第四章「侵入、再び」 |
我が畏友、職業的盗撮家・家宅不法侵入者であった佐伯一敏の遺産。フェルリラントの詳細なデータにも中央電算室の情報はない。 「内部のシステムは、完全なイントラネットになっている。ペンタゴンでもあんな警備はやってないよ」 佐伯は、よくそう言っていた。かつて、米国防省の情報を丸裸にした伝説的天才ハッカーがいたが、フェルリラントを手中に収めるには、それに匹敵するだけの能力がいるそうだ。堅固な城なら、内側から崩すというアイディアも、実は佐伯のもの。もしもいま彼がいれば、河田の攻略はもっと容易になっていたはずだ。 止める河田を振り切って、激しい雨が降りしきる闇を、佐伯は飛んだ。フェルリラントの死角である屋上を目指して。計画は完璧だった、屋上に仮の基地を設営して空調の端末からシステムに侵入、空調のチェックシステムを擬似データに切り替えて、あとはダストシュートを通って、各階の排気口から自由に出入りできる。佐伯は、自分の計画に自信を持っていた。 彼にとって不幸だったのは、佐伯律子自らが監視の矢面に立つ時間だったということ。彼女は、佐伯が侵入を開始した数分で擬似データの揺らぎを発見、空調の全チェックを行った。ダストシュート内で追い詰められた佐伯は、脱出を試みたがダストシュートの出口には網が待ち構えていたのだ。 留置所の面会。 「あんなブービートラップにひっかかるなんて、俺も焼きがまわったよ」 そう割れたメガネを手でこね回してなんとかくっつけようとしながら、自嘲した彼を見たのが最後だった。起訴に至らぬよう、河田は自分の資力を尽くして友人を助けようとしたが無駄だった。 起訴されるどころか、精神鑑定で病気と認定されて、どこかの精神病院に永久に隔離されたそうだ。八方手尽くしても、行き先は分からなかった。彼は闇に葬られたのだ、おそらく永久に。 その見せしめの効果があったのか、今はもうフェルリラントに挑戦しようという馬鹿ものはそうはいない。 変態たちのネットワークで、フェルリラントの話題はタブーになっている。関わったら命はないぞと。 この透明になる力は、佐伯の遺志を継げと言っているのかもしれない。 「仇は、とらなきゃな」 河田は二度目の侵入を開始した。
一番の問題であったのは、海水の補給である。いちいち、海水の詰まったペットボトルを運んでいたのでは、目立ちすぎるし置いておく場所もない。 透明になる要素として、海水中に含まれるミネラル分がキーであると考えた河田は、海水を乾燥させた粉を運びそれを水に戻すことで透明になれる海水を確保できることを発見した。 粉のポカリスエットを水に溶く要領だ。粉なら、屋上の消防施設の隙間に大量に隠して置けるし、水は屋上の給水塔に山ほどある。これで、一回の輸送で恒久的な進入を可能にしたのである。
まず真っ先に、一番近い十二階の吉河佐江子の部屋に侵入することにした。恐る恐る複製したマスターキーを差し込む……カチリ。ゆっくりと、扉が開いた。 ようし、中をそっと見回す。留守か……真昼間に有閑未亡人ってやつはどこにいっているのかな。 「若いツバメとの逢引だったりしてね」 マンションに男を引っ張り込むのはタブーだが、外で囲っていても別におかしくはない……室内をくまなく回ってみる、まず風呂場からだな。 「うあーなんだこの豪奢な風呂は」 思わず叫んでしまった、まだ湿気を残す風呂場はそこだけで軽く一間をとっている。湿気があるのも当然だ、湯船に近づくと湯気が一面にたちこめを、湯がはられているのがわかる。 あれか、常に循環していつでも入れるようにしているタイプか。広さも十人家族が余裕で入れそうだ。 佐江子の趣味なのだろう、壁面には木々が生い茂り、その影からお湯が滔々と流れ出している。ちょっとしたジャングル風呂だ、これは手入れが大変そうだぞ。まてよ、この木々を利用すれば、佐江子の裸体が拝めないだろうか。 鏡も壁面の約半分が見える豪奢なもので、自分の姿を確認するのに使える。いまも透明状態は続いており、湯気程度では、透明状態は解除しないようだ。万が一の際の持ってきた海水を木々の間に忍ばせて……いけるかもしれない。
