第十一章「怒りか、楽しみか」 |
「妊娠していますね」 あらかじめ覚悟は決めていたものの……改めて産婦人科の医師からそう告げられると、茉莉香は落胆の色を隠せませんでした。 「すでに八週目に入ってますね。つわりなどあると思われますが、安定期までは無理しないようにしてください」 茉莉香は、「ありがとうございます」となおざりに頭を下げて診察室を後にした。控え室では、満面の笑みを浮かべた若い看護師になぜか産婦人科まで付いてきた田中が「お父さん、おめでとうございます!」などと話しかけられていい気になっている。
(何がお父さんよ!) そう茉莉香は憤るが、田中が本当に『お父さん』である可能性が極めて高いことにすぐ気がついて暗澹とした気持ちになります。 田中は、子供のお父さんであっても夫ではないのです。看護師におだてられて調子に乗っている田中の様子をため息混じりに見つめて。 (はぁ……もうこの病院は使えない) ……などと、考えます。茉莉香の気分はどんどん沈んで行きました。 隣で何食わぬ顔をしている田中への怒りを掻き立てなければ、今にも泣き叫んでしまいそうなほど、茉莉香は暗く不安定な気持ちを抱えているのです。 帰宅の途につく間も、終始田中は機嫌が良くて、対照的に茉莉香は落ち込んでいました。 茉莉香は、自分のお腹をそっと見つめますが、まだ外見上はまったく変化はありません。本当にこの中に、隣で脳天気にはしゃいでいる田中の子供がいるのかと思うと、吐き気がこみ上げてきます。 つわりなのでしょうけど、それ以上に嫌悪感が強いのです。歩きながら手を握ろうとしてくる田中の手を、茉莉香は何度も振り払いました。 住んでいるマンションが近いのに、この男は一体何を考えているのでしょうか。 夫ではない男、しかも田中のようなマンションで評判の悪い得体のしれない男と手をつないでいるをご近所の人に見られたら、茉莉香は身の破滅です。 そうして、こんな男の子供を孕んでしまっている自分の今の身の上を思うと、夫に申し訳なくて罪悪感に押しつぶされてしまいそうな気持ちになります。 いっそ何もかも壊してしまいたいような、自暴自棄の気持ちすら沸き上がってきて、叫びだしたくなります。このまま泣きわめいて路上に転がれたら、どれほど気持ちいいでしょう。それでは本当に全部終わってしまうから、茉莉香はその激しい衝動を、堪えた涙と一緒に何とか飲み込むのです。 ようやく二人は、マンションの自室に戻りました。もちろん、田中も図々しく家まで付き添っています。
田中は、すっと後ろから茉莉香を抱くと、ポニーテールを手のひらでさっと持ち上げてうなじに舌を這わせてきました。ベロンと首筋を舐めまわされたところで、茉莉香はもう限界です。膝の力がガクンと抜けます。 そして。 「ウウッ……うああああぁぁぁん」 茉莉香は、大声を上げて泣き、玄関先で崩れ落ちました。 「おい、茉莉香……」 田中は、力なく崩れ落ちた茉莉香を抱き上げると、ソファーまで運びました。クズクズと泣いていますが、抵抗はありません。 従順なのではなく、もはや抵抗する気力もないといった様子。 「ヒックッ、ヒックッ……」 ソファーにもたれかかるようにしてしゃくりあげている茉莉香を、田中は傲然と見下ろして言いました。 「いきなり泣きだして、何が不満なんだ」 茉莉香はそれを聞いて唖然としてしまいます。すっと血の気が引いて、息を呑みます。涙もしゃくりあげた悲嘆も止まりました。 皮肉なことに、田中に対する憤りだけが、無気力に落ち込みそうな茉莉香の気持ちをなんとか盛り上げているのです。 まったく言うに事欠いて「何が不満なんだ」とは、何なのでしょう。