「はぁー」 いつもの無為な社内巡回を終えて、ため息一つついて、仕事を再開する長身痩せぎすのサラリーマンが一人。井上誠人二十二歳独身、本業はプログラマーであったのだが、高校を卒業してからPGとして過度の仕事をこなすうちに、身体を壊してしかたなく転職して、この普通の会社のメンテナンス管理者をやっている。 メンテナンスの仕事というのは、専門知識が必要なものの社内のシステムに異常でも起こらない限り、仕事はないに等しい。定期業務も、あらかじめプログラムしておけば、あとは機械が勝手にやってくれる。給料は安いが、まことに気楽な身分なのであった。 これで、社交的な性格なら暇をあかせて女性社員を口説いたりとか、いろいろ楽しめるのだろうが、至って地味というか暗いというか、まあ一言で言ってしまうと奥手なオタクである、誠人にとってせいぜい女性社員は、目の保養をするのが精一杯。あとは、社内システム管理者の立場を利用して、暇つぶしにメールや個人情報を盗み見たりしている。どこまでも、根暗なのだった。 暗いメンテナンスルームで、誠人はたった一人。誰が見に来るということもない。だから、ため息どころか叫んだって誰の迷惑にもならないのだ。それが近頃、気楽というよりは孤独に感じてしまうのだった。 息が詰まって、社員食堂に行くついでに結構広い社内を一周してみたのだが、誰にも声をかけられることもなく、顔見知りを作る社交性もない、誠人はただ相手と目をあわせないように、女子社員などを観察するのが精一杯だった。 「いつものアレ、やるかな」 そんな、誠人の唯一の楽しみが、長椅子に寝そべっての幽体離脱ごっこなのだ。所定の作法にしたがって、横になり目をつぶれば、仄かに意識が明確になり、身体がバイブレーションしはじめるような感覚と共に、肉体から魂が抜け出るのだった。 もちろん、これは本当にそういうことが起こっているわけではなくて、明晰夢というただの夢である。 金縛りにあったことがあるという人は多いだろう、金縛りは別に悪霊が取り付いているわけではなくて、身体が寝ていて頭が起きているので身体が動かせないだけなのだ。人間は原始時代、洞穴で外敵に囲まれて生きていた。そのため緊急時に備えてすぐ行動できるように、頭と身体を交互に休めることで、すぐに活動できるようなシステムになっているのだ。 金縛りを一歩進めれば、周りの状況を把握しつつ、夢の世界に入ることもできる。前の仕事で、身体を壊した副作用で誠人はこの明晰夢状態にすぐ入れるようになってしまったのだ。寝入って、五分も立たないうちに誠人は幽体のようにふわふわと空中を浮かびながら、薄暗い寝椅子に寝そべる自分の姿を見つめている。 夢でもいいのだ、誠人にとってはとてもリアルに感じられるのだから。 強く強く、自らの身体があることを意識する。夢だからといって、ぼけっとしていない。その肢体があるという感覚は、意識すれば意識するほど鋭くなっていって、まるで普通に「辛い」とか、「疲れた」とかそういう風に思って生きているときより、ずっとずっと頭が冴えているように感じるのだ。 そういう夢を見たことがある人は、きっと多いことだろう。この明晰夢の利点は、誠人が夢の世界全体がコントロールできなかったとしても、夢の中での自分の意識はコントロールできるということだ。
シュルルルルルルルッ
無理やり擬音にしてみるとそんな感じだろうか。まるでゼリーが飛び出すみたいに身体から魂が、飛び出る。もちろん、感覚的なもので、本当に飛び出たわけではない。最初、そういう風に考えられなくて、ものすごい恐怖を感じたものだ。恐怖を感じれば、それがすぐさま現れるのがこの夢の世界。金縛りと明晰夢は、そのときの誠人にとっては地獄だった。 しかし、世界の原理さえ分かれば、この世界は誠人のために用意されたものだ。 やりたくて、はちきれんばかりの気持ちになっていたので、すぐさまその薄暗い部屋をでる。壁抜けもできるが、なるべくリアルを意識するために、扉から出たほうがいいことを知っている。 ドアノブを強く持って、扉を開ける。ただ自然にこなしている動作が、この世界ではとても鮮明で新鮮なものに感じるから不思議だ。静かだった、自分の仕事部屋から社内に移動するにつれて、社内の忙しい喧騒が聞こえる。ここらへんは、夢とは思えないリアルさ。 今日襲う予定なのは、営業三課の伊藤イズミ二十四歳、営業の事務的な補助をそつなくこなす、一般職の事務員である。終始控えめな性格で、最近になって私服OKになったというのに、いまだに前の白い事務服を着ている。他の社員が着ると、おばさん臭くなる服なのだが、不思議とイズミには似合っている。 