まあまずは一服と、ゆっくり湯船につかりだした。壁面の鏡を見ているとぼんやりとした、人型が現れてゆっくりと輪郭を強めていき河田の姿が現れる。まるで、幽霊が出てくるみたいだなあと河田は思った。 お湯に触れた部分だけじゃなくて、見えるときは全身が見えるし、消えるときは全身が消える。やはり、化学反応じゃなくて魔法的要素がからんでいるのかなと、ぽかぽかと温まりながら、灰色の脳細胞を無理やり酷使して考えてみるが答えがでるはずもなかった。 「この湯船に射精してみても、循環されてるからすぐに浄化されてしまうんだろうな」 わざと声に出して邪な考えをしゃべってみる。 「ボディーシャンプーに精子を入れておくとかな……」 なかなか、面白い考えかもしれない。久しぶりの入浴で、頭がシャキっと働き出してきた。 「そういや、佐江子さん。この前ドレッシングにした精子は食べてくれたかなあ」 たしかめたかったのはやまやまだが、あのときは見つかる恐怖に震えていてここにもどってくる余裕がなかったから。のほほんと、警戒もせず過ごしているんだ。きっと気がつかず食べてくれたに違いない。 長湯する趣味はないので、早々にあがる。脱衣所はさほど広くない、木目調の棚の上段に未使用の下着とタオルが並んでおり、下に使用済みのタオルや下着や洋服が脱ぎ捨ててある。一日に一度、メイドが来て衣服をクリーニングに出すのであろう。 近くにあるタオルでごしごしと身体を拭くと、河田はためらいもなく一番近くの下着を装着する。佐和子は豊かな腰つきだが、デブオタの河田が地味な黒地のショーツをはくと、ピッチピチになってしまう。上質の絹が台無しである。ブラジャーはなんとかしてみようとおもったが、さすがに諦めた。 未使用の、佐江子のショーツを装着するだけでピッチピチの中の愚息はむくむくと置きだしてきた。河田は、こんどは下にある昨日彼女がはいていた濃い紺のショーツを手にとって、その薄っすらと濡れた股の内側を舐め取る。 「はぁはぁ……佐江子さんって、こんな味がするんだ」 カマンベールチーズの味と聞いたことがあるけど、そこまで臭くは無い。もっとこう芳しいようで、それでもやっぱり濃厚でいやらしい佐江子の味がした。河田が佐江子の残り香を舐め取るたびに、腰を逸物は強度を増してうねりやがてカウパーでネットリと内側の股にあたる部分が湿ってきたころ。我慢できなくなって、河田はショーツの上から愚息を擦り始めてしまった。程なくして、愚息は情けなく脈打ち 「はぁはぁ……佐江子さーん」
ドピュドピュドピュ!
佐江子のショーツの内側で、河田は射精してしまった。すっと、ショーツを脱ぐと若干ダルダルになってしまったそれを河田は、自分の身体を拭いたタオルでぬぐって、精子の濃い部分だけをふき取って、あとは自然乾燥に任せることにした。そっと、整えてもとあった場所に奇麗に整えておくと、よく見ないと分からない程度には復元できた。べっとりと精子がついてしまった、股の内側を除いてだが。それに満足すると、河田は海水でまた自分の身体を透明にして、冷蔵庫の食材を食い漁りしばらく佐江子のベットで仮眠をとることにした。
|
第三章「敵を甘く見るな」 |
綺麗な室内を歩きながら、河田はあることに気がついた。 「そうだ……管理人室だ」 フェルリラント内部が、セキュリティーの甘いマンションだとすると管理人室にはマスターキーがあるはずだ。 何も苦労して各部屋の鍵を盗まなくても、大元さえ複製してしまえばどこの部屋も侵入できるはずだ。 なんでこんな簡単なことに気がつかなかったか。河田はさっそく管理人室に来た。 幸い、管理人室の扉は開けっぱなしになっていた。なかでは、管理責任者の枝川律子がモニターに向けて監視の目を光らせている。 年の頃は二十歳過ぎぐらいだろうか、研ぎ澄まされた肉体と、その鋭利な相貌は、一点のくもりもみせず視線は鋭い。長めの髪をポニーテールにしてくくっている。あくまで、シンプルで機能的でありながら、その鍛え抜かれた肢体は女性的な美しさを保っている。近くを通りぬける時は、見えていないといっても河田は冷や汗をかいた。 全体の設計がゆるやかに広く空間どりしてあるおかげで、河田はなんとか枝川律子の監視をとおりぬけ、マスターキーの複製に成功。 こういう施設のマスターキーはたいてい他の鍵に比べてめだって大き目に作られているものだ。 さすがにプロのストーカーとして、勉強した河田は、それぐらいの察しは着く。 キーの管理が、律子の性格できっちり整理されているのも幸運だった。 さて、このマスターキーをつかってなにをやってやるか、楽しみである。 ふと、河田が油断したその時だった。ふっと律子が立ち上がると、こっちにあるいてくるではないか。
うあー! ぶつかるー!