茉莉香にとって、現状は不満なこと以外見当たらないのです。 「……ふうっ」 顔を真赤にして田中を睨みつけて、何か言いたげな瞳の色を見せた茉莉香ですが、それも息と一緒に吐き出して、ソファーに身を沈めました。 「なんだ、言わないとわからないぞ」 「田中さんに言っても無駄かと思いました。……でも、産婦人科にまで付いてくるのはやめてください。外で馴れ馴れしくするのもやめて。私にも生活がありますから」 茉莉香は、言うことだけ言うと、また口をつぐみました。 「わかった、別に奥さんの生活を破綻させようって気はないんだ。そうだな、口でしてくれるか」 泣きわめく茉莉香を見ても、まだ薄笑いを浮かべている田中の言葉には全く誠実さが感じられません。口先でそう言っても、どこまで分かっているのは疑問です。 それでも舐めてくれと田中に言われると、半ば反射的に涎を口内に溜めてしまう自分が情けなくて、茉莉香はまた涙を流しました。
「じゃあ、舐めます……」 結局のところ、精液便所である茉莉香は田中の言葉には逆らえません。茉莉香は、ズボンを下ろして勃起した肉塊を剥き出しにした田中の前に座って、舌を這わせます。 優しく舐めると、硬くなりました。しばらく馴染ませたあとで今度は口内全体を使って大きくジュポジュポとピストンします。 すでにその行為は、長年連れ添った夫婦が行うほど慣れたものでした。 それでも機械的にフェラチオ運動を繰り返す間、時折茉莉香は嗚咽を漏らして泣いていました。 「なんか泣きながら舐められると、いじめてるみたいでたまらねえなあ」 茉莉香が目を泣き腫らしてたまに嗚咽を漏らしているのに、田中は萎えることなくさらにグイッと勃起の角度を上げます。 「ううっ…‥」 嗚咽を漏らす女に舐めさせていることで、田中は余計に興奮しているようでした。別に同情して欲しくて泣いているわけじゃないけれど、田中は最低だと茉莉香は思いました。まるで追い打ちをかけるようではありませんか。 泣き顔の茉莉香に興奮して、それでいつもより早かったのでしょうか。 田中は程なくして、軽く自分でも腰を振ると茉莉香の喉の奥にドピューと激しく打ち付ける射精をいたしました。 「お腹の赤ちゃんに栄養をやらなきゃいけないからな、たっぷり飲めよ」 「うぐっ……」 また田中が下らないことを言っているのを聞かされます。耳をふさぎたいような気持ちに耐えながら、茉莉香は口内に吐き出されたねっとりとした熱い塊を、咽ないようにゴクンと飲み下します。
ドクドクッと熱い精液の塊が、茉莉香の喉を通って胃の腑へと落ちて行きました。
そうして生臭くてマズいお馴染みの味を飲んでしまってから、きちんと憎い男の亀頭を舐めまわします。きっちり綺麗にするまでが精液便所だからです。 茉莉香は、すでに夫のより慣れ親しんでしまった田中の一物を舌でペロペロと舐め回してしまって、綺麗にしていきました。 カリの上っ側を舌先がこするのが気持ちいいのか、射精後にも関わらず田中は呻き声を上げます。 もしかしたら女と一緒で、イッた直後は敏感になっているのかもしれません。ここでもう一度刺激してあげたら、またイクかも。そんなことをいつの間にか考えている自分に、茉莉香は愕然とします。いくら精液便所といっても、そこまでのサービスをすべきなんでしょうか。しかも、ひどく心を傷つけられた後なのにです。 「はい……。もう、綺麗になりましたよね」 ヌルッとした一物から唇を離し、凍えるような声で茉莉香は呟きます。田中への嫌悪感より、さらなるご奉仕をして田中を喜ばそうとしてしまった自分にショックを受けて、心が冷たくなってしまったのです。 さっさと立ち上がって離れる茉莉香を見て、田中はまだ笑ってはいましたが、ちょっと興ざめしたような表情を見せました。 