「例の事件」ストーカースナイパー外伝 |
「隣の隣はダ~レ♪」
俺は、昔国営のテレビでやっていた子供番組の主題歌を口ずさみながら、マンションの最上階に住む雇い主の元に向かっていた。 しがない俺の名前などどうでもいいことだが、名乗っておけば麻松一郎という。三十路を過ぎた、独身のどこにでもいるようなうらぶれた男だ。 職業は探偵。探偵といっても、よく推理小説に出てくるような立派な私立探偵ではなくて、浮気調査などをする興信所の調査員のような最低ランクの仕事をこなす探偵だ。 それでも、この業界には捜査したと偽って金を騙し取るようなもっと最低な連中もたくさんいるので、最低ランクでも律儀に依頼者の仕事をこなしているだけ俺は探偵と名乗ってもいいと思っている。
新築の高級マンションの最上階。 「田崎正文」と表札がかかっている。 チャイムも鳴らさずに、扉を開けて入る。鍵が開いているのも分かっている。報告書を持って、この時刻に俺が訪ねることはお互いにわかりきっていることであるから。無駄な動作はしない。 ちょうど、部屋の奥に高級そうな皮の安楽椅子に腰掛けている不思議な気配を持つ中年の男性。クルリと椅子を回転させて、俺の目を力強い瞳で見つめてくる異相の男。この部屋の主、そして私の雇い主である田崎正文氏である。 田崎正文という名前は、実はこの部屋の賃貸契約を結んだ、すでに破産して夜逃げしている元社長の名前である。本当の彼には名前がない。 名前がない男である彼は、かつてこう呼ばれていたそうだ。ストーカースナイパーと。
ストーカースナイパー。その名は、天才的性犯罪者として国家レベルで騒動を起こした男として記録されている。すでに死亡したとか、海外に逃亡したと言われているこの男が、都内のマンションに潜伏していることを知ればみんな驚くだろう。
ふと、パソコンのモニターを見ると、例の都内マンションで起こった暴行バラバラ殺人事件のニュースが映っていた。
「ああ、あの事件ですか」 「そう、嫌な事件だったね」
いまは話題になっているからあの事件でわかるが、猟奇的な凶悪事件の相次ぐこの国では、一週間と経たないうちに事件は風化してしまう。事件の概略だけ記しておくと、新築のマンションで、一部屋の空室を挟んだ隣室の男が、姉妹で住んでいる二十三歳の女性を襲い、その場にあった包丁で脅して自分の部屋に連れ込んだ挙句に、刺殺してバラバラに遺体を解体してトイレに流したという猟奇的な事件だ。
暴行目的で襲って刺殺までは、よくある事件だが。被害者の女性がマンションから出ていないことが監視カメラでわかり、一日も経たないうちに警察が乗り出してマンション内の調査を開始した。つまり、犯人は警察が室内に踏み込むまでの短い時間に死体を解体して、隠した。そしてそのあとトイレに流すなり、ゴミに出すなりしたのである。警察力の低下か、犯人の偽装工作がうまくいったのか、発覚して逮捕に至るまで一ヶ月の時間を要した。
一日以内に人間の遺体を解体して、大きな部分は警察が来ても分からないように収納して、一部は細かく裁断してトイレに流す。ちょっと現実に起きたとは考えにくい話だ。しかし「事実は小説よりも奇なり」とはよくいった話で、洗濯機を利用してバラバラに解体したらしい。 洗濯機の中で、バラバラになった人肉、撒き散らされた血の量たるや相当のものだっただろうに。ちょっと、想像するだけでも吐き気がする話だ。何度考えても現実の話しとは信じがたい。 それでも、部屋に残された血痕、下水で発見された人骨などから犯人の犯行は裏づけられているのだ。 犯人は人を解体して始末した直後に、ゆったりとしたジャージ姿でニコニコと笑いながらマスコミの報道に答えている――鬼畜。 俺だって善人じゃない。生活のために、犯罪ギリギリのラインの汚い仕事を……時にはそこを飛び越えてしまった裏の仕事をやっている人間だから、偉そうなことはいえないが、犯罪者は人を殺してしまった段階で、人間ではない何か別の生き物に変化してしまうのではないか……そのようなことを考えながら、事件のことを考えているうちに、俺が持ってきた報告書を楽しげに読んでいるこの目の前の天才的性犯罪者は、どちら側に属しているのだろうと疑問を持った。 こちら側の人間か、あるいは……向こう側の狂気の世界にすでに。