そう心の中で絶叫して、腰を抜かした河田の直前で律子は止まり、またふっと体を翻すと管理人室にもどっていく。 そのあいだに、河田は転がるように通路の隅っこに逃れた。警棒等を装備して、すばやく枝川律子は小走りで管理人室から出ていった。 これから各部屋を見回るつもりなのだろうか。 「とにかく危ない所だった」 ほっと胸を撫でおろす河田。彼は心の注意メモに、枝川律子、管理人要注意と書いておくことにした。
「おかしいわね、たしかになにか気になる感じがしたんだけど」 一通り、フェルリラント内の検査を終えたが異常はなかった。彼女の感覚は、たしかになにかおかしいと叫んでおり、それに間違いがあったことは少ないのだが。 枝川律子二十三歳、フランス外人部隊の将校をしていた枝川大佐を父にもち、生まれつき軍事に特異な才能を発揮していた。父は彼女に天才的な資質を感じ、戦場にともなって実地で教育した。 律子十六歳のとき、枝川大佐率いる大統領派のフランス駐留軍は、南米の小国アルサロスに進駐。そこで、不幸なことに敵中で指揮官の大佐が戦死した。 律子は、父の死で混乱しきった進駐軍を一つにまとめ、見事に敵中の真っ只中から国外への脱出に成功した。 年少ということを考えれば、見事というほかない指導力であったが、軍籍にはないので当然のようにその功績は評価されず、彼女は父の遺産をもって国籍のあるスイスへ、そしてそこで準備をして日本に帰国した。 日本で、女性のみの警備を歌う枝川総合セキュリティー(ASS)社を立ち上げ、この部門で一定のシェアを確立した。このフェルリラントは、ASS社にとって象徴的な仕事であり、ここでの仕事が上流社会へのコネクションにつながるため、彼女自らが内部の警備を担当していた。
彼女の横を河田が通りぬけた時、ふっと律子は微かな磯の香りと精液の香りを感じた。そして、それ以上に戦場で嗅ぎなれた男の体臭も……もちろん、ここの近くに海はない。男もいない。 そのような、香りがするわけがないというおかしさを、彼女は無意識のうちに感じ取り、危険を感じたのである。 だが、今回は運のいいことに河田は律子の張り巡らせた監視の網に引っかからなかったため、感じた危機感が律子に意識されるほどではなかった。 透明人間といえども、異変を察知されて追いつめられてはおしまいである。戦闘力でいえば、管理人の律子は河田の軽く百倍はあるだろう。 目をつぶっていても、五秒で叩きのめされる自信がある。河田は、内部の警備について自分が舐め過ぎていたことを痛感した。 内部の警備が、システム上は透明人間であるということでかわせても、こと有能な軍人である枝川律子をまともに相手をする危険はさけなければならない。 そうなると安全な場所は警備の届かぬプライベート空間ということになる。 巡回時間を調べなければおちおち通路も歩いていられない。 職員が数人詰めているとおもわれる、中央管制室への侵入は危険すぎるだろう。マスターキーが、中央管制室ではなく管理人室にあったのは幸いだったというべきか。思い出したように、河田は肌寒さを感じて震えた。
お姫様たちは無防備だが、護衛は優秀。敵を甘く見ないことだとこのまま他所を見て回る予定を変更して、河田はいったん戻って体勢を整えなおしてアタックすることにした。
|
第二章「女の城へと」 |
河田正平は、透明になる能力を手に入れた。もっとも有効に使える場所はどこか、あそこしかない。 最高度のセキュリティー、管理人までもが、厳格に審査された女性だけだという女性専用の超高級マンション「フェルリラント」 上流階級の女性しか住めない、河田が住んでいる高級住宅地のど真ん中に立っているまさに女の城だ。 もちろん、自慢ではないが河田の親だって金持ちなわけだが、フェルリラントは別格で多額の賃貸料だけではなく家柄まで審査される。たとえ河田が女性であったとしても、成金では入ることさえできないのだ。 すべては、完全なセキュリティーのためである。これだけの高級マンションなので、そこに入るだけでも上流社会の独身女性にとってはステイタスといえた。 当然、そのステイタスのフェロモンに誘われるように、盗聴・盗撮のプロたちがフェルリラント城に挑んでいったが、その全てが途中で諦めるか逮捕されるかのどちらかだった。 そのことを思い出すと河田は涙が出る。河田にできた唯一の友達だった、盗撮仲間の佐伯一敏もここに挑んで逮捕されいまは塀の中だ。 河田も、当時ストーカーしていた女子高生の西川エリカがここの住人であったため、完璧な侵入計画を立ててみたこともある。 だが、計画を立てただけで実行しなかった。侵入することがたとえできたとしても、無事脱出することができないからだ。 今の河田には透明になれる能力がある。ためらわず、実行に移すことにした。 フェルリラント攻略……誰もが成し得ることの無かった偉業を成し遂げよと、デブオタの神は河田にいっている。そう信じ込むことにした。 そういう確信でももたないかぎり、小心者の河田には勇気がわかないからだ。