「フヒヒッ、冷たいなあ、奥さん。俺がせっかくお腹の赤ちゃんのために、良質のタンパク質をご馳走してやったのにさあ」 「誰が……あなたの赤ちゃんなんかにッ」 下唇を噛み締めた茉莉香の瞳に、ジワッと悔し涙が浮かびます。もうすべて仕方ないことと諦めていても、精液便所の扱いを受けた上でここまで田中の赤子を孕んだことを揶揄され続けると、怒りに震えるのは当たり前といえます。 「ふーん、じゃあ奥さんは俺の赤ちゃんなんか産みたくないんだ」 「当たり前です、誰が、誰が好き好んであなたなんかの……」 茉莉香がそう言ってしまうと、田中は口元に浮かんでいた笑みを歪めて、ちょっと怖い顔をしました。 「じゃあ、産めなくしてやってもいいんだぜ」 「えっ……」 田中の言っていることがわからずに、茉莉香はポカンと立ち尽くしました。 そんな茉莉香の手を、立ち上がった田中はさっと引いて寝室のベットルームまで引きずっていきました。
「ほら、今度はセックスで抜いてもらうわ」 「きゃっ」 茉莉香は、ベットに投げ捨てられるように乱暴に転がされました。その上に、乱暴に田中がのしかかってきます。 「ほら、さっさと脱げよ」 「ちょ、ちょっと待って下さい」 茉莉香は、そう懇願しましたが強引にずるっとストッキングとパンティーを一緒に引きずり下ろされました。 「ほら、股開け」 ガバっと股を開かされると、そこに頭を埋めて股を舐めてきます。茉莉香は恥ずかしくて真っ赤になりながら、脱げと命じられてるから慌ててスカートを腰から外してカーディガンを脱ぎます。 「ああんっ、もうっ」 モコモコのセーターを慌ただしく脱ぎながら、田中はよく洗っても居ない他人の性器を舐められるものだ、汚くないのだろうかと考えて、ついさっき自分が洗っても居ない田中の性器をたっぷり舐め回していたのだと思い出して頬を真っ赤に染めます。 ああっと強い声が漏れるほど愕然としてしまう一方で、舐められるのはお互い様なのだと思えばちょっとホッとしてしまう気持ちもあるのです。そう思えば、濡れてないヴァギナに無理やり舌をねじ込まれて唾液でベトベトにされる気持ち悪さにも耐えられました。お互い様なのだから、仕方がないと。 「おらっ」 いつになく荒々しく茉莉香の上に伸し掛かり、そのまま猛りきった一物を挿入しました。さっき抜いたばかりだというのに、ガチガチに硬くなった陰茎は茉莉香の中を乱暴に突き刺します。 「ああっ、どうして、そんな乱暴」 茉莉香はまだブラジャーも外していないのです、こんなにガンガンと腰を振られてはそれどこではありません。 唾液の湿り気のおかげで、辛うじて痛みはありませんが、濡れていない膣襞を無理やり抉られるのは決して気持ちがいいものではありません。 いつもはもっと優しいのに、今日はどうしてこんなに……悲しいほどに荒々しいのだろうかと茉莉香は疑問に思いました。
「わざと乱暴にやってやってるんだよ!」 「ええっ?」 茉莉香の気持ちが肌を通して伝わったのか、パンパンと荒々しく腰を突き上げながら田中は叫ぶのです。 「さっき俺の子供を産むのは嫌だって言っただろう」 「でも、それは田中さんがあんまりひどいこと言うから……」 茉莉香は、またジワッと目尻に涙を浮かべます。これが妊娠初期のマタニティーブルーなのでしょうか。一度気持ちが高ぶると涙が止まらないのです。 「言い訳はいい、ずっと態度を見てたら本当に奥さんが心の底から嫌がってるのはわかるからな。だから、俺の子供なんて堕ろしてやろうっていうんだよ」 「そんな、でも堕胎はダメなんでしょう」 赤ちゃんを堕ろす。その残酷な選択は、最初から封じられていました。