短編「貸してください」 |
あるマンションに私は住んでいた。名前は小崎エリ、今年で二十三歳になる。ごく平凡の家庭に育って、ごく平凡な大学を出て、ごく平凡に事務員として働いている、どこにでもいるような女の子だ。 もう社会人なので、女の子なんて自分でいうのもちょっと抵抗があるけど、まだ社会人としては新人なので、可愛いといってくれる人もいるのだ。私は、自分にどこにもとりえがないとおもうけど、そういってもらえるもう少しの間だけ、女の子気分で居させてもらってもいいかもしれない。 それはよく晴れたある土曜日のお昼のことだった。呼び鈴がなったので外に出てみると、男の人が立っていた。背広を着た、営業のサラリーマンという風体。三十五歳ぐらいだろうか、職場の上司にちょっと似ていた。上司に似ていたということは、つまり……その、言いにくいけど、あんまりかっこよくないってこと。訪問販売かなにかなら追い返そうと、身構えているとこんなことをいう。
「トイレを貸してくれませんか」
なんか、悪い人にはとても見えなかったので中に入れてあげた。押し売りなら困るけど、トイレを貸すぐらいは別になんてことはないだろう。急にお腹が痛くなって困っていたそうだ、可哀そうに。とりあえず、トイレを貸してあげるとすぐトイレから「ブリブリブリブリブリ!」と豪快な音が聞こえてきた。あらあら、よっぽど切羽詰っていたらしい。 それにしても……男の人ってなんで、流して音を誤魔化したりしないんだろうか。 そんなことを考えていると、男がすっきりした顔で出てお礼を言った。 いいことをしたなあと考えていると、男はこんなことをいう。
「喉が渇いたので、何か飲み物を貸してくれませんか」
飲み物ね……冷蔵庫を開けてみる。お茶とお水があるけれども、どっちがいいかと聞こうと振り返ってみると、いつの間にか後ろにいて冷蔵庫を覗き込んでいたのでびっくりした。
「あ、ぼく……このビールがいいなあ」 「えー、これは私が休日の夜の風呂上りに飲もうと思って楽しみにしているビールなんですよ。一本しかないから、それはちょっと……」
安物の発泡酒じゃなくて、ギネスビールなんですよ。社会人になって覚えた小さな贅沢というやつ、勤労のご褒美的なもので、ささやかだけど、もうそれはそれは大事な一本なのだ。だから、悪いけどお茶か水にしてくださいって言おうと、口を開きかけたら、こんなことを言われた。
「くださいってわけじゃなくて、貸してくださるだけでいいんですよ」
貸すだけ、つまりいつか返ってくるわけか。それならいいと頷いた。
「プファー、旨いなあ。こんな暑い日はビールに限りますねえ!」 「そうですねえ……」
男は旨そうに喉を鳴らしてビールを飲み始める。私はなんか悔しいので、一緒に水を飲んだ。まあ、冷たい水もおいしいといえば、おいしい。
「喉を癒したら、お腹が空いたなあ。なんか食べるものはありませんか」
男は、明らかにさっき私が作った台所においてあるパスタを見ている。これは駄目、たくさんあったらいいけど、一人分しか作ってない。材料も麺がないからもう一人分作ることもできない、朝の残りのパンだったらあげてもいいけど。
「貸してくださるだけでいいんですよ」
まあ、貸すだけなら返ってくるからいいかと、スープパスタをよそって男に食べさせてあげた。男は美味しい美味しいと言って食べている。褒めてもらえると少しうれしい。そりゃ美味しいだろう、今日は休日で時間があったからスープも出汁からきちんととったし、パスタもアルデンテだ。料理全般が得意ってわけでもないんだけど、こういう簡単なものを作らせたら、結構自信がある。酒のつまみにもなるし、最高だろう。 私もお昼の時間だし、お腹が空いてきたので、男に全部食べさせてしまって、何もなかったから朝の残りのパンを焼いて食べた。お腹が空いていたら、こんなものでもおいしい。
「お腹もいっぱいになって満足だなあ……」 「それはよかったですね」
たまの休みだというのに、なんとなく憂鬱なお昼である。
「そうだ、パンツを脱いでくれませんか」 「はぁ……はぁ!?」
あまりにも不可解なことを言われたので、男がなにを言ったのか理解がおいつかなかった。パンじゃなくて、パンツっていいましたか……。
「パンツです、最近はインナーっていうのかな。下半身に穿いてる下着のことです、いま穿いてるやつ。もちろん、くださいってわけではなくて、貸してくださるだけでいいんですよ」
まあ、貸すだけならいいような気がする。脱いでと言われたから、タンスから適当な下着を出して渡すわけにもいかないようだ。
「あの、でもデニムを上に穿いてるわけでして……」 「じゃあ、デニムジーンズも貸してください。ああ、面倒だから上の服もブラも付けてたら、全部貸してください」
ちょっと、口ごたえしてみたら、着ている物をみんな脱がされてしまった。また今日に限って、蒼のデニムに濃い紺のシャツという色気もへったくれもなく、脱ぎやすい格好だったのだ。今日は出かける予定もなかったし、休日は女の子だってこんなもんなんですよと誰に言うでもなく言い訳してみる。 はぁ……下着も恥ずかしいぐらいに安物だなあ。人に見られるならもっとマシなのをつけてればよかった。もしかすると、裸を見られるより恥ずかしいかも。上下セットで九百八十円の子供用とおばさん用の下着を足して二で割ったような白い綿パン……新しいので洗濯でよれてないのと、色が揃ってることだけが救い。
「パンツはシンプルでも十分魅力的だと思うけど、ブラはもっと可愛いのつけたほうがいいかもね」 「それ上も下も、一緒の安物メーカーのやつですよ。安いからってこともあるんですが、ブラのサイズが若干大きいので種類が多くなくて余計に……」
やっぱり、おじさんが見ても可愛くないって分かっちゃうかと落胆。
「おっぱい大きいね、君の名前、小崎エリちゃんだったよね、可愛いね……」
何で私の名前知ってるの、ああ玄関の表札みたのか。おっぱいだってEカップで自慢になるほど大きくないし、スタイルだってそんなによくないし、特に可愛くないですよ。なんか、とにかく恥ずかしかったので胸を両手で隠した。
「いまから、ぼくも裸になるけど、君に貸してもらったパンツでオナニーするだけだから、気にしないでね」 「はい、わかりました」
別に、貸したものをどう使おうとこの男の人の勝手なのに。いちいち礼儀正しい人だなあ。そう思ってたら、目の前の男はスルスルと背広を脱いでいった。ああそうか、何も言わないで脱ぎだしたら、私がびっくりしてしまうかもと気遣ってくれたんだな。もちろん、事前にそうやって言われたので私は驚くことはなかった。
男のあそこは下品な言い方だけど、ビンビンに立っていた。別に、私も男性と付き合った経験は何度かあるし、キャーと叫んで顔を隠すほど子供じゃない。女性の裸を見れば、男は勃起してしまうものなのだと知っている。自分より一回り以上離れた年齢の男の裸なんて、あんまり見たことがなかったので、見ない振りをしながら、逆にマジマジと観察してしまう。 やっぱり、お腹でてるなあとか、毛深いなあとか。そして、あそこのサオの大きさは、元彼とおんなじぐらいの大きさだった。シワシワの玉袋が、ちょっと元彼より大きいかもしれない。でも、それよりも、あそこの色が……元彼よりすごく綺麗なピンク色なので少し驚いた。女の子の乳首と一緒で、おじさんだから黒いとか、若いからピンクとは限らないものなのだろう。