「どうしたね」 俺の視線に気がついたのか、鷹揚に彼は答えてくれた。 「いえ、例の事件のことを考えてまして」 「そうか、君の職業は探偵だからね。猟奇事件が気になってしょうがないかね」 「いくつか、疑問もあります。優れた犯罪者である貴方の意見をお聞きしたいですね」 「最近は、暇だしなあ、そういう遊びもいいだろう」 くつろいだ様子の彼に、疑問点を聞いてみることにした。
「まず、犯人の目的は暴行目的だったそうですよね」 「そうだね」 「だったら、どうしてマンション内の女性をわざわざ襲ったんですか。入居したばかりで、姉妹で住んでることすら知らず一人暮らしだと思っていたらしいですよ。危険を犯すほどの思い入れもないのに、隣人を襲えばすぐ自分の犯行だってわかるじゃないですか」 「大胆な行動に、結構な偽装工作をしているのに、そこらへんが杜撰すぎると?」 「そうです最近は、警察の捜査力が落ちているから……通り魔事件で未解決になっている案件は山ほどあります。成功確率から考えると、暴行目的で隣人を襲うなんていうのは馬鹿の考えることですよ。きっと犯人の証言は嘘で、最初から犯人は殺害して解体する目的で事前に準備を整えていたんです」 そういうと、なぜかストーカースナイパーは笑い始めた。 俺は、なぜ笑われたのかが分からず、呆然としていると「すまない」と謝って彼は話を続けた。 「君がそう考えるのは、探偵らしい推理的合理性で物事を考えているからだろうね」 「犯人は違ったと?」 「そう、犯人はパソコンの十八禁ゲームのマニアだったそうだよ」 「それが事件と直接的関係が」 「あると、私は思う。エロゲをやったことがないだろう君にはわからないだろうが、同じマンション内の住民を脅迫して監禁というのは、エロゲの様式美としてはよくあることなんだよ」 「まるで、マスコミみたいですね……ゲームの悪影響を受けた犯行だっていうんですか」 実際の性犯罪者である目の前の男が、マスコミの御用学者が唱えるような陳腐なゲーム悪玉論を言い出すので、あっけにとられてしまった。
「悪影響? ゲームは悪くないだろう。ただ犯人が影響を受けただけだ」 「まるで、犯罪がゲームのせいだって聞こえますよ」 「私が言っているのは、犯人が陵辱ゲーム的なリアリティーを持って犯行したというだけのことで、ゲームがなくても犯人の凶悪な性的衝動がなくなるわけではない。ゲームがなければ、別の形で……多分もっと狡猾な犯罪の仕方で発露しただけだろうね」 「すいません、変な言い方をして、話がそれました」 「ああ、文化が犯罪者にどう影響を与えるかは面白い議題だけどね。ハリウッド映画がなければ、その影響を受けた貿易センタービルの事件は起こらなかったかもしれないが、それでテロがなくなるわけではない。『ライ麦畑で捕まえて』がなければ、ケネディーは暗殺されなかった? フフン、面白い冗談だが。影響を与えたかもしれない文化を責めるというのは、土台が筋違いだろうね」 ストーカースナイパーは一呼吸置くと、また話し始めた。
「犯人の思考は、たちの悪いギャンブラーみたいなものだったのだろう。私には彼の心理が手にとるようにわかるよ。合理的判断では、不可解な犯罪でも、彼のゲーム的な思考からすれば、とても合理的な行動だったんだろう」 一呼吸おいて、さらに彼は話を続ける。 「彼は、勝利を確信したギャンブラーだった。犯行時はとても興奮した状態だったのだろう、ゲームの中での度重なる成功体験に後押しされた彼は、同じマンションに住む見知らぬ女性が大人しく捕まって、大人しく脅されて、大人しく監禁されて、大人しく陵辱を受け入れると半ば本気で信じていたんだ」 「そんな考え方をする人間が、一方で猟奇的な隠ぺい工作を?」 「犯人は、被害者のマンションに押し入ったとき、ナイフすら持っていなかったからその場にあった包丁を使ったんだ。それは最初から計画されていた行動ではなくて、暴れられるとは思ってもみなかったからなのだろう。一人暮らしと勘違いしたのも、状況が自分に都合よく働くと根拠もなく思っていたからではないかな」 「信じがたいですね……」 「君だって、犯人が常に合理的に動くという推理小説的な思い込みで、現実を見誤ってるんだよ。この場合は、犯人が陵辱ゲーム的な思い込みで動いただけだ。だから、そういう思い込みをすべて取っ払ってみれば、短絡的な犯人が短絡的な犯行をしただけというシンプルな構図になる」 「一応筋は通ってますが」 「まあ私が興味があるのは、どんな偏狭質的な狂気を持って犯人が犯行を行ったということだ。