だから、もう茉莉香の意識にも上がらなくなっていたのに、田中はこの期に及んでなんでそんなことを言い出すのでしょう。 「堕胎は禁じた、だが自然に流産するのはいいんだ。医者も言ってただろ、気をつけろって! この時期に乱暴なセックスしまくれば堕ちるかもしれないぜ」 ガンと腰を突き上げて、強く茉莉香を抱きすくめるようにしながら、田中は悪魔のように囁きかけました。 「えっ、でも産むって約束したのに……」 田中の赤ちゃんを産むと、茉莉香は他ならぬあの怖いカボチャ頭に毎日約束させられているのです。だから夫への強い罪悪感にも負けないぐらい、お腹の赤ちゃんを大事に育てないといけないとは思わされていたのに……。 「良いんだよ、俺の精液便所になるとも約束してんだから、その過程で自然に堕ちるなら問題ない。あとはお前の気持ち次第だからな」 田中はそう言って、赤ん坊を産まないならこんなでかい乳はいらないだろうと言わんばかりに強く、乳房を握りしめながら強いピストンを再開しました。 強い、まるで獣のような腰使いです。茉莉香の膣は、今にも引きちぎられんほどに強く亀頭をこすりつけられて、傷つかないために慌てて愛液を垂れ流しているところです。 ジュブジュブといやらしい音が耳に響きます。 「あああっ、いやあっ」 「俺の子供なんて産みたくないんだろ、だったらこのまま殺してやるよ!」 でもまだ濡れが足りない、このままだと本当に殺されてしまうと思うとブワッと涙が溢れて止まりません。 「そんなダメッ」 茉莉香は必死に抵抗します。精液便所として、田中に奉仕しなければならないなんて約束も、もう頭から吹き飛んでいます。 ただ、今はお腹を守らないといけないと思ったのです。 「嫌なんだろ、俺の子供なんて産みたくないんだろ、だったらこのまま子宮まで突き刺してぶっ殺してやらぁ!」
その自分で叫んだ言葉で興奮したのか、田中があっけなく中で射精したのがわかりました。ドピューとすぼまった穴に注ぎ込まれる音がして、ドクドクッと慣れ親しんだ振動が膣に伝わって、やがて田中の陰茎が緩まっていきます。 膣の中でイッたのでしょう。いつもはもっとじっくりと責めてくる田中なのに、いつになく絶頂に達するのが早いです。 茉莉香は、(ああっ、よかった田中が出したからこれで終わる)と安堵しました。これでもう、乱暴にされることはないと思いました。 だがその考えは甘かったのです。
「まだだ、死ねっ死ねっ死ねッ死ねッ死ねッ!」 田中は柔らかくなったはずの陰茎をグンと硬くいきり立てて、凶暴なピストンを再開しました。恐ろしいことに、田中のペニスはまた膣の中で鉄のように硬く尖っています。 いつもは気持よくしてくれるはずのペニスが、まるで子宮をえぐりとるための鋭い凶器のように感じられて、茉莉香は心底恐ろしく感じられました。 「ヤダッ、どうして硬くなるのッ、あっ、ダメッ! ダメぇ!」 茉莉香は半狂乱になって、手をついて田中の身体を離そうとします。涙も鼻水もダラダラと垂れ流して、可愛い顔が無残なことになっていましたが、もうそんなこと気にしてられません。必死で暴れます。 「なんだよ、ハァハァ……なんでダメだ」 茉莉香のあまりの形相に、田中も驚いて少し腰の動きを止めました。田中に無理やり犯されていたときでさえ、こんな顔はしていないぐらい恐ろしい顔をしています。あんまりイヤイヤとしたので、まとめていた髪がほどけてぐしゃぐしゃになってしまっていました。ポニーテールにまとめていたゴムが切れてしまったのでしょう。 「ダメでず、赤ちゃんを殺さないでぐだざい!」 茉莉香は、大泣きしてしゃくりあげながら、今度は田中の動きを止めようと両手両足で必死に抱きついてきます。 