侵入路は簡単だ、フェルリラントの隣りのビルは河田の親の持ちビルで最上階は使われていない。 まず、ここからピアノ線をつったラジコンヘリでフェルリラントの屋上まで行き、ピアノ線をひっかけてこっちに戻す。ひとたび線が繋がれば、あとは簡単だ。徐々に線を結びつけて増やし、強固なものにすればいい。あとは、伝動リールで自由に移動できる。 計画では、真夜中に黒ずくめで行うのだったが、今の河田なら真っ昼間でも海水をあびて裸になればいいだけだ。鏡で透明になったのを確認し、思い切ってリールで滑るようにフェルリラントへと移動する。 裸で、空中を移動するというのはなんとたよりないものだろう。河田の巨体に荷物に海水を入れたペットボトルまで抱えているので、ささえるリールがぎしぎしと音を立てる。しかし、あっけなくフェルリラントの屋上にたどりついてしまった。 ピアノ線は透明、地上から見上げている人がいてもほとんどわからないはずだ。
「ふ、難攻不落のフェルリラントが、あっけなく落ちるとはな」 にやっと笑う河田。難攻不落な城ほど、内部からの侵入に弱い。基本中の基本なのだが、設計者は(なんと徹底したことに、設計者でさえ女性であると聞く)防御に最新の技術を注ぎ込んだだけで、戦術には疎かったようだ。 「ここまできたんだ、アレは頂かせてもらう」 おどけ半分に、あのセリフをつぶやきながら、河田大尉にでもなったように軽快に屋上から下へと降りていく。予想通り、屋上の出口には鍵が掛かっていなかった。災害等の避難路になるから、ここに鍵をかけて置くはずもない。 それにしてもスリルが心地よい、今の河田は透明人間なのだ。アドバンテージはこっちにある。 遊園地のジェットコースターより、安全なスリルを楽しめる瞬間。 大雑把に考えれば、まず楽しんでそれからもっと手っ取り早い恒久的な侵入路を探すべきだな。ぶつぶついいながら、階段を降りていく。 それにしても、やけに長い下りの階段である。階段から、十二階に出てようやくわかった。あの豪華な階段は、非常用の通路でありゆるやかに隠されているのだ。 なんて嫌みなつくりだ、設計者の顔が観てみたいものだ、まったく。
ええい、とにかく現状把握と。一回りしてみて、いろいろなことがわかった。 まず、河田が降り立った十二階が最上級の部屋で、下に行くほどランクが落ちていく。十階までは、二部屋しかなく大きく取ってある。 九階から三部屋になるが、これでもまあ豪華すぎるほどだとおもう。ここらへんは、一部高級女子寮として貸し出しており、河田が狙っている西川エリカも九階に住んでいるはずだ。 一階に、管理人室と清掃など職員の部屋、そして中央管理室……内部の空調や外部のカメラなど二十四時間体制で監視している。 外にも常時見回りが二人。カメラは内部にも通路に多少あるが、お嬢様がたのプライバシーに配慮したのか、主なものはやはり外。 入り口には、門番が立ち指紋や網膜の照合をクリアーしなければ入ることすらできない。もう中に入っている河田には関係ない話だが。 職員から、居住者まで美人ぞろいだった。未亡人から、中学生まで選り取り好み。
……と一回りした後、最上階の普段使われていない非常階段で休みながら計画したあと河田は座り込んでしまった。侵入者として状況を把握し、計画を立てるまでは頭が良く働くのだが、いざ行動となると河田は持ち前の小心から途方にくれてしまう。 いったい何から手をつけるべきなのだろうか、逸物は建物全体から漂う女の香りで、さっきから興奮状態で何かをしたくてしょうがないのだが。ばれたらどうしよう、万一見つかったらどうしようという思いが先にたってどうしようもない。 そんなとき、エレベーターの開く音がきこえた。十二階の住人か?
