第三章「女性専用車両 顔射編」 |
今朝のあの不思議な出来事は、果たして本当に現実だったのだろうか。 あの身震いするようなオジサンへの怒り、後に残してきてしまった女性たちへの胸が突き刺すような罪悪感。そういう気持ちは、今もありありと残っているのに細かいディティールがよく思い出せない。 私は大学の小規模クラスに駆け込んで、英語の講義を受けながらも、私は車内の出来事を思い起こそうとする。忘れてはいけないと思ったからだ。 ちょうど携帯の時刻は十時十分を過ぎたところで、もう少ししたら一限目の必修の講義は終わる。 あの女性専用車両での出来事は、ついさっきのことなのに、なぜかとても遠い日にあった出来事のように感じられた。 あれだけ酷いことがあったのだから、本来なら鮮烈な印象を残すはずなのに一分経つごとに記憶が薄れていくのを感じる。ちょっと油断したら、大まかな印象を残して記憶が全て消えてしまいそうだった。 きっと人は、あまりにも荒唐無稽な出来事を記憶できないのだ。人が一睡の夢を簡単に忘れてしまうように非日常的すぎる出来事は、まるでそれが本当にあったのかなかったのかすらあやふやになってしまう。 私はそんな言い訳で、この忌まわしい記憶を片隅に追いやっていった。 完全な日常へと回帰したのだ。 そうして、その日から季節は移り変わり、半年以上の時が流れた。 その昔にあった電車での不思議な出来事など、今は思い出すことすらない。
※※※
「ふうっ、すっかり肌寒くなったわね」 早朝の道に立ち並ぶ街路樹はすっかりと赤く色づき初めて、秋の深まりと冬の始まりを暗示していた。雲ひとつ無い空は透き通るように青く、大気は澄んでいる。 私、立花アヤネは今日も大学への通学のために駅に向かう。いつも通りの通学路、いつも通りの駅のホーム。 列車はいつも通りの時間に一秒の狂いもなく到着した。 私は生まれつき体内時計が極めて正確な質で、そのせいか時計で列車の到着する時刻を確認するのが癖になっていた。 別に数秒の違いがあっても問題ないのだけど、まったく正確な時刻に列車がホームへと滑り込み、昨日と寸分の狂いもなくプシューと音を立てて開くと今日は何かいい事があるのではないかって気持ちになる。 「ふふっ」 だから、この日の私は機嫌が良かった。女性専用のその通学列車に乗り込むまでは。
多少の混雑はいつも通りなのだけれど、なんだか私は『違和感』を感じたのだ。なんだろうとよく観察すると、妊婦さんがやけに多いことに気づく。 確かにお腹の大きな妊婦さんが早朝の通学列車に乗っててもおかしくない。でも、私の周りに限ってお腹の大きな若い女性ばかりなのは少し異様といえよう。 ここまでは違和感といっても、偶然の偏りがあったにすぎないと思えた。自然に座席の方に目を向けてそこに『異変』を発見してしまうまではであるが……。 「やあ、アヤネちゃん久しぶり」 向かいの茶褐色の長椅子に、でっぷりと太ったオジサンが座っている。ヨレヨレの背広の中年サラリーマン風のオジサンは、たしかに私の名前を呼んだ。 (知り合いだろうか?) (ここは女性専用車両だというのになんで男が?) 私は思考をやや混乱気味に錯綜させながら、男の顔をジッと見つめて(こんな男と知り合いだっただろうか)と思い出そうとする。 「思い出した……」 私の記憶は、半年以上前の封印してしまった記憶を呼び覚ましていた。なぜあんな強烈な悪夢を忘れてしまえていたのか、自分でも不思議なぐらい鮮明に思い出せた。 (……すると、この周りにいる妊婦さんたちは) 例えば私のすぐとなりにいるメガネをかけた身体にぴっちりとした深紅のビジネススーツを着た女性。 妊娠しているのに大丈夫なのかなと思うほど、お腹がこんまりと盛り上がっている。前見た時とは変わり果てた姿ではあるけど、整った知的な顔立ちとメガネには見覚えがあった。 「やあ、久しぶりね……えっとハガネちゃん」 「アヤネです」 やっぱりこの人は、このオジサンに最初に犯された女性だ。小ぶりだった胸は妊娠のせいか、やや大きめになっている。 「あんたのせいで、私妊娠しちゃったわよ」 「ええっ、なんでそれが私のせいなんですか!」 不服そうな私の顔を睨みつけるように、目を細めて薄っすらとした笑いを浮かべていたメガネOLは、ふっと真顔になってオジサンを指さす。 「だってこの人を男だって思ってるんでしょ。貴女がそう思ったから、私は妊娠したのよ。男に犯されたんだもの、当たり前だわ」 「そんなこと言われたって……」