自分の部屋に無理やり連れ込んだ犯人が、被害者にどんな奇知外じみた妄言を吐きかけたか。そのうちに明らかになるだろうな。そのときは世間はもうこんな事件があったことなど忘れているだろうが」 「そうですね」 大衆は血に飢えているだけなのだ。マスコミは自分の後ろめたさを隠すために、犯人の部屋を掘り返して猟奇的なゲームなり漫画なりを探し出して、その影響と決め付けて識者に非難させる。一時的に、猟奇的表現が規制されることもあるが、そのうちほとぼりがさめる。そしてまた猟奇殺人事件が起こる。ただ、その繰り返しだ。 マスコミも賢いもので、一時的に槍玉にあげても、本当に猟奇的表現の規制を議論したりは絶対にしない。猟奇的なゲームや漫画がなくなれば、次に非難されるのは猟奇的事件を面白おかしく大々的に報道している自分たちだとちゃんと分かっているからだ。
議論に飽いたのか、壁一面についたモニターをつけた。ストーカースナイパーの手元のスイッチで、いくつものモニターが映りだす。 テレビ? ……ではない。数日前に来たときは、こんなモニターはなかったのに。 モニターは一種の盗撮画像らしい。モニターの多さから、まるでひとつのお店を監視する監視カメラのようにも見える。 しかし、映っているのはどれも様々な角度から撮られたマンションの一室で、女性が二人映っている。マンションのレイアウトが、どこかで見たことがあると思ったら、ちょうどいまいる部屋とまったく一緒のレイアウトだった。家具の違いだけだ。 ちょっとまてよ、これってまさか。 「実は、私の部屋の隣にも女性が二人住んでいてね」 そういって、ニヤリと笑うストーカースナイパー。 「しかも、美人姉妹なんだ。結構面白い偶然だろう」 事件と似通っているのは偶然でも、女性宅の隣を隠れ家に選んだのは決して”偶然”ではありえないと俺は知っている。最初から狙っていたのだ。 「前に来ていたときから、例の事件の推理に君はご執心だったみたいだからねえ。とりあえずの解決記念のお祝いに、私が”成功例”というやつを見せてやろうかなと思って、準備を急いでみたわけだよ」 モニターの女性を眺めながら、ストーカースナイパーは楽しそうに説明している。妹のほうが高校生ぐらいだろうか、まだ少女らしい活発そうな子で、焼き菓子をモグモグと食べながらテレビを見ている。もしかしたら、例の報道を見ながら「怖い」なんて思っていたかもしれない。 自分がすでに、同じような被害者の境遇に置かれつつあることを知らないままに。
姉のほうはちょうど風呂に入っているところだった。マンションの小さめの浴槽で、無駄毛の処理をしながらあられもない姿をさらしている。 湯気で少し見えにくいが、風呂に入っている無防備な女性というのは、なめかましく見えるものだ。活発そうな肢体の妹もいいが、大学生ぐらいであろう姉のほうは、さわり心地のよさそうな形のよい巨乳である。すらりとした腰つき、スタイルも悪くない。容姿から見ても、俺は姉のほうが好みだ。 「妹のほうが観守ミコ十七歳の高校生。姉のほうが観守紗枝二十一歳の大学生。どちらともそこそこの美人だから彼氏がいて非処女なのが残念だけど、彼氏以外ともやってる遊んで系の娘ではないよ」 それは、俺も職業柄だいたいよく分かる。家具の趣味や部屋の飾り付け、使ってる化粧品や着用している服を見ただけでも、普段の生活の様子はわかるもので、不自由なく育ってきた、いいところのお嬢さんだろうと容易に推測がつく。 それ以前に、都心の一等地にある高級マンションに姉妹だけで入れるというだけでも、実家からかなりの援助を受けていることは明白なのだが。
「私はすでに、隣のマンションに二度侵入した」 ストーカースナイパーは説明を続ける。 「大事なのは、下準備と情報の収集。そのために、こうしてあらゆる角度から盗撮して普段の生活の様子を調査している。個人情報の類もすべて集めた。こういう手口が、私の名前の由来だね。必要なら、君のような探偵を雇って学校や職場での様子も調査させることもあるが、この姉妹の場合は必要ないと判断した」 俺が、今日持ってきた調査記録もいずれこういう犯行に使われるのだ。仕事が役に立つという満足感と、仄かな罪悪感。 「次に、軽く催眠薬で眠らせて二人が寝ているときに部屋に侵入した」 ということは、すでに陵辱されているということか。 「いや、犯してはいないよ。軽く悪戯してみたりはしたけどね、軽い催眠薬だから刺激を与えれば起きる恐れはある」 それなら、何をしに入ったんだろう。 「必要な医療的パッチテストを行ったんだよ。彼女らが、どういう体質をしていてどういう睡眠薬が効きやすいか、彼女らの身体に深刻な影響を与えない程度で麻酔はどこまで使えばいいか。念のためアレルギーのテストも行っておいた」
