第十章「はかい」 |
山本姉妹の家に行かないとき幸助は、たいてい円藤希の家に向かう。もちろん、希の家にいるはずのマサキと話すためである。学校でのルシフィアの様子、催眠道具の微調整、そして幸助の今後について、相談したいことは山ほどあった。希とはいまだに打ち解けていないが、妹の望とは気軽に話しもできるのでそれが楽しみでもあった。 望のいうとおりなのだ。一度秘密を共有できる相手ができると、それを黙っていて過ごすのにはストレスが溜まるのである。 もう少しで、希の家につくというところで小学生の女の子に話しかけられた。 そう思ったのもつかの間、巫女服だったのでもう反射的に分かってしまう。 平賀神社の一人娘、平賀芽衣子。おん歳十八歳であった。 緋袴という目立つ服装は、芽衣子だと見分けるのには最適であり、これも彼女にとっては利便性があるのだと幸助は気がついた。これで、子供っぽい服でも着ていようものなら顔を知っている相手にすら、近所の子供だと勘違いされてしまいかねないだろうから。 「富坂さん……すこし話をしませんか?」 「いま、円藤さんの家に向かってるところなんだよ。よかったらそこで一緒に話さないか」 「いえいえ、神社のほうが安全ですから。それと二人でちょっとゆっくりと話したいこともあるので」 そうやって人懐っこい笑みを浮かべている。上目遣いに見上げられると、性的な意味でなく可愛らしいので学校で人気があるのも頷ける。円藤家が危険だとは思わないが、断る理由もないのでついていくことにした。 山を回りこむように歩いて、すぐ向かい側までいけば平賀神社なのだ。去年の受験前いらい参拝していないし、たまには行くのもいいかとも思ったのだ。 平日の神社というのは人気がないものだ、ここは日持ちしそうにない饅頭なども販売しているのに、経営は大丈夫なのかと心配になってしまう。神社を回りこんで、奥の家のほうに通された。貧乏神社と思いきや、意外にも円藤家よりもでかいのでびっくりしてしまう。 「でかい家だな……」 「いえいえ、古いだけですから、申し訳ないですけど家のほうではなくてもっと奥までついてきていただけませんか、二人で話すのに最適な場所があるので」 「そうか……って、森に入るの?」 断る理由も思いつかないのでついていく。注連縄で厳重にくくってある場所を何度も乗り越えて、山の中に分け入っていく。怪しいと気がつきそうなものなのだが、何度もいうように幸助は素直な性格なのだ。ただの馬鹿ともいう。 「ここらへんですね、あっもうちょっと右に……そうそうあと半歩右です」 「えっと、なんでこんなただの空き地みたいなところに」 古井戸と苔むした社がある以外は、何の変哲もない森がちょっと開けた空き地である。さすがに、ちょっとこれはおかしいぞと幸助が考え出した矢先。ドン! と平賀芽衣子が足を打ち鳴らした。 その衝撃で、幸助の地面がパカッと割れて。 「うああぁぁぁ」 あとは、落下するのみであった。
幸助が激しい落下の衝撃から暗んだ目を覚ますと、そこは薄暗く岩に囲まれた四角い部屋であった。前面が岩張り、というか岩をくり貫いて造られたのではないかと思う空間。天井の幸助が落ちた穴から、芽衣子が覗いている。 「すいませんね……私が力不足なんでこんなジワジワとした殺し方しかできなくて」 「殺し!? いったいなんのつもりだ」 「うちの神社は、いまでこそ平賀源内神社ですけど……大昔は鬼を封じる陰陽師を代々輩出した霊山なんですよ。鬼がいなくなって、失業しちゃったんでいまは営業してないんですけど、こういうあなたのような能力者を殺すための仕掛けが、神社には残ってるわけです」 「だったら殺さないでくれよ……なんだよ俺が鬼だから殺すのか?」 「そうですね、ただの鬼だったらよかったんですけど……自覚はないんでしょうけど、あなたの存在は危険すぎます」 「そんな理由で殺されてたまるか! ……わる」 幸助は時間停止をしかけた。だが止まらない。 「無理ですよ、あなたの力はこの神社の中では使えません」 「そんな……ゲホッ、ゲホッ、なんだ息苦し……」 「そろそろ効いてきましたか、この落とし穴に天然の有毒ガスを流し込んでいるんです。そんなに苦しまずに死ねると思いますよ」 「ばかなことを、これは殺人だぞ……」 「私はあなたと学校で接点ないですし、今日も誰にも目撃されてないと思います。万が一ばれても天然ガスの中毒による事故死だと説明します」 「くそぉ!」 何度も時間を止めようとしたが、止まらなかった。よく床を見渡せば、朽ちかけた人骨らしいものがたくさん床に落ちている。壁をつたって登ろうにも、表面は磨かれて手をつく隙間もない。鉄のように堅い岩で、どれだけ叩いても傷一つつけられそうにない。絶対絶命であった。 「最後の食事とかは無理ですし、タバコも生憎切らしてましてご要望にはお答えできませんが、何か遺言があれば聞かせていただきます」 「……助けてくれ」 本格的に息苦しくなってきた、ガスが充満しはじめてきたのだ。たぶん幸助はもう長くない。もし、ここで幸助に一点の脱出口があったとすれば、それは平賀芽衣子そのものであった。彼女は、穴に落としたら無駄話をせずに、さっさと逃げてしまえばよかったのだ。そのほうが、犯行現場に留まるよりもより安全である。 この、犯人がペラペラと自供したり、長口上を話したりする現象は、心理学的には良心の呵責の表れであると言われている。彼女は、人を殺すこと……鬼と称していても現代人の倫理観のある彼女にとって、人を殺すことは初めての経験だった。 幸助が口先三寸で彼女の呵責の急所をついて、説得できれば脱出は可能かもしれない。だがそれをチャンスだと捉える余裕も、その話術もいまの幸助にはなかった。 あと数分で、幸助は死ぬ。だから、必死で叫んでいたのに、もう平賀芽衣子の声は聞こえなかった。きっと自分を置いてどこかに逃げて、今頃アリバイ作りでも始めているのだろう。そう絶望した幸助の耳に、希望の声が聞こえてきた。
「おい、希……芽衣子を気絶させたらガスの止め方がわからないだろう。やばい、気がつかないぞ。女の子の腹を、どんだけ強く殴ったんだよ」 「すいません、私が何とかしますから」 そう希の声が聞こえた瞬間に、「ドカン!」と馬鹿でかい音がして、天井に大きな穴が開いた。ぱらぱらと岩の破片が落ちてきたので慌てて逃げる幸助。その幸助の腰を、ザクッと掴んで希はまた飛び上がって、新しい穴を天井にぶちあけて着地した。 岩の破片が頭に当たる痛みがなければ、現実だと信じられないぐらいだ。 「あ……ありがとう」 「……どういたしまして」 地上では、気絶した平賀芽衣子を抱き上げているマサキが、こっちを呆れたように見て声をかけた。 「もともと、落とし穴が開いてるんだから、新しい穴を開ける必要ないだろ……しかも二つも」 どうやって堅い岩盤を拳で割るのかも聞きたいところだが「岩の柔らかそうな部分を殴る」とか、平気な顔で言ってきそうなのでやっぱり聞きたくない。円藤希は、あいかわらず笑えない冗談みたいな怪力ぶりだった。 「こんな危ない施設……いっそのこと、破壊したほうがいいかと思いまして」 一応、希にも考えがあるようであった。でも、拳で叩き割ったときの密やかな笑顔を見ていると、やはりストレス解消としか思えない。 あまり希を危ない目に合わせたくなくて、強いと分かっていても切り札にしか使わないマサキだったが、もしかすると適度に活躍の場所を作ってやったほうがいいのかもしれない。
もう幸助は結構ガスを吸ってしまったのでぐったりとしている。ただ呼吸困難に陥れて殺すだけの、毒性の薄いガスであるので解毒は特に必要ないだろうが、しばらくは安静にしていなければならない。 「希は、幸助くんを家まで送ってやってくれ。ぼくは、平賀芽衣子を連れて行って、話をつけてくるから」 マサキを一人にするのを心配する希だったが、マサキに命令と言われると幸助を抱きかかえて去っていった。さてと、マサキは平賀芽衣子を抱いて神社のほうまで戻る。マサキは昔に比べれば身体を鍛えてもいるし、小学生の身体つきなので、これぐらいは軽いものだった。 裏口から勝手に座敷に入り、布団を敷いて芽衣子を寝かせてやる。だだっ広いわりに、普段は親と芽衣子しかいないから、親は夜までは社務所に詰めているし、この家にはマサキと芽衣子の二人っきりのはずだ。もし、誰かいて不法侵入をとがめられたとしても催眠でなんとかできるということもあるが、このマサキの前で寝ている娘はいま殺人をやらかそうとしたのだ。それに比べたら、たいした罪でもあるまいとマサキは思う。