またこの問答かと、私は心底うんざりする。 やっぱり、これは現実ではなくて悪夢なのではないか。 むしろ夢であってくれと願うような気持ちだった。 「私はまあ、彼氏にうまいこといって責任取らせたからいいけどさ」 そうだったオジサンに犯された女性の中には、絶対に妊娠してはいけない人も居たはずだ。 例えば左隣を見ると、暗い顔で俯いている女性。綺麗に巻かれた栗色の長い髪を力なくだらりと垂らしている。 ゆったりとした紺のマタニティーウエアを着た女性は私を恨めしげに見つめてくる。 「エリナさん……」 半年前のことなのに、私は名前まで覚えていた。たしか二十四歳の人妻だったか。 「うううっ、私は夫以外の子供を妊娠してしまいました」 「ああっ」 私のせいだと責められるより、罪悪感でいっぱいになる。 「どうしたらいいんでしょう、わだじばどうじだらぁ……」 次第に涙声になり、そのままエリナさんは身重の身体を丸めるようにして泣き崩れてしまった。 どうしよう、どうしたらいいのか。 私のせいだと言われても、もうどうしようもないではないか。全ては過去のことだ。 「だから認めればいいのよ」 エリナさんの涙に動揺した私に、メガネOLが囁きかけてくる。 「何を、認めれば」 「だからあの人が女だって、アンタが認めれば全部なかったことになるのよ」 あのオジサンを、私が女だって認めたら全てはなかったことになる。 「そんな魔法みたいな話……」 そう呟きながらも、私は十分にありえることだと思っていた。泣き崩れている人妻を直視したくなくて、車窓に目をやるとやはり電車はすでに走り始めているのにとてもゆっくりとしか景色が動いていない。 時間の感覚が遅滞しているのだ。
夢なのか、現実なのかはともかく、この異次元空間では何だってありえるだろう。 (私が認めればいいのか、たった一言……) 気がつけば、私に泣いてすがりついているのはエリナさんだけではない。周りの妊婦たちは、あの日オジサンに中出しされた危険日の女たちが私にすがりついて懇願している。 「見てください、私なんて『変態露出狂』にされたんですよ」 私の目の前で、歳の頃は二十代後半あたりの髪の長いふくよかな女性がダウンコートを脱ぎ捨てた。なかは真っ裸で、丸々と膨れ上がったお腹の真ん中に『変態露出狂』と黒く縦書きに刻印されていた。 「こんな性癖を植え付けられたせいで、私はたくさんの男たちに犯されて、誰ともわからない子供を妊娠して仕事も失ってしまって、ううっ、うううぁぁ!」 「ごめんなさい……」 申し訳ないとは思う、けど怖いから近づかないで欲しい。 さっと眼を逸らしても、まだまだ妊婦はいる。 「そんなことを言ったら、あたしなんて『変態M女』だぜ。見せてやるよ」 二十代前半ぐらいのスリムで長身な女が、薄い唇を歪ませて笑うと、私の目の前でモコモコのマタニティーウエアを脱ぎ捨てた。 スリムな身体に不釣り合いなほど突き出した大きなお腹には、妊娠線がびっちりと走っていた。 背中に『変態M女』と書かれている以外は普通に綺麗に見えるが、ブラジャーを外すと異変に気がついた。 妊娠で褐色になった乳首の先に、大きなシルバーの輪っかがハマっていた。乳首ピアスにしてもそれは太くてとても大きい銀の輪っかだった。 「分かったか、こんなデカイピアスを乳首に嵌められて、この開いた穴は二度とふさがらねえらしいんだよ」 指先で乳首ピアスを弾いて、チリンと音を鳴らすとほっそりした女は自嘲の笑みを浮かべる。 「こんなんつけられて、赤ちゃんにオッパイやるときにどうしたらいいんだろうな」 そういう女の顔は、なぜか恍惚に頬を染めていた。心までもMになってしまったということなのだろうか。 私はもう何も言うことがない、あまりに突然に叩きつけられるように事実を見せつけられても絶句するだけだ。
私は逃げるように視線を彷徨わせて、ついに見かけてしまった。その小さな女の子は、哀願するように私を囲っている輪の中にはいない。 ただ遠目で私を見つめているだけだった。まだ十五にも満たないであろうと小さな女の子のお腹は、無残なほど大きく膨れ上がっていた。 彼女も妊娠してしまっていたのか、このオジサンの子を……。 絶句につぐまれていた私の口が、思わず開いた。 「あああ、あああぁ……」 呻き声を発しているのが自分だと気がついたときには、もう眼から涙が滝のように流れていた。 肩から力が抜けて、足元がふらついて視界がゆがむ。 現実感がない、最初から夢だったに違いない。 「もういい……」 認めてしまおう。 「オジサン」 認めてしまえばイイ。私は、座席でゆったりと舐るように悲嘆にくれる女たちを眺めて微笑んでいるオジサンに指を突きつけると叫んだ。 「認めます!」 「あっ、なんかいったアヤネちゃん?」 「貴女は女ですッ、貴女を女だと認めると言ったんです!」 私は、ありがとうありがとうと感謝の言葉を投げかけてくる妊婦たちの間を通ってオジサンの前に立つ。 できれば認めたくなかった、負けたような敗北感に下唇を噛み締めながら、それでも気持ちだけは曲げないようにオジサンを睨みつけて目の前で見下ろしてやる。 「ふーん、俺を女だと認めるんだ」 「そうですよだから、悪い夢ならさっさと覚まして下さい。この地獄のような光景を何とかして下さい!」 私の叫びが響き渡ると、シーンと車内が静かになった。 取り巻いていた妊婦たちも、端っこに追いやられている乗客たちも、私とオジサンのほうをじっと見つめている。