それを聞いて、俺は全てを了解した。完全犯罪としての陵辱であれば、睡眠薬等で意識を奪ってから犯すのはベターな手口といえる。そうはいっても、現実はそう簡単な話ではない。 強い酒や人体に影響のない程度の軽い入眠剤、あるいは昔なら酒に目薬を入れるなど手法は最初に抵抗をさせずに犯すという手口には使えるが、その後やっているうちに高い確率で覚醒する。 それでは強い睡眠薬や弛緩剤、あるいは麻酔ならどうか。すでに古典となっている睡姦ドラマだとクロロホルムを使ったなどという手口もあるが、あれは劇薬だ。効き目に個人差がある以上、どのような薬品でも安全とはいえない。弱ければ覚醒する危険があり、強すぎれば重度の健康被害を与え、最悪には殺してしまう危険がある。 安全だと確信しての犯行で、麻酔薬のアレルギーによる急性ショック死という悲惨なケースですら犯罪史には残っている。相手を殺す気でもなければ、強い薬品によるレイプは避けるべきだ。
それでは完全な睡姦は無理なのだろうか。答えは否である。たとえば専門的知識を持つ麻酔医による手術麻酔は、国中の病院で毎日無数に行われているが医療事故は年単位でもほぼ数件である。知識を持って、相手の薬との相性を調べてからやれば、ほぼ安全に行える。 問題点は面倒すぎるということ。ちょっと考えれば分かるが普通、そこまで面倒な手間をかけて女を犯す男はいない。俺は別に不自由してないから、レイプなどやらないが経験上、がっちりと身動きできないように身体を押さえ込んでやって二、三発殴ればたいていの人間は大人しく犯されるだろうというのはわかる。 女がと、あえていうつもりはない。男でも、ガチムチのホモに抵抗できないように押さえつけられて暴力に晒されれば、自分がいかに弱い動物か理解するだろう。人間の心は身体以上に衝撃に脆い。
そして、ただ俺の目の前に普通でない男がいたということなのだろう。
「お茶にあらかじめ入眠剤を入れておいた。姉妹のこれまでの行動から、寝る前に飲むのは九割以上の確率だが、もしだめなら宴は今度に持ち越しだね」 あくまでも、余裕で彼はそのようなことを言う。 やがて、姉妹は薬が入っているペットボトルのお茶を口にしてしまった。まるでストーカースナイパーの予言のとおりに動く悲劇の姉妹である。もちろん、これは一ヶ月近く監視して、行動を探っていた結果なのだろう。 妹がふらふらと、先にベットに倒れこんで、すぐ姉がそれを追うようにして寝室に入っていった。テレビもつけっぱなしだ。 「さて、準備が整ったみたいだから私たちも行こうか」 そういうと、彼に即されて私は隣の部屋に侵入した。一度マンションの廊下にでて隣の部屋に。万が一向こうの通路から見ている人がいたとしても、別に不審には思われなかっただろう。
趣味のいい家具が並ぶリビングを抜けて、ベットに並ぶようにコテンと寝ている姉妹の部屋に。臆病な私は不用意に指紋を残さないようにと、細心の注意で動いていたのだが、ストーカースナイパーはそれをあざ笑うかのように、素手でリモコンを持ってつけっぱなしのテレビを消した。
「さてと……」 彼は、どこから取り出したのかボンベがついたマスクのようなものを妹、そして姉に取り付けてシュっと嗅がせた。さらに、寝息が大人しいものに変わっていく。こっちは麻酔ということか。 「これで、最低三時間は何が起きても眠りから覚めることはない。私は妹の方を犯すけど、君には姉の方をあげてもいいよ。生で中出ししても、きちんと処理するからなんの問題もない」 観守紗枝だったか、肉感的で魅力的な女性だ。女ざかりに入り始めた風呂上りの身体は、女の香りが匂いたつように感じる。薄絹を羽織って、無抵抗に寝そべっている肢体のラインが、俺を妙に興奮させて理性を狂わせる。 それと同時に、これは餌だとも思う。一緒になって女を犯せば、俺はこの男の共犯になる。決定的な弱みを握られてしまうことにもなりかねない。 「さすがに躊躇するか、麻松くん。これは罠でも餌でもなくて、ご褒美を兼ねた、踏み絵のようなものだよ」 すでに、妹を脱がせてその若い身体をまさぐりながら彼は言う。 