「んっ……」 「目が覚めたか」 「はっ……マサキ様!」 そういって、正座する芽衣子。希の強烈な一撃を受けての起きたてにしては、見事なものだ。ダメージが残っている様子もない。小さな身体なりに芽衣子も、精進しているということなのだろう。 「失敗したな芽衣子」 「……言い訳のしようもございません。監視されていたのですね」 幸助を監視していたのが、忍者ばりに気配が消せる佐藤理沙だったので、気がつかなくても当然だろう。芽衣子と合流した時点で、すぐ希とマサキに連絡が行って事なきを得たというわけだ。 「ぼくは、幸助くんに手を出すなといったはずだ」 そう、マサキは言う。芽衣子には、催眠をかけてはいない。巫女の力を持って生まれてきた芽衣子には、催眠がかかりにくいのだ。だから、マサキの家族ではない。あくまでも協力を依頼しただけで、命令ではないのだが、それでもだった。 「マサキ様も、富坂さんの危険性は理解しておいでなのでしょう……あれは鬼なんてものではありません」 「それはそうだが……友達なんだ」 「佐上ルシフィアがそうなら、まだ許せました。でも、富坂幸助だけは駄目です。あれは時間を止める能力ですね、あんな力はこの世にあっていいものではない!」 「だから、人を殺していいという理由になるのか」 感情的になる芽衣子に、冷静に諭す。 「……なります。富坂幸助がもし邪悪なものとなったら、この世の全ての人間を殺し尽くすことだってできる。彼が地獄に落ちたら、その瞬間に世界全てが地獄に落ちるんです。そんな力は鬼ですらない、忌み神ですよ。世を滅ぼすものです」 「それをさせないのが人の知恵だろう……人類を七度死滅させるだけの大量破壊兵器を持ちながら、平然と日常を生きているのが今の人間というものだ」 「私は、陰陽の巫女です。現代にあんな化け物が蘇って、消えていたうちの神社の封鬼の力も戻りました。これは、私に鬼を滅ぼせという神意だと……」 「だったら、ぼくは神に逆らってやる……お前を巫女でなくさせる」 そうやって、マサキは布団の上に座る芽衣子を押し倒して抱きしめた。抵抗しようとした芽衣子を、組み伏せて押さえつけてしまう。技としては、お互いにそこそこできたが、何分にも体格差がありすぎる。小学生サイズの芽衣子が身体の大きなマサキに押さえつけられて、身動きできるはずもなかった。 「巫女でなくさせるって……意味がわかっていってるんですか」 「ああ、本気だよ」 そういって、スルスルと帯を解いてしまう。袴を剥ぎ取るのもあっという間だった。こういう服を脱がすのはコツがあるのだ。脱がし難い服を脱がすのにかけて、マサキはすでにプロフェッショナルの域に達している。 色は白色だったが、芽衣子は大人らしい黒いレースの入った下着を着けていた。ああ、せめてこういうところだけでも歳相応にというか、芽衣子のいじらしい気持ちを感じて、少しだけマサキは脱がす手を止めた。 「前に頼んだとき、抱いてくれなかったのに」 「可愛い下着だな……」 「話を誤魔化さないでください!」 「誤魔化してはいないさ、お前を抱くという話をしている」 ブラも剥ぎ取ってしまう、可愛すぎる胸に可愛い乳首。さっと顔を赤らめて、胸を手で隠した。もう、拘束する必要もないだろうとマサキは手を離してしまったのだ。
実は一度、芽衣子はマサキに告白していた。最初、怪しげな催眠の力を使うマサキを鬼だと怪しんで近づいた芽衣子であったが、彼女は力があるからこそすぐにマサキがただの人間だと分かった。だらしない服装や、だらしない生活をしているように見えるから、マサキは皆に嫌われているけれど、本当は誰よりも優れていて努力をしているのだと芽衣子はすぐに気がついた。 マサキの精神は高校一年生という若さで、すでに禅の高僧のような境地に達している。吐く息は千に一つの乱れもなく、歩く姿はまるで蓮の上に舞うようで。芽衣子には自分があと千日の修養をしても、マサキの足元にも届かないだろうと思われた。コツを聞くと、自分に催眠をかけ続けたのだという、芽衣子の世界では、それは自分に呪いをかけるということであり、狂気と尋常のハザマを軽く飛び越えていくということだ。 自分と同じ人間、しかも天賦の才を持たぬただの人が、こんなにも高みに存在する。芽衣子は密やかに自分は特別だと思っていた驕りを打ち砕かれて、自分の目標よりも彼方に至っているマサキを羨んだ。そして羨望と尊敬が愛情に摩り替わるのに、そんなに時間は要らなかった。だから勇気を振り絞って、愛の告白もした。 断られるのは覚悟していた、自分は小学生の身体のまま成長が止まっているうえに、中身はマサキより二歳も年上だから、そんなチグハグな女を好きになってくれる男がいるわけもない。マサキには、たくさん魅力的な女性が取り巻いているようだから、ただほんの少しだけ自分にも向いてくれたらと優しさにすがってみただけだった。 断られた理由が、芽衣子には催眠が通じないということと、いずれ封鬼の力が役に立つから巫女としての資格を失って欲しくないということだったのが納得いかなかったが。それすらも、佐上ルシフィアの登場で「やはりマサキ様の読みは自分の想像を超えている」と更なる信望にもなった。自分はこのためにここにあったのだと改めて自信を持つことも出来た。 それなのに、それだというのに。ついに時間を止めるという人類の敵とも言える異能を持った鬼が現れて、自分が退治しようとしたところを「友人だから止めろ」と。あまりにも「それはないじゃないか!」というのが、芽衣子の気持ちだった。こんな気持ちのままで、マサキに抱かれて、ただの人間になってしまうなんて余りにも酷いじゃないかと芽衣子は悲しくて泣く。
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第九章「これから」 |
マサキに「これからどうするのか」と聞かれて、幸助がクラスの女子を全員犯すというアイディアを話したときに、マサキは噴出すように笑いだした。あまりにも幼稚な考えだから、笑われたのかと思ったら、マサキもむかし似たようなことをしたらしい。学生の考えることなど、そんなに変わらないのだ。高校一年生のマサキがむかしというのだから中学生のころということになる。それと同じ……ということはやっぱり幼稚ということなのだろうが、それでも幸助は少し嬉しかった。同じ道を歩むなら、それはやはり同じように成長できるかもと思えるからだ。 能力を自覚的に育てていこうという幸助にとって、マサキは強い目標となっていた。 でも、斎藤美世だけは除外すると付け加える幸助に。 「やはり君と僕は違う」とマサキはまた楽しげに笑って見せる。 マサキは好きな娘はまず最初に狙ったそうだ。それはただ、美味しいものを先に食べるか後に食べるかということではなくて、根本的な資質の違いが現れているのだろうというのがマサキのいいようである。 違うということに若干の躊躇を見せた幸助にマサキは、それは、それでいい。むしろそのほうがいいのだと語った。 マサキの催眠術と、幸助の時間停止。能力が違えば、その資質も活かす環境も違って当然。だからこそ、結局はマサキのアドバイスは参考程度にして、幸助は自分の道を切り開くのが課題ではないかということをマサキは考えたのだ。
幸助は今日も、見た目は普通の高校生のように、特進科二年二組の教室で授業を受けていた。その頭の中は、今日は誰をどのように犯そうかということに集中している。時間停止能力というのは、通常の生活では応用力の幅が広い。 分からない問題を当てられたとしても、おもむろに時間停止して他の人の答えを見ればいいのだから。すでにそのような便利な使い方を幸助は身に付けている。だから授業ではとりあえず、軽く概要だけ理解しておけばあとは違うことを考えていてもいいというものだった。 ルシフィアの読心術も、テストで使えば完璧なんだろう。成績がいいのも頷ける。マサキの催眠術は、そういう場面では使えないから、鬼の能力のほうが応用という面では幅広いのかもしれない。 「じゃ、今日はここまで」 四限目の世界史の野崎先生の授業が終わる。残念ながら男の教師だが授業をテキパキと進めて、チャイムが鳴る少し前に終わらせてくれるから、幸助は結構好きな先生だ。この先生が四限目に当たると、昼休みが長くなるのでありがたい。 ただ、今日の授業は早く終わりすぎて少し困った。午前の授業が全部終わってしまったというのに、まだ一人も犯していないのだ。別にノルマがあるわけではないけど、幸助はゲーム感覚で日に三人ずつぐらいこなしていって、一週間でクラスの攻略を終了させようと思っているので、何もアイディアが浮かばないまま四限目が終わってしまったのは困った。 「少し疲れてるのかな……俺」 休みなしで毎日三発、調子に乗ると山本佐知の家にも通うという頑張りっぷりを見せる。精液を出せば出すだけ、精力が鍛えられていくのが高校生といっても、ちょっと休みもとったほうが射精しすぎて軽く痛む睾丸のためにはいいのかもしれない。 