「わかったわかった、そんな恨みがましい目をしなくても望むようにしてやるよ」 オジサンはそう言うと、私の胸をおもいっきり掴んだ。 私は、グッと下唇を噛み締めて我慢した。 「ほおぉ、胸を触られてもなんとも思わないんだな」 「貴女が女性だと認めたから」 「なるほど、賢いね」 オジサンは感心したように頷くと、私の胸から手を離した。 「お願い早く何とかしてあげてよ」 妊婦たちは私をじっと哀願するように見つめているのだ。 「よしいいだろう、これで一件落着といこうか」 オジサンは、……いえオバサンは、パチンと合掌するとニッコリと笑った。そうするとすぐに電車が駅に到着するアナウンスが流れた。 時間の流れが、いつの間にか元に戻っている。 程なくして駅のホームに車両は滑り込みプシューと音を立てて扉を開く。ホームの慌ただし喧騒が聞こえる。 「おや、学校いかなくていいのかな」 オバサンがそう私を諭す。 「あの、あの人達は……」 「最後まで意地を張っていた君が、俺を女だと認めたんだ。明日になれば全部問題は解決してるよ。さあ、早く行きなさい」 私は後ろ髪引かれる思いで、車両から外に出た。 ホームはひどく凍てついていて外気は肌寒い、私はブルっと身を震わせると襟元をしっかりと閉じてから、彼女たちを載せた列車が駅を離れていくのを見つめていた。 明日になれば全部元通りになってるんだろうか。どちらにしろ、私にできることはもうない。 あのオバサンの言うことを信じるしかなかった。 車両から降りてしまって、いつもの改札を抜ける頃には私の記憶は酷く曖昧になってしまう。 私がこうして悪夢から覚め日常へと戻るように、あの人達も救われているといいのだけれど……。
※※※
私、立花アヤネは美容院が少し苦手だ。なんで美容師という人種はあんなにお喋りが好きなのだろう。まるでそれが義務であるかのように、髪を切りながらテレビの芸能人の話だの新しい流行の話だのどうでもいい話をずっとしている。 私だってもう大学生だし成人式も終えた大人だから昔とは違う。愛想笑いもできれば、話を合わせるぐらいはできるけど、やはり無駄話が苦手な性格はなかなか治らない。面倒くさいのだ。その癖、寝たふりしてやり過ごすほどの度胸もないのだから中途半端。 大学の講義を終えて、所属している児童文化研究会のサークル棟で気のおけない友達としばし歓談。 そこで「アヤネの髪ってきれいだよね、伸ばしてるの」と言われたのだ。もちろんそれを褒められているとは取らなかった。自分でもちょっと髪が伸びすぎてるんじゃないかなと思っていたところだ、友達の眼から見ても伸びているなら仕方がない。 あまり気が進まないのだが、大学の近くの美容院に予約の電話をした。幸い空きがあったのですぐ刈ってもらえたのは良かったのだけど。 「全体的にショートにしてもらえますか」 「お客様の髪は艶やかですからショートよりミディでどうですか」 「はぁ」 「今年のトレンドなんですけど、肩ぐらいまででレイヤーで軽さをだして、毛先はこうナチュラルに散らす感じで……」 「軽いなら、じゃあそれで」 ヘアカタログを見せられて、私はいつも短くしてくれと頼むのだけど、ここの美容師さんは必ず私の注文と違うものを薦めてくるのだ。 じゃあカタログ見せる必要ないじゃんと思うんだけど、これも一種の儀式のようなものなのだろう。 雑談を適当にやり過ごして、綺麗に整えてもらえば確かに自然で綺麗な感じの髪に仕上げてくれるのだから腕はいいのだと思う。 髪が艶やかだと褒められてもピンとこないけれど、美容室の鏡台に映った私はそれなりに可愛くなっていた。馬子にも衣装じゃなくて、ほんの少し癖っ毛のある野暮ったい私の黒髪にも流行の髪型といったところか。ショートよりミディアムスタイルのほうが似合っているってのもまんざら嘘ではないのだろう。 美容師さんが軽めでナチュラルにと言っていたのも本当だった。私は頭がとてもさっぱりとしたお陰で気分もよく、足取りも軽かった。 そうして、いつも通りの車両に乗り込んで帰宅する。
すでに時間は帰宅ラッシュ時でホームは混み合っているのだけど、この時間帯だからこそ女性専用車両が走っているのだ。 女性専用の車両にさえ乗ってしまえば、一般車両よりは混み合っていないことが多い。まあ、さすがに座席は座れないだろうけど。 そんなことを思いながら、私は何気なく滑りこんできた車両に乗り込んだ。 「あれ……」 乗り込んで少し不思議だった、いくらなんでも空いているなあと思ったのだ。ホームはあれだけ混み合っていたのだから、ズズッとお客さんが詰まるはずなのに私の周りだけポッカリとスペースが開いている。 その空間には、私と灰色の背広を着た中年のオバサンが立っているだけだ。 「やあアヤネちゃん、もしかしてと思って出迎えたんだけど帰りも逢えるなんて運命としか思えないね」 サラリーマン風のオバサンは、私の手を嬉しそうに握った。 「へっ、貴女誰ですか?」 こんな人は、私は知らない。どこかで知り合ったのを忘れているだけなのか。 「なんだ、もしかしてアヤネちゃん俺の名前忘れちゃったのかな。前に名刺渡したと思うんだけど、もう一度渡しておくね」 オバサンが差し出した名刺には『株式会社DLO 資材課長 中畑道和』と書かれている。