「私の仕事には、優秀である以上に信頼できる男が必要でね。そういう関係を結ぶには共犯関係になるのが一番いい。君の律儀な仕事振りは、合格点だからね。あっ言い忘れたけど、ローションそこに置いておいたから濡れが悪かったら使ってね」 この状況で、まったく緊張がなくて普通の会話をするストーカースナイパーに俺は思わず笑ってしまった。 そうだ、彼ほど完璧な犯罪者が俺みたいな小物を嵌めたところで意味はない。普段している仕事より格段に実入りがいいから、俺は彼の仕事を手伝っているわけで、それはここで女を犯そうがどうしようが変わることはない。 だったら、お零れをいただけるならいただいたほうが得というものだ。
決心がつくと、俺はあえて乱暴に衣服を紗枝の剥ぎ取って、自らも裸になってベットの上に身を横たえた。肌が綺麗だ。若い女も、美人も、スタイルがいい女も抱くことはある。だが、それを兼ね備えた女を抱く機会は、おそらくこれが最初で最後だろう。 そもそもが、この紗枝と俺では生活や人間としてのレベルが違いすぎるからな。抱く抱かない以前に接点というものがない。 俺はどちらかといえば、セックスには淡白なほうだ。性欲がないわけではないが、行為に固執するつもりがない。愛情がなければ、女なんて暖かい肉の塊でしかない。だから、それなりに性欲のたぎりを感じて欲望の限りを尽くしてやろうと思っても、どこか心に冷めた部分があって、胸のうちであえぎ声をあげる女をまるで他人のように見ていたりする。セックスはそれなりに楽しいものだが、行為に没頭できないでいるのだ。
完全に意識がない女を抱くのも、初めての経験だった。不感症のマグロ女とも違う。こっちの行動に、反応が鈍いわけではない。肉体的反応はあるのだが、こっちに抱かれているという意識がまったくない状態。 異様だ、その異様さがまるで始めて女を抱いたときように、俺を夢中にさせた。濡れるかどうか心配だったが、ちゃんと肉体的反応を反応はあり、やや鈍いながら濡れてはいる。 床に置いてあるローションを使うかどうか迷った。どうやるのかは知らないが、行為が終わったあとでなるべく元に戻さないといけないはずだ。万が一にも、身体を傷つけるわけにはいかない。俺はなぜかローションを使いたくなくて、本当に久しぶりに息を荒げるほどに必死になって愛撫し、クンニした。 「ハァハァ……これならいけそうだな」 ふと、どうなっているか隣のベットを見るとすでにストーカースナイパーは妹のミコの足を抱くように絡めて、ピストンを開始しているところだった。あの小さい不恰好な身体で、実に器用に意識のない女を抱くものだ。手馴れているのだろう。 こっちの視線に気がついたのか、ニッと笑うと「いいものだろう」といって彼はまた行為にもどった。まだ女子高生だというのに、あんな醜い男に妖怪じみたセックスを強要されて、顔をゆがめているミコが少し可哀想になったが、それで興奮が高まっている自分もいて、複雑な気持ちになった。
やると決めたら、やりきってしまうべきだ。俺は自分の一物を、ぐったりとしている紗枝の身体にめり込ませていった。紗枝の中で、俺の一物が硬度を増して、ビクッビクッと脈打っているのを感じる。 ここまでセックスでキタのは久しぶりだった。まるで、入れただけで射精してしまったかと疑うような強い滾り。股間に感じる力強さは増すばかりだ。まるで十代に戻ってしまったような、股間の奥底から滾る懐かしい熱を感じていた。 ゆっくりと、紗枝の奥底まで入れて。ゆっくりと引く、そしてまたゆっくりと奥まで貫く。慣らすように、ピストンの速度をゆっくりと上げていく。目の前にある紗枝の顔が、曇って甘い吐息を吐き出したようだった。 さっきのミコの顔を思い出して、やっぱり姉妹だから似ているなとは思う。それでも、紗枝のほうが美人で可愛らしい顔をしている。なにかこらえるような、困ったように顔をこわばらせている紗枝の表情を見ていると、興奮が極度に高まっていくのを感じた。 俺はもう没頭した。紗枝の形のよい胸をもてあそび、腰を思うままに押さえつけて気持ちよくピストンして、首筋を味わい紗枝の口内をゆっくりと舌で味わい唾液を交換した。体位を変えて、何度かやるうちに高まりが限界に達したので、俺は正常位で抱くようにして紗枝の口内を舌で味わいながら、膣の奥底に亀頭をうずめて紗枝の子宮口めがけて一気に射精した。
ドピュドピュドピュドピュドピュ!