「どうするかな、とりあえず先に飯を……」 昼食に行こうと立ち上がった幸助のまえに、松井菜摘が立っていた。どうしたと聞くまでもなく、独特なおっとりとした調子で話し始めた。 「五限目の化学の準備……富坂くん、忘れてるでしょ?」 「化学、なんのこと?」 とっさに何を言っているのか理解できなかったが、「ああっ」と思い出した。先週の化学の授業中にやっぱり授業をぼけっと聞いていた幸助は、当てられて答えられなくて注意されたあげくに次の授業の実験の準備を半ば強制的に押し付けられたのだった。 文系で化学なんて、受験に使わない、そんな教師に絡まれるのは馬鹿らしいことだと思っていたし、時間停止能力の騒動が持ち上がってそんな些事はすっかり忘れていた。別に放置したって、授業が少し遅れるぐらいだろうが、また注意されるのも癪だ。どうせ道具を準備室から出しておくだけだし、先に済ませて置いたほうがいいだろう。とりあえず、礼を言って立ち上がると、菜摘もついてきた。 「どうした松井」 「……私も手伝ってあげるよ」 手伝うほどのこともないと思ったが、次が何の実験だったのか思い出せないのに気がつく。教科書をチェックして思い出すのも、面倒だ。教えてくれるのなら助かる。 「なんで、手伝ってくれるの」 なんとなく、聞いてみると少し考えてから。 「……私、級長だからね」 そう、答えた。なるほど。そういえば、そういう役職もあったなあと思い出す程度。特進科は、受験重視だから委員会活動とか、クラブ活動とかは全然活発でない。みんな自分の勉強だけが大事なのだ。なんだかんだ委員を安請け合いして、走り回ってるのは生来の世話焼きの美世ぐらいのものだ。 菜摘と肩を並べて、三階の化学室に向かう。特に会話もないけど、気まずいとも思わなかった。なんとはなしに、彼女を観察してみる。幸助と比べると、菜摘は少し背が低い程度、容姿は地味だけど髪が猫っ毛で柔らかそうなのがいいし、いつも恥ずかしがっているみたいに頬が少し赤くてふっくらとして優しげなのは幸助の好みだ。 垂れ下がったようにかけているメガネをコンタクトに変えて、もうちょっと化粧するようにしたら、凄い美人になるかもしれない。そう想像できるのは、幸助も女性を見る目が出来てきたといえるだろう。 (そういえば、時間停止できるようになった日にトイレで菜摘を襲ったなあ) 菜摘が凄いのは、その肉付きだ、ぽちゃまで行かないけど全体的にふっくらとした身体つき。縮こまるようにしているゆったりとした制服のなかに、とんでもない爆乳とでっかい尻が隠れていることを幸助は知っている。菜摘の長いスカートに隠されている太ももは、すごく触り心地が良くてエロいのだ。
そんな不躾な視線を送っていることに気がついたのか、菜摘のほうから話しかけてきた。 「富坂くんと、私って少し似てるかもね」 「いや……そうかなあ」 唐突に思っても見ないことも言われたので、そんな返ししかできない。 「厄介ごととか、押し付けられやすいみたい。目に付けられやすいのかな、要領が悪いっていうか」 「優等生の松井と、俺は違うと思うけどな」 そういう間に、化学室についてしまった。隣の準備室の扉を開けると、やっぱり施錠されていない。危険な薬品とかもあるのに、無用心なことだ。 「危険な薬品は、専用の棚に鍵がかかって入ってるから大丈夫なんだよ」 そう、菜摘が教えてくれた。幸助が、どの用具を運んだらいいのか聞くと「やっぱり授業を聞いてなかったんだね」と呆れられた。まあ、どうせ落ち零れですよといじけることもないぐらい自分のだめっぷりを達観している幸助なので、菜摘の言いなりに実験用具を運び始める。 体力がないらしい、菜摘が重そうにふらふらと尻を揺らせながら用具を運んでるのを見て、ふと「これチャンスなんじゃね」と幸助は足を止めた。 昼休憩はまだ始まったばかりだ、そうしてほとんどの生徒は食堂のほうに行ってしまうので三階の化学室の近くなんかに人気はまったくない。菜摘は時間停止の初めての日に悪戯したけど、まだ性交していない。 そして、なにより大事なのは「このシチュエーションってけっこういいんじゃないか」と股間の息子がムクムクと元気を取り戻してきたことである。やる気が出てきた。菜摘が用具を落としても可哀想なので、よっこいしょと置いた瞬間を狙って時間停止をしかける。 「……わる」 うーん、見事に菜摘が用具を置いた瞬間に止まった。時間停止のタイミングを計るのはどんどんうまくなっているようだ。菜摘は手を前に出して、腰を突き出したような体勢で止まっている。さて、これをどうするべきか。 「とりあえず、パンツは下ろしてしまおうね」 子供っぽい、ゴワゴワで厚いシマパンだった。身体に反して、つけている下着は色気のかけらもない。 「うわ、やっぱ尻から太ももにかけてのラインが、ムチムチだよな」 パンツが尻に張り付いて、脱がせにくいぐらいだ……エロい尻だな。もっとちゃんとすれば男を悩殺できるのにな。 上着も前だけ、ボタンをはずしてこれもまた飾り気のないクリーム色のブラをはずす。はずした瞬間に、柔らかい胸がブルンブルンと飛び出してくる。 「こういうの、軟乳っていうんだっけ」 指で押すと、少し冷たくて、どこまでも吸い込まれていくような感触。 他の同級生の乳みたいに堅い張りがなくて、ただ柔らかさだけがある。押さえつけてあるブラをはずすと、蕩けるゼリーのようにプルプルと溶けて落ちていかないか心配になるほどだ。不思議と、これでおわん型の乳の形成は保てているのだから、人体の不思議というしかない。 これだけ大きい乳になると種類がないのだろうから、上下で揃いのものもないだろうし、身体に合う下着を選ぶのも大変なんだろう。 「これだけのエロい身体を使わないというのも、もったいないよな」 胸を後ろから揉みあげるようにしてみる。掴んでも、指の先から落ちて生きそうな柔軟。五本の指が、どこまでも軟乳の中にめり込んでいく。蕩けるような手ごたえ、生き物の肉であると感じさせるのは、その指が包み込まれるような体温の暖かさだ。 「こんなんで、おっぱいを刺激しても感じるのかな」 やや厚めの乳輪が、薄くピンクに色づいているが乳頭も色が薄くてほとんど同じ感触で蕩けるように柔らかい。やはり、強く刺激するとしたら先端部分だろうと、周辺部から先端をこすりあげるように刺激してく。 そうやって、揉みあげていくと先端の乳輪の色が桃の花のように仄かに色づき、乳頭にすこししこりのような感覚を指先に感じてきた。先っぽが、形づいて堅くなってきたのだ。 「おお……」 指の中で、徐々にムクムクと湧き上がってくる。それをこすりあげるように刺激すると、硬く硬く乳頭が盛り上がってきた。思わず前に回って覗き込むと、幸助の指の中で色濃く大きな乳頭が盛り上がってきたのが見えた。 「陥没乳頭ってわけじゃないんだな」 前に回って抱きかかえるようにして、乳頭を吸う。少し菜摘は体温が低いのだろう。さっきまで、すこしヒヤリとした菜摘の胸は幸助の手の中で暖められるようにして、暖かくなってきた。 「ふうっ……」 少し、菜摘の息が荒くなってきたように思える。それは、これだけこねくりまわされて、不感症でもないかぎりは、感じないわけもない。胸だけでなく。お腹や肩も撫で回してみる、少し冷たくて気持ちがいい。全体的に柔らかいというか、フニフニしている。引き締まった身体もいいが、これぐらい肉付きがあるほうが幸助は好きだ。 たっぷりとした太ももから、ゆっくりと股に手を伸ばす。しゃがんで覗き込むように股を確認したが、まだ濡れるほどではないみたいだ。
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第八章「きぼう」 |
もう、学校でどんなエロいことをしてもルシフィアに感知されることはない。結局のところ、幸助の箍をはずさせたのはそれぐらいのことなのだろう。真面目に授業を受けている振りをしながら、幸助は消費しきった自分の精子タンクを回復させるように努めるのだった。 出席番号一番の服部奈香から、順番どおりに何も知らない少女たちは次々と犯されていく。そうして、終わった少女の身体には、赤いアクセサリーが輝くのだった。