「エリちゃんのパンツ……いいにおいだねえ」 「うっうっ……あんまり、嗅がないでください……」
男の人は、私のパンツを裏返してよりにもよってオマンコに引っ付いていた部分を嗅いでいる。これはちょっと、酷い変態プレイなのではないだろうか。どう使おうが、いまは、この人の勝手なのだからしょうがないのだけど。 ここは高層マンションなので、下着ドロにあうことはない。でも外に干さないけど、風で飛んでちゃうかもしれないから。 そういえば、だいぶ前に、学生寮に居たとき友達の下着が盗まれたことを思い出した。大騒ぎしたんだけど、結局見つからなかったんだよね。あの子の下着も、やっぱり下着泥棒とかに盗まれて、いま目の前の男の人がしてるみたいな遊びに使われたのかなあ。
「あ……なんかお股の部分に湿り気が……少し濡れてるよ」 「汗です、きっと汗!」
そういって、ペロペロと舐め始めた。そこまでやるのか……なんか、すごく複雑だなあ。たぶん、この人に貸していなかったら、嫌悪感で我慢できなかったに違いない。
「いい、エリちゃんのパンツいい匂いだ……」 「……なんだかなあ」
男の人は、自分のちんこの先っぽに私の下着のちょうど、あそこのあたる布の厚い部分をこすりつけ始めた。ああ……なんかすごく嫌な感じがするけど、しょうがないよね。いま、あの下着私のじゃないし。
「ふう、すごくいいよエリちゃんのパンツ。これだけで射してしまいそうだ」 「それはよかったですね」
もう私は、どうにでもしてくれって気になってきた。見ない振りをして、気にしなければいいのだ、あの下着はいまこの人に貸してるから私のじゃなくてこの男の人のやつなんだから。
「でもせっかく、エリちゃんに裸になってもらったんだし、何かしないとなあ」 「お気遣いなく……それに裸になったんじゃなくて、服を全部貸してあげただけなんですからね。そこのところを、間違えないでくださいね!」
そこだけは、きっちりとしておかないと。誤解されては困る。男性の目の前で裸になるなんて、まるで私が目の前の男性に気があるみたいじゃないか。そうじゃなくて、ただ服を貸したら結果的にこうなってるだけに過ぎないのだということを分かってもらわないといけない。
「ああ、ごめんごめん……そうだなエリちゃん、おっぱい貸してくれない?」 「おっぱいですか……貸すだけですよね?」 「うん、もちろん貸すだけ」 「じゃあいいですよ、はい」
そういって、胸を目の前の男の人に向けて突き出した。ほんとは取り外して渡してあげられればいいんだけど、胸は私にくっついてるのでさすがに取ったら死んでしまうのでそれはできない。 男の人は、下着にあそこをこすりつけるのをやめて、おっぱいをポヨポヨとやさしく触りだした。ふうん、そんなじれったい触り方をするんだ……。
「たゆんたゆんだね、エリちゃんのおっぱい」 「私のじゃないです……いまはおじさんに貸してあげてるんだから……はぁ、おじさんのなんですよ」 「そうだった、ぼくの貸してもらったおっぱいは、さわり心地がいい。乳首なんて綺麗にピンク色で、ほらこうして刺激すると立っちゃったりなんかして」 「はぁ……んっ……」
私は、ぞわぞわと背筋から競りあがってくる感覚を必死に耐えて口を痛いほどに閉じた。触られているのは、私のおっぱいじゃないんだ。いまは目の前の男の人のおっぱいなんだから……。
「あれ、もしかして我慢してるの?」 「そりゃしてますよ、ふぅん……私のが触られてるんじゃないですもん」 「あのね、よく聞いてね。たしかに、おっぱいはぼくがいま貸してもらってるけど、ちゃんとエリちゃんにくっついてるでしょ。だからエリちゃんは触られて、気持ちよくなってもいいんだよ」 「そうなんですか? そういうこととは知りませんでした」
私はまたひとつ賢くなったようだ。じゃあ、遠慮なく感じてもいいわけね。
「ふっ……はっ……んっ……」
男の人は、変態だけど揉みかたはうまかった。五分ぐらいだろうか、ちょっと私も真剣にやばくなってきたころ、揉む手の力が弱くなってすぐ片手になった。なんだろうと思ってみると、また目の前の男が私のパンツでチンコをこすり始めている。
「ハァハァ……エリちゃん……パンツ……いくぅー」
ドピュドピュドピュドピュドピュドピュ!!
ドクドクと私の下着の股の部分にたっぷりと射精してしまったようだ。あぁ、材質が綿なので、すっかりしみこんで汚れてる。もうあの下着は使えないよね。まあいいか安物だもんね。 男がオナニーするのって始めてみた。もしかすると、珍しい経験をさせてもらったのかもしれないと前向きに考えることにする。二度目はいらないけど。
「ふぅ……たっぷり出たぁー、ありがとうエリちゃん」 「いえいえ……どういたしまして」
こんなことでお礼を言われても困る。もう、こういうしかないではないか。
「じゃ、今日はこんなところで、ああエリちゃんにおっぱいと、下着と上の服を返すね。貸してくれてありがとう」 「返してくれるんですか、ありがとうございます」
やっぱり、悪い人ではなかったようだ。おっぱいと、下着と上着を返してくれるって。私はおっぱいを自分の手で触って、戻ってきたことを確かめる……やっぱり、自分の身体が人のものになってるって落ち着かないものだもんね。
男の人は、私がそんなことをしているうちに、すばやく背広を着て、私の服を綺麗に並べて目の前のテーブルに洋服を置いてくれた。意外と、几帳面な人なんだなあ。
「いつまで裸でいるの?」 「ああ……そうだ」
私はブラをさっと付けて、上着を着て……インナーはドロドロになっちゃったからどうしよう……そうだタンスから新しい下着を……
「ちょっとまった!」 「はい?」
私が、新しいインナーを取り出そうとすると男の人がストップをかけた。
「どうして、返したのに穿いてくれないの?」 「どうしてって……あの、あなたの液でドロドロになってますから」 「返したら、ちゃんと穿くのが礼儀でしょう」 「えー、そうなんですか……それはすいません……なんか……」
礼儀であるのなら仕方がない。男の人に怒られてしまった。でも、なんか嫌だなあ……でも男の人がジーと見てるからいつまでも下半身裸でいるわけにもいかないし、そっと穿くことにした。ああ、生暖かい……ドロドロする……気持ち悪い。下の毛に精液がこびりついたら、あとで取るのが大変だ。 昔、彼氏とお風呂場で勢いでしちゃって、精子がお湯で固まって大変なことになったことを思い出した。掃除するの私だし、あれ面倒なんだよね。 そして、礼儀であるのでその上からデニムも穿いた。ああ、このデニムはお気に入りなのに、内側にべっとりと……こっちは洗濯したら使えるかなあ。いややっぱり、捨てちゃうしかないかな。 男の人は、そんな私の様子をとても嬉しげに見ていた。
「じゃあ、今日は帰ります。明日も、エリちゃんお休みですよね」 「はあ……はい、そうですけど」 「家には居ますか」 「特に用事ないですから、多分……あーでも夕方には出かけるかも」
なんか、女の一人暮らしで彼氏もいないと、休みに予定もないみたいな感じが恥ずかしいので、こう言ってみただけ。夕飯の買い物ぐらいだろうな多分。いいんだけどね、最近は慣れたといっても、仕事疲れるから、休日はゆっくり休みたいだけだから。でもやっぱり……今度、友達と遊びに行こうかなあ。