オバサンなのに男っぽい名前だなと思った。 もちろん、オバサンだけど。 「ミチカズだよ、四十二歳独身。ミッちゃんと呼んでくれてもいい」 「ミッちゃんさんですか?」 ミッちゃんなら、女性らしい名前だとも言えた。年配者に対してちょっと親しげ過ぎる気もするがそうお呼びすることにした。 「うんまあ、それでいいよ」 含みを残す笑みを浮かべるミッちゃんさん。謎の女性だ。 「あの失礼ですけど、どこかでお会いしましたか?」 私はまだ二回生だから、本格的な就職活動は来年春からだ。株式会社の課長さんって名刺を貰ったのだから、もしかしたら就職ガイダンスに来てた人かなとも思ったのだけど、記憶をたどってみてもこんな女性には会ったことがない。 こんなまるで男みたいな体格のいかつい顔をした女性に出会っていれば、忘れているはずがないのだが……。
じっと見つめ合っていると、なんだか不安な気持ちになってくる。何かを忘れているような、それでも私はこんなオバサン本当に見たことがない。 「ふふっ、本当に忘れてるみたいだな」 「ひっ、人違いですよ」 ミッちゃんは私の肩に手を這わせて、ニヤッと不気味な微笑を浮かべる。 「俺を本当に女だと思ってるんだな、だったらこんなコトしても平気だよね」 ミッちゃんは、そのまま這わせた手を私の胸に置いてそのままおもいっきり揉みしだいた。 「きゃぁああーっ」 私は手を振り払って、床に尻もちをついてしまう。あわわと唇が震える。 「どうしたんだい、女同士だろう」 「えっ、あっ……、うううっ」 たしかにミッちゃんの言うとおりだ。女同士だから、身体に触られてもそれほど大したことではないはずなんだけど。 「まるで俺が痴漢したみたいじゃないか、女同士だったら痴漢にならないだろ」 「そっ、そうです。あのですね、いきなり触られたからビックリしただけでして……」 「ふうん、じゃあ身体に触られることはなんともないと」 そう言いながら、ミッちゃんは私の胸やお尻をさわさわと軽くもんだ。その触り方が、怖気が走る気持ちの悪さで私は震え上がって、悲鳴を上げそうなところを何とか口を手で押さえて堪えた。 「ううっ、ぐぎゅうっ……」 「ふふふっ、頑張るねえ。この前とは全然違うなあ」 「あのっ、それよりおかしくないですか」 私はこの女性専用車両のもう一つの異変に気がついていた。 「何が?」 「だって、何時まで経っても電車が出ないじゃないですか。扉も閉まらないし」 私は、開いているドアに向かってほらほらと指さした。そうやってごまかしてしまいたい気持ちもあったが、本当に不思議なことだ。
「ああ、なんだそんなことも忘れたのか。時間がゆっくり進んでるんだよ」 「はあぁ?」 ミッちゃんさんは、私の手を引っ張ると扉の前に連れて行く。 「ほら見てみな、少しずつだけど扉は締まりつつあるだろう」 本当だった、まるで亀の歩みのようにゆっくりと扉がしまろうとしているところだったのだ。 これは一体どうなっているというのだろう。 「なんだ、つまり俺を自分の中で女性化した段階で全部忘れたんだな」 「ミッちゃんさんがおっしゃってる意味がよくわかりません」 ミッちゃんはドカッと奥の座席に座ると、私を手招きした。嫌だなあと思いながら、私も横に座る。 「時間がゆっくり進んでるのは時計を見れば、ああもう面倒だな。とにかくここから君の降りる駅まで時間はたーっぷりとあるってことだけわかればいいよ」 「はぁ……」 時間がゆっくりと進むことついては、なんとか分かったけれど他のことはこれっぽっちもわからない。 そもそも普段の私なら、時間がゆっくりと進むことすら絶対納得しないだろう。それなのになぜこんなにも腑に落ちるのだ。 まるで前にそんな経験を何度もしたかのようだ。 そんな違和感を引っかかりに、ぼんやりと浮かぶ過去の記憶のイメージを呼び覚ましてみようとしたけれど、なんだかとても薄ぼんやりとしていてモヤモヤする。 視界がふらふらと揺れていると思ったら、どうやら揺れているのは私の頭の方のようだ。 「おや、大丈夫アヤネちゃん。あんまり無理しないほうがいい。知恵熱出るよ」 「うううーん、馬鹿なこと言わないでください」 私はミッちゃんに抱かれて、そのまま四肢から力が抜けていくのを感じた。世界がクラクラと揺れる。 まるで貧血に倒れる時みたいだ。いっそこのまま眠ってしまいたいぐらいだったけど、ミッちゃんさん、支えてくれるのは嬉しいけど私の身体をやたら嫌らしい触り方で嬲るのは止めて欲しい。 お陰で、何とか意識を保つことが出来たけど感謝する気にはなれない。