こんなに激しく射精したのは久しぶりだった。頭が真っ白になるような満足感。生で中に出していいのかとか、迷いは一切なかった。とにかく紗枝の身体をむさぼるのに必死だったから。 ようやく、息を吐いて落ち着いて、少し恥ずかしくなった。別に倫理をどうこう言うつもりもとからはないが、三十過ぎて、若いころの滾るような性欲が衰えだしてきたのを、セックスに達観できるようになったのだと勘違いして半ば自慢げに思っていたのに。 いい女を、こんな変態的なシチュエーションで自由にさせてもらえば興奮を抑えきれずに、十代のガキみたいに必死になってむさぼりつこうとする。 俺も結局は、馬鹿な男だなと自嘲するわけだ。
隣では、もっと馬鹿な男が必死になって若い身体をむさぼっていた。もう何度も射精したのだろう、接合部からは、泡だった精液と愛液の混合液がにじみ出てきている。それがジュブジュブっといやらしい音を立てて、さらに陶然としたいやらしい空気を漂わせてくる。 馬鹿げたことを誰よりも必死にやれるのが、天才なのだとしたら。やはりこの目の前で女子高生を犯している醜男はやはり変態の天才なのだろう。 俺はその突き抜けた馬鹿っぷりがうらやましくなって。それにはかなわないまでも、とことんまでやってやると、俺の紗枝に視線を戻した。 意識を失いながら、何も分からずに知らない男に犯された眠り姫。少しずつオマンコから俺の精液を垂れ流しながら、やはり身体は感じているのか、女の香が強くなった紗枝の甘い体臭を吸い込み、また必死になって抱き始めるのだった。
ドピュドピュドピュドピュドピュ!
紗枝の口内を犯して一発、綺麗な顔にぶちまけてやった。そしてまたオマンコに一発決めてやった俺は、さすがに息を荒げていた。すでに時間はタイムリミットに近づいているのだろう。ストーカースナイパーはすでにミコを犯すのをやめて、後処理をしている。 「シーツの代えは用意してあるから心配いらないよ」 そういいながら、ミコの接合部を器具のようなもので開いて中の精液を取り除いている。よくは知らないが、産婦人科で使うような器具なのだろう。いとも簡単に、クパッと子宮口までオマンコが開いて、中を綿のようなもので洗浄できるので驚いた。 「これでも、中の精液は完全には取れないんだけどね。まあ気がつかない程度に取れればいいから」 仄かな兆候で気がついたとしても、生活を監視しているストーカースナイパーには対処法があるのだろう。どこまでも用意周到な変態であるのだから。 さすがに膣洗浄までは技術がないので手伝えないが、濡れタオルで姉妹の身体を拭いたり、シーツを代えるのは俺も手伝った。 最後に、ストーカースナイパーが取り出したスプレーをシュっとふりかけると。換気もしていないのに、室内に立ち込めていた湿るようなセックスの匂いが一瞬にして消えた。これで痕跡はなくなった。最近は、こんなものもあるのだと驚く。 ラベルの貼っていないこのスプレーを見て、もしかしたら例の事件の犯人もこの消臭スプレーを使って、死体から立ち上る血の匂いと腐臭を消したのではないだろうかと思った。これなら警察も気がつかなくても不思議はない。
完璧とはいえないまでも、元の状態にまでもどった二人。ややベットが寝崩れているぐらいが自然なのかもしれない。何も気がつかずに、安らかに寝息を立てている姉妹を見ていると、なぜだか奇妙な満足感を感じた。この男と一緒にいつまでもここにいると、俺も本格的な変態になってしまいそうだ。 タンスなどを物色して、姉妹のパンツを眺めたりして、いつまでも居座ろうとするストーカースナイパーを即すようにして、早々に隣の部屋に戻るようにした。俺は彼よりも小心だから、いつまでも犯行現場に居たくないという気持ちもあったのだが、それよりも何かどんどん自分が変態の深みにはまるのが怖かった。