「お金貸してくれますか?」 「はあ、お金ですか……いま給料日前なので、現金では五万円ぐらいしかないですが」
ちゃんと返してくれる人みたいだから、貸しても良いけど、こっちも当座の生活費があるから。給料日まで一週間弱……せめて、一万円ぐらいは残して欲しいな。
「貯金ってどのくらいあります?」 「たぶん銀行に百万ぐらいは……」 「あー、そんなもんなんだ。やっぱり勤め始めたばかりのOLさんって感じだもんね」 「銀行にいったら下ろせないこともないですけど……」 「いいんですよ、私は貸してもらうあてはたくさんありますから。とりあえず、タクシー代の一万円だけ貸してくれませんか」 「あー、それぐらいならどうぞ」
財布から一万円を出す。これぐらいで済んでよかった。
「じゃあ、今日のところはこれで、また明日来ますね」 「ええ……はい?」
それだけいうと、男の人は帰っていった。なんだったんだろう、トイレを貸してもらいに来て……いろいろ貸して……その一部を返して……明日も来るの……なんで? ああ、そうだ今日貸したものを返しに来てくれるつもりなのかもしれない。やっぱり、いい人だなあちゃんと返してくれるのだから。 私は、どっと疲れてしまってしばらく呆然と椅子に座ってテーブルに持たれかけていた。そして、ほどなくして元気を取り戻して、買い物に出かけることにした。家に何も食べるものがないと、困るから。
……翌日、お昼前……
朝寝ができるのは休みの日の楽しみだよね。こうやってまどろめる時間が貴重なのだと、社会人になってつくづく思い知らされた。結局、この日も私はうだうだとしているうちにお昼前になってしまった。どうせ予定がない寂しい女ですよ。
呼び鈴が鳴る。扉を開けてみると、あーやっぱり、昨日の男の人だ。
「ほんとに来たー」 「こんにちわー、トイレと飲み物と食べ物とその他もろもろを貸してください」 「はあ……」
来るかどうか、半信半疑といったところだったのだけど。ネクタイだけ変わってるけど、昨日と同じ背広をきた男の人がやってきた。 来てしまったからにはしょうがない。そう来るのは、予想していたので、安物の発泡酒を二本を入れておいて、マカロニのグラタンを多めに作ってみた。 それにしても、この男の人はなんで毎回来るときトイレに駆け込むのだろう。すっきりという顔で出てくるとやっぱり悪い人には見えない。何か言うかと思ったら、何も言わずに発泡酒を一杯飲み干して、グラタンを旨そうに食べていた。好き嫌いはないらしい。私もお腹が空いたので無言で食べる。なんだろうこの空気は……それでも、お腹がいっぱいになったらそれなりに満足している。
「はぁー、お腹いっぱいになりました」 「それはよかったですね」 「じゃあ、いま着ている上着と下着を全部貸してくださいね」 「はい、いいですよ」
やっぱりそうきたか。昨日は不意を突かれて、生活に疲れた女のダルダルファッションだったが、今日は服装に抜かりはない。部屋で着飾ってると思われても恥ずかしいので、普段着を装いながらも、身体のラインがすっきりと見えるタンクトップに昨日よりもかっこいいデニムで、外に出ても恥ずかしくない服装にしてみたのだ。 ちなみに、髪だって昨日はちょっとぼさってただろうけど、今日は綺麗に櫛を通してカラーリングもばっちり。薄化粧も、ちゃんとしてるんだよ。 そして、ゆっくりとそれを脱ぎとって、下着姿を見せ付けるようにする。
どうだ…………あれ?
うおーい、なんで今日は、下着をスルー? この男の人は下着フェチの人じゃなかったのだろうか、賞賛のコメントは?
見られても恥ずかしくないように、綺麗な編みこみとレースの入ったライトパープルの勝負下着なのに。これだけ可愛かったら、褒められてもおかしくないのに……むうぅ。 結局、何も言ってくれないので諦めて、下着も脱ぎとって服と一緒に渡した。私は微妙に落胆して、裸になって、胸と下を手で隠すようにして立ち尽くす。 男は下着を掲げて、ようやく口を開いた。
「今日は、可愛い下着ですね……」 「脱いでから、褒めないでください」 「すいません気がつかなくて、今日は下着メインじゃないんですよ」 「じゃあ……何メインなんですか」 「中身メインなんです、今日は」
なんとなく、不穏な空気が漂ってきて、私は寒い季節でもないのに寒気を感じた。
「それじゃ、今日は身体全身を私に貸してください」 「いいですよ」
昨日は、身体の一部を貸したのだし、全部を貸しても問題ないような気がした。くださいとかいわれたら困るけど、貸すだけなら返してもらえばいいから。この男の人には、まえにおっぱいを貸して、返してもらっているから、その点では信用できる。
「じゃあ、えっと……ベットは? いつもどこで寝ているんですか」 「部屋の奥に、折りたたみ式のベットがあります」 「じゃあ、それも貸してくださいね。そこに寝そべってください」
私は、言われたとおりに裸で寝そべっていた。私は、寝るときも服は着ているので普段寝ているベットでも、一糸まとわぬ姿で眠らされると、なんだか身震いする……。
「胸、揉みまくりますね」 「……ふう」
男の人は、私の胸になにか恨みでもあるのだろうか。そんな勢いで、長時間おっぱいだけを揉みまくられて、触りまくられて、乳頭だけ責められて、甘噛みされて。
「ああ、そんなに強く吸われたら跡が残ってしまいますよ」 「ごめんね……でも、見えない場所なら問題ないでしょ」 「それはそうですけど……代わりに、首筋とかはやめてくださいね」
最近は暑くなってきて薄着だから、首筋にキスマークでも付けられた日には、同僚にどんな勘違いをされるか分かったものではない。男性の上司とかは気がつかないかもしれないが、女性同士は結構鋭いものなのだ。 やめてといったせいなのか、男の人はこんどは舌を私の身体に這わせて、首筋からうなじにかけてを舐め取っていった。そんなところをそうされると、身体が震えて声が出てしまう。ゾクゾクする。胸なら、けっこう責められなれてるから耐えられるのに。 そう思ってたら、また胸に移行。もう胸だけで一時間ぐらいやってないか、どうして男の人はこんなに胸が好きなのだろう。人間としての本能、赤ん坊のときずっとおっぱい吸ってたから? その割には、私は女だから胸には興味がないんだけど。特に自分の胸には。そういや、学校とか会社の先輩とかで、よく他の女の子の胸触る人いるなあ。でも、あれはそういうのとはまた違うよね。
頭ではそんなことを考えいてる間も、男の人は私の身体をじっくりと弄んでいる。いや、いまは私の物じゃないからいいんだけど。やっぱり少し嫌悪感があるから、あんまり意識しないようにして別のことを考えるようにしているのだ。 おじさんが顔を近づけてきて、あーやっぱりするだろうなと思ったらやっぱりキスしてきて、口付けるだけでは当然すまなくて、ディープに移行、舌を絡めるようにして唾液の交換。素直に応じてあげる。
「おいしいね……エリちゃんの唾液」 「よかったですね……」
これが好きな彼氏とかなら、嬉しいんだけどな。会社のへっぽこ上司に似た顔をまじかに見て、舌を吸うように唾液を吸われて、上から唾液を流し込まれて……息が少し臭いんだよなあ。ブレスケアしてほしい……。 それでも、執拗にやられてるとそういう嫌悪感もどうでもよくなってくる。いまは、私は目の前の男の人のモノなのだ。何も考えないで、身を任せたほうが楽かもしれない。 それにしても長い……これがセックスになるかどうかもわからないが、冷静に見ると前戯っていうのはけっこう滑稽なものだ。私は、自分が身体を重ねているにもかかわらず、なにか他人事のような、そんな気持ちでぼやっと見ているのだった。