「アヤネちゃんの髪、甘い匂いがするな。花の香みたいだ、なんかつけてるの」 「ああ、いえ……今日美容院行ったんで」 同じ女性だというのに、髪の匂いを嗅がれただけで怖気が走るのはどうしてだろう。列車はようやく扉が閉まりゆっくりと発車するところだった。 ミッちゃんの言った、亀の歩みって例えは正しいように思える。この分だと、私が降りる駅にたどり着くまでどれだけかかることやら。 「気分良くないなら、とりあえず脱ぎなよ」 「はい……」 車内は暖房がしっかりかかっていて暑いぐらい。ミッちゃんの言う通りだと思い、私はモコモコのブラウンのロングコートを脱ぎ捨てた。 「ほら、これも脱いで」 「ええちょっと」 ミッちゃんは私の上にのしかかると、無理やりセーターに手をかけて一気に引きぬいた。抵抗も虚しく、ガバっと脱がされてしまう。 「気分の悪い時は胸元を楽にしないとね」 「楽にってレベルじゃないじゃないですかーっ」 ミッちゃんは言葉通り胸元のボタンを外して、ブラウスを脱がしにかかる。手で止めようとするのにさっと避けられてプツンプツンとボタンを外されていって、そのままガバっとブラウスの前を開かされてしまう。 (やだ、この人ぬがしなれてる) さすがは同じ女性といったところか。あっとうまに私の不格好に大きい胸がボロンと飛び出した。 「やっぱり隠れ巨乳だったんだな、俺が目をつけた通りだ」 「やめてくださいよ」 私は恥ずかしくて目を背けた。 「でもブラきつくないか、外すともっと楽になるぜ」 ブラウスの中に手を突っ込まれてプツッとホックを外されて、そのままシュルっと引きぬかれてしまう。
「きゃぁ」 胸の締め付けがなくなって、ボロンボロンと弾むバスケットボールのように私のオッパイが飛び出した。 私の胸は不格好に形だけ大きくて垂れ気味だ。乳輪も乳首も大きくて色も綺麗じゃないし、かなりコンプレックスなのだ。 恥ずかしい所を人に見られていると思うだけで頬が熱くなる。 「これはすげえ」 恍惚とした表情で、私の乳を下から掴むとぐいっと上に引っ張りあげた。 「イタタタタタッ」 何ということだろう、無理やり根本をひっつかむと私の乳はお餅みたいにぎゅにゅうと伸びたのだ。 我ながら弾力性がありすぎて、お化けみたいな胸だなと悲しくなる。 「すげえロケットオッパイじゃん」 「ロケットって何ですか。痛いから引っ張らないで、千切れちゃいますよ」 嫌だって言ってるのに、ミッちゃんは私のオッパイを左右上下に引っ張ってその弾力を楽しんでいる。 いくらなんでも好き勝手し過ぎる、なんで私は怒鳴ってその手を振り払わないのか自分でも不思議だった。 「だっていいだろ、女同士なんだから。俺は男じゃないから、痴漢にはならないんだろう」 「でもっ、同性同士だからって……」 言われてハッキリと気がついた。『男じゃないから』ってセリフがまるで喉に突き刺さった魚の骨みたいに引っかかって、私の抵抗力を奪っているのだ。 「ミッちゃんさん、男じゃないですよね?」 たしか中畑道和だったか。目の前の中年女性は、男みたいな名前を持って男みたいな顔をして男みたいな体格をしている。 本当に男だったら、こんな痴漢行為絶対に許さないのだけど、相手は男ではないって私の思い込みが相手の無遠慮な行動を許しているのだ、 「アハハッ。見れば分かるだろ、俺は男だよ」 私の頭の中の鐘がガーンと鳴り響いた、危険信号だ。
絶対にこの人の言葉を認めてはいけない。認めたら、何かが壊れてしまう。 「馬鹿なこと言わないで下さい、ミチカズさんのどこが男なんですか」 声を荒げる私に、ミッちゃんはウプッと吹き出すように笑う。 「むしろ、俺のどこが男じゃないていうのさ。この前とアベコベだなこりゃ」 「この前って……」 また私の頭に靄がかかった。思い出せないし、思い出してはいけない。 「ああいいよ、深く考えなくて。俺が男じゃないって言うならこれはどう説明する」 そう言うとミッちゃんは私の目の前でズボンのベルトを緩めて、ズボンとパンツを脱ぎす下ろして、私の目の前に黒ぐろとした亀頭を突きつけた。 「……ッ」 私は絶句した、硬直したまま叫び声すら上げられない。目の前に巨大な肉棒を突きつけられたのだ。銃を向けられる方がナンボかマシだった。 私の額に浮かんだ冷や汗がすぐ粒になって、首筋までたらっと流れた。蛇に睨みつけられた蛙みたいなものだ。 「ほら、これが男のチンチン以外のなんだっていうんだ」 「くっ……」 私のほっぺたに突きつけられた肉棒の温度を感じながら、私は呻くように答える。 「ク?」 「クリトリスです、大きいけど女性のクリトリスですよそれは」 私が普段なら絶対に口にしない隠語が飛び出した。自分でも驚いた、どうしてこれをクリトリスだと言えたのかは分からない―― (なぜなら、私は自分のクリトリスを見たことがないし、そんな器官があるって意識せずに生活してるから) ――けど、そう説明するしか無い。これが正しい、ミッちゃんは女性なのだから。 「ふうん、面白いことをいうなあ。じゃあこれがクリトリスなら、オマンコはどこにあるの」