昼休みに、ルシフィアに誘われたので屋上で一緒に食事をする。特進科の屋上はあまり使われないといってもお昼休みだ、誰かはいるだろうと思ったのに彼女意外は誰も居なかった。たぶんルシフィアが何かしたのだ。 幸助が、購買で飲み物とパンを買ってきて食べていたら、サンドイッチを少し分けてくれた。うまくもなく、まずくもなくといったら彼女が可哀想だが、なんでも完璧にこなす彼女のわりに、料理が得意というわけではないらしい。ハムにレタスを挟んだり、卵を挟んだりしただけの簡単なものは、誰が作っても似たような味になる。 料理上手の彼女を抱えているマサキに昼食を分けてもらうことが多かったから、舌が肥えてしまったのかもしれない。幸助に料理を作ってくれるような彼女ができたら、苦労するかもしれない。 「なにか嬉しそうですね」 そう幸助に声をかける。 「そうか」 そう答える声にも余裕がある幸助。ああ……心を読み取られないというのは、なんと素晴らしいことなのだろう。そう、ほくそ笑む。 「特に何もないというのは、思考を読み取ればわかるのですが……それでも何か嬉しそうですよ。私と一緒にいるのが嬉しいというわけではないのが残念ですけど」 そういって、少し寂しそうに笑うルシフィア。今日の控えめで大人しい彼女が、幸助の癇に障ることはない。普段、相手の理想を思考で読み取って演技するらしい彼女のしぐさというのは、どこまでが本当でどこまでが演技なのか幸助にはまったく分からない。 ただ、話しているとすでに封鬼の守りとやらで、幸助の意図が読み取れなくなっているのが分かる。それに逆にルシフィアに感づかれないように注意をしつつ、彼女が本当は何を考えているのか読み取ろうと幸助なりに努力して会話している。 「なあ、心が読み取れるのは鬼の力なのか?」 「鬼ですか」 意外な話を聞いたという風に、ちょっと驚くルシフィア。平賀芽衣子がいっていたことを鵜呑みにしていたので、幸助のほうがむしろ慌ててしまう。 「いや……違うのか」 「違わないかもしれませんですね、時代錯誤な蔑称だとは思いますが、人を超える力を持った人間がそう呼ばれて忌み嫌われた歴史というのは、どこの国にでもありますです。吸血鬼とか、ヨーロッパの話だけどやっぱり鬼扱いですから」 西洋の血が混じっているらしいルシフィアは、やはりそっちのほうが気になるみたいだった。 「俺も鬼なのかな……」 「だから……うーん、私なりに調べてみましたけど古代に滅んだ血筋の一つなんですよ。人間には、特異体質というものがあるですよ。お酒がまったく飲めないとか、肌の色素が極端に薄いとか、子供のままで成長が止まっているとかです」 「いいたいことは分かるが、ただの体質と、この異常な能力は違うだろう」 幸助は平賀芽衣子のことを思い出していた。その理屈だと、小学生のまま成長が止まっている芽衣子も、鬼ということになってしまうからな。 「潜在的に人間の遺伝子の中に隠れていて、時々何かのきっかけで発現した人が生まれてくるという意味では何も変わらないです。昔の記録を調べると、けっこうあちらこちらでそういう人が出てたみたいなんですけど、近代に入ってからはまったくといっていいほど出てきてませんです」 「俺たちが居るけどな」 「だから……こんなところで、仲間に会えるなんてありえない偶然なんですよ。もしかしたら、発現率が急に上がっているのかも。遺伝子の解明の研究は現在も進行中ですから、たぶん機能していない部分と呼ばれているところに、私たちの血筋は隠れていて、見つかりそうなので慌てて顔を出してきたのかもなんて推測しているんですけど」 「たぶんとか、かもとか……確かなことはわからないんだな」 「ええ、でも鬼っていうのは止めてくださいね。なんか嫌です。ほら、私もあなたも角なんか生えてないですよ」 「わかった、わかった……」 断ったのに、頭を幸助のほうに髪を掻き分けて見せつけてくる。笑えない冗談だったが、どこまでも綺麗な地肌だった。たぶん彼女のどこを掻き分けてみても、汚い場所など見つからないのだろう。そんなに息を呑むほど美しくても、美世と一緒で女性を感じなくて幸助には逆に付き合いやすい。たぶん最初の出会いが最悪だったからだな。 「私たちは、特別な人間なんです。あなたと私の二人だけは……」 そうやって、熱を帯びた視線で見つめられると幸助も背筋がゾクりと来る感覚を抑えることはできない。もしかしたら、演技かもしれないと思っていても、磨き上げられた宝石のような瞳には引き寄せる魔力があって。その澄んだ響きに、心が震えてしまうこともある。 「ああ……」 「魔王もいなくなって、邪魔もなくなりましたですから」 そう付け加えてくるルシフィアの言葉で、頭が冷めた。たぶん、マサキという友達がいなければ、経験の少ない幸助はいとも簡単に彼女に心を揺さぶられて、蕩けさせられて、落とされて、あとはいいように操られて、どうなっていたかはわからない。それは感謝であり、友達のために抗うという決意を新たにさせる。 ルシフィアは、自分たち二人だけだという。でも、幸助はマサキという大事な友達がいて、そしてそれでも、人間は本当のところ孤独な一匹の獣だ。もう、心は読まれていない。だから無理やり、一方的な心の接続がされてはいない今は……。 きっと今度は、幸助がルシフィアの心を読み取る番なのだろう。マサキは、支配といったが幸助は違うように感じていた。 ルシフィアは、気位の高い佐上のお嬢様で、文句がつけようのない金髪美少女で、人の心を読む能力も利用して周りから圧倒的に慕われて羨望されてはいるが、この少女にもどこか影のようなものがある。 幸助の立ち位置だからこそ、見えるのだ。親しく付き合ってみると、どこかみんなこの娘を誤解している。いや、誤解させられているといったほうがいい。 だから、支配ではなくて理解したらいい。これはそういう戦いなのだと、幸助は密やかに肝に銘じた。引きずられそうな思いを、軽く断ち切って、昼食を分けてもらった礼だけをいって、足早に教室にもどっていった。
そんな幸助を呼び止める言葉を、ルシフィアは飲み込む。無駄なことはしなくていいし、焦らなくてもいいと思っているからでもあった。期待を裏切られること、諦めることに彼女は慣れきっている。そうして、ひどく乾いた心になっても、ルシフィアはまた何度でも期待する。いつかは満たされることを。 彼女は強いのだ。そして強く求めている。
高校生の想像力と性欲は無限大、といってもさすがに幸助も午後の授業が終了するころには疲れきっていた。ただでさえ時間停止に体力がいるうえに、今日は同級生を三人犯したのだ。さすがに真面目な特進科のクラスだけあって、三人とも始めてであった。処女をうまく犯すというのにも、また楽しくはあるが体力を使う行為である。 催眠アクセサリーだけつければ、後始末は本当はしなくてもいいのだが、精液と愛液が入り混じったところはいいにしても、処女膜を破った血を流している太ももをみているとなぜだか、胸が締め付けられるような罪悪感を覚えて、きちんと拭いてやって後始末もしてやっているのが幸助なのだ。 しょうがない、もともとそういう神経質な性分なのだから。どれほど犯すのに慣れてもつけ焼刃、鬼畜に成りきることなどできそうにない。帰りに山本姉妹のマンションにでも寄ろうか、そう考えて佐知を見ていると、向こうもいつしか振り返ってこっちを見ていた。ふっと笑ってくれる。ちょっとだけ鼓動は早くなるけど、いまの幸助は逃げ出したりはしない。強くなっている、心が。でも「今日は体力的に無理だよ」と佐知に心の中で言い訳して、カバンを持って帰宅することにした。 そうだ、マサキがしばらく円藤希の家にいるっていっていたから、訪ねることにしようか。催眠アクセサリーの機能がとても上手く働いてることも報告したほうがいいだろう。そうしよう。 そうして、足早に希の家に向かった。街の外れにあたるけど、学校からなら結構近いのだ。希の家の横には、まだ切り開かれていない山があって、小規模ながらも鬱蒼とした森になっている。たしか、この向こう側に平賀神社もあったのだった。 また、道場のほうで激しい稽古を繰り広げているあの武道集団も、山篭りとかするのかもしれない。若い男が道場から、庭に吹き飛ばされて転がり落ちてきた。 「絶対……あいつら山篭りとかやってるな」 なぜか、そういう確信があった、巻き込まれたら怖いので早く呼び鈴を鳴らして入ってしまおうと思ったら、入り口に中学校の体操服姿の女の子が立っていた。 「ああ、えっと望ちゃんだよね」 姉と同じ、「のぞみ」なので呼びにくい。円藤家の両親も、妙な名前をつけたものである。体操服なので、望ちゃんも学校から帰ってきたばかりなのだろうか。 「あっ……えっと、富坂さんだったよね」 「おー、なんで名前知ってんの」 たしか、こっちから自己紹介した覚えはなかったような気がしたが。 「マサキお兄ちゃんが、来るかもしれないって言ってたからなんとなく気にはしていたんだよ。マサキお兄ちゃんに用事なんでしょ」 「うん、とりついでくれるかな」 「ちょっとまって……うーん、私についてきてくれるかな」 そういうと、望は道場とは別の側の庭に歩いていく、ついてこいといわれたので素直な性格の幸助はしかたなくついていく。中学生の女の子に誘われて、勝手に人の庭に……なんか妙な感じだ。さっきの道場の人たちに発見されると、曲者! とか言われて退治されそうで怖いんだが。 「ちょ……望ちゃん?」 「しー、静かにしてね」 そういって、窓のカーテンの隙間から何かを覗いている望。なぜか「あちゃー」とか小さく呟く。「見てみる?」といわれて、少し躊躇した幸助も好奇心がムクムクと沸きあがって覗いてしまった。 マサキと希が、絶賛セックス中であった。望が近くにいるというのが分かっているのに、もう目が離せない幸助である。人のプレイを見るのは、自分がやっているのとは、また違った興奮と面白さがある……希は着やせするタイプだったようだ。結構出るとこ出ているんだな。うあー、あんな体位があるのか。すげえ……。 「お姉ちゃん、あれでやり始めると周りが見えなくなるからね……やっぱり、私がついてないとだめだね、うんうん」 そんなことをいって、一人でうなずいている望である。姉が、まぐ合っているのを見ても動じないのは、マサキのファミリーだからなのだろう。動揺してしまった幸助は、まだまだということだ。 「とにかく、しばらくはお姉ちゃんもお兄ちゃんも無理みたいだから、客間で待ってることにしようか」 そういって、客間に通してもらった。この前の奥座敷とは違って、洋風の客間である。結構、部屋数多いんだな。それにしても、窓から覗く意味ってなにかあったのかと考え込んでしまう幸助であった。いいもの見せてもらったからよかったけど。