スラリとした有閑マダムには、まだちょっと若すぎるといった風体の女性。長身で痩せ型なのに、豊かな張りのあるバストとヒップを持っている。 Dか――いやEカップはあるだろうと河田の巨乳スカウターは服の上から測定した 吉河佐江子(二十九歳未亡人)誰がどこの部屋なのかまではわからないが、ここの住人のデータはすべて暗記してきた。 いまは逮捕されている友、佐伯が残してくれたデータだ。吉河グループ会長、吉河誠二郎に愛され後妻として転がり込んだのちに、誠二郎は他界。グループの実権こそ前妻の息子が握ったが、佐江子にも何十億という遺産がころがりこんだそうだ。 まだまだ、若いのに浮いた噂が少ないという。用心深い性格なのかもしれないな。 いや……用心深いとはいいがたいようだ。 買い物帰りといった佐江子が、鍵を開けて中には行っていくのをまって、そっと開けてみたんだが簡単に扉が開いてしまった。 これは、入れというお導きだろうな。おずおずと侵入した。 「広いな……」 ただのマンションだというのに、いったい何ルーム何十畳あるんだろう。ホテルの特別なスイートルームといった内装か。 そういうのに疎い河田には見当も付かないが、とにかく広いということは透明人間にとってありがたいこと。 部屋の隅に陣取って、十二階からのよい景色も無視して佐江子を観察する。 野菜や果物を超巨大な冷蔵庫に入れ終わると、思い出したように鍵をしめている。完全なセキュリティーにたいする安心感が、このような不用心を産むのであろうか。さっと置かれた鍵をとりあえげると……木製の鍵? 扉も熱帯地方の木を使った独特のもの。後から他の部屋も調べて分かったことだが、完全セキュリティーのこのマンションの内部の扉や鍵は、インテリアの一つなのだ。木の鍵だったり、古風な鋼鉄製の鍵だったり、あるいはアニメのキャラクターが印字された鍵であったりもする。 凝っているわりに鍵自体の構造は簡単で、破ることは難しくない。 口の中から噛み締めていたガムで型を取る。それほど大きいものではないが、空気に触れるとパテのように固くなる。 河田の手先の器用さなら、ここの屋上でだって持ってきた工具で簡易的な鍵をつくることもできるだろう。
佐江子はエプロンを着けると、料理を始める。実になれた手つきだ、お手伝いも入れずにこれほど広い部屋が綺麗に保たれているとは、佐江子はよっぽど家庭的な女性なのだなと河田は想う。 「ふむ、金持ちの未亡人なんてみんな爛れた生活してるひとばかりかなと思ったけどなあ」 思わず呟きがもれてしまう。 そんな佐江子に河田は強い好意を持った。とりあえず最初の標的として、適任であろうと。 「初めては、未亡人♪」 鼻歌交じりで、じっとチャンスを待つ。
食事を終えた佐江子は風呂へと向った。思わず追い掛けて行こうとする。 「いや、待てよ……お湯は天敵だったな」 前回はそれで失敗してるんだ、用心にこしたことはない。 佐江子の食べ残しは、丁重にラップしてある。またあとで食べるつもりなんだろう 佐江子の使ったスプーンを心行くまで舐り、それで気が付かれない程度に食べさしを頂く。 「うまい、少々濃いが実にいい料理だ。特にこのアスパラとベーコンのホワイトソースがけなんかは……」 そうだ、ここに精液を振りまいてやるか。まず最初の一発としては、面白いかもしれない。