「おい、だって赤ちゃんいらないってお前が……」 「ごめんなざい……わだしがわるかったですからやめてッ!」 茉莉香は、田中をもう動かせまいと両手両足で必死に抱きついています。こうなっては、さすがに田中も身動きが取れないようで、困った顔をしました。 「悪かったっていってもな、こうやって射精しまくれば子宮の中の赤ちゃんも精液で溺れて死ぬんじゃないか」 田中はまだ怖いことを言っていますが、口調に少しからかうようなトーンが混じりました。お腹の赤ちゃんを殺すと叫んだ田中の気持ちは、さっきまで怖いほど本気に聞こえていたけれど、どうやら風向きが変わってきたようです。 「お願いだから殺さないでください……私、赤ちゃん産みたいですから、ちゃんと育てますからやめてください」 茉莉香はこれが最後のチャンスだと思って、自分の不思慮な発言を謝って、必死に田中にすがるように抱きついて哀願しました。
茉莉香が自分でも不思議だとしか思えないのは、田中の子供を宿したと思った時に最初は堕ろそうとすら思ったお腹の子が、殺そうかと本気で言われた瞬間になんとでも守らなければならない命に変わったことでした。 これが、母性だ……などとしたり顔で言う男がいれば、茉莉香はその憎らしいほっぺを思いっきり張っ倒してやります。倒れたところに、腹に蹴りを食らわせてやってもいいかもしれません。 なにせお腹の子供は、愛する夫と真逆の男の子供なのです。本来あってはならない不義の末に生まれて育つ児のことを思えば、あまりにも不憫に思えます。 でもそれは理屈です。今の茉莉香は、お腹の子供を何としても十月十日育てて無事に産み落として、すくすくと元気に育ててあげないといけないのでした。 これは世の中のあらゆるルールに優先します。茉莉香は、お腹に宿った命を何としても守らなければならないのでした。
「茉莉香の言うことは分かったよ。でも仮に俺の子が産まれたとしてさ、本当に愛することができるのか」 無理やり孕ませた田中が、今も茉莉香を抱き敷いてそういうのです。鼻で笑うことも、怒ることも、罵ることもできましたが茉莉香はちゃんと答えました。 「愛して育てることが……できます」 「おい、俺は……俺の子供だぞ」 田中は茉莉香がきちんと覚悟を決めて肯定してくれたのに、その言葉にこそ打ちのめされたように重ねた身体を離してベットにゴロリと転がりました。 そして、シーツの上に乱雑に脱ぎ捨てられた茉莉香のベージュのブラジャーを拾い上げて(さすがに巨乳なので、小ぶりなメロンならゴロリと入りそうなほど大きなカップです)茉莉香の目の前に突きつけました。 「なんですか……」 「俺は、これだよ……つい二、三ヶ月前までそこのベランダに忍び込んで、このブラジャーの匂いをクンカクンカ嗅いでたんだよ」 「キモッ」 思わず茉莉香は眉を潜めてしまいます。 「そうだろ、キモいだろ。この茶色のパンティーでだって何度シコったかわからん」 「ヤダッ、そんなことしてたんですかっ!」 「よく裏返して見てみろよ、俺のシコった痕跡が残ってるかもしれないぜ」 茉莉香は、パチンと田中の手から自分のショーツを奪い取ると裏返して見ました。うっすらと黄色い後が残っているような気がします。 「ああーっ」 頭を手で押さえて、茉莉香が小さい悲鳴を上げました。きっとあまりのありえない話に、偏頭痛に襲われたのでしょう。 「奥さんが悪いんだよ。油断してベランダに下着なんて干すから」 「ここ六階ですよ、まさかそんなことされるなんて思わないじゃないですかッ!」 茉莉香は声を張り上げます。