お盆に紅茶を載せて持ってくる望、この家は抹茶しかでないのかと思ったらそうでもないらしい。抹茶はマサキの趣味なのかもしれない。 「えっと、お紅茶になにかいれる?」 「ミルクティーだとうれしいかな」 コーヒーにも紅茶にも、とりあえずミルクを入れておくというのが胃が少し弱めの幸助のいつもの飲み方である。 「砂糖はあるけど、ミルクはなかったかな」 「じゃあ、なくても大丈夫だよ」 紅茶の一杯ぐらいなら、胃が荒れるということもあるまい。飲もうとする幸助を望が押しとどめる。 「いいこと考えたから、ちょっとまってね」 そういって、ごそごそと何をやっているのかとおもったら、いきなり服をめくりあげてブラを下げて、片乳を出してきた。 「うぁっ、いきなりなにを!」 そういいながらも、しっかり観察している幸助。姉ほどではないが、この年齢ならけっこう大きいほうではないだろうか。乳頭が仄かに黒ずんでいるのは、たぶん。そう思考した直後、幸助の頭脳は機能を停止する。 幸助の紅茶めがけて、乳を搾りだしたからだ。ブシューという感じで、綺麗に一筋のおっぱいが紅茶に噴出されていく。 「これでいいよね」 幸助は停止している。 「えっと……マサキお兄ちゃんが、富坂さんなら大丈夫だっていってたんだけど?」 幸助は停止している。 「えっと、大丈夫……?」 幸助は、動き出した。思考は停止したままであったが。 目の前に差し出された、ミルクティーを静かにすする。仄かに甘い味がした。 「……って、俺はなんで飲んでいるのだ!」 そう自分で自分につっこむ。もう、マサキのファミリーに常識をいってもしょうがないし、何をつっこんでも無駄だと思ったからだ。 「そうか……望ちゃんも妊娠してたんだよね」 だから、幸助はもうしみじみとそう言うしかない。 催眠アクセサリーの効果は、それを知っていても作動しているので外見上そのようには見えない。というか、そのように知覚できないのだろう。 「そうだよ、マサキお兄ちゃんの子供です。私は始めての子供なんだよね」 そういうとえっへんという感じでお腹を突き出している。ふと、興味を覚えて幸助は聞いてみた。 「お腹触ってみてもいいかな」 「いいよ、どうぞ」 そういって、お腹を出してくれたので触るとちゃんと大きい。中に赤ん坊が入っているとちゃんと分かるような熱さだ。すでに胎動も少しある。本当に不思議な感じがした、幸助の知覚にはぺったんこのお腹なのに、触るとちゃんと大きい。騙し絵を見せられたように、矛盾している感覚を自然なものとして感じているのだ。こうして考えると、催眠ってすごい。 ただのエロ目的なら、催眠のほうが使いやすいだろうと少し羨ましい。ただ、幸助の力だって何か意味があるから存在しているわけで、いい使い方を思いつけばいいのかもしれない。 そんなことを考えつつ、なんて言っていいかも分からずに母乳入りの紅茶を飲み干した。正直、母乳入りというのは抵抗がないわけではないのだが、望は好感の持てる女の子だし、その娘が出したものだから別に汚いとは思えないのだ。 「あっ、お茶が切れましたね。もう一杯いれますから」 そうやって湯煎を通して、ポットからもう一杯紅茶を注いでくれる。 そこに、当然のようにプシューと乳を注いでくれる。もう何のプレイか分からない、さっきとは違う側の乳というのは、やっぱり中学生だからたくさんは出ないのだろうか。そんな下らないことを考えながらも、止めることも出来ずに、なんて声をかけていいか分からない。 (だって中学生ぐらいの子がピューピュー目の前でおっぱい出してるんだぞ、しかも自分の紅茶のカップに) 普通の女の子に話しかけるのも、躊躇する幸助なのに。これはもう、幸助がどうしていいか分からないのもしょうがない気がする。女の子が目の前で母乳を出してるときに、どう話しかけたらいいかなんて、冷静に考えれば考えるほど対処法なんて浮かばない。 「えっと量ってこのぐらいでいいのかな……多すぎたかなあ」 急に口数が少なくなったので、気を利かせて話しかけてくれているのだろう。 「いや、ぜんぜん。うん……そのぐらいで」 「そう……」 こっちからも、何か話さないといけないと思って聞いてみる。 「あのさ……もしかすると、マサキくんもこうやって飲んでるのかな」 「お兄ちゃんは、紅茶あんまり飲まないから」 「そ、そうなんだ……」 マサキがやってるから、同じようにしてくれてるんだと思ったんだが。なに自主的? 望ちゃんが、自主的に考えたの? だいたいマニアックなプレイだとしても、これ上級者プレイ過ぎるだろ。もしかしたら、突っ込みぐらいは入れていいのかもしれないぞ幸助。 「お兄ちゃんも、直接は飲みますから、吸いますっていったほうがいいのかな……いつも濃厚で甘いって褒められるんで、紅茶に入れてもいいかと思ったんだけど……まずかったかなあ?」 そうきかれて、まずいっていえるわけがないだろう。 「美味しいよ、たしかに甘い」 一口啜ると、濃厚に甘い味がする。ほんとに甘いな……クリームを舐めているような舌に残る甘さだ。表面にたっぷりと母乳が浮いて、ほとんど分離してる。これじゃあ、ほとんど母乳を飲んでいるのと変わらない。 母乳って、紅茶に混ぜるのには向いてないのじゃないだろうか。表面に浮かんだ白い乳を飲みきってしまうと、あとは紅茶の渋みが口に広がった。 「もう一杯飲む……?」 「いやもういいから、ありがとう、ごちそうさま。だからその……」 「その?」 不思議そうに聞き返してくる。 「いい加減、胸をしまったほうがいいんじゃないかな……」 「紅茶に飽きたなら、直接飲んでも美味しいですよ」 そういって幸助に悪戯っぽくニマーと笑いかけてにじり寄ってくる、目の前に望の大きめの乳が……乳が……ちょっと母乳が垂れてたりして。 故意犯だ……絶対に、わざとやってる。
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第七章「けもののこころ」 |
「かける……」 ルシフィアの目の前で、マサキが倒れていた。そこには寄り添うように円藤希の姿が見える。殺気ルシフィアに負けたときでさえ、冷静な表情だけは崩さなかったのに、ぐったりとしたマサキにすがりつくようにしている希はどうだろう、彼女のあんなに蒼白な顔は始めてみた。 「幸助さん……誤解しないで、私は何もしてないですよ! 話しかけたら、彼が勝手に倒れたんです」 ルシフィアが、駆けつけてきた幸助に気がついて声をかける。それには答えずに、幸助もマサキに駆け寄る。息はあるが、完全に意識を失っている……外傷はない。 「あの……」 なおもルシフィアはなにか、言ってこようとするのを幸助は手で制する。 「ああ分かってる、言っていることは信じる。だがここは下がってくれ」 「私、まだ何もしてないのにすごく悪者っぽいですね……」 ぶつくさいいながらも、ルシフィアは自分の分が悪いと悟って大人しく去る。 もちろん、それがこっちの思考をさぐりつつの行動であることは幸助にも見えている。学校内で彼女に隠し立てできることなどはない。 希が何も言わずにマサキの巨体を軽々と抱きかかえた。 うわ、相変わらず、すごい力だな。 「富坂先輩、とりあえず保健室まで運びます」 「いや、このままマサキを病院か自宅まで運ぼう。保健室じゃだめだ」 「でも……」 「いいから! 俺も付き添うから早く外へ連れ出すんだ」 「わかりました」 普段の希なら、自分の意志を曲げなかっただろうが、本当に動揺していたらしい。幸助が強く押し切るとしぶしぶマサキを抱えてついてきてくれた。代わりに背負うと申し出た幸助の言葉は拒絶されてしまったが。
