終目的なんですから」 「子宮! ……そんな、そんなことになったらどうなるんですか」 「貴女は、バアル・ゼブルの子供を懐妊することになります」 「そんなあぁ……」 そんな逸話はたしかにあった、ほかならぬ祓魔師さんが言うのだから、ウソではあるまい。悪魔の子供を産むなんて。 「そうなったら、堕児なんてきかないですから。堕ろしても子宮の中にバアル・ゼブルが居る限り、何度でも受胎するんです」 「うああっ……どうしたら!」 「だから、結界を張るように私が努力してるんですよ。悪魔との勝負は、貴女が拒否するか受け入れるかどうかにかかっているんです」 「私が受け入れる……」 「そうです、貴女が自分で自慰をして軽くでも絶頂を迎えたら、それは悪魔に負けたということになります」 「あの……でも……その」 祓魔師さんに、清めてもらうときに、悪いとは分かっていても何度か肉体的絶頂を迎えたことがあるような気がする。 「私がしたときはいいんですよ、受け入れなさいと何度もいったでしょう。私を受け入れる分には、逆に悪魔を拒否して守りを強めることになります」 そうなんですかと、未央はようやく安心した。 この日は、口を胸のお清めだけだった。口を舌で清めながら、何度も胸ばかりを揉むのだ。心臓を間接的に強めているのだといわれたのだが。 「あの……乳首をそんなにするのは……」 「必要な処置です、わかるでしょう」 「はい……ごめんなさい」 そうして、未央が身体を震わせると、手に力を弱める。冷めてくると、握り締めるように強く揉む。その繰り返しで、未央は疲れきってしまった。 「じゃあ、今日はこんなところで……」 聖水は今日はなしかと、未央は思った。祓魔師さんがしなかったのだから、いらないのだろうとは分かっているのだが。 「ああ、お金! お礼持っていってくださいね!」 「はいはい」 ごそごそと、戸棚をあさって祓魔師さんは去っていく。 目隠しをはずす。 お礼のことじゃなくて、私が祓魔師さんを呼び止めたのは。 玄関までいってみたけれど、もうそこには誰も居ない。
悪魔の件があってから、ほとんど外出しなかったけれど、聞いたら別に外に出てもいいということだったので、外を歩く。 なんだか、家にいるとムズムズとした気持ちになってしまうから、たまには外の空気を吸ったほうがいい。 公園を回って、小さな川が流れている土手を散策する。 もう暗いから、ほとんど人は歩いていない。ウォーキングと犬の散歩の人がいるぐらいか。このあたりは、高級住宅街の一角なので治安の心配はほとんどない。 ふっと道を通りかかった男の人と視線があった。大柄な、冴えない男の人。未央より少し年上ぐらいだろうか。 未央と視線を合わせて、ニッコリと笑う。 そして、そのまま通り過ぎていく。何気ないことだ、ただ人とすれ違うだけ。 知らない人だ、だけど何か知っているような気もする。 向こうが立ち止まらない限り、そんなことを思っても知らない人に声をかけることなんて未央にはできない。 そうして、男の人は立ち止まらなかった。
コンビニで買い物をして買える。 引きこもってからは特に、声が出ない気がして、人と話すのが恐かったのだが、祓魔師さんと話すようになってから、いざとなれば会話ができるという安心感があった。 最近ほんとに、食が細くなったなあと未央は思う。 未央はジュースは嫌いだけど、乾いた甘いものが好きで、お菓子をけっこう食べていたのだが、最近はほとんど食欲を感じない。 悪魔に取り憑かれた影響で、食生活まで変わってしまうものだろうか。 結局、お茶とおにぎりだけを買って出た。
そうして、また家に戻る。 外に特に用事がないのだもの。 未央は、家にいるしかない。『禁書』を見る。結界の中にあるから大丈夫だけど、やっぱりあの黒い本はおぞましいものを未央に感じさせる。 未央に悪魔の子を産ませようとしているのだといっていた。恐い恐いと思う。 「子供を産むなんて……」 あの母親から、生まれたなんてことが実感として感じられない未央だから。子供を自分が産むとか、孕むなんてことは、想像を絶する事態である。 「なんだかなあ……」 ありえないような気がして、ここからと股間を手で触れようとして、ひゃっと手を放す。 「いけない……」 悪魔の誘惑なのかもしれない。信じられないことだけど、ほかならぬ祓魔師さんがいうのだから、それは本当なのだ。負けてはいけない。
余計なことを考えてはいけない。そうだ、オカルトの本でも読もう。ベルゼブブの周辺の逸話をもっと調べなければ。今日こそヒントがあるかもしれない。 読書をするときは、部屋の照明を暗くして本に集中する。 今日は、オレンジ色の明りが、妙に淫靡に見えた。オカルトの本というのは、挿絵の図版が陰影によって官能的に見えたりもする。本に集中できない。 未央はコンビニで買ってきたおにぎりを食べて、シャワーを浴びて横になった。まんじりともせず、寝付けないでいた。