「エリちゃんは、いま彼氏とかいないの?」
いないのと聞いてくるとは失礼な……まあ、休日に出かけもせずに自宅でウダウダしてれば、そう思われても仕方がないのかもしれない。
「大学のころはずっと付き合ってた彼氏いたんですけどね、まあ就職活動でお互いにいらいらしちゃって、結局別れてしまったんですよ。今の会社にも別にいい人もいないし、もうなんか最近疲れちゃったんで、今はいらないかなと」 「ぼくなんか、彼氏にどうかな」
そうやって男の人は冗談めかしていってくる。ほら、こう来るでしょう。だからいらないんだよね。そりゃ、おじさん好きの娘もいるだろうけど、私は年齢が一回り以上離れていると対象にならないし、それ以前に、別に私は面食いってわけでもないつもりなのだが……この男の人の容姿は、私の許容範囲から下の方に二万メートルぐらい離れてるから、申し訳ないけど。
「いやいや、いまは彼氏は、いらないですから」 「そう……残念だなあ」
そうやって、男の人はあいまいな笑みを浮かべながら、私の身体を弄る作業にもどった。本気でこない人は、断るのも楽で良いな。どっちでもいいことだけど、本当にただの冗談だったのかもしれないよね。男の人は、上半身を弄るのはやめて、こんどは足の親指から下半身に向けて嘗め回している。 足首から腰にかけてのラインは自分でも結構自信があり、また維持にも努力を払っているところなので、そうやって丁寧にしてくれるのは、ほんの少しうれしい。私は、胸が大きいほうなので、男の人はそっちばかりに絡んでくるからだ。 言葉で褒められなくても、視線や丁寧な扱い方を見ていれば、良いと思ってくれるのは分かるものだ。そう思っているうちに、男の人の手と舌が内股に伸びてきてゾクゾクとする。ああ、微妙だ。
「やっぱり、ちょっと濡れてるね……」
ついに、男の手が私のあそこにかかってしまった。かがみこむようにして、足を開けた私の中に頭を突っ込んで、カパッと大事なところを開いて、躊躇なく舐めとるようにしてくる。私は、声を出さないように震えて耐えるしかなかった。 好きでもない男にやられても、ここまで丁重に身体を開かされると、嫌でも感じざる得ない。感じてしまうのはしかたがないのだろう。
「なんか、さっきから肛門がパクパクして物欲しそうにしてるね」 「嘘、そんなことないですよ」
後ろの穴で、何かしたことなんてない。男は、もってきたカバンをゴソゴソやりだすとローションと、まるでシャープペンシルのような細長いバイブを取り出した。
「綺麗なピンク色の肛門だね……後ろの穴も、経験してみない?」 「いやです……やったことないから、そんなの入らないですから」 「まあまあ、いまはぼくが貸してもらってるんだし」
そういいながら、男はローションでたっぷり私の肛門となぜかお腹の辺りを様々に揉み込むように刺激して……すると、自分でも不思議なことにスルスルと、飲み込んでいく。ありえない。
「嫌だ……なんで入ってくるの……うっ……あぁ」 「ふだん、うんちしてるんだから、入って当たり前なんだよ」
まるで、うんちが出掛かってるみたいな微妙な、始めての感覚だった。正直なことをいえば、気持ち良いのかもしれない。それでも、嫌悪感のほうが先立ってしまう。何度も何度も、そうやってやられているうちに、ビクビクっと身体が震えて思わず叫んでしまった。男は震える身体を、押さえるように抱きしめてくれる。するっと、バイブも抜いてくれたようだ、助かった。
「ううっ……嫌だ……なんで」 「お尻でいったみたいだね、アナルの適性があるんじゃない、面白いなあ」 「面白くないですよ、もう嫌です」 「そうだ、ここでうんこしてみようよ」 「はぁ……嘘でしょ!?」
この男の人は何をいっているのだろう。スカトロプレイ!? スカトロプレイなの!? ……そんなのするわけないじゃない!
「もちろん、貸してくれるだけでいいから、うんこを貸してくれるだけ」 「うう……貸すだけですよね」 「そうそう、ほら出してよ……新聞紙ここに広げるから、ちゃんと返すから」
私は、涙目になった。もう人間として、駄目な領域に入ってると思うが、貸してくれといわれたらしょうがない……貸すだけ、貸すだけなんだ。そう念じて、私は自分の部屋のど真ん中で排便するという、得がたい……というか最悪の羞恥プレイを行う羽目になったのだった。
自分のものとは信じられないほど、酷い音を出して、知らない男の人の目の前でうんちする……死にたい気分だ。
「たくさん出たねえ……可愛い女の子でもやっぱうんちは臭いもんだね」 「もう嫌だ……」 「じゃあ、ありがとう貸してくれて。うんちは返すね」
私は、それを聞くと返答する暇もなく、新聞紙の上の自分の出した……うんこを抱えてトイレに走って速攻で流して、ウォシュレットで肛門を念入りに洗って、ついでにさっきのローションもみんな流した。全部、なかったことにしたい! そして、暫し人間として何かを失ってしまった悲しみに浸ると、ヨロヨロと自分のベットのところに戻った。身体は返してもらってないので、自分の意志でトイレに引きこもるわけにもいかない。
「おかえりー、長かったね。もういっかい、うんこしてたりとか」 「してるわけないでしょう!」 「あはは、冗談だよ、さあ続きをやろう、また寝そべってね」 「もう、お尻だけはやめてくださいね……」 「もうしないよ……不安だったら、お尻の穴だけ返してあげるね」 「ああ、ありがとうございます」
これには、心の底から感謝した。お尻の穴を返してもらったら、私のモノなんだから、さっきのような惨劇はもう起こらないはずだ。しようとしても、私が許さない。
「もう、今日は前の穴しか使わないから」 「はあ、それはよかった……って、えー! しちゃうんですか」 「はい、しちゃいますよ」 「困るなあ……」
私の抗議には取り合わず、男の人はまた私の股に頭を突っ込んで舐め始めた。器用に舐めるなあ、うまいなあ……やはり年齢を重ねてるだけのことはあるのだろう。亀の甲より年の功っていうし。いや、私は別にセックス狂いじゃないから、こんなのが巧妙でもぜんぜんいいと思わないんだけどね。 気を張ってないと、この男の人に気をやってしまいそうで怖い。別のこと考えないと……別のこと別のこと。
「ああ、そうだエリちゃん、せっかくだからおしっこしない?」 「……するわけないじゃないですか」 「さっきうんこもしたんだし、おしっこを貸してください」 「わかりました……けど、ここでは」
貸すのはもういいけど、ここ私のベットルームなんだけど。さっき一緒にビール飲んだから、出るのは出るかもだけど……液体を出すのはとても困る。そう思ってると、私の部屋の小さい風呂場に引っ張られた。どうせならトイレにしてよー。
バスタブのふちに、腰を下ろすようにして。そこでしろといわれた。ニヤニヤ笑ってみてる、しょうがないなあ。
「それじゃあ、します……ああ」
ジョワアアアア……。
男の人は、私の股に顔をつっこむようにすると、おしっこをなんとゴクゴクと飲み干していった。この人、変態だぁー!