「あっ、えっと……」 私は棒状の下を探す。そこには女性特有の割れ目が――ない。 大きな玉袋がぶら下がっている。まるでオチンチンみたいに――という思いを即座に否定する。 もっと下だ。私はケツ毛に覆われた、ミッちゃんのすぼまった穴を指さした。 「ここです、ここがオマ……ヴァギナです!」 「おいおい、そこは肛門だよ」 私はそう言われて困惑する。でも他にない、指で触れて触っても肛門とクリトリスの間のいわゆる、蟻の門渡りの部分に穴はない。 「やっぱりここがヴァギナです、普通の女性とは形状がちょっと異なっていますが」 こんな言い方、失礼だと思ったが聞かれたのでそう答えざる得ないのだ。 「ふうん、じゃあ俺のヴァギナに指を突っ込んで、そうその指の匂いを嗅いでみなよ」 「くさっ!」 プンと指先から強烈な匂いがした。 「うんこの臭いだろ、肛門なんだから当たり前だけどさ」 「ちが、違います。そんな匂いしません、これは貴方のヴァギナです」 自分でもなんでこんなに必死になっているのか、私は絶対に譲れないものを感じた。 「これがヴァギナだって言うなら愛液で濡れるはずだよな、刺激して濡らしてみてよ」 「くっ、仕方がありませんね」 私は何としてもこれが女性器であること、ミッちゃんが女性であることを証明しなければならない。 すぼまった彼女のヴァギナに指を突き入れると、ゆっくりと中を指で刺激した。 ああそうだ、臭いからまず綺麗にしないと。私はウェットティッシュを取り出して指を拭くと、肛門――ではなく彼女のヴァギナを拭いて綺麗にした。 匂いはマシになった、あとはこれを濡らすだけだ。私は思い切って指に唾液をつけて湿らせると彼女の穴に指を出し入れした。 こうしてジュポジュポと刺激していれば、それにしても狭い穴だけど、絶対に濡れてくるはずだった。 女性の膣は、刺激すれば濡れるようになっているのだから。
ハァハァと息を荒げながら、指を使って穴を広げて奥まで出し入れしているとようやく少し湿り気が出てきたような気がする。 「ほら、見てください濡れてきましたよ。濡れてくるんです当たり前ですから」 「たしかにな、少し濡れてきたよ。腸液だけどな」 私の眼前にある勃起したクリトリスはさらに怒張してビクンビクン震えている、どうやらヴァギナを刺激するとこっちも大きくなるようだった。 「腸液じゃありませんよ、愛液なんですっ!」 私はもう躍起になって指で思いっきり穴を広げると、奥深くまで突っ込んでクリっと指の腹で中を刺激した。 私を本気にさせるからいけないんだ、きっとここまでやれば嫌でもオーガズムに達するはず。 「ううっ!」 怒張した陰茎――ではなくクリトリスががグイッと持ち上がると私に向かっていきなり白濁した液を降り掛からせた。 「きゃぁあああああっ!」 私は思わず、後ろに吹き飛んだ。電車の長椅子が私の身を受け止めてくれる。だがそのおかげで、私は避けることもできるその熱い飛沫を顔や髪で受け止めることになった。その射精の量たるやものすごいもので、私の胸までべっとりと汚すほどだった。 「あんまりアナルイジルから、出ちまったよ」 「あっ、ううっ、なんてことするんですか」 あまりのことに、私は臭い指で顔を拭こうとしてその臭さに気がついて、慌ててウェットティッシュで指を拭うと、顔も拭うが拭いきれるものではない。 本当にタップリと、ドロドロの樹液が私の顔に降り注いだのだ。 「お前がいけないんだろ、そんなに前立腺刺激したら射精するに決まってるだろ」 「射精って、なんのことです。クリトリスが射精するわけないです」 私がそう言うと、得も言われぬ顔で唇を歪めた。ミッちゃんはおそらく笑ったつもりだったのだろうけど、まるで顔を歪めて怒っているような意地の悪い顔だった。
「面白いことを言うな、じゃあアヤネちゃんがタップリ顔に浴びたそれはなんなんだよ」 「なっ、なんのことです。私は何も浴びたりしてませんよ」 目の前のオバサンが何を言っているのかは私には分からなかった。 「さっきしっかり見てただろう、俺の亀頭の鈴口から精液が飛び出るのを」 「クリトリスに鈴口なんてありません」 私がそう言うとミッちゃんの笑みが深まった。 「ふうん、どうしても現実を認めたくないらしいな。じゃあ、これでどうだ」 ミッちゃんは、私の胸を掴むとその谷間に下から太いクリトリスを差し込んできた。 「あの、なんのつもなんですか」 そのまま腰を上下させて、私の胸の谷間でクリトリスをこすりあげる。カリ首の部分が私の胸を刺激して、くすぐったいような変な気持ちになる。 「パイズリだよ、チンコを胸の谷間で擦るんだ。すげえなアヤネちゃんの乳は。いろんな女の乳を見てきたけど、こんなにパイズリ向きの包み込むようなオッパイは初めてだよ」 息を荒げながら、腰を上下させる。ミッちゃんは気持ちいいのだろうか、苦しげでどこか恍惚とした表情で一心不乱に腰を振るっている。 胸を柔らかいとか褒められても嬉しくもなんともない。だいたい、自分で胸を都合よく左右から押さえつけて、クリトリスを刺激する穴を成形しているのだから気持ちよくて当たり前じゃないだろうか。 「それはチンコじゃなくて、クリトリスなんですからそのパイズリというやつにはなりませんよ」 「言ってろよ、すぐに射精して俺が男だってやるからな」 さらに腰の動きを早めると、ああっと情けない声を上げてミッちゃんは腰の動きを止めた。 私の顔にまで白い飛沫が飛び、ドロっとした生暖かい感覚が胸の谷間に感じられた。 「ほれみろ、アヤネちゃんのオッパイが気持ちいいから、タップリとザーメンが出たぞ。これで男だって分かっただろう?」 「分かりません」 私は何のことかサッパリだ。ただミッちゃんさんが私の胸を掴んで、そこでクリトリスをこすって気持ちよくなったところで、それがなんで男性の証明になるというのか。