風呂場から鼻歌が聞こえてきたので、行ってみると脱ぎたての下着が置いてあった。それを取ると、河田はそれをもってリビングに戻る。さすが二十九歳……年齢は別に関係ないが、ともかくパンティーの股の部分から強烈な女の匂いがする。 必死になって嗅ぎ、舐める河田。 「ああ、女のあそこってこんな味がするのか」 丹念に舐り取ったあとに、パンティーの股の部分で粗末な逸物を挟んで必死に擦る河田。絹のパンティーの軟らかな感触がきもちいい。すぐに絶頂にたっした。 「ああ佐江子! いくいく!!」 アスパラガスの上でフィニッシュ! ドクドクと振り掛けられたそれは、ちょっと多量であったがホワイトソースにうまく紛れた。ばれない程度に、残り汁を他の料理にもまぜる。 そして、丁重にラップし直しておく。 「次の食事時が楽しみだ」 そう河田は笑って静かに部屋を後にした。
|
第一章「消えるデブオタ」 |
ぷかぷかと、海原を水草が浮かんでいる。その下を影が通り過ぎるが、気が付く人はいなかった。 「うへへ」 その男は笑うと、潜水を続ける。上を見渡せばギャル(死語)ばかりだ。粗チンを取り出すと、そっとギャルに近づき、めいいっぱい相手の股に近づけて……うっ! なんという早い射精であろうか。ゆらゆらと、精液は流れ出ると女の股間に撒き散らされた。 この男の名は、河田正平。風俗の女にさえ拒否されるぐらい醜い顔と、ありえないほど弛んだデブデブの体を見れば、どこにでもいる人生終ってる系のデブオタヒッキーであることが一目瞭然。 彼の夢は女を妊娠させること。そして、その道のりはどんな大事業よりも果て無く遠いように思えた。彼の唯一の特技といえば、水泳ぐらいである。水に浮かぶと動きやすい。最初はプールでこのようなことをやっていたのだが、塩素がきついので精子は死ぬであろうと思ったことと、あまりにも醜い容貌で目立つので、こうしてわざわざ海にまで来て最低行為をやっているわけである。 多少汚れているとはいえ、生命の源である海水は精子を殺さずに彼のカントン包茎寸前のチンポから、水着を超えて女の股へと届けてくれるような気がしていた。 アホキモオタがここに極まったと言えよう。そんなに人生終ってるなら、いっそ違法行為にでも走ればいいとおもうのだが、それができない小心が彼らキモオタの共通項なのだ。
人気の無い岩場に彼の秘密基地がある。といっても、車止めてあるだけなのだが人の知らないポイントであるので、河田は自分の場所のような気がしていた。ふと、車のミラーをみると違和感がある。なんでだろう、振り替えって観ても風景を映しているだけだ……すぐにおかしいことが分かった。 「ぼくが鏡に映っていない!」 ミラーで全身をチェックすると、海パンが注に浮いているように見えた。シュールな光景だ。なんでこんなことになったのかわからない。 だが河田は戸惑うこともなく、すぐに行動を起すことにした。これは神様が与えてくれたチャンス! まさに天佑であろう。即座にパンツを脱ぎ捨てると、ずんずん人込みでごったがえす海岸へと歩を進めていった。 わざと、日焼けを楽しんでる女子のまえを、あるいはビーチバレーに興じるギャルのまえを、あるいは子供づれの色っぽい主婦とロリ幼児のまえを、その粗末なものを見せびらかすように歩いて反応がないことを確かめる。 「ぼくは、本当に透明人間になったんだ」 さっき出したばかりだというのに催してしまったので、ビーチに寝そべりながら寝ている女性の前までいった。人がけっこう通るが、もうその視線を恐れることはない。 寝ているビキニ女性の股に、おもいっきり密着させてみる。しめた、起きない。もう、正直限界だ。この女が起きてもいいやと思い、水着越しに胸を揉みしだきながらがくがくと腰を震わせて、絶頂に達する。
ドピューー!ドピュ!ドピュ!