ほとんど飲んでしまった、垂れたのは排水溝に落ちていった。これ、貸すのはいいけどどうやって返してもらうんだ。
「ぷふぁー、エリちゃんのおしっこおいしかったよ」 「ありえないです……」
尿とか、どんな味がするんだろう。自分のでも、味わいたくない。
「じゃあ、ちゃんとおしっこ返さないといけないよね」 「それ気になったんだけど、どうするつもりですか」 「ちょっとしゃがんで」
私はいわれるままに、しゃがむと男の人はちんこを私に咥えさせた。ちょっと!
「ふぁんでふか!」 「だから、いまさっきぼくはおしっこ飲んだでしょ。だから君のおしっこ飲んだぼくの身体を経由して、また君におしっこを返すんですよ」 「ふぁんでふっふぇ!」
私の身体はいま貸してるから、こうやって咥えさせられると自由が利かない。理屈はあってるんだけど、つまりおしっこ飲まされるってこと?
「ほら、出るよ。ちゃんと全部飲んでね……」 「ふゃあ! ふぁや!」
口の中に、にがしょっぱい味が広がる……うげぇ、これがおしっこの味……酷い。私はもう泣いていたけど、返してもらわないといけないのはたしかなので、ゴキュゴキュと飲み干していく。気持ち悪かった、吐き出したかったけど、飲み干していく。しょうがないのだ。貸したものは返してもらうのがあたりまえだから。
「下に少しこぼれちゃったけど、ぼくが飲むときもいっしょだったからね」 「ふぁい……ぐっ 返してもらってありがとうございました」
今日は厄日だ。吐き気が広がる。喉と胃が気持ち悪い、お腹がグリュグリュと鳴る。とりあえず、男の人と私はそのままさっと、シャワーを浴びて出た。どうせなら、もっと早くに浴びたかったなあ。
「じゃあ、いろいろ寄り道して遊んだけど、そろそろしちゃおうか」 「え……まだ、するんですか」 「男は、ちゃんとやって精子ださないと納まりがつかないもんなんだよ」
そんなことをいいながら、またクンニを始める男の人。もう今日はやられすぎて、敏感になりすぎてるので、本当に声をあげてしまって恥ずかしい。あと、なんか疲れてきた……。私が、快楽と疲労に頭をぽけーとさしていると、もういいかなとか男の人がいって、ひょいっと私にまたがって動いていった……あん!
「ちょちょちょ! ちょっとまってください!」 「なに?」
そういいながらも、ピストンをやめない男の人。ジュブジュブといやらしい音が響いて、私のあそこが、男の人に絡みつくようにまとわりついて。押されたり抜かれたりするたびに、頭がおかしくなりそうになる。
「ああ……ゴム付けてないですよね! だめですよ!」 「ゴム? コンドームのことか……そんなもんもあったねえ」 「あったねえ、じゃないですよ。私も、持ってますから早くつけてください! 駄目、生で入れないでください!」 「でも、生でいれたほうが気持ちが良いんだよ。ほら、ほら」 「あっ……やめて……だめっ……」
ニュプ、チュプっと抜いたり刺したりされると、もうなんかおかしくなりそう。
「おねがいだから……やめてください。妊娠しちゃったら困るでしょう?」 「えー、ぼくは困らないけどなあ」 「私が困るんです! 結婚した相手とか彼氏とかならともかく、知らない男の人の子供を妊娠とか最悪です!」 「じゃあ、分かった。射精するとき膣の中じゃないところで出すから、それならいいよね」 「外出しは避妊じゃない……あぁ、そんなに突かないでください……わかった、わかりましたから……中だけは、絶対だめぇですからね」
結局、こういう取引になってしまったようだ。私としたことが、途中で何度も気をやってしまって意識が遠のいた。だって私が悪いんじゃない……男の人が執拗すぎるし、長すぎるんだもん。何度か波が行きつ戻りつして……ようやく落ち着いたころ、男の人も絶頂に達するみたいだった。
「ああ、さすがに、そろそろ出そうだなあ……」 「中は駄目! 中は駄目!」 「あの聞きますけど、エリちゃん危険日?」 「生理終わったばっかりだから、そんなに危険じゃないです、けど中に出すなんてだめぇ」 「危険日じゃないのね、分かった、分かりました」
そういって、男は素直に抜いてくれる。ほっとした。最初から生で入れないでほしい。実際に妊娠したことはないし、前付き合っていた彼氏はゴムをちゃんとつける人だったので、どこまでの確率なのかしらないけれど、先走りの液だけで妊娠することだってあると聞いた。
「ほら、お口空けて!」 「ほぇ?」 「出る! エリちゃんのお口に出るよ」
ドピュドピュドピュドピュドピュ!