彼の部屋に戻ってからも、チラチラと寝ている姉妹の盗撮映像を見ながら、なぜか興奮が冷めやらず帰って眠る気にもならず、出してもらったコーヒーを飲みながら彼と話し合った。 彼は信頼を得るために、共犯関係になるのだといっていたが、同じ場所で女を抱くという行為は確かにその効果がある。 前も今も、ストーカースナイパーは得体の知れない男だったが、いまは話していても親しみを感じる。金払いのいい雇い主というだけではない、仄かな友人のような親しみを感じてしまっている自分がいた。 なぜか、彼は甘いものが好きでよく銘柄は知らないが高級そうな和菓子を出してくれる。甘すぎない羊羹の上品な口当たりが、興奮とセックスで疲れた身体と心を落ち着かせてくれる。コーヒーの渋みとも不思議とあった、そこらへんもきっと考えての組み合わせなのだろう。 依頼主に客人のように扱われても、いまは居心地の悪さを感じないでも済む。
それにしても、ずっと考えていたことなのだが、生で中出ししてしまって大丈夫だったのだろうか。避妊とかはちゃんとしているのかと聞いてみると、当然のようにしているわけがないと答えが返ってきた。 そんな……たしかに俺もやってしまった後だから言い訳できないが、ストーカースナイパーの相手の観守ミコは高校生だったはずだ。その歳で望まない妊娠というのはあまりにも酷いのではないだろうか。そう問い正して見ると。
「むしろ、妊娠すればいいと思ってやってるよ」 彼はそう平然と答えた。その声は変態的な自信に満ち溢れている。 彼女たちには彼氏がいるはずだ。それが気がつかないうちに、どこのだれとも知らないおっさんの子供を妊娠させられるというのは、あんまりにも残酷じゃないだろうか。お前一緒にレイプしてから奇麗事をいうなよと、反論されたら黙らざる得ないと思いつつも、彼がどう答えるかが気になって聞いてみる。
「そうかな、彼氏の子供じゃなくても、誰の子供でもいいじゃないか。少子化が進む現代、新しい命が生まれるというのは望ましいことだと思うよ」 「それでも……子供が生まれてきたとして、あなたの遺伝子なわけですよね」 醜悪なおっさんの遺伝子を受け継ぐとは、さすがにいえないが。 「遺伝子で子供の未来が決まるわけじゃない、生まれてくる子供たちは誰の子供でも無限の可能性を持っている」 そう、目を輝かせて言ってくるのだ。本気とも思えないが、冗談とも思えなかった。きっと、彼氏がいないとしても、父親がいない子供が不幸になるとは限らないとか言ってくるのだろう。その境遇に陥れたのが自分と自覚している上で。偽善は最後の悪徳とはよくいったものだ。
妊娠したとしても、堕児の可能性も示唆してみる。女子高生の望まない妊娠とか聞けば、そういう暗い未来しか見えないのだが。彼は真顔でこう言い放った。 「それなら、堕せなくしてしまえばいい」 この男ならやりかねない。 新しい命を生み出すという神聖なはずの行為が、場合によっては、殺人以上の残虐な醜悪さを持つこともあると始めて知った。
俺は密かに、例の事件の鬼畜殺人鬼と、この男が一緒の部類ではないかと恐れていたのだが、俺の恐れはまったく的外れなものであると分かった。この男は、天才的性犯罪者は、例の事件の殺人鬼などより、もっと悪質でもっと性質が悪い男なのだ。向こう側なんて生易しいものではなくて、それはきっと鬼畜たちの住む、最悪と狂気のさらにさらに果てしなく向こう側に存在する。
そこは俺の常識が及ばない、淫獣と怪物の楽園、異常と変態の極北なのだ。
それは酷い。だが、まるで出来のいいホラー映画のように、なんと魅力のある世界なのだろう。俺の乾いて停滞した常識を、心地よく打ち払ってくれるような。 そんな物思いにふけっていると、すでに締め切られた窓からも分かるほど、差し込む光は明るいものになっていた。 目の前のストーカースナイパーがニンマリと気持ちが悪い笑いをする。 盗撮映像から、姉妹が起きだして朝ごはんを作って食べている様子が見える。和気藹々と、まるで何事もなかったように。 「どうやら、気がつかなかったようだね」 「そのようですね」 さすがに、俺も少し疲れてきた。たぶん気がつかないだろうと思っていたが、実際無事だったことを確認すると、やはり安心したのだろう。急に眠気が襲ってくる。 「我々も、朝ごはんにするかね」 朝ごはんまで出してもらうのは、ちょっと遠慮がある。食欲もさほどない。 「いやあ、さすがにちょっと疲れましたから。