案の定、学校を少し出たところで、マサキは目を醒ました。 「んんっ……忍法死んだふりの術、とりあえず成功のようだ」 「マサキ……大丈夫なの?」 マサキは、心配そうに覗き込む希に笑顔で無事だと答える。 「やっぱり、気絶したふりだったか」 幸助だって馬鹿ではないので、それには気がついていた。そのマサキの意図を察して、幸助は連れ出したのだ。ルシフィアの読心が届かない距離へと。 「……読心術が効いてないことを察知されないためには、それしか方法がなかったからなあ」 マサキが口惜しげに答える。ルシフィアは、すでにマサキに読心術が効いているかに、不信感を持っていた。質問を投げかけられたときに、それに気がついたマサキはすぐに自己暗示をかけて、意識を失ったそうだ。ふりではなくて本当に気絶していたということ。 そのあたりは、やはりマサキらしい徹底した処断だ。 マサキは顔をしかめながら、ポツリポツリと二人に話す。円藤希の暴走も半ば計算のうちだったこと、本当はそこで勝負がつくかもという算段もあった。 「ほら伝説の生き物『サトリ』が、燃える薪から散った火花でびっくりして逃げ出したって昔話もあっただろ、だが偶然に期待するなんて、甘すぎたな……」 少なくともルシフィアは、伝説の妖怪『サトリ』よりよっぽど厄介だなと、マサキは悔しげに呟いた。だが、マサキもさらに奥の手は打っておいたのだ。希と一緒に、鬼の力に対抗する術を持つ平賀芽衣子を潜ませておいたこと。ルシフィアがマサキに疑惑を持ったなら、それはそれでいい。 そちらへとルシフィアの注意を集中した瞬間を利用して、幸助に封鬼の守りを与える。たしかに一番怪しまれないタイミングとはいえたが。 「まあ、これでぼくはゲームセットだな」 そういって、自嘲するように笑って、マサキは話を終えた。 「これからどうするんだ……」 そう尋ねる幸助にマサキは答える。 「ぼくはこう見えても、昔はいじめられっ子で引きこもりだったんだ。まあ、しばらく学校に行かず引きこもりに戻るだけだな」 「いつまでだ」 そういって、幸助はマサキを見る。 「幸助くん、君がルシフィアを支配するまで……かな」 そう静かにマサキは幸助の心を見通すように言った。 「支配って……」 「希の家についたね、ついでだから、今日はここで休むことにしよう」 希が、ゆっくりとマサキを抱き下ろして家の鍵をあける。円藤希の家は、結構学校に近く街の郊外にあった。ごく一般的な平屋の日本家屋だった……隣に大きな道場がくっついている以外は。 野外でも、胴着を着て訓練をしている男たちがいて、防具もなしで木刀で思いっきり打ち合っていた。大人でもヘタすると骨が折れる危険な訓練だ。庭に入ってきたマサキたちを見ると、みんな手を止めて深々と礼をする。 「いったい……これはなんの道場なんだ」 殺気だった雰囲気と、空気を切り裂くような剣戟の音に幸助は思わず総毛立つ。掛け声をあげないで打ち込みなんて、剣道の技ではない。 これはもっと実戦的な……。 「ただの護身術です」 希がそっけなく答える。 「いや、だって木刀で訓練って尋常じゃないだろ!」 「護身術です」 希は、それ以上なにも話してくれそうになかったので、諦める。 「あっ……マサキお兄ちゃんいらっしゃい」 中学生ぐらいの、可愛らしい娘が出迎えてくれた。希とよく似ているので姉妹なのだろうかと思ったらやっぱりそうだ。 「妹の望です」 同じ「のぞみ」だけど、字が違うらしい。なるほど、円藤家の姉妹は、二人あわせて『希望』ということらしい。 「希、すまないが一番奥の客間を借りるぞ。幸助くんと話がある」 「ここはあなたの家ですから、お好きに」 そういって、希は別の部屋に行ってしまった。平屋だけど結構広いみたいだ、それと赤ん坊の声が聞こえる。にぎやかでいいことだ。
一番奥まった畳敷きの部屋に入る。外側からみるとそう新しい建物とも思えなかったのだが、奥座敷は、老舗旅館の一室のような新しい畳の香りがする、落ち着いた雰囲気の和室だった。マサキは幸助に深々と頭を下げた。 「まず……謝らせてくれ、幸助くんは大丈夫だと言ったのに。ぼくにはルシフィアに君が取り込まれて支配されていくようにしか見えなかったんだ。それを放って置けなくて手を出してしまった。いやこれも、ぼくのただの嫉妬かもしれない」 「マサキくんは友達として心配してやってくれたことなんだろう。だったらぼくは逆にお礼をいう立場だよ」 「そういってくれると、気が楽になる……あいにく菓子は切らしてるんだが、せめて友達に一杯、茶を献じよう」 そういって、マサキは奥から茶器を取り出し、慣れた手つきで抹茶を点てる。さすがに瀟洒な日本家屋、本格的な茶器までも揃っているようだ。幸助は、抹茶は苦いモノという印象しかなかったのだが、マサキが点てたものを飲んでみると意外と爽やかな口当たりに驚く。苦いどころか、渋みの中に仄かに甘みが広がる。 淹れ方がうまいのか、使っている茶葉が良いのかは幸助にはわからないが。初めて飲んだ抹茶というものは、思ったより後味のよい飲み物であった。香りもとても爽やかで心が落ち着く。これなら昔の人が好んで飲んだというのも、分からなくもない。 幸助は勧められるままに何杯か所望して、しばし安らぐ。今日は疲れることばかりだったから、静かな座敷にシャカシャカと響くマサキの茶を点てる音は、弛緩した空気を作り出し、幸助の気持ちを軽くさせた。 「それで、俺はこれから何をしたらいいのかな」 そういって、空気を変えるように幸助は切り出してみる。 「その前に、これは前にも言ったがいいたくなければ……」 マサキが何を言いたいのか、幸助には分かる。もう秘密にする必要はない。 「いや、言うよ。俺は時間停止の能力を持っているんだ。だからルシフィアが俺を取り込もうとしているならそれが理由だ」 「そうか……驚いたな」 そういいながらも、マサキはそう驚いた様子ではない。 「信じられないか?」 「フフッ……ハハハハッ、この期に及んで信じないことはない。だが、時間停止能力はさすがにお目にかかるとは思わなかった。もう知っているのかもしれないが、ぼくは催眠術の類をいくつか操ることができる」 「うん、ルシフィアから聞いたよ、便利な能力だね」 「時間停止能力者が何をいうかだな……その力は王を通り越して神にも迫る力だぞ。どんな強者でも、君を怒らせたら次の瞬間になす術もなく寝首をかかれる」 「俺自身は、もてあましてるんだけどな」 そういって、幸助は困った顔をする。 「そうだろうな……能力を得た当初はそんなものだ。力が大きければ大きいほど、その力は人の手に余るものだ。しかし、ぼくがたまたま選んだ友人がこれとは……運命というものを信じたくなる」 「運命としても、皮肉なものだと俺は思う」 「違いない……それでどうする。ルシフィアを殺すか?」 そういって笑いかけるマサキの目は鈍く光を放っていた。この男なら、相手が異能力者であろうとも、一人や二人すぐ殺せるという迫力。魔王と忌み嫌われ、人々に蔑まれる男。 だが、そのような力を持ちながら、自制できるのがマサキだと幸助はすでに知っているので恐ろしくはない。 「まさか……それはないな」 面白い冗談を聞いたと、そういう風に返してやる。マサキが鋭い極論を投げかけたとき、彼は半ば本気で検討している。ただこちらに会話を投げかけたというのは、幸助の意志を聞いているのだ。幸助にはそれが分かるから、それを冗談にすることで拒否の意志を示したのだ。 「フッ……もちろん、いってみただけだ、最初からこれはそういう勝負ではない。ただ始末するなら、犠牲を厭わずに、ここの道場の人間で囲んで切り刻むことも可能ではあるとは思うが……」 「それは、考えたくない話だな」 「この街では佐上家の力も馬鹿にはできないうえに、あの化け物が相手だ。犠牲がたくさん出そうな最悪の手段だが、やむを得ぬときもあるだろう」 犠牲を覚悟していると言外に含めて、マサキは話を打ち切る。 「そうならないように、俺がなんとかするさ」 その友人の答えに満足げに頷いて、立ち上がったマサキは襖を開けて望を呼ぶ。 「なにー、マサキ兄ちゃん」 バタバタと、可愛らしく音をさせながら望がやってくる。姉とは対照的に、そこまで四肢が引き締まっておらず、代わりにとても女性らしいフォルムを描いている。身体全体が丸みを帯びているようで、中学生の女の子にしては、ちょっとぽっちゃり目かもしれない。 「いいから、ちょっとここに座ってイヤリングをはずしてくれるか」 「はーい」 そういって、イヤリングをはずした途端に幸助は絶句した。 「なっ……えっ」 目の前に突然現れた……否。たしかにそれはそこにはあったのだが。 今まで『見えなかった光景』を知覚して驚きのあまり、二の句が次げない。 