上向きに、口をあけた私の口の中に、注ぎ込むように射精した。ドピュドピュと、口の中だけじゃなくて顔にも一杯かかった。濃い、濃すぎるこの男の人。
「ゲホケホ……」 「ああ、吐いちゃ駄目だよ……なるべく口の中に溜めて飲み込んで」 「うぅ……」 「ぼくがエリちゃんの身体から出た愛液を飲んだんだから、こっちの精液も飲んで返すのがあたりまえだよね」
そういうものなのか、とても嫌だったけど仕方がなく飲み干した。ほんとに、ドロドロでもう糊を無理やり飲んでるみたいな酷い味で、喉が詰まるかと思った。
「ほら、お口の中の全部飲んだら、最後はぼくのチンコを舐め取って、尿道口のなかの精子まで全部吸いだして飲むのが礼儀でしょ?」 「そこまで……やるんですか」 「だって、ぼくだってエリちゃんの舐めて飲んだでしょ、はい」 「ふぁい……」
こうして、男の人のを綺麗にして地獄と快楽の責め苦がようやく終わった。まったく、休みなのに、これだけでほんとに疲れてしまった。男の人は、やるだけやると私に身体と服を返して、タクシー代を一万円借りて、帰っていった。
……一週間後、お昼前……
「トイレを貸してくれませんか」 「……また、来たんですか」
一週間後の土曜日、私もどっかに出かけれ居ればいいのに、また家にいて男の人の来訪を受けた。少し、自己弁護させてもらえば、私は入社一年目だから、毎月の給料だって手取り十七万だし、外出るとお金がかかるから家で自炊すればとても経済的だし……ええ、すいません寂しい女ですよ、ごめんなさい。
「どうしたの、なんかがっかりした顔して」 「いや……ちょっと自己嫌悪に陥りまして」 「まあ、いいや」
男の人は、今日もトイレと発泡酒と昼食と私の着ている服を借りた。もう、なんかパターン化してるなあ。男の人が、来るので一つだけいいことがあるとすれば、風呂上りは黒ビール党だったのが安物の発泡酒を飲むようになり、ますます経済的な女になったということだろう。それも、いいことじゃないかもしれないけど。
男は、また私の身体を借りて、散々に弄ぶ。他は、もう諦めたのでかまわないけど、アナルだけは本当に止めて欲しい。すごく気持ちよくて、へんな性癖が付きそうで自分でも怖いのだ。
「じゃあ、入れるね」 「入れてからいわないでください!」
私のお尻の穴にに、あのペンシルバイブを突っ込んだまま。男の人の物を、膣に挿入なんて反則じゃないだろうか。それに、またゴムをつけないで生だし、信じられない。
「あの、本当に生は止めてください。ゴムをつけたらいくらでもやっていいですから……私、だんだん危険日が近づいてるんですよ」 「そうなんだよね……エリちゃんにどうしても中出ししたくってさあ……どうしたらいいか考えてるんだよね」 「まさか、ピル使えとかいうんじゃないでしょうね」
いまは、身体を貸しているのでされるのはしかたがないと諦めもつく。でもなんで、男の人が気持ちよく射精するために、私が普段から避妊を気にしてピルとか飲まないといけないのだろう。そんなの間違ってる。絶対に嫌だった。 膣に入れて。精子を殺す薬もあると聞いたが、あれも駄目。この男の人の精子は、信じられないぐらいめちゃくちゃ濃いので効果がないかもしれない。
「避妊するんでは、意味ないからね……ちょっと話し合おうよ」 「とりあえず、抜いてくれませんか……避妊しないってどういう」 「まあまあ、このままでぼくの話を聞いてよ……子宮を貸してくれないかな」 「なんですって……あの……それは」
子宮を貸してあげる……頭の中で、そんな言葉が響いた。いま、身体は貸してるのよね……それはすぐ返って来るはずだけど、子宮もそれについてるから一緒に返って来るんだよね……。
「難しい話だけどね、つまり、君の子宮をぼくが一年ぐらい貸してもらって、そのなかでぼくの赤ちゃんを育てようってことさ」 「はい……いいえ……それって、貸すだけなのかな……でもそれって妊娠しちゃうし……それは絶対駄目……でも」 「ねえ……いいでしょ。ぼくは気持ちよく、君の中に子種を放出して、君の子宮で子供を育てるだけなんだから、ずっとじゃなくて一年ぐらい貸してもらうだけだよ」
頭がガンガンする――だめだ、なにか反論しなきゃ駄目だ。妊娠……妊娠ってなんだっけ、男の精子と女の卵子が――そうだ!
「だめ! だめですよ! いま気がつきました。危なかった!」 「なに……なにに、気がついたの!?」
男はびっくりして、顔をあげる。本当に驚いたみたいで、焦って腰が引けてニュプっとチンコが抜けた。ちょっといい気味だ。
「だって、子供ができるには精子と卵子がいりますよね。精子は、あなたのだけど、卵子は私のですよ?」 「そうきたかー、なるほど面白いなあ」 「子宮は貸してあげてもいいけど、卵子は私のですからね!」
男は、驚愕の表情を緩めて、なにか面白がるような顔になった。
「じゃあ、こういうのは、卵子も貸してくださいっていうのは?」 「それは……えっと……うーん、返せないでしょ! そうだ返せない。卵子が精子とくっついて受精卵になったら、もう卵子でなくなるし、返せないものは貸せないです」
なにか、苦しくなってきたが。とにかく妊娠はだめなんだ、なんとか言い逃れる理由を私の頭は必死に探して、なんとか吐き出せた。男は、まだ余裕があるみたいに考え込んでこんなことをいった。
「あのさー、卵子って本当に君のなの?」 「えー、なに言ってるんですか。私のに決まってるじゃないですか!」 「たとえばさ、君は月経があったときに、それを拾って全部保管してるの」 「……そんなのしてるわけないじゃないですか」 「そうだよね、ぼくも精子は射精したらもう自分のだと思わないもん。ティッシュに出したらゴミ箱に捨てちゃうよ。つまりゴミだよね」 「そうですね……」 「卵巣にあるときは、君の所有物だけど……卵子はそこから飛び出したら、もう君の所有物じゃない! 外に捨てちゃったんだからね」 「え……それは……その……ええ!?」
ええ……そうなの……そういうことなの?
「爪も自分の身体から切り離したら、自分のものじゃないよね。ただのゴミだよ。たしかにいるけどね、ぼくの友達にも自分の切った爪をビンに詰めて、集めて喜んでるやついるよ……君も、もしかして自分の卵子を収集して喜んでる変態なの?」 「違います……私、そんな変態じゃないです」 「じゃあ、毎回捨ててるんだ。だったら、出しちゃった時点で所有権は放棄してるんだね。これはわかったかな」 「わかり……ました」
そうか……そうなってしまうのか。そうすると、そのそうなっちゃうと!
「いまも、身体を借りてるけど、子宮を一年ほど貸してくれませんか」 「それは……もちろんいいですよ」 「じゃあ、ぼくはそこに精子を出して、君が捨てた卵子にぶっかけて子供を作ってもまったくかまわないということになるんだ、わかるよね」
そうなってしまう……なってしまった。
「わかりました」 「これで、中出しする障害はなにもなくなったわけだ。中にたっぷり射精してもらって、ぼくの子供を妊娠できるよ。よかったねえ、うれしいね!」
私は、グズグズと泣き始めていた。なんで泣いてるんだろ……。
「うっ……うれしくなんて……あっあっあっ! うれしくなんてないです!」 「妊娠すると、おっぱいだって大きくなるそうだよ。ブラのカップみたけどいま、Eの95だっけ、たぶんFかGぐらいになるよ! よかったね!」 「胸も……もうこれ以上いらないんですよ、ぜんぜんよくないです」 「お産も若いうちに経験しとくと軽くなるっていうよ、あと少子化も叫ばれてるから、社会貢献じゃん」 「もう……いやぁぁあああ」 「良いくせに、ほらほらどこに精子出して欲しいかいってごらん」 「ううっ……できれば、外に……外におねがい」 「ああ、エリちゃんの膣すごいわ……押したら子宮口が下がってきてキスしてくるし、引いたら襞が行かないでって、絡み付いてくるよ!」 「ああっ……そうだ、先週みたいに! お口に、口で飲んであげますよ!」 「うあー、出すの三日ぶりぐらいだから金玉がキュルキュルくる……濃いのが出るよ!」 「お口で、口にください……おねがい!」 「エリ! エリ! 中だししてぼくの子供を妊娠させてもいいんだよね!」 「いいです……いいですけど……あぁーいやぁ!」 「エリ! エリの中に出すよ! 子種を食らえ!」
ドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュドピュ!!
男の三日ぶりだという濃い精液が、ドピュドピュと子宮へ膣内にたっぷりと降り注いだ。自分のお腹の中に、何度も打ち付けられるのが感じられるほどの熱さだった。 男が押さえつけるように腰を上げたので、極限まで押し付けられて発射された精液は、ドクドクと余すことなく私の最奥へと流れ込んでいく。逃げ場がない……助けて、お腹が熱い!