喫茶店のモーニングにでも寄って帰って寝ますよ」 次の仕事にかかるための、机の資料をまとめて鞄に詰めて、帰る支度をする。共犯関係になった以上、俺もさらに本腰を入れて彼の仕事を手伝わないといけない。少し怖い気もするが、彼のご褒美を、また楽しみにしている劣悪な俺もいるのだ。 貧乏性なので、机のコーヒーをゆっくりと全部飲み終わってから勢いよく立ち上がる。「それでは、また定時報告に来ます」 それに意味ありげな、笑いをするとストーカースナイパーはこう言った。 「そのときは、次のご褒美を期待していてくれたまえ」 口では、偉そうな常識を騙っていても、俺の意地汚い劣情などお見通しなのだろう。まったく、偉大な変態様だよ、俺の依頼主は。 ブラインドで締め切られた、薄暗いストーカースナイパーの部屋から、一歩外にでると早朝のまぶしい光が寝不足の俺を貫くようにして、少し足元がフラッっとする。彼の家の中と外ではまるで別世界。変態の世界から、まともな世界に戻ったのだ。 さわやかな外の澄んだ朝の空気が、俺に理性を取り戻す。 「……しっかりしないとな」 依頼主が変態でも、俺は仕事でやってるんだ。まともな世界に足を踏みしめて、生きていかなければ。気を取り直す。俺は変態じゃない、正常だ。
足を踏みしめて、前に歩き出そうとすると、いきなりガチャっと目の前の扉が開いて俺は横に吹き飛ばされるようによろけた。 「うぁー」 不意をつかれて、少し情けない声を上げて力なく膝をつく。扉からは、観守ミコが出てきた。黒を基調とした、女子高生らしいかわいい制服で、後ろに軽くまとめられた髪が揺れている。 「あー!! ごめんなさい! 大丈夫ですか!」 「だっ、大丈夫ですよ!」 仕事柄、運動神経にはそれなりに自信がある。ちょっと不意をつかれただけだ。そうか、姉妹もさっきご飯を終えて出る準備をしていたものな。 それでも廊下で、鉢合わせするとは思っていなかったので声が上ずってしまった。酷い罪悪感。当たり前だ、少し前に俺はあの変態と一緒に彼女たちを……。
「ほんとにごめんなさい、隣に住んでる人かな? あっ時間っ、遅刻! 大丈夫ですよね、すいませんです!」 元気なものだ、慌てて駆けていった。呆然と見送っていると、扉から観守紗枝が出てきた。薄化粧で、口紅が輝くようで、さっき抱いたときもよかったが、こうみるとさらに魅力的な美人だ。 「妹が本当に、ごめんなさい……隣の方かしら」 「いえ……はい……」 自分でも何を言っているのかよくわからない。ただ、俺の頭の中では昨日眠って意識を失っているこの女を、調子に乗って陵辱しきって何度も中だししてしまったということが、ただ頭をグルグルと。紗枝に、謝られるどころではない、本人を前にして酷い罪悪感に胸が痛む。むしろこっちがごめんなさいだよ。 紗枝は、部屋の鍵を閉めて、身体は大丈夫かとか服は汚れなかったかとか、ひとしきりこちらを気遣うそぶりを見せた。 俺がしどろもどろなのは、扉に頭をぶちつけたからだとでも思ったんだろう。 妹の乱暴をひとしきり謝罪してもう一度頭を下げると、大丈夫を繰り返す俺に安心したのか、紗枝は可愛らしい笑みを浮かべて。ゆっくりと歩いていった。朝だから、紗枝もそんなに余裕があるわけではないのだろう。 俺は昨日の夜、その艶のある裸体を曝け出して、俺の腕の中に居た紗枝がまるで夢のようだと思って。 それを、頭の中で反芻しながら、静かに勃起していくのを感じていた。
エレベーターに消える紗枝の形のよい尻を、呆然と見送った後。
熱く滾って戻らない股間の一物。どうにも静まらない。初めて生で聞いた紗枝の優しげな声に、なぜか腰を打ち砕かれるような心地よい衝撃を感じていたからだ。 そして、あの女のお腹の中には俺の精液がもう入っているのだ。子宮の中でいまも、俺の精子が泳ぎ回っているのだということに、たとえようのない満足に頬が緩むのを感じて。
俺は気がついた。
俺自身、もう戻れない向こう側に来てしまったのだということに。
「例の事件」完結 著作 ヤラナイカー
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