本日二発目だというのに、極度の興奮のためかいっぱいでたようだ。水着の股をはじめ、ビキニ女性の小麦色の肌に河田の白濁液が撒き散らされた。まだスースーと眠っている。 「ふむ、体は透明でも精液はちゃんと色がつくんだな」 きっとうんこや小便をしても、透明のは出ないにちがいない。このまま気がつかず、河田の精液がこぼれたところだけ点々と日焼けしなかったら笑えるなと思って、そのままにしておくことにした。 近くの海の家にむかう。海の家には、更衣室がある。更衣室侵入は、河田の長年の夢であった。高い盗撮の技術をもちながら、そのヒドイ容貌により小心になっていた河田は、逆さ撮りぐらいで侵入まで決心がつかなかったのである。顔を覚えられれば、必ず逮捕される。自分の醜く特殊な容貌をよく理解していた河田にとっては、それは当然の確信であった。 だが、そんなことはもういい。こうして夢にまで見た透明人間として、海の家の更衣室に踏み込むことができるのだから……河田は何気なく侵入した。 禁断の扉が、まるで風に煽られたかのようにふっと開いて、また閉じたが気が付いたものはいなかった。 小規模なロッカールームの前は、まるで夢の花園だった。幼女から熟女まで、さまざまな女の着替えすがたを飽きずに眺めた。 そして、たったいま脱ぎ捨てた女の下着を気が付かれぬように広げて嗅いでみる。夢にまで見た、きつい香り。 そのなかでも、もっとも綺麗な女性の裸を見て小さい逸物を極度におったてながら、ふらふらと付いていった。それが、河田の不幸だった。
ドピューーー!ドピュ!ドピュ!
シャワールームに入る女、河田はついに我慢できず。女の股近くで、発射してしまった。当然触れてはいないが、後先考えない行動で河田らしくなかった。 温かい液を大事な部分に振り掛けられびっくりした女は、シャワーで流そうとお湯をだした。ジャーーー
「キャーーーー!!」
お湯がでると同時に、女は悲鳴をあげた。その視線は、確実に河田を睨んでいる。 出すものを出して、だらしなくよだれをたらした河田の顔を!! 興奮状態が覚めた河田は、遅ればせながら自分の透明状態が途切れたと察知した。悲鳴によって、空気が一変しているシャワールーム。 とにかく、走って逃げるしかなかった! 混乱が続く更衣室、河田にとってよかったのは混乱の度合いが酷かったことだ。どさくさに紛れて、更衣室は突破できた。 だが、悲鳴を聞いて駆けつけてきた男が河田の前に立ちふさがる。いったいどこに逃げる!?
海だ――海しかない!
男達をすりぬけると、海岸を海に向けて必死に走った。 「痴漢はそいつだ!」 「捕まえろ!」 海岸にいた男達までもが、追っ手に加わる。必死の思いで、海までたどりついた河田は海に飛び込んだ。 必死に沖に向って泳ぐが、当然泳ぎについてはプロのライフセーバーも加わるはずと、なぜかこんなときだけ冷静に判断する河田。 十中八九逮捕だな――乾いた気持ちでそれでも沖に向って必死に泳いだ。 あれ、おかしいぞ。追手の声が聞こえない。 海にそっと顔をだして、海岸の方を見てみると、誰も追ってきていない。 男達は、海岸のへりをずっとうろうろして探している。はて……そうか。河田は、また透明になってしまっていたのだ。
追手の男たちは、悔しそうに罵ると陸へと帰っていった。 なぜ、透明が解けたのか……なぜ透明にもどったのか。 「そうか、海水だ!」 河田はようやく気が付いた。海水に触れることで、透明になったのだ。そう考えれば、透明からもどったのはシャワーのお湯のせいだとすぐわかった。 たぶん、海水やお湯がかかった部分ではなく全体が左右されるにちがいない。しかし、更衣室の床やシャワールームもお湯に濡れていたはずなのに、まだらにもどらなかったことを観るとある程度の量は必要だということか。それとも、海水の中の何らかの成分が影響しているのか。 とにかくこれだけの事件になったので、当分はここにはこれないだろう。海水をもっていかなければ。 透明状態の河田は、ポリタンクを買いに行って、自分が金を払う必要がないことに気がつくと笑って持てるだけもって車に戻った。 海水をつめるだけ積む、汲んできたお湯を体に振り掛けると、いったん家にもどることにした。 デブオタヒッキーで暇だった河田だったが、これから忙しくなりそうだ。いろいろな計画を頭に描きながら、河田は家路を急いだ。
|
|
|
|