「もういいよ、イヤリングはちゃんと付け直しておいてな」 「うん、誠ちゃんたちの世話があるからいくねー」 また、バタバタと走っていった。イヤリングをつけた途端に、でっぱったお腹が普通の状態に戻ったように見えた。つまり、望の女性らしすぎる身体はこの結果であって。 「妊娠させてたのか……マサキ」 「そうだ、見せたほうが早いと思ったからな。ちなみにここにいる赤ん坊はみんなぼくが産ませた子供だぞ。希が言っていただろう。ここも、ぼくの家だからな」 「そうか……」 「ぼくを非難したくなったか」 「いや……俺もすでに近いことをやってしまっている」 山本姉妹に、すでに中だししてしまっている。妊娠しているかもしれない、結果を考えたこともなかったが、やりきるということはこういうことなのだ。 「力を得た男がやることは、変わらないからな」 「そうだな、否定できない」 マサキは、現実を見せ付けられて困惑しながらも、決意を決めたらしい幸助を見て嬉しそうだった。 「これで、ぼくは幸助くんと本当の意味で友達になることができたな、この催眠アクセサリーはたくさん作ったからいくらでも提供できる」 「……共犯者ということか」 幸助はきっといま、喉が渇いているだろう。マサキはそう思ったから、もう一杯の茶を煎じてやるとやはり砂漠を行く乾いた旅人のように、無心でゴクリと飲み干した。 マサキも、たどってきた道だ……分かりすぎるほどに分かる。 幸助はいま、大きな壁にぶち当たってそれを乗り越える決意はした。 だがそれを身体に刻んで成長するには、その垂直の壁を登っていくだけの力を得るには、まだ時間と経験が圧倒的に足りないのだ。 マサキだって、それを分かるためだけに人を一人壊しかけてようやく理解したこと。幸助が『共犯』という言葉を選んだのは、すでに大きな力そのものが凶器であり、使うことは罪悪であることをすでに自覚しているに違いない。 (ぼくの友人は、ぼくよりも賢い) だから、マサキにはそれが愉快だった。自分よりも大きな異能を持ち、同じように臆病で、それでいて違う賢さを持つ友と歩んでいくことが出来る。それがたとえ地獄へと至る道であったとしても、道行きはやはり、にぎやかなほうがいい。 「ああ……ぼくたちは共犯だ、そして助け合える」 マサキは、手ぬぐいで手を拭いてから、幸助に向かって差し出した。拭いたところで、拭えぬ罪がすでにこびりついている手を。 幸助は、息を吐き出してしまうと、意を決したように手を力強く握り返す。 「あらためてよろしく、安西マサキ」 「富坂幸助、ぼくは君を歓迎する。ようこそ、獣の世界へ」 マサキは、かつて誰かに手を引いてもらったように、幸助の手を握り締めて引っ張りあげてやるつもりだった。そうして、飛び上がった幸助が、思いのほかマサキよりも高く飛んで、また自分を引っ張り返してくれる日もくるかもしれない。 目の前の友達の見果てぬ可能性、それを伸ばしてやれる喜び。初めて人を導く立場でマサキが笑ったのは、ああこれは始めて父親になったときと、よく似ているなと思ってしまったからだった。
催眠アクセサリー。安西マサキが、師匠から与えられたものを長い期間をかけて改良したものだった。催眠術を長期に使用したときに発生する「回りの人間に怪しまれる」という問題を解決するもの。 このアクセサリー自体が、装備者を微量の催眠電波で包み込み、性的なものに限り本人と周囲の認知を誤認させる効果がある。これさえつけていれば、股から精液を垂れ流していようが、生理が止まっていようが、妊娠の兆候が現れていようが、本人も周囲もそれをおかしいものとして認識することはない。 機能を性的なものに限定しているのは、安全管理上の問題でその微調整には苦労があったからなのだが、それはここでは語るまい。催眠電波の大本にはマサキ宅に巨大な増幅装置があって、その催眠領域の関係上、効果は吾妻坂市の周辺に限られているというのがこのアクセサリーの限界である。 製作者がアクセサリータイプにしたのは、単純に携帯に便利というだけではなく、複数の術者が近くいた場合に「これは自分のもの」という縄張りを明確にするためという意図もある。催眠術師は群れない獣のようなものという製作者の設計思想、いまのマサキと幸助の関係がまさにそうであるが、共存するにはお互いの縄張りをしっかりさせておくことが、未然に争いを防ぐ上で重要なのだ。
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第六章「きゅうへん」 |
もういい加減、休憩時間に屋上に呼び出されるにも慣れてきた幸助だ。 初夏の風に金髪を晒すようにして、青空を見上げている姿が美しい。あいかわらず、なにをやらせても絵になる少女である。 文句の一つでもいってやろうと、幸助が口を開こうとすると、いきなり繊細な指先で唇を押さえられた。見方によっては、なかなか官能的なしぐさだが警戒している幸助は、そんな気分にならない。 別に喋る必要はないのだ「なんのつもりだ」と思考すれば、ルシフィアには伝わる。心が読める能力というのは便利なものである。一方的にだが。 「私たちの逢瀬を邪魔する虫がいるみたいです……給水塔の裏!!」 ルシフィアが意外に通る声でそう誰何すると、本当に給水塔の裏から、見覚えのあるスラリとした女性がでてきた。 幸助たちが来る前に、屋上に事前に隠れていたのだろうか。それとも、まさかとは思うが、直接壁を登ってきたのか。幸助の知る中で、それも可能かもしれない、と思わせるただ一人の女性……あの円藤希ならば。
希は無言で、ツカツカとこっちに歩いてくる。彼女が無駄に喋らないのはいつものことだが、それにしても纏っている空気が張り詰めて冷たい。信じられないほどに、殺気だっていた。無造作なようでいて隙のない動き。触れると切れるような鋭い視線。 不良狩りの異名がついてまわり、すでに高等部でも裏で有名になりつつある希だったが、マサキの近くにいるときは温和だったのに。本当の彼女の恐ろしさを始めて知った気がした幸助だった。声などかけられる雰囲気ではない。 そんな、希に物怖じせずに、笑顔すら浮かべて話しかけられるルシフィアはやはり大物なのだろう。 「盗み聞きされると困るのです。普通科のあなたがわざわざ特進科の屋上まで、ご足労なことですが。それは、魔王の言いつけですよね」 希はそれには答えず、静かに近づいてくる。足音さえしない。人を操るルシフィアの雰囲気も、今の希には何の意味も持たない。 そうして、幸助の前を通り過ぎてルシフィアの眼前までいくと、突然その長い足を振り上げて振り下ろした。幸助はまったく希の動きが読めなかった。予備動作もなにもあったものではない、長い足を刀のように振りかざして一気に叩きつけるそれは、まるで剣士の鋭い斬撃――。 「なっ!」 だが、驚きの声をあげたのは、希のほうだった。 ルシフィアはまったく構えていなかった、油断しきっていたように希には見えていた。それなのに自分の相手の肩口に振り下ろしたはずの踵が彼女の両手で固められて動かなくされている。 足はもう、ルシフィアに吸い付いてしまったように、どれほど強く力を込めても動かない。 「希さんは陸上選手なんですよね……足を圧し折られたいですか」 笑みを浮かべて、脅迫するルシフィア。 希は、それには答えずに今度は相手の頭を狙って左足を蹴り上げる。その一撃は、フェイク。 避けられるのは計算のうちで、蹴り上げた足の反動で宙を舞うように一回転して後ろに下がると、地面に着いたとほぼ同時に渾身の突きを前に放った。 ルシフィアに鉄のような拳が降り注ぐ。 初撃で相手の構えを崩し、次弾で勝負を決する。希のいつもの必殺技だ。 単純だが、それだからこそ早い。 希の武道家としての真価は力でも技でもなく、鍛え抜かれた速度と急所を貫く正確さにある。 希は女性、力は鍛えても限界がある。だが女性の身体は、柔軟さと反射神経で男に遥かに勝る。 一瞬で一撃。二瞬で二撃。希の速度は、人類の限界に近い。 その上で、さっきは手加減したが、これは本気の全力。スピードを乗せるということは力も乗せる必要がある。素人相手にやれば骨折ではすまない。ルシフィアも多少は腕に覚えがあるようだが、避けられるはずがない。 敵の懐に深々と突き刺さった、刹撃。会心の手ごたえがあった。ほんの数瞬、突き刺した腕が力を出し切った快楽に震える。暴力に酔う。 だがそれにもかかわらず。 「受けられたっ……」 実戦経験の豊富な希は、相手の力は身体つきをみればだいたいわかる。やわなお嬢様に見えるルシフィアが一撃を受けきったのは意外だったが、そのしなやかな動きは柔術の類なのだろうと納得はできた。力を殺して受け止めることもできるかもしれない。 だが、長年の訓練で練られた希の殺人機械のような連続攻撃のスピードに、人間の反応速度がついてこれるなどありえないのだ。 ありえないことが、起きた。 まるで、希がどう攻撃するか最初から分かっていたような完璧な防御。むしろ、希は攻撃を放棄して、後ろに下がろうとした。逃げようとしたのだ。 だが掴まれた右手は、どんなに力を込めても動かない。冗談ではない、目の前の敵が本気になれば、四肢を順番にもぎ取られる。理解できない本能的な畏怖を感じて、背中に冷や汗が滲む。人間の持てる限界まで鍛えた希だから分かる、こいつのやったのは人間技じゃない。 ちがう、人間じゃないのだ――目の前にいるのは『化け物』だ。