「ふん、どうしても認めないつもりだな。だったらフェラチオで口内射精してやる」 「嫌ですよそんなの、ンンッ!」 ミッちゃんは何の断りもなく私の口の中に、無理やり肌色の肉塊を突っ込んできた。私は座席に腰掛けているから、クリトリスを舐めさせるにはちょうどいい位置なのだろう。もちろん、舐めるのはチンコではないのでこれはフェラチオにはならない。 「フェラチオっていうより、イラマチオだな」 ミッちゃんは、強引に私の髪をひっつかむと私の口内を乱暴に蹂躙する。 (イラマ、なに?) フェラチオはなぜか知っているけれど、イラマチオというのは初めて聞いた。どうせエロい用語なのだからそんなこと知りたくもないけれど。 「ンンッ、はぁ、ふぇろっ、んぐっ、はっ、あっ、んんんんっ!」 無理やりお口いっぱいに太いものを挿れたり出したりさせられて、呼吸をするだけで精一杯だった。 「はっ、たまんねえな。アヤネの口ん中、良い感じのあったかさだ」 「ほえっ、んぐっ、オェ、はぁ、んぐっ!」 口内に無理やり異物感を押し込まれる苦しみから、私が舌で押し返そうとしたり吐き気を催してえずくことすら、無理やり肉棒を舐めさせてるミッちゃんには気持ちいいようだった。 なるほど、こうやって無理やり舐めさせるのがイラマチオか。苦しくて涙を浮かべながらも、私の頭のどこか冷静な部分がそう考えている。 永遠に続くかと思われたこの虐待行為は、突然終わった。 私の喉の奥に肉棒を深々と差し込んだまま、ミッちゃんの腰の動きが止まったのだ。 「よっし、今からお前の口内にタップリと射精してやるからな」 「んんんん!」 (やめて) そう思っても、口の中に余るほどの肉を詰め込まれて呻くことしかできない。 「さすがに口内で射精されて、口からザー汁垂らしながら精液なんて知りませんとはいえないだろ。なにせ、口の中に精液があるんだからなあ」 「んんんんんんんっ!!」 (いやぁー) 喉の奥で、亀頭がむくんと膨らんだのを感じた。
あっ、これはもうダメかもしれない。 そう思った瞬間、ドピュルルルッと喉に熱い飛沫を感じる。 ドピュドピュドピュドピュッ、私の口の中に一気に大量の生暖かい粘液が撒き散らかされて、ほっぺたがプクッと膨らむ。 「ふうっ、やっぱイマラチオは興奮するからたくさん出るわ」 「んぐっ!」 私は、瞳に涙をいっぱいに溜めて、この口内に溜まった汚い液体をどうすべきか必死に考えた。 ヌルンと、唇から肉棒が抜けているときに何とか吐き出さずに済んだのは僥倖だったといえる。 しかしこのまま、口内にこの気持ち悪い生臭い液体を溜めていては程なくして限界を迎えてしまう。 (これは、もう……) それ以上は考えたくなかった、とにかく覚悟を決めるしか無い。 「ほら、お口からドロっと吐き出してみろよ。その瞬間に、俺が男だって証明されるよなあ」 ミッちゃんの嬉しそうな顔。そんなことはさせるものかという怒りが、私の背中を押してくれたから出来たと言っていい。 口内に溜まっている生臭い液体をゴクリッ、ゴクリッと飲み干したのだ。 「んぐっん」 水を飲み干すような簡単なものではない。なにせ口内に溜まっているそれは、ドロっとしていて喉に引っかかるほどの粘性を持っている。 完全に飲むまで、二回ほど吐き出してしまうんじゃないかと思う危機がきて、その波を何とか耐え切った。 そのたびに、吐き出す代わりに私は瞳から涙を垂らした。 「ゴクンっ……」 喉を鳴らして精液を飲み干すのは、一秒足らずの時間だったに違いない。それが十分にも一時間にも感じられたのは、あまりに苦しかったからか。それとも、この異様に時間の間延びした車内の時間間隔の狂いのせいだったのだろうか。
「ほら、口を開けて中の精液を見せてみろよ」 「……何のことですか。お口の中には何もありませんよ」 私は腕で涙を拭いて、口を大きく開けてみせた。なるべく唾液を出して、舌で口内を綺麗に舐めとったから白濁した液体は一滴も残ってはいないはずだ。 「ほおぅ、全部飲んだのか。やっぱりアヤネちゃんは根性あるな」 少し感心したような声を出すミッちゃん。 「ぐすっ……、根性とかわかりませんね。何のことですか」 私はほんの少しだけ、仕返ししてやれたと胸を張れた。 「ふふふっ、何もなかったってことか。じゃあもう一回フェラチオしても飲めるかな」 「もう勘弁してください……」 私はその苦しさを想像しただけでまた涙が出た。 ああっ、なんかトラウマになるかも。これ辛い。 「じゃあ、俺が男だって認めるか。認めるならもうやめてやるぞ」 「…………何を言ってるんですか。貴方は女性ですよ。それは変わりません」 そうなのだ、この人は女性でしかあり得ない。 それだけは絶対に決まっているんだと、どこから湧いてくるのかわからないけど私の中に強い決意があった。 「じゃあ、もう一回そのお口で試させてもらうがいいか?」 「どうぞ、何度でも……」 私は自ら口を開けて肉棒を迎え入れた。嫌悪感とか、震えとかは肉棒を舐めているうちに止まった。 そうだ、慣れてしまえばどうってことはない――とはとても言えない苦行だけれど、我慢できないほどではない。 さっき苦しくて吐き出しそうになったのは抵抗したから。 「ほおぅ、今度はやけに素直に舐めてくれるじゃねーか」 「んぎゅ、べろっべろっ、んはっ、ぺろぉ」 オバサンを気持ちよくさせれば、向こうだってむちゃくちゃはしてこない。