いや、似合ってるって表現はおかしいだろう。イズミは物凄い巨乳なのだ、安物の薄い事務服がブラを透けさせ、その巨乳を返って目立たせるのだ。ブラが透けても、分かりにくいように本人は考えて、白を選んでいるのだろうが、それすらも返って男の注意を引く結果になる。 結果として、上司のセクハラにあったりするのだが、それを遠目で楽しそうに眺める誠人とセクハラ上司の邪魔をするのが、その向かいに座る石崎である。イズミと同い年なのに、すでに係長に昇進している。 その強い正義感に比例して責任感もあり仕事もできる。セクハラ上司にたてついたりしながらも営業成績トップなので、上司も強くいえない。女子社員の羨望の的で、でも本人はいたって真面目で、そんな石崎が好きなのがやはりイズミなのだ。 絵に描いたような、お似合いの二人でむかつく。そのむかつきを夢で解消しようというのだ。 「へへへ、お前の目の前でイズミちゃんを嬲ってやるぞ」 すーと、空中を浮きながら営業三課を飛ぶ。 「へへへへー」 夢の中だと、気が大きくなる。イズミはと見ると 「石崎さん資料できました!」 とかなんとかいいながら、甲斐甲斐しく石崎の手伝いをしている。最近、露骨にこういうことをやるようになった。石崎も上に一目を置かれている存在だし、その石崎がイズミを気に入ってるので、誰も何もいえないのだ。 「だが、そうはいかんざきー」 ハイテンションになった、誠人は後ろからイズミの巨乳をにゅっと、もちあげる。 「おお、いい弾力」 満面の笑みを浮かべる誠人。 「きゃ! なに!」 後ろから、ぎゅっと誠人に抱きすくめられて驚くイズミちゃん。 「いっ井上さん、なにやってるんですぅーやめてぇ」 「やめろ井上!」 さらに、上から覆いかぶさるように抱きつく誠人に、弱々しく抗うイズミちゃん。 他の社員は無視なのに、石崎だけが気がついて声をあげるのは、もちろん誠人の好みに夢が合わせた結果だ。はっきり言ってしまうと、現実的に彼らは顔は覚えていても、部署が全然違うので井上誠人の名前すら知らないだろう。 これは、あくまでも現実らしい夢なので、誠人の都合のいいような設定なのだ。 「ふぇっふぇっふぇ、ゆれる乳ー」 さらに深々と、乳をわしづかみにする誠人。 「きゃーー」 胸を押さえて、でも弱弱しい抵抗しかできない。 「や、やめろって井上! 大丈夫イズミちゃん!」 そうやって、やめろやめろといいながら石崎は身動きが取れないのだ。 「へへへ、ざまみろ石崎。イズミちゃんの胸やわらかいぞ」 そういいながら、事務服のシャツを破いてブラも引きちぎる。ペロンっと、イズミの爆乳が飛び出してくる。 「きゃーー、やめぇ」 「やめろ、なあ、やめろよ、井上ぇ!」 腕を振り上げて怒る石崎。そういや、セクハラ上司も、こうやってる石崎の剣幕にビビってたなあ。でも、これは誠人の夢なのだ。誠人が支配しているのだから、怖くもなんともない。 「はは、本当はお前もさわりたいんだろー」 そうやって、右乳の乳頭に吸い付きながら、左乳を嬲る。やはり巨乳はいい。やりがいがある。自分が飛べるから、体位も自由自在だ。 「やめろ、無理やりさわりたいわけないだろ。そんな酷いことするなぁ」 石崎は、怒りを全力で顕わにしているが身動きできないのだ。 「やめてぇ……もう、やめてぇ」 すでに、イズミの抗う声は、泣き声に変わっていた。想定の範囲内というか、あくまでも誠人のイメージするイズミちゃんなので、どんなに酷いことをしようが萎えることはない。 「あぁーー」 イズミの悲鳴は、誠人の性欲を掻き立てるばかりなのだ。今度は、一気にストッキングとパンティーをちぎり取る。夢の世界では誠人は、すごい怪力でもあるのだ。 「ぶちこむよーイズミちゃん」 あっというまに、イズミのオマンコに亀頭をあわせる誠人 「いやぁっやめ!」 ぐっと、差し込む。 「やあぁあぁああ」 悲鳴と共に、周りの事務室がはじけとび、いきなりシーンは遊園地に変わる。 「なぁ、なにこれぇー」 イズミと、誠人は真っ裸になって接合しながらメリーゴーランドをぐるぐると回る。これがお気に入りの誠人のセックスのイメージなのだ。 柵の向こうから、あいかわらず何か石崎が叫んでいるがもう関係ない。メリーゴーランドが音を立てながら、ぐるぐる回る振動でズッズっと気持ちよくピストンできる。 「いぁーいゃあ」 そういいながらも、イズミはすでに濡れ濡れになっていて程よく快楽を感じているようだ。 「うあー、もう限界だ。イズミちゃん中でだすよ」 そういいつつ、イズミの乳に楽しむように吸い付く誠人 「やめて! 外に! 今日は危な……」 「限界だ、いくよー」 腰を全開に押し付ける 「いやぁーー」
ドピュドピュドピュ!