「おイタも……いいかげんにしないといけないです!!」 「はなせっ」 「魔王は監視だけを命じたはずです。誰が手を出せといったのですか」 「マサキは関係ない! 私の勝手な判断だっ!」 だから、自分だけを罰せよと希はいうのだ。叶わない敵を前にして殊勝なことなのだが。希がそう思っていると分かったからこそ、ルシフィアにはその愚かさに思わず、その端正な顔をゆがめてしまった。ほんとに、腕を圧し折ってやろうかと希の腕を掴んだ手に力が篭る。 心が読めるルシフィアには、人の心の醜さが手に取るように分かる。 希の抱いている愛情と思い込んでいる感情は、ルシフィアにとって唾を吐きつけてやりたいほどに醜く見える。 これが愛だと! 馬鹿をいうな、愛が穢れる。 希のマサキへの愛情というのは、つまり自分の凶暴性を他者に仮託して押し付けているだけの甘えだ。希はマサキのためという理由をつければ、いくらでも暴力に酔うことができる舌なめずりする凶暴な獣。 愛、正義、忠誠心。ご立派なものだ。それが同時に希の中で、剥き出しの殺意、剥き出しの暴力への渇望。殺したい壊したいという欲望なのだ。 綺麗な言葉で、人も自分も騙して醜さを押し隠して! 達観した武道家づらをしている下郎の女が。 よりにもよって、この私を『化け物』と蔑むか! ルシフィアの抱くのは、そういう深い怒り。 そして、それをたぶん全て理解して、そのうえで自由を許しているマサキの愚かさ。これは飼い主の責任だ。凶暴な犬を鎖もつけずに放し飼いにしている馬鹿がいる。どいつもこいつも、愚か過ぎる。 「へぼ将棋、王より飛車を可愛がりっていうそうですよ」 「なんのことだ」 「魔王は、優れた指し手ではないってことです。自分の持ち駒をコントロールもできないようですから」 そう揶揄して、ルシフィアは怒りを自分の心で噛み殺してから、希の主を蔑み、あざ笑って、希の手を離してやる。もう、攻撃される恐れはない。 希は監視がばれた段階で、実力行使でルシフィアを押さえつけようしたのだ。マサキが『手を出すな』とは命令しなかったから。それがマサキの過失なら愚か、万が一にも故意でやったなら戦争だ。 希の力押し。拙速すぎる攻撃。それが有効な敵もいるだろうが、思考が読めるルシフィアには早いだけで単調な攻撃など通用しない。希の動きが機械のように正確だからこそ、簡単に封じることができる。 そして、それを示したルシフィアに希は飲まれた。 「私は……駒じゃない」 「そうですね、監視の役目もまともに果たせないようですから。駒以下の役立たずだ。あなたは、なぜマサキが攻撃ではなく監視を命じたのかも理解できていない」 「どういうことだ」 「知らないんですか、ここの学園の理事は佐上家の者ですよ。私が、その気になれば適当な理由をつけて、安西マサキを放校処分にできるんです。私と敵対したらこの学校には居られないんです。だから監視だけを命じたのに、勝手に貴女は動いたのです。たとえば暴力沙汰とか、退学の理由付けにはちょうどいいですよね」 希は二の句が次げない。それはそうだろう、まさかいきなりマサキを退学。しかも、自分の安易な行動のせいで。そんな希の絶望をタップリと味わい尽くすと、ようやく気が晴れたのかルシフィアは罪のない笑顔で助け舟を出してやった。 「私も鬼じゃありません。今回だけ、許してあげましょう。二度と私と……幸助さんの行動を監視しないように魔王に伝えておいてくださいね、次はありません」 そういうと、もうそこにいる希からは興味を失ったようにルシフィアはフェンスに手をついて屋上を見上げた。希はその背中に何かをいいかけようとしたが、すぐ諦めて、肩を落とすようにして、幸助にだけ一礼して希は去っていった。
もう、ルシフィアは普段の優雅な様子を取り戻していた。その背中に幸助は声をかける。 「おい……」 「なにか?」 なにかじゃねえと、幸助は思う。一連の騒ぎが急な展開すぎて、何も言えなかったのは情けないが、幸助からも釘を刺しておかなければならないことがある。 「いきなり退学とか」 「ああ、あれはただのブラフです」 「えっ……嘘なの?」 「うちの家が学校に出資してるからって、学園理事の娘だからって何なんですか。勝手に生徒を退学なんかにできるわけないじゃないですか」 そういって、ルシフィアはお腹を抱えておかしそうに笑う。 そういわれたら、そうなのかもしれないが、権力者然としたさっきの堂々たる物言いを聞かされては騙されてしまってもしょうがない。というか、こいつも怖い。 「希はまんまと騙されたわけか……」 「小賢しい魔王なら、あの程度のブラフは効果ないでしょうが。あれは手駒を大事にしすぎてますから、ああやって少し円藤希の頭を押さえつけてやれば、もう手はだせないですね。向こうは暴力できたのに、平和的に解決した私を褒めて欲しいですね」 「うん……それは、まあ……」 「それにさっきから、手が痺れてすごく痛いんです……覚悟して受けましたけど、女性とは思えない馬鹿力ですね。次はないのは、本当はこっちですよ」 そうやって、可哀想に少し赤く腫れてしまった手のひらに息を吹きかけている。力を逃がしきったはずなのに、それでもなおダメージを与える希のほうこそが『化け物』だとルシフィアは言い返してやりたかったのだ。 そしてマサキは馬鹿者だ。それは決定。 「マサキにも、大丈夫だといっておいたのに」 「希さんの頭の中を見て分かりましたが、あなたもずっと監視されていたはずですよ。気がつかなかったんですか」 「えっ! そうなの」 「気配が見えるというなら、それぐらい察知してくださいよ」 「面目ない……」 たぶん多人数での、それとなくの監視だったのだろう。マサキの手下は学園に無数にいるからな。幸助の気配察知は「なんとなく」というレベルだから、尾行でもされないかぎりは分からない。 「それにしてもわからないのが、魔王です。彼は臆病で手駒を出し惜しむ性格のはずなのに、いきなり一番の切り札を使い潰すように無駄にして」 「お前はマサキくんの考えも読めるのだろう」 「それは……そのはずなんですが、変なノイズが。こんなこと珍しいんです」 そういって、ルシフィアは本当に困惑げに端正な眉をひそめる。 「君の読心術は、完璧ではないのか?」 「完璧に近いですが、視力と一緒で見ようと思わないものは見えないのですよ。隙はあります。人間ですから、私も……」 それは、おおよそ人間らしくない完璧さを見せていたルシフィアの、人間らしい弱さを垣間見せた瞬間ではあった。 「そうか、マサキが言っていたのも、あながち間違いじゃないということか」 「あれは間違いなんですけどね、もう少し使いやすいですよ私の力は。それに、私が出している情報に左右されている段階で、隙を突くなんて不可能ですからね」 「ああっ、それもそうか」 ルシフィアの隙が突けたら、という幸助の思考もどうせ読まれているのだ。 「それでも見ようと思わないものは見えない。私に弱点があるとしたらそこだけです。幸助さんが突きたいなら、突いてくれていいですよ。それじゃあ、私は行きます」 謎かけなようなことをいって、さっさと行ってしまおうというルシフィア。さすがに呼び止めてしまう。 「どこへいくんだ」 「魔王のところです、よく考えたらすっごく怪しいです。放っておこうかと思ったけど、気が変わりましたのです」 「マサキに手出しだけは」 「しませんですよ、私は相手が手を出そうとするまえに分かるんです。相手がやる気がなければ、私もやる理由はありませんです」 そういって、行ってしまった。なにか少し焦っていたようだった、いつも無駄に余裕をかましている彼女らしくない。止まった世界でしか、力を発揮できない幸助としては争いにならないように祈るしかない。 マサキがルシフィアとこうもぶつかってしまったのは、やはり幸助のせいなのだろうか。バランスが崩れた原因が自分だとしたら、幸助はそう考え込んでしまう。何をすべきで、何をすべきではないのか。幸助の力は限定された環境でのみ無敵であり、現実で何かをするには余りにも無力だった。
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