快楽には逆らえないのだ。だから、嫌悪感を押し殺してチンコ――ではなくクリトリスの先を舌でゴシゴシ刺激してあげれば、相手はこっちの動きに合わせてくれるから、息継ぎのタイミングも合わせてくれる。 最初からこうすればよかったのだと、私は気がついていた。 「従順なフェラってのも悪くない、よしっそろそろ出るぞ」 「んんっ」 私はきっちりと咥え込んで口の中で肉棒が震える瞬間を感じた。喉の奥に熱い飛沫が飛び散るけれど、今度は逆らわずに思いっきり飲み込む。 「んぐっ」 苦しい、苦しいけど我慢できないほどじゃない。 生臭い味も最低だけど、匂いも最悪に臭いけれど、でもお口からこの液体をこぼしてしまってこの人を男性だと認めざるを得なくなるところに追い込まれるよりはずっといい。 そう、素直に従ったほうがずっとマシ、賢明な判断。 「ふうっ、本当に綺麗に飲んだな。うまいもんだ、フェラチオ経験とかあるのか?」 私の口内が綺麗になっているのを見て、ミッちゃんは感心したように頷いた。 「私に男性経験なんてありません、それにこれはフェラチオじゃありませんよ」 そうなのだ、女性の少し大きなクリトリスを舐めただけなのだ。クリトリスだからフェラチオではないし、射精などあるわけもない。 「やっぱ頭いい大学にかよってる女子大生だから、エロ事も上手いのかねえ」 (このオッサン、じゃないオバサン。私の言うこと全然聞いてないな……) 「はぁ……」 私は深々とため息をつく。嘔吐感がさっきからこみ上げてきているのを我慢しているのだ。 まさかここで吐き出すわけにもいかない。 「それとも、俺を男と認めたくないという強い思い込みのせいかねえ」 私の胸を玩具のようにもみくちゃにしながら、そんな独り言をいっている。 「もういいですか。これで貴方が男性じゃないって証明できたと思えますが」 「なんだか、胸揉んでたら勃ってきちゃった。もう一回いいかな」 「ふーっ」 (何回だすのよ……、) 「んっ、なんかいった?」 「いえっ、ため息をついただけです。お口でよければどうぞ」 私は口を開けてそこにミッちゃんのまた硬くなったクリトリスを受け入れる。 ジュブジュブと舐めまわすうちに、またお口の中でむくっと大きくなってドピュっと吐き出した。 さすがに私も一連の動作に慣れた感があった。
こうしてミッちゃんがもう良いと許可するまで責められまくったあげく、ようやく電車は私が降りる駅のホームへとたどり着いた。 ブラウスのボタンをとめてセーターを着て、ロングコートを身にまとうと私は何事もなかったように車両から駅へと降り立つ。 何事もなかったはずなのに、なんだか身体がベトつくのは気のせいのはずだ。 なぜなら、私が乗ったのは女性専用車両。そこにいる人はみんな女性で、私が今日出会ったミッちゃんも、もちろん女性なのだから。 そう思っているうちに、車両の中の出来事は終わった夢のように掻き消えていく。 そうなると残るのは……。
※※※
(なんか、口の中がずっとネチャネチャして気持ち悪い) 私は駅のトイレに駆け込むと冬なのに汗でべっとりと濡れた顔を洗面台で洗う。綺麗に整えられたはずの髪はボサボサで、頬は青白くてひどい顔だった。 喉の奥からイガイガがせり上がってくる。 「う……」 私は突然の嘔吐感に口を押さえると、個室に駆け込んで便座に思いっきり胃の中の物を吐き出した。 「ぐええぇぇ」 女の子としては最低な呻き声を上げながら、お腹の中のものを全部吐き出してしまう。便座の中には、白いドロっとした塊が溜まっている。 「うぐっ、なにこれ……」 私のお腹の中から出てきたものだ。 (とろろ? それともしらこ?) そう思ったが、そんなもの食べた覚えはない。それに磯の香りのような匂いと、生臭い匂いが入り混じったような何とも形容しがたい悪臭が漂う。 考えているとなんだか怖くなって、水を流してしまった。 もう一度洗面台で顔を洗う。綺麗になったはずなのに髪がべとついていてさっきの悪臭が身から離れてくれない。 「もういいわ」 さっさと家に帰ってシャワーを浴びることにした。 きっと髪も体も全部洗い流せば、この匂いも最悪の気分も、何もかも元通りになるはずだった。 それが新しい悪夢の始まりだとは、私は思ってもいなかった。
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