絶頂と同時に、メリーゴーランドは回転の速度を速め、そしてドクッドクッドクと流れ出していくほどに、回転が遅くなる。回転のスピードが、性感と一致するようになっている。 「いゃ……中でなんて……私、妊娠しちゃう」 さらに、イズミが誠人の愉悦を高めるセリフを吐いているが。 「そうだなあ、今日はこのぐらいにしておくかな」 そのまま二、三発やるときもあるのだが、少し疲れたこともあり、今日はこのぐらいにしておくことにした。 全てを消してもいいのだが、そのまま泣いているイズミちゃんを抱きかかえて事務所まで戻る誠人。 石崎がぷんぷんと怒りながら、待っていたので「慰めておいてよ」と渡す。 こうやって、夢が続いてる限り後処理をするのも、都合のいいリアリティーを求める誠人の好みだ。
さてと、性欲も満たしたしあとは空で求んで遊ぶか。すーーと浮き上がるイメージ。そのまま、世界の果てへと飛び去っていく。あとは夢に任せるのだ。ぐんぐんと、浮かび上がった誠人は宇宙空間を越えて、月にまで到達する。
月の砂漠には、アポロの残骸と、アメリカの旗が立っている。宇宙には風がないはずなのに、旗がたなびいているのはやはり夢だからだろうか。さらに近づいてみると、旗の下に金髪の高校生ぐらいの美しい少女がいた。白人系と思える肌の白さだ。
あれ……
これまで、自分が望んだもの以外は見たことがなかったのだが。女の子は、ニヤリと笑うと手を振る。ちょっと、怖かったが近づいてみることにした。もし、あの女の子が追いかけてきたら、そっちのほうが怖いからだ。 悪夢といっしょで、この世界は恐怖すればそれが増幅される。油断はできない。 「ごきげんよう」 女の子はニマニマ笑いをやめ、こっちを安心させるように、ニッコリと微笑みかけてきた。ちゃんと日本語でしゃべるみたいだ。 「やあ……」 誠人はあいまいな返答だ。 「君の――えっと君の名前は?」 「誠人だよ……井上誠人」 「私はアルジェ・ハイゼンベルグ。アルジェって呼んでもかまわない」 そういうと親しげに笑いかけた。 「アルジェ……あの、ここぼくの夢なんだけど」 「単刀直入だね、まあこんなに鮮明な明晰夢は私もみたことがない。君は優秀だね。見た目によらずといったところかな。まあ私は、あなたみたいなタイプの日本人に縁があるようなのだが」 そういって、夢の中でもガリオタメガネの誠人にアルジェは、やや呆れた笑いを浮かべた。 「話が読めないんだけど……君は、ぼくの夢の登場人物じゃないの」 「おあいにくさま、私は実在の人物だよ」 「それなら、何でぼくの夢に」 「私の専門は催眠の研究なんだけど、最近夢がもたらす精神エネルギー転換について研究しててね。ミハエル・クルードマンの夢の実在って説は知ってるかな」 科学雑誌ネイチャーを愛読している理系の誠人は、自分も興味ある分野なのでかろうじて覚えていた。クルードマンは、たしかユングの集合的無意識説をさらに推し進め、量子力学のエネルギー転換理論の援用で、夢の精神波が現実に与える影響を……。 「わかったような、わかってないようなって顔だね。まあ、彼は説明がへたくそでわかりにくいからね。もう少しエレガントに論文を書けばいいのに」 「あああ、アルジェってあのアルジェ・ハイゼンベルグ!」 そのネイチャーに最近登場した、謎の天才少女としてアルジェも載ってたことにいま気がついた。彼女は、クルードマンの妄想染みたという批判さえ受けた仮説を、実験で実証してみせたのだ。 そんなのはどうでもよくて、アルジェが美少女だから覚えていたんだが。 「そうそう、やっぱ理系の子は話早くていい 」 「そのアルジェが、なぜぼくの夢に!」 やれやれと、肩をすくめて手を広げるアルジェ。 「さっき、夢の実在の話をしたよね。もう理解したと思ったのに、しかたない全部説明してあげよう。ここは、私の夢であり、同時に君の夢でもある」 「ええー」 「どうやら、君のイメージではここから見える地球が君の精神世界で、月が集合的な精神世界への入り口になってるようだね」 誠人は、もう唖然となっている。たしかに、クルードマンの説は理解したつもりだった。簡単にいうと、夢は現実で全ての人の夢は繋がってるという話だ。しかし、それはあくまで高次の概念上の話で、自分の夢にこんなドラスティックな現れ方をするとは考えもしなかった。 