なんだか、すっかり気分が冷めてしまいました。そうするとやっぱり田中正志という男は気持ち悪い人だなと思ってしまうのです。決して、好きになれるタイプではない。 「そうだよ、俺はキモい男だし。変態だよ、変態……。そんな男の遺伝子を半分受け継いだ子供を本当に愛して育てられるのかよ」 「それは……愛して育てられますよ」 茉莉香はもう理屈でなくそう言い切れるのでした。 「何でだよ、わからないな。なあ、このブラジャー見てさ。奥さんのデカパイ触りてえなあと思って、実際に触ってさ」 田中はブラジャーと茉莉香のたわわなオッパイを見比べて、助平そうな顔をしてから揉みしだきました。 「あ……」 「そんで、こうやって奥さんのパンティーでシコって、いつか奥さんのマンコに中出しして妊娠させてぇってオナニーしてたんだぜ」 「そう聞くと……結構キツイですね」 心なしか、茉莉香の顔がさっきよりも更に青ざめています。 「その結果授かった赤ちゃんを、それでも愛して育てられるってどうしてさ」 田中は、変態行為を告白しながらも冷めた瞳で聞くのです。 「それは……だって、田中さんがどうしてたって、それは田中さんが悪いだけで、出来た赤ちゃんには罪はないじゃないですか」 まるで聖女のようなことを言う茉莉香を、田中は呆然と見つめていた。手に持っていたショーツもブラジャーも落としてしまう。 当事者が言うのでなければ、まるで偽善のようなセリフも、身を持って子供を産み落とそうと決心した茉莉香が言うのであれば聖母の言葉にもなります。 「そうか、ううん……そうなんか」 「わかってくれましたか、田中さん」 いつの間にか、ベットに寝そべって長いこと話し込んでしまっていましたが、どうやらこれで終わりのようです。田中はきっと、茉莉香の美しすぎる覚悟に打ちのめされてしまったのでしょう。 田中はうーんと呻き声を上げながら、ずるずるごろんと身体を転がすようにして茉莉香の横にやってきます。
(また、抱かれるのかな) そう茉莉香が思うと、そうではないようで田中はむにゅっと茉莉香のお腹あたりに頭を引っ付けて、まだ小さい生き物の形にすらなってないであろう赤ちゃんの存在に耳を傾けているようでした。 もしかすると、父親の自覚に目覚めたのでしょうか。 (まさかね~) 田中のようなダメな人に、そこまで期待するのは酷というものだとは茉莉香も納得していたのですが、とても信じられないことが起きました。 「うううっ、やっぱり納得出来ない!」 そう言うと、茉莉香のオッパイにむしゃぶりついて乳首を吸い始めました。 「いやっ、いきなり何するんですかっ、えええっ? 何で泣いてるんです!?」 田中は、いつの間にかボロボロと涙を流していました。鼻水も垂らしています、さっきは茉莉香がそんな感じだったんですが、話している間にもう顔をティッシュで吹いて髪も整え直しています。 それなのに、今度は田中が赤ちゃんみたいに泣きだして乳房に食らいつくのです。面食らうなという方がおかしいことです。 「何で、茉莉香は俺のこと好きになってくれないのさあー」 (うあー、この人泣きながらむちゃくちゃ言い始めた……) 茉莉香は、この自分寄りも一回りも年上の駄々っ子を何としたらいいかオロオロとしてしまいました。 形勢逆転と言いますが、こんな逆転はちょっと嫌です。
「ねっ、田中さん。いったん落ち着きましょうよ、どうしちゃったんですか」 おいおいズルズルと、鼻水を垂らしながら泣きじゃくって自分のオッパイにむしゃぶりついてくるおっさんをどうすることもできずに、茉莉香はしばし途方にくれるのでした。どうしてこうなったんでしょう。 次回に続きます。
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