「あっ……ほんとに、中で出しちゃった……」 「ハァハァ……こんなにたっぷり出したの久しぶりだよ」 「早く身体を私に返してどいてください……」 「いや、もうちょっと貸しておいてね。このまま、しばらく入れたままで浸透させたら、もう一回射精するからね、三日ぶりだし、あと何発かできそうだなあ」 「早く終わって……身体洗いたい……」 「ああ、あとエリちゃん今日は口にしてほしかったんだよね……ごめんね、深いキスしてあげるからさ」 「いらな……うっ……ふゃ……」
結局、その日はそれから三発も中で射精された。三十台半ばの男性の体力とはとても思えなかった。男の人より、私のほうが若いのにこっちの腰がキツイぐらいだった。身体と服を返して、男性が帰った後、私は泣きながら自分の膣の中を必死に洗った。気休めにしかならないけど。
……一週間と一日後、夜……
この日は、朝から友達と繁華街に繰り出して遊んだ。喫茶店でだべって、カラオケいって、最近評判の美味しい店で食事して。友達は、突然の呼び出しに準備に手間取ったのだろう、一時間遅刻したが、急の呼び出してしまったことをこっちが謝って、ご飯とかおごってあげると機嫌よさそうに遊んでいた。どうせ、彼氏居ない仲間なのだ。暇をもてあましてるのはわかっていた。 私は、とにかく予定を作って家に居たくなかっただけなのだろう。夜も、九時ぐらいまで遊んで終電で帰宅する。明日は仕事だから、午前様というわけには行かない。 マンションの自分の部屋の前までくると、誰もいないことにほっとした。
鍵を開けて部屋の電気をつけると、男の人が食卓の前に座っていた。
「どどど、どうやってはいったんですか!!」 「失礼、ちょっと部屋を貸してもらっているよ」 「それはいいですけど……」 「今日は、あれだね済まなかったね。お昼に来たら留守みたいでさあ」 「私にもいろいろ用事ってものがあるんです」 「待ってる間、暇だったよ。ごめんね、こういっておけばよかったんだよね」 「……?」 「明日から、平日の夜九時から二時間の時間を貸してください」 「……それは、いいですけど」
もしかしたら、私は逃げられなくなってしまったのだろうか。ふと戸棚を見ると。
「あー! もしかして食パン勝手に食べました?」 「ごめんごめん、いわなくてちょっと貸してもらいました」 「ふぅ……まあ、今日保存食買ってきたからいいですけど」
明日の朝ごはんぐらいはなんとかなる。買って来てこなかったら、朝食抜きになるところだ。まったくもう。
「じゃあ、時間もないし、いますぐやろうか」 「やるって、なにを?」 「もう、分かってるくせに身体を服ごと全部貸してくださいね」 「ああせめてお風呂ぐらい……うぅ……わかりました」
裸に剥かれて、時間がないって言ったくせに妙に身体中匂いを嗅がれて、嘗め回された。屈辱的だった。
「一日の疲れの匂いもいいもんだね、エリちゃんはいい体臭がするよ」 「それは、褒められたと受け取ってもいいんでしょうか……泣きたいですよ」 「おいしいなあ、仕事か遊びか知らないけどいいねえ」 「友達と遊びにいったんです……時間ないんじゃないんですか……しつこすぎですよ」 「ああ、ごめんごめん、エリちゃんは早く中に出して欲しいんだよね」 「違います、そんなことまったく言ってない!」
それでも、さんざんじらされたあと、中でゴリュゴリュされると声がでてしまって身体が反応してしまう、自分の身体に泣きそうになった。
「エリちゃん! 出る! 妊娠して!」 「うっうっ……どいて……」
ドピュドピュドピュドピュドピュドピュ!
中に出した後は、腰を浮かせたまま男の人は絶対に身動きさせてくれない。子宮の奥まで精液がたっぷり落ち込むのを狙ってるんだと思う、諦めるしかないのだろうか。たまには他の場所に出せば良いのに、何度も何度も、中で出された……。
「ふう、今日もたっぷり出したなあ」 「もういいでしょ、夜も遅いから、明日仕事なんですよ」 「そうそう、今日はいいものを持ってきたんだ」 「はぁ……なんですか」
なんか、ごそごそとまたカバンをあさっている。良いものであった試しがない。男の人はタンポンのような、小さいバイブのような、産婦人科で使う器具のような……なんだろこれ。
「じゃーん、精子がっちりガードバイブ!」 「なんですか……」 「えっと、まず子宮と一緒に今日から一年間ぐらいぼくに膣も貸してくださいね」 「いいですけど……説明してください、なにこれ」 「これは、こうやって膣に刺してっと」 「ああ、なにこれ奥に入って、取れなくなっちゃいましたよ!」 「それでいいんだよ、これは子宮にいったん入った精子を外に出さないようにする器具だよ」 「そんなのがあるんですか……最低です」 「ぼくとセックスしてないときは、ちゃんとつけておいてよね。とったら駄目だよ、汚れても器具ごと洗浄もできる。おしっこもできるからね」 「はい……膣もあなたに貸してるんですもんね」 「そうだよ、他の男の人のチンポ入れちゃだめだからね」
私は、もうここ一年ぐらいは彼氏を作ることもできそうにない。結局この日は、ゆっくりと夜中までやられた。明日遅刻しなければいいけど……。
……二週間後、排卵日の夜……
それからというもの、平日夜は毎日毎日ねちこいセックスをされて中に出された。日中は、膣の中にバイブが入っててずっと精液が入りっぱなしで、腰がソワソワして落ち着かないし、いい加減こんな生活を続けては仕事にも差し支える。 今日はまた休日、のんびりした職場だからいいといえばいいんだけど。
「昨日なんか、私の様子がおかしいから、彼氏が出来たと勘違いされたんですからね!」 女性の同僚は、細かい変化に鋭いので、そう見えてしまったのだろう。否定するのに苦労した。
「いいことじゃないか、いっそのことぼくと付き合っちゃえばいいのに」 「それは嫌……絶対に嫌……」 「こうやって、突きあってるのに、付き合うのが嫌なんてなあ……」 「そんな……あっ……うまいこといっても駄目なものは駄目」
そうなのだ、もう今日は朝っぱらからのべつ幕なし、セックスしまくってるのだ。獣みたいだった。今日は何故か知らないけど、私は嫌なんだけど身体が火照るのだ。なんだろう、この腰の充実感は。もしかすると、この男の人に合わせた身体になってしまったのだろうか、そう考えると落ち込む。
「うう……正直なこというと、気持ちよくて……気持ちいいのが嫌なんです」 「ようやく……素直になってくれたね、どうせ抱かれて中出しされて妊娠しちゃうんだから楽しんだほうが得だよ」 「ああ……いったいどこで間違えたんだろう……こんなよく知らない男の人の子供を妊娠させられるなんて」 「だから、よく知りあえばいいじゃん。ぼくはエリちゃん大好きだよ。可愛いし、綺麗だし、家庭的だし、身体の相性もいいしね!」 「うっ……そこ、弱いって分かってるんだったら……強く突かないでください!」 「エリちゃん、チュキチュキー」 「腰から力が抜けちゃうから、急におっぱい吸わないでください」 「気持ちいいんでしょ、愛のないセックスより、愛あるセックスのほうが絶対気持ち良いよ、ためしにぼくのこと好きっていってごらん?」 「あなたなんか、大嫌いです……というか、もうほんとに問題外の男なんですよ、あなたを最初見たときにいい人だと思ってた私が馬鹿みたいです」 「そんなこといいながら、下の口は吸い付いてるし、腰も動いてるんだよね。オマンコはぼくのこと愛してるって言ってくれてるよ。言葉と身体のどっちをぼくは信用したらいいのかな」 「身体は貸してるから……言葉を信用してください……やぁーまたなんか来る、駄目駄目……ああ、うっ」 「あー気持ちよすぎて、また出そうだよ……エリちゃんいくよ!」 「はい……うっうっ、また中に出すんですか」 「もちろん、中に決まってる! エリ愛してる!」
ドピュドピュドピュドピュドピュドピュ!