「つまり、君の夢と私の夢はこの月を通して繋がってるということ」 「そんな……」 「ここを中継して、君の精神世界へ行って君の頭をぐっちょぐちょにしてあげることもできる」 そういって、アルジェは透き通った瞳で見つめてくる。 「そんな、信じられない!」 ものすごい恐怖を感じた。心が繋がっているから、本気が伝わるのだ。 「ふふ――そんな可愛い顔しないでくれ。本当に君を気狂いにしてあげたくなる」 そうやって、アルジェはほの暗く微笑む。 「か、勘弁してください」 心の底から震えがきた。夢の万能感は続いて、誠人は空だって飛べるのに実は夢の世界は他者と繋がっていて、他の人から攻撃を受けることがあるだなんて。 「安心して、私は無駄なことはしないから。頭を狂わせるなんて、研究対象外だからね。でも、せっかくだから君を利用させてもらおうかな」 「な……そんなあ」 「無理やり脅してもいいんだけど、これは君の得にもなることだからできれば納得して協力してほしい」 「……内容によります」 「いい返事だね。それなりの強制力を持って世界全ての人の夢に呼びかけてみたのだが、呼びかけに応じたのは君だけだったよ」 世界の夢に呼びかけるって、どれだけの精神力なのだろう。 「そういえば、誰かから呼ばれたような気がしましたね」 「他の人との夢との間を行き来できるのは、現時点では私と君だけみたいだよ。理論構築に人生賭けてるクルードマンですら、まだこの夢の精神の結合点に到達できるステージに来られない。君ほど、夢の精神が鍛えられてる人は珍しい」 「ありがとうございます」 気のない感じで、誠人は返事した。 「私が褒めることなんて、そんなにないんだけど。まあいい、多少の訓練さえつめば、君も他人の夢が見えるようになる。そしたら、そこから精神を操ることもできる」 「精神を操る」 「そう、君が自分の夢の世界で何をしてるのか、ここから見たよ。もし、あの子の精神を操ったら現実でああいうことができる」 オナニーを覗かれたに等しい。真っ赤になった誠人に、アルジェは笑う。 「失敗したら、気が狂っちゃうからきちんと訓練は受けてもらうけれど――どうだ、やってみたくはないかね」 「……やってみます」 「いい返事。夢はもっと可能性を秘めている。分子生物学の連中は、脳と遺伝子を解明したぐらいで『精神は肉体』なんて妄言を吐いているがとんでもない。精神エネルギーは物質をも支配するのだ。研究を続ければ精神だけじゃなくて、肉体的影響も与えることができるはずだし、きっといろいろ遊べるはずだよ」 「楽しそうですね」 よく考えたら、誠人自体も明晰夢を研究して遊んでいたのだ。それが少し大掛かりになるだけだ。 「そう、研究は楽しい。君はいい返事をする」 そういって、微笑むアルジェに誠人は微笑みを返してみた。そこで、気がついたので誠人はいってみた。 「あの、アルジェさん」 「なんだね、話がのってきたところだったのに」 「これが全部……その夢だったりはしませんか」 「君はまだ、ただの夢と、物質化した夢の区別もつかないのかね。もう、しょうがないな――ハサミよ!」 そうやって、アルジェがいうと虚空からハサミを取り出した。そのハサミで、チョキンと自分の美しい金髪を一房切る。そして、それをそっと誠人の手に握らせた。強い存在感を放つアルジェの手は、思ったよりも小さくて暖かかった。 「これを、しっかりと持ってなさい。私も睡眠はこのぐらいにしとくから、今日の講義はここまでにしとく、目を覚ましなさい!」
シュルルルルルルルッ
「うああああぁ」 アルジェが目覚めろといった合図に、誠人の身体は急速な勢いで地球へと落下していく。 会社の自分の事務所めがけて一直線に。
「……あああうぅぅ」 ばさっと、長椅子から立ち上がる。冷や汗をたっぷりとかいていた。あと、パンツが精液で濡れている。明晰夢のおかげで、夢精してしまったのだろう。このために、パンツの変えはちゃんと用意してあるから大丈夫と、思考してハッと気がついて右手を見ると、そこには
明るい金髪が一房、握られていた。
現実と夢の通路が、いまここにしっかりと繋がったのだ。
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