***
それから、しばらくは落ち着いていた。本に集中できないから、散歩をしてなるべく余計なことを考えないことにする。 どうしても我慢できいないときは、祓魔師さんに電話をかける。話しているうちに、自分が不安がっているのか、悶々としているのか、わからなくなる。 「それじゃあ……行きましょうか」 「本当ですか、助かります」 祓魔師さんだって、いろいろと用事があるだろうに、自分のことを気にかけてくれているというのが嬉しい。 「未央さん、目隠し、忘れないで下さいね」 いつになくウキウキと気分が浮き立って、待ちきれないで居た。ほんの少しの待ち時間が、長く感じた。 目隠しをつけているから、暗闇のなかで待ちつくす時間は本当に長く感じる。 「やっぱり、いつもは悪魔の気配を感じてるのかな……今日は何もない日に無理矢理呼びつけてしまったから遅くて」 ようやくインターフォンがなって、祓魔師さんが来るのが分かる。 上がってくる間を待つのも、もどかしい。 (私は……どうしてしまったんだろう) 未央は、自分でもどうかしていると思う。 「来てくれてありがとうございます」 なんだか祓魔師さんが来てくれたというだけで、心がじわっと濡れた。 「いえいえ、これも仕事ですから」 祓魔師さんは、いつもよりそっけない様子だった。
それでも祓魔師さんは、今日も丁寧に未央の話を聞いてくれて、質問に答えてくれて、安心させてくれる。 口と、胸を、清めてくれるのだけれど、そこから下は触ろうとしない。 どうして、してくれないのかと思っているのだけど、そんなこと言うわけにいかない。 (そうだよね……何もないのに……触るなんておかしすぎるもん) 股が、凄く寂しい気がする。結局、優しく触られるだけでこの日も終わりそう。 「あの……今日は聖水は……」 「今日は、悪魔も動いてないですから、必要ないですね」 祓魔師さんがそういうのだからそうなのだろう。 「あの……お礼を」 少しでも引き伸ばしたくて、そう話を向けてみたのだが。 「今日は話だけでしたから、必要ありません。何か異変があったら、いつでも電話していいですから。それでは」 さっと、祓魔師さんは出て行ってしまう。思わず、目隠しを剥ぎ取ろうかと思ってしまった。 扉がバタンと閉まって、行ってしまったと思って。 しばらく、未央は玄関のドアに顔をつけていた。扉のひんやりとした感触。
***
なぜ急に、悪魔は動き出さなくなってしまったのだろう。 寝苦しい、夜が続いている。もしかすると、何もしないのが悪魔の誘いなのかもしれない。そうでなければ、これほど自分がおかしくなってしまうわけがない。 「私……こんなの……おかしいよね」 ギュッと、枕を抱き締めるように、身体の奥に溜まった熱を逃がすように。気持ちをやり過ごすように。 このところ続いた、一連の事件が未央の性感を刺激しているのか。 それとも、これも魔法めいた怪奇現象の一部なのだろうか。
幾度かの寝苦しい夜を乗り越えて、また未央は祓魔師さんを呼んだ。 来てくれるのは、嬉しいのだけど。決して祓魔師さんは、未央の下に触ろうとしない。中途半端に、胸と口付けだけ。その手つきはは、優しすぎて未央に物足りない。 必死に、必死に未央は祓魔師さんの舌を吸い上げるようにした。 もう、自分が限界なのがわかって欲しかった。 言葉でないと、伝わらないのだろうか。 また、あっという間に祓魔師さんとの時は終わる。 (どうして……) 祓魔師さんは帰っていってしまう。 それでも未央が自分から求めるなんて、絶対に無理だった。 だって、これは全部お清めで『そういう意味』なんて含んでいないのだ。 自分から頼んだら、断られるかもしれない。 ずっとこれまで受身に来たことが、裏目に出たのだ。
どうしよう、どうしようと、未央は悶々とする理由が増えて、さらに夜眠れなくなるのだった。 食欲も、睡眠時間も、どんどん減っていく。 いつか、限界が来るのは目に見えていた。それでも、どうしようもなく手をこまねいているうちに、ある日それは来た。
身体中がそそり立つような怖気。 自分が性欲の化け物になってしまったみたいに、身体中が熱くなる。 (欲しい……欲しいよう) こんなの私じゃないと、未央の理性は叫んでいる。 だが、欲の絶叫には遠く及ばない。未央の中の悪魔が、叫んでいる。 (そうだ、これは悪魔だ……私じゃない、悪魔が……悪魔が) 駄目と思ったときは、もう遅くて。 自分のいやらしい股に、指を押し込むようにして、必死にこすっていた。 「ああ駄目、気持ちいい……!」 声に出ていることも気がつかずに必死に貪って。 一人、暗いベットの中で身もだえして、自分の快楽に耽って、未央は溜まりに溜まった絶頂を迎えていた。 「ああああああああ!」 馬鹿みたいな、イヤラシイ、それは雌の泣き声で。 自分の中の悪魔の叫びを、酷く冷めた思いで、もう一人の未央が聞いていた。
未央は、ついに悪魔に負けてしまったのだ。
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