「あぁ……また出された……ちなみに私は何度言われても、あなたなんかぜんぜん愛してないんですよ」 「いい加減、諦めたらいいのに。気持ち良いんでしょ、エリちゃん中に出されるとすごくいい顔してるよ」 「誰が……しかたなくなんですよ」 「もうそろそろ、排卵日来てるはずだよ……もう駄目押しって感じだな」 「はぁ……嫌だっ……ほんとに嫌。私がいま考えてることをいってあげましょうか。生理不順で今月、排卵とかなければいいと思ってますよ」 「エリちゃんって、不順なほうなの?」 「…………残念なことに、とても規則正しい方です。ちょっと前までは自慢だったんですけどね、生理も軽いほうだし」 「それでも、大変でしょう生理は。よかったねエリちゃん。これから一年近くは生理とは無縁だね」 「次の生理が来ることを、心から祈ってます……」
結局、このときの私の祈りは天に届かなかった。あとから逆算してみると、まさにこのとき、私の言うことを聞かない卵巣は卵子を一個排卵してしまっていて、それが精子が一杯に詰まっている子宮へと降りていったのだ。もう何発だされたかわからなくて、お腹がパンパンになったところを蓋されてたんだから……受精しないわけがない。このときばかりは、自分の健康な卵子が憎かった。
……八週間後……
見事に、次の生理予定日に生理が来なくて、妊娠検査薬で妊娠が分かったときに男の人はとても喜んでくれた。 「おめでとう!」 「はぁ……おめでとうじゃないですよ、私はお腹を貸して子供を生んであげるだけなんですから、私はまだ赤ちゃんなんか欲しくなんかないんですよ。しかも、知らないおじさんの子供なんて……」 「じゃあ……ありがとう」 「お礼なら受け取っておきます……はぁ、これから私どうしよう」 「ぼくたちの愛の結晶ができたというのに、浮かない顔だな」 「愛なんてないですよ……それにしてもできたものはできたで、しょうがないから……なんとか考えないと」
男は悩んでる私に取り合わず、また嬉しそうに「おめでとう!」といって、キスをした。いまは、唇を男の人に貸してるからしょうがないんだけど、何か釈然としなかった。 その日も激しく……された。
ドピュドピュドピュドピュドピュドピュ!
「想像してみな、これからこのおっぱいとお腹が出て……ぼくの子供をこっからひねり出すんだよ、ああそう考えたらよけい、エリのオマンコがいとおしい」 「やめて……そんなこと聞きたくないから、いわないで」 「男の子かな、女の子かな、夢が広がるね」 「……いわないでよ」 「女の子なら、エリちゃんに似て美人さんになるね、男の子だったらぼく似かな」 「女の子……せめて女の子ができててほしいです」
それからしばらく、男の人はやってこなくなって、私にとって平和な日々が続いた。
……六ヵ月後……
お腹が出始めると、胸が張り出した。母乳がチョロチョロと出だした頃、また男が頻繁にくるようになっていた。子供が心配だとか、そういう殊勝な理由なわけもないと思った。 どうせ膣を借りに来たのだろうと思ったら、男の人は私の予想の斜め上をいっていた。母乳が出だしただろうから、母乳を飲ませてくださいというのだ。
「おっぱいは、赤ちゃんのためにあるとおもうんですけど……」 「これも、貸してくださるだけでいいんです」
まあ、返してくれるならいいやと飲ませてあげた。吸うのはかまわないけど、左の乳ばかり吸うのはやめて欲しい。なんか、おっぱいの大きさが微妙に、左右変わってしまったような……これも後で返してもらえるのだろうか。返って来るといいなあ。
「このなかで、ぼくの子供が育ってるんだなあ……あっ、お腹けった」 「なに父親みたいな雰囲気を出してるんですか……みたいなじゃなくてそうなるんでしょうけど」 「女の子だってね、よかったねエリちゃんの願いがかなって」 「できなければ、もっとよかったですけど……いまさらですしね」 「幸せだなあ、きっと可愛い女の子だろうな」
そういって、子供が入っている私のお腹ごと優しげに男の人は私をしばらく抱きしめていた。似合わないなあと私は思った。 そのあとしっかりセックスしていくのはやっぱり男の人だった。あと、おっぱいを吸いながらセックスするのはいいけど、子宮の中に赤ちゃんがいるのに中で射精するのはやめてほしい。中の赤ちゃんにかかっちゃうよ。そういったら、自分の赤ちゃんにかけてるんだから良いんだといわれた。そういう理屈なら、しょうがないのかな。でも、産婦人科とかで分かって指摘されたら恥ずかしくて嫌だなあ。 だからといって、大きくなったお腹に精子だして擦り付けるのも止めて欲しい。何のプレイのつもりなのやら。自分の子供が出来ても、男の人は相変わらずだった。
……そして、十月十日後……
独身だったので、シングルマザーになるが、今の時代ではよくある話なので、誰に不審がられることもなく、むしろみんなにいろいろ助けてもらって一人でなんとか出産した。初産にしては、安産だったのが幸いだった。男の人が、出産に付き添ってくれるかと期待してなかったが、やっぱり来ないのは無責任だなあと思った。
「ああ……私の赤ちゃん」
言ってしまってから、私のじゃなくてあの男の人のだと思い直した。それでもなんと可愛い子供なのだろう。代理出産の母親が、急に渡したくなくなる気持ちが分かった。それはとても幸せな気持ちだった。
会社には本当に申し訳ないとおもったが、入ってそんなに経ってないのに出産の休暇も簡単に取れたし、出産費用や当座の生活費は公費を借りることができた。一人の出産に、ちょっと不安であったけれど、やりくりすれば、なんとかなってしまうものだなと思った。案ずるより産むが安しって本当なのだ。
生まれてきた子供は、あんな男の人との間にできたとは思えないほど、可愛らしい女の子だった。いつか返さなければいけないので「かえす」の逆の「末香(すえか)」と名づけた。友達になぜ長女なのに、末香なのかと聞かれたが、まあそういう理由だ。いつかは返さないといけないのかもしれないけど、私はこの子を返したくないのかもしれない。 末香は、私のおっぱいを飲んで、スクスクと元気に育っている。可愛い、可愛すぎる。とても幸せだと思ったが、ふと困ったことに気がついた。
「この子、いつ返すか聞くの忘れちゃった」
もしかすると、男の人は取りに来ないかもしれないと考えた、それでもいいんじゃないかな。でも、男の人の名前ぐらいは聞いておくべきだったかもしれない、出生届にも書けなかったので私生児扱いになっちゃったから。
男はまだ来ない。しばらくは、親一人子